貧乏くじの引き方【本編完結、外伝連載中】   作:秋月紘

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Depth.003

「とにかく、今日の所はもう遅いし客室を用意させるから泊まっていくといいわ」

 

 一通り、互いの持つ『日本』についての知識を摺り合わせ、双方の疑問に一応の回答を両陣営が教え、と繰り返す内にごく短い鐘が鳴る。誰ともなくそちらを見れば、応接室に備え付けられた振り子時計は夜の九時を指していた。

 

「ウチのは一時間おきに鳴るのよ」

「ああ、なるほどね」

「ふむ、良ければご一緒にお食事でも如何ですか? 艦娘の夕食時間はほぼ終わってしまっているので混み合うこともありませんし」

「そうねえ。私も姉様も此処に来る直前の状況についての記憶メモリーにはロックが掛かってるみたいだし、どうする?」

「オレは特に異論はないよ」

 

 ヒュウガの問に首を縦に振り、明石に同意を改めて示す。何時最後の食事を摂ったのか、という記憶はなく、大きな空腹感も無いとはいえ食べなくても本当に大丈夫なのか、という確証は得られない。更に言えば貨幣や通貨の類にすら不安が残っている以上、断るという選択肢は群像にはなかった。

 

「そうだな。……明石さんや華見司令さえ良ければ、ご馳走になります」

「使えるかはともかくとして401の武装資料は此方にとって大きな利益だからね」

「そういえば侵蝕魚雷と超重砲はまだしも、通常弾頭魚雷やらアクティブデコイにも驚いてたわね。そんなに技術力に差があるわけ?」

「そうですね。海中の航走と飛翔の両方に対応できる魚雷や、ユニットを換えるだけで取り得る戦術が大幅に変わる潜水艦など、技術レベルの差は中々大きいと言わざるを得ません。コストや威力、整備性など根本的な所で水を開けられてしまっている感じですね」

「ふうん……ならもうちょっと技術に関してはフォローしてあげるわ。代わりに401クルーの情報と、少し協力をお願いしたいの」

 

 ヒュウガのモノクルが光を反射して輝く。どのような無理難題を押し付けられるのか、と明石、京香の二人が眉をひそめるのも気にせず、彼女は横に座る二人に確認をとった後再び口を開いた。

 

「簡単に言うと私達が元の時間……世界って言った方が適当なのかしらね。そっちに帰る為の手伝いをして欲しいのよ」

「うーん……手伝いと言われてもね」

「今はオレ達の置かれた状況を正確に把握するのが先決ですし、世界情勢や周辺の環境だとか、さっきから貴女方が口にしている深海棲艦という敵の情報などを教えてくれれば構いませんよ。軒先を借りるだけの働きはします」

 

 余り活躍され過ぎても報酬には限度がある、と苦笑いを浮かべる京香に笑い返し、群像は再び手元の端末に視線を向ける。画面は相変わらず、いま現在の時刻と日時を表示しており、その辺りからも『電波が立つ』であろうことは確認できた。

 しかし、他のクルーへの連絡に関しては梨の礫、と言って相違ない状態で、今日だけで何度目かになるため息が、思わずその口から零れるのであった。

 

 

 

【Depth.003】

 

 

 

「でもアンタ達のトコも結構面白い発展の仕方してるのね、小型高機動の格闘戦用ドローンなんてこっちでも見ないわよ。ねえ?」

「オレ達の場合は、霧に海洋を抑えられているからこれ以上発展しようがないだけさ。造っても海上で直ぐに落とされるんじゃな」

「あれ、でも霧って軍艦で構成された戦力じゃなかった? 航空爆撃とか出来るんじゃないの?」

「私達霧の艦艇は対空迎撃能力も有している。大半が迎撃のための艦載機を持たなくなってはいるけれど、それも結果として艦載戦闘機は不要だと判断したから」

 

 イオナの遠慮一切無い発言に艦娘側の二人が呆れたような表情を浮かべる。この娘は平然と『対艦攻撃機を防ぎきるだけの防空能力、装甲をほぼ全ての艦が有している』と宣い、そして傍に居る二人は、それを否定しようという素振りは一切見せないのだ。

 京香、明石はそれぞれに、彼女等が敵対者でなくて本当に良かった、と目を見合わせるのであった。

 

 

 

「三人共お疲れ様ー。鳳翔さんに間宮さん、少し悪いんだけど今から来客の分って何か用意できるかしら?」

 

