貧乏くじの引き方【本編完結、外伝連載中】   作:秋月紘

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追編の途中ではありますが、この辺りでアルペジオコラボネタの外伝など投稿させていただきます。追編優先の更新は変わらず、此方も複数話数になる予定です。

時系列としては番外之壱よりもさらに過去の話となっております。


外伝【蒼き鋼】
Depth.001


『提督、レーダーに反応あります』

 

 雪が暗い夜空に点々と映る冬のある日。執務室に炬燵を出し、秘書艦である特型駆逐艦艦娘の叢雲と暖を取っているところへ、聞き慣れた声が聞こえる。声の主は艦娘『明石』戦線には参加しておらず、工作艦として他の艦娘達の救護や資材などの仕入れなどを受け持っている。

 

「……数と展開状況を教えて。出られる艦娘は戦闘準備の上ドックで待機、迎撃戦を想定してて」

「はー、寒い中ご苦労なことね。こんな時ぐらい向こうもサボりなさいよ」

「アンタも出撃準備しなさい。全く炬燵出たくないのに……」

『それがですね、数は一、深海棲艦ではなく、中型の艦艇の様なんです』

「なんですって?」

 

 このような時間に艦艇が寄港するという話は他の駐屯地や鎮守府とも交わしておらず、深海棲艦側にそのような戦力があるとも聞いていない。更に明石から情報を引き出せば、識別信号は無し、艦影から察するに全長は百二十メートル前後、軽巡洋艦『夕張』より少し小さい程度ではないか、とのことらしい。逡巡を経て、真冬の夜の来訪者を出迎えに二人は執務室を出ることにした。

 

 

 

『貧乏くじの引き方』番外之弐-蒼き鋼-

 

 

 

【Depth.001】

 

 

 

「それで、状況は?」

 

 出撃ドックを横目に、妖精達に指示を飛ばす明石に声を掛ける。既に艤装の稼働が可能な艦娘は出撃準備を済ませ、司令官からの指示を待っていた。

 

「そうですね、今のところ向こうから攻撃を仕掛けてくる気配はありません。レーダーによる索敵の結果、レーダー妨害の類いはなし。深海棲艦の姿は見当たらず、例の一隻が此処から一キロ程沖に位置しているのみです」

「……移動も攻撃も無いの?」

 

 ええ、と桜色の髪の少女は小さく呟く。敵意があるという風には今のところ見えないが、かといって簡単に迎え入れる訳にも行かない。相手の目的が分からない状況である以上、迂闊に手の内を明かすということは出来そうになかった。

 

「そうね、それじゃあ先遣隊に金剛と榛名、響、叢雲の四人を。ただし、艤装は外してイージスに同乗して貰うわ。いざという時には召喚して海上戦へ移行という形を」

「……提督が直接?」

「来客の相手はちゃんとしなくちゃね」

 

 それも結構迂闊だと思いますよ、と呟く明石に視線を向け。黒髪の少女はでしょうねと笑った。

 そして数刻の後、数名の艦娘と提督を乗せた船が、沖合に浮かぶ艦影へと近づく。レーダーの反応を見、目視できる距離に入ったことを確認して停止。司令官は双眼鏡を手に、艦橋から周囲を見渡すが、それらしい姿を確認できず小さく首を傾げた。

 

「どうかしたの?」

「叢雲、レーダーだと正面の海上に反応あるわよね? それらしいのが見つからないんだけどさ」

「ええ……ちょっと貸してみなさいよ」

 

 窓際に歩を進めた少女に双眼鏡を手渡し、叢雲が覗き込む様子を見守る。先程までの自身と同じように首を捻っていたかと思えば、ある一点に双眼鏡を向けたまま硬直した。

 

「What's? どうしたデスか?」

「……居た。何あの色」

「色?」

「蒼い、潜水艦がいる」

 

 少女の言葉に耳を疑う。潜水艦、それも蒼などという傾いた色のものが目の前に居るなどと言われては、流石にはいそうですかと信じるわけには行かない。訝しむ表情を見て機嫌を損ねたか、叢雲は双眼鏡を提督の顔に押し付け、自分が見ていた方向へ無理矢理首を捻った。

 

