貧乏くじの引き方【本編完結、外伝連載中】   作:秋月紘

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Depth.004

 明くる日の朝。イオナ、ヒュウガの二人は群像とは別行動を取っていた。窓の外から差し込む陽の光を浴び、ヒュウガは小さく伸びをする。そうしてある場所へと向かう内に、正面からやって来た人影に気付いて彼女等は足を止めた。イオナらの前で立ち止まったのは、ショートヘアの大人びた顔付きをした和装の女性。

 

「見ない顔だな? 千早少年以外にも客人が居たのか」

「あら、ウチの艦長を知ってるの」

「……貴方が艦娘の日向?」

「まあ、そうなるな」

 

 イオナの問に、彼女は柔らかな笑みを浮かべ肯定を示した。それに対して微妙な表情を浮かべるヒュウガにちらと視線を移し、もう一人の日向はなるほど、と神妙な表情を見せる。無意識に掛けられた右手が、腰に下げた刀の鍔をかちゃりと鳴らした。

 

「貴方が千早少年の言っていた『ヒュウガ』か。なるほど、私とは随分毛色が違うらしい」

「そうね。私も、ハッキリ言って此処まで共通項の見い出せ無さそうな相手だとは思わなかったわ」

「……あくまで艦艇をモデルとしているだけの我々と、艦艇そのものの記憶を持つ艦娘と、出自が明確に異なるのだからおかしいという程の事ではないと思う」

 

 そうには違いないが、と答える二人の歯切れが悪いのも無理はないだろう。同名の艦艇の名を持つ自分以外の人物がいることもそうだが、その相手の性質が大きく異なっていると言われれば、困惑する事自体はごくごく当然のことである。結局その後もギクシャクとした自己紹介を挟み、何方ともなく会話を打ち切り別々の方向へと別れる事となった。

 無言で歩く内に、ヒュウガが小さく口を開いた。

 

「……同姓同名の別人って結構気持ち悪い感じですね」

「……それには少し同意する」

 

 

 

【Depth.004】

 

 

 

 一通りの建物内の配置は把握できただろうか、適当に廊下を歩き回った二人は当初の目的の場所へと足を踏み入れる。そこは艦娘の整備ドック、待機状態で懸架されている幾つかの艤装に目を向け、そのうちの一つがクレーンによって地面に下ろされていることに気付く。

 そこに居たのは、昨夜自分達を案内していた明石と名乗った少女。背後から声を掛けられたことに気付き、彼女は明るい笑顔で二人に手を振る。

 

「お早うございます。どうしたんです、こんな朝早くに?」

「昨日言ったでしょ、技術に関してはフォローするって。それに私達以外の霧が居る可能性を考えると、流石にそのまま一緒に海上に出てもらうわけにもいかないしねえ」

「ああ……えーと、そんなにマズい感じですかね」

 

 ぴくりと頬を引きつらせる明石に対して、かなりと真顔で言い放つイオナ。書面でなんとなく感じていた戦力差を突き付けられて凍りつく少女を横目に、ヒュウガは彼女がメンテナンスしていた艤装に手を触れ、各所を調べ始める。最初こそさほど興味を持っていない様子であったが、段々と身を乗り出すようにのめり込み始め、数分後には艤装の大半の解析を進めてしまっていた。

 

「ふーん、こぢんまりとしてる割には結構ギミック多いのね。給弾機構に重力制御系、なるほど、こっちは記憶領域とは不可分な訳か」

「……え、分かるんですか?」

「私は重力子エンジンやら弄ってるからおおよそはね。まあ、こっちの人間でも重力制御系は実用化できてるわけじゃなくて、霧だけの技術ってレベルではあるけど」

「我々もそんな感じですよ。もっとも、技術によって生まれた兵器じゃないのでほぼ誰も触れないんですよね、バイタルパートは妖精さん任せです」

 

 明石の言葉になるほどね、と相槌を打ちながら、妖精、という妙な単語は聞かなかったことにして更に解析を進める。トントン、と人差し指を鳴らしながら作業を進め、一通りのパーツやギミックなどは調べ終わったのか、小さく息を吐いて腰を落ち着ける。ナノマテリアルを少し使って生成したレンチを片手に触れていたのは、金剛型の艤装。

 そうして一通り調べた結果。何を思いついたのか、明石の方へと振り返るヒュウガの表情は実に楽しそうなものだった。やがてその後、態とらしい溜息をついて、イオナはその艤装の持ち主を呼びに、長い廊下を一人歩くことになる。