 食堂。調理場で作業をしていた紫子、鳳翔、間宮の三名に向かってカウンターから身を乗り出し、少女が声を掛ける。その内、カウンター近くの流し台で洗い物をしていた、京香より少し背が低い程度のポニーテールの少女が振り返り、柔らかな笑みを湛えて応えた。

 

「ご苦労様です、提督。まだ食堂は開けていますし、食券をお持ち頂ければ何なりとご用意しますよ」

「だってさ。えーと、メンタルモデルの二人は食事は?」

「問題ない」

「ご相伴に預からせていただくわ」

 

 京香の問い掛けに頷くイオナとヒュウガの声に、不思議そうな表情を浮かべて顔を覗かせる。少女の名は『鳳翔』、同名の軽空母を基とした艦娘であり、大規模戦闘への適正の低さから、普段は空母、軽空母艦娘等の教官役と、現在のように食堂の管理を間宮と共に担っている。

 

「紹介するわね。こっちの彼がイ401の艦長千早群像君と、401のメンタルモデル、イオナ。彼女も同じくメンタルモデルのヒュウガ。メンタルモデルってのは貴方達同様『意思を持つ艦艇』みたいな物とでも考えてくれればいいわ、明日改めて全員に紹介するから」

「はい。私は鳳翔、といいます。よろしくお願いしますね、皆さん」

「紹介に預かった千早群像です、よろしくお願いします」

「私はイオナ。よろしく」

「ヒュウガよ。どれ位の付き合いになるかは分からないけれど、よろしくね」

 

 それぞれに挨拶を交わし、京香の案内に従い券売機の前へと揃って並び立つ。これから何を食べようか、苦手な食べ物はあるか、と言った話の内にも、食文化、特に料理に関しては大した違いもないとか、合成でない食料は久し振りだとか、京香や明石にとって耳慣れない言葉もちらほらと飛び出した。

 よくよく考えて見れば、霧の艦隊による海上封鎖を抜けられない人類が沖合で取れるような海産物を得られるのか、気候などの問題から生産出来ない食料などをどうやって輸入するのか、そういった問題が解決されていない群像達にとって、天然ものの食材を珍しく感じる部分もあるのだろう。

 

「合成食料ってのもあんまり想像つかないわね。やっぱりSF映画みたいなブロックとかパックだったりするの?」

「ああ、そういうイメージなのねやっぱり。基本的な見た目はそんなに変わらないわよ」

 

 京香の問に、モノクルの先の瞳が緩やかなアーチを描く。どうやら既に彼女は、現在の状況を楽しむ余裕を少なからず得ているようだ。そしてヒュウガの言葉を継いで群像が説明を始める。ブロック等も存在するが、ある程度は既存の植物や食肉に近いものが用いられるよう努められている、と彼は話した。

 

「やっぱり見た目かー」

「まあ、ブロック食ばかりというのも味気ないしねぇ。最初はなんで栄養補給の度に七面倒臭い作業を挟むんだかって思ってたけど、変わるものだわ」

「……やっぱり艦娘とかとは出自から根本的に違うんですねえ……料理って形態に疑問を持ったことなんてないですよ私」

「オレも正直、イオナやヒュウガに聞かれるまで考えたことも無かったよ。ブロック食で済ませる事も少なくなかったから味気ないと思った程度だしな」

 

 取り留めのない雑談を交わしながら、各々が自身の食券を券売機から手に取りカウンターへと揃って歩いてゆく。人数分の半券を預かり作業に入る鳳翔を見送り、京香と群像は揃って三人を先に席に着くよう促した。他の面々との距離が離れたことを確認した少女の目が鋭く細められる。

 

「……イオナ、いえ401の装備一覧にカタログスペック、あれ本当に本物なの?」

「本物ですよ。少なくとも、オレ達が霧と呼んでいる艦はあんな兵器を普通に扱ってる」

「艦娘なんてオカルト紛いの戦力を持ってて言うことじゃないけど、信じられないわね」

「試してみても良いですが、生憎と住む世界が違うとはいえ人間に銃を向ける趣味は無いんでね」

「だったら、こっちの敵が出てきた時にでも証明してもらうわ」

 

 にこり、と二人は笑い合う。既に着席し、互いに打ち解けた様子で談笑し合う技術屋の少女二人と、我関せず、といった様子で何処か遠くを見るように視線を泳がせる一人。時折瞳が光を浮かべたり、頬にバイナルパターンのようなものが現れたのは気のせいだろうか。

 