「いだだだっ! って何、アレ……」

「四○一よ。なんだってあんな色のがこんな所に」

「四○一って」

「伊号潜水艦、伊四○一。潜水母艦とも呼ばれる大型の潜水艦で、航続距離は伊号の中でもトップクラスの性能を誇ります。ただ、私もあのような配色のものは見たことが無いですね」

 

 小波の音が響く夜の海上で、二隻の艦艇が対面して浮かんでいる。降り頻る雪の中、数十分と経っただろうかという時、小さなノイズが艦橋に飛び込む。ノイズに紛れて聞こえたのは、艦娘達とさほど年齢が変わらないであろう少女の声。

 

「……?」

『私は蒼き鋼、イ401。あなた達の所属は?』

「えっと、此方は第五艦娘駐屯地所属の艦娘、明石です。伊四○一、と言いましたが、今目の前に居る潜水艦が貴方、なのですか?」

 

 息をつく小さな音。どうやら返答に迷い、考えこんでいるらしい。しばしの沈黙を経て、自らを四○一と名乗った声の主は答えた。

 

『概ねそれで間違いないと思う』

「なるほど、分かりました。続けて聞かせて頂きたいのですが、貴方の所属と、目的を教えて下さい。返答如何では此方は迎撃体制を取ることになります。……提督、よろしいですね?」

「……ええ。目的が分からない以上油断はできないわ」

 

 三度の沈黙。ノイズ向こうで微かに話し声らしきものは聞こえるが、艦橋に居る面々は皆、何を話しているのかまでは聞き取れていない様子で、ある者は苛立たしげに爪を噛み、ある者は髪に手をやり暇を持て余すかのようにそれを弄る。明石からマイクを受け取り、提督が四○一を急かそうとした矢先、その無機質な声が聞こえた。

 

『信じてもらえるかどうかは分からないけれど、私達に敵意はない。……目的は、自分達の居場所を把握して、元居た場所に帰ること』

「どういう事? 此処は太平洋側の日本近海、伊豆諸島と本土の中間地点よ。海図なりがあればそれくらい分かるでしょ」

 

 苛立ちを隠そうともせず、少女は四○一に問いかける。大型の潜水艦一隻、しかも『艦娘達の同型艦』と思われる名称の艦艇がそんな目的のためだけにこのような場所へ紛れ込むとは考え難い。事実、彼女の名前を明石や叢雲などは相手が名乗る前から知っていた。

 そして、潜水艦の少女は動揺した様子もなく、ただ淡々と、信じられない言葉を放った。

 

『……此処は、私の知っている日本じゃない。横須賀港の防備が虚弱、他の霧も殆ど居なくなっている』

 

 

 

 艦艇用ドックに蒼い四○一を迎え入れ、乗船ハッチより姿を見せた二人の少女を出迎える。

一人は白と空色を基調としたセーラー服に、淡い水色の髪をした背の低い人形のような、そしてもう一人は、白衣に身を包んだ茶髪の、モノクルが印象的な少女であった。

 

「初めまして、伊四○一。私がこの駐屯地の責任者、華見京香よ」

「イオナと呼んでくれて構わない。少しの間お世話になる、よろしく」

 

 差し出した手を取り、軽く握手を交わす。その感覚に、艦娘とも人間とも違う何かを感じたが子細は分からず、判然としない違和感を横に話を進める。イオナ、と名乗ったセーラー服の少女は特に此方の様子を意に介さず、後ろに付いていた少女を呼びつけた。

 

「ヒュウガ、貴方も挨拶を」

「ええ、分かっています。私はヒュウガ、此方のイオナ姉様の同行者です。以後お見知り置きを」

「日向……?」

 

 提督が眉をひそめるのを、ヒュウガと名乗った少女は見逃さなかった。

 

「知り合いに同じ名前の方でも居たかしら?」

「……そんな所、心配しなくても直ぐ会えるわ」

 

 そう言って、二人の少女は視線を交わす。意図的に気勢を張っては見たが、はっきりいって目的どころか正体すら碌に分からない相手との会話というものは、とてもではないが心地が良いとは言えなかった。

 故に手短に会話を切り上げ、司令官は二人の案内を付き添っていた明石に任せて席を外してしまう。些かマイペースに過ぎる振る舞いに、明石は小さく溜息を吐いた。

 