「深海棲艦に関しての調査資料は後でコピーを用意するわ。ヒュウガに貰った資料の通りなら貴方達が苦戦することも無いと思うけどね」

「そうなのか」

「……一応聞いておきたいんだけど、歳っていくつ?」

「? 十八ですが、それが何か」

「私とそこまでは変わらないのね。しっかし、未成年者がそんなトンデモ兵器乗り回すなんてねえ」

 

 興味を示した彼女を避けるように、曖昧な返事をもって答えを濁す。それなりの事情を抱えていることを察したか、一言「不良少年め」と嘯き調理場の方へと視線を戻した。

 

「で、貴方は何歳なんです? 華見司令官」

「……二十。貴方と比べてどうなのかは知らないけど、大人の事情ってやつでね」

 

 女性にストレートに歳を聞くものじゃない、と諫めるような科白を口にしながらも、彼女の口調に怒りの感情は然程見えない。

 

「まあ、不愉快な話題だったみたいなら謝るわ。それに二つ違い程度ならタメ口でいいわよ」

「いいんですか?」

「ウチはそんなに厳しい訳じゃないからね、艦娘の子達にも駐屯地内やオフでは口調も縛ってないし」

 

 流石に公的な場でタメ口を利こうものなら処罰するけど、と笑いながら少女は語る。それに、来客ではあっても貴方は私の部下じゃないだろうと。その言葉に一応の納得を見せたか、群像は小さく溜息を吐き、彼女の言葉に従う。その直後、京香が「あの二人組は最初からタメ口だった」と冗談交じりに付け加えたのは聞かなかったことにしよう、と頭の片隅で小さく考えながら。

 久し振りに食べた天然物の海産物は、とても美味しく感じられた。

 

 

 

「姉様、どうです?」

 

 イオナ、ヒュウガの二人に充てがわれたのは、海側に面した二人部屋。艦娘達には明日改めて紹介すると言われ、時刻も時刻故特に反対する事もなく三人はそれに従い、それぞれ個室を与えられた。両側の壁に沿うように設置されたベッドにそれぞれ腰掛け、メンタルモデルの二人は言葉を交わす。

 

「んー……やっぱり記憶領域にロックが掛かっている。一応探れるだけ探っては見たけれど、確認できる一番新しいデータがヒュウガとの戦闘までしかない」

「やはり、ですか。だけど超戦艦級がいる訳でもないのに、私達二人共の記憶領域の大部分にロックを掛けるなんて誰が……」

「ヒュウガのメモリーは?」

「私の方は硫黄島でのタカオとの戦闘ログは見られます。ただ、それも断片的な上『何故』タカオを硫黄島で迎撃したのかは不明ですね。歯抜けの様な状態なので」

「……」

 

 ヒュウガの言葉を受けたイオナは、顎に右手を掛けて小さく考え込む。ヒュウガの言った『硫黄等での迎撃戦』に関連する記憶は見つけられず、同様に他の戦闘記録も全く見当たらない。正確に言えば、戦闘ログやその時期に関連する記憶メモリーらしき物は見つかったが、イオナ自身にもそれが何の記憶なのかが分からない、という状態であった。

 

「……どうやら私とヒュウガでも記憶メモリーのロック範囲に誤差が出ているらしい。それに此処に来た直後に言っていたけど、タカオが群像に強い関心を持っている、というデータも私の方では確認できない」

「……」

 

 イオナの科白に、ヒュウガが言葉を詰まらせる。たまたまロックされていない記憶の中に『タカオが群像に対して好意に近い認識を持つ』というデータがあったため楽天的に見ていたが、もし、イオナ同様に記憶メモリーの大部分をロック、ないし隠蔽されていたとすれば。

 

「……姉様、ピケットであるタカオの配備位置は覚えておられますよね?」

「……覚えてる」

 

 

 

 太平洋側の早期警戒艦としてタカオが本来配備されていたのは名古屋市沖合。そこにいるのがヒュウガの知る時期のタカオであれば、邂逅後に共同戦線を張ることは容易いだろう。それは彼女が見られる断片的な記憶からも確かであるし、千早群像を、今彼女等が置かれている状況を餌にすれば味方に取り込むことは可能である。

 しかし、イオナの様に、もしくはそれ以上に記憶のロックが厳重であったとするならば。

 

「……データにない戦闘群体だったな、アレに対応するならもう少し小回りの利く口径の砲とミサイルが欲しいところだけど。それに深海棲艦、というコードネームも聞いたことがないが……まあいいわ。どちらにしろ、私のする事は変わらない」

 

 彼女はまた『霧の艦隊』としてイオナ、そして群像等と対峙することになるのだから。


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