「気難しい指揮官だこと」

「……否定はしませんが、此方からすればあなた方は得体の知れない存在ですからね」

「こっちも割とワケが分かんない状態なのよ。まあ、敵対するつもりは無いからそこだけは信用して欲しい所ね」

「まあ、善処はします。とりあえずは此処の案内からさせて頂きますね。今後どうするか、というのもまだお決まりではないかと思いますが、仮に此処で軒を借りるというのであれば基本的な施設くらいは知っておいた方が良いかと思いますので」

「助かるわ。代わりと言っては何だけどコレ、此方の武装の簡易資料よ、担保の代わりとでも思って頂戴」

「ええ、お預かりさせていただきます」

 

 二人はは互いに小さく頭を下げ、明石は桜色の髪を翻し二人を促す。それを受けた少女はイオナと目を見合わせ、少しの思考の後、特に逆らうこともなく明石の後ろを二人で着いて歩くことを決めた。歩いている途中で明石から聞いた艦娘らしき少女らと時折すれ違うが、そのどれもが、二人の居た場所では見た事のない格好をしていた。正確に言えば、彼女等が装備している形状の艤装に二人は全く見覚えがなかった。

 

「……ヒュウガ」

「ええ、分かっていますイオナ姉様。明らかに出自も性質も異なりますが、彼女達も私達と同じ『艦艇(フネ)』だと思われます」

「それもだけど、“そっち”じゃない」

 

 イオナの言葉に、ぴくりと眉根を寄せる。遅れてヒュウガと呼ばれた少女は、同類の存在に気付いた。捕捉できた限りでもタカオ、マヤ、ハルナ、キリシマ、コンゴウ。少なくともこの五隻、運が悪ければそれ以上の『霧』が此方に居ることになる。自分達がいる場所すら分かっていないのに、お世辞にも味方とは言えない連中が同じ場所に居るなど、彼女は考えたくなかった。

 

「……やれやれ、千早群像に惚れ込んでるタカオはどうにかなるとして、後はキリシマにハルナ、おまけに東洋方面旗艦のコンゴウか、全く骨が折れそうだわ」

「でもヒュウガ、その群像は何処?」

「……」

 

 ぴたり、とヒュウガの足が止まる。不思議に思いその表情を覗き見れば、そこには薄気味悪い、何か良からぬ事を考えているように見える笑みを浮かべるモノクルの少女が立っていた。瞬間、背筋を走った寒気に疑問符を浮かべながらも、イオナは一先ずヒュウガの表情の訳を気にしないことにした。数刻足らずでその目論見が崩れ去ることを知っていたのか知らずか。

 

「ああはい明石です、どうしました提督? え、来客、またですか? それで今度は何処から……正門? 分かりました、一先ず合流しましょう」

「……来客? 確か明石さん、と言ったわね。此処ってそんなに人の出入りが多いの?」

「いえ、普段はそんなこともないんですが……」

「私達は?」

「うーん、客間で待っていて下さい、と言いたいところなんですが正門前だとそれほど遠くもありませんので、一先ずご一緒頂けます?」

 

 特に反論や不満を見せること無く、二人は明石の指示に従い歩く。数分程廊下を進んだだろうか、正面玄関の扉の前には先程顔を合わせた少女の姿ともう一人。見間違えようのない黒髪の少年が談笑しているのが見えた。

 

「千早、群像……!」

「群像、あんなところで何を?」

 

 特段感情の見えないイオナの声と対照的に、何やら怒りに似た感情を孕んだ声を出すヒュウガ。少年を指して呼んだ事に気付くと同時に、ヒュウガのその低い声に明石は一歩後退る。遅れて、群像と称されていた少年と司令官の少女が揃ってこちらに視線を向けた。

 

「イオナ、それにヒュウガも。無事だったんだな」

「貴方こそ船を離れてどうして此処に?」

「ん、知り合い?」

「ああ。彼女がさっき話していた401のメンタルモデル、イオナだ」

「なるほど、やっぱり艦娘とは大分違うみたいね」

「そうらしい。オレも艤装を装着して海上で戦う女の子、なんてのは聞いたこともないよ」

 

 その黒髪の少年の名は千早群像。艦娘とは異なる出自を持つ、意思のある艦艇『霧の艦隊』の一隻、イ401の艦長であり、そのメンタルモデルであるイオナのパートナーとも言える人間であった。

 

「それじゃあ改めてよろしく、華見司令」

「こちらこそ。……蒼き鋼」


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