 

「金剛、というのは貴方で間違いないだろうか」

「? 確かに私デスが」

 

 食堂で京香に付き添われ朝食をとっていた群像に、声を掛け、ちょっかいを掛け、としていた茶髪の少女を見て、『ヒュウガ』二人が微妙な顔をしていたのはそういうことか、とイオナは内心頭を抱える。同名の知人とのギャップというのは、思いもよらない違和感を呼び起こすものなのだなと。

 そのような失礼な感想を持たれているとは露とも考えていないのか、金剛は陽気な笑みを見せイオナの方へと向き直った。貴方もguestなのデスね、との質問に肯定の仕草を返し、ウチのヒュウガが呼んでいる、とやや強引に群像から少女を引き剥がし、足早にドックへ向かい戻っていった。

 金剛が呼ばれた理由に納得し、そして幾つかの実験を経て『霧』の技術力に慄くのは、それより十数分ほど後のことである。

 

 

 

 日が直上から差す時刻。煌煌と差す光が水面に反射し、白い光を上下からその船体に浴びせる。名古屋沖の海上に、漂い続ける一隻の軍艦。反射光に映える紅の船体と、その構造物や艤装は、帝国海軍重巡洋艦『高雄』と瓜二つと言っていい程に似通っている。しかし、それが発する機関音、そして何より船体に浮かび上がるバイナルパターンが、瓜二つの艦艇とは全くの別物であるという事をこれ見よがしに主張していた。

 

『タカオ』

「どうした、コンゴウ?」

 

 そして、その艦橋の上に少女は居た。

 

『そちらの状況はどうだ?』

「どうだと言われても。普段通りといえば普段通りだが……ああ、そういえば記憶にない戦闘群体と接敵した」

『深海棲艦、と呼称されているユニットか』

 

 コンゴウと呼ばれた人物の声に同意を示し、膝下まで伸びる蒼い髪を潮風に揺らす。彼女は、霧の艦艇『重巡洋艦 タカオ』のメンタルモデルであった。

 

「そう。人類側のデータベースを覗かせてもらったが、どうやら向こうもアレが何なのかは分かっていないらしい」

『そのようだな。……』

「それと、第一巡航艦隊旗艦殿は既に知っていると思うけど」

 

 そう言い置き、タカオは得意気に鼻を鳴らす。ネットワーク上でやり取りされている情報などを精査した所、間違いなく自分達は元々居た筈の年代とは別の年代にいるであろう、という事。自分から話を持ちかける事も億劫に感じたか、特に反応を見せる事無くタカオの言葉を待つ。

 

「それに、記録の何処にも我々のモデルとなった艦艇が存在しない。タイムリープ、というものとも異なる事象のようだ」

『……そうだな』

「それで、どうするの?」

『此処には千早翔像やムサシらも居ない。恐らくアドミラリティ・コードも存在しないとくれば、情報収集は必要だが殊更に急ぐことはないだろう、ハルナらにも既に伝えているが』

 

 ひとまずは確実性を優先して情報収集に当たれ、と。タカオが継いだ科白に頷き、コンゴウは概念伝達を断つ。そうして静かになった海を見渡し、タカオは再び機関を始動させる。波立つ水面に視線を向ければ、また、先程事を構えたものと同質と思われる敵影をソナーが捉える。

機銃を模した砲撃ユニットの一部をそちらに向けようとした直後、彼女の耳は別の音を聞き取った。

 

「……ピン、いや、ソノブイも打っておくか」

 

 遅れて、海中を走る音波が幾つかの反応を返してくる。水上型の深海棲艦と思われるサイズの反応は四、それと同様の大きさの潜水型の数が三の合計七つ。その全ての反応が艦体の右舷方向、沖合の方に現れた。そして、それとは別のとても小さな反応。合計数は六、その全てが水上艦のようだが、明らかに艦艇とは呼べない程小さい。

 深海棲艦の物とは異なる音紋を確認し、それらを規模毎に分類する。最小のものを暫定的に駆逐艦級と定め、大凡の編成を割り出す。駆逐二、巡洋艦一、戦艦或いは空母級二、といった所だろうか。

 

「艦艇でも深海棲艦でもないようだが……艦娘、という兵器の資料があったが、あれがそうなのか?」

 

 展開しかけていた艤装を仕舞い、タカオはその艦体を大きく回頭させる。そして、近付いていた深海棲艦から逃げるように海中へと姿を消した。

 

「……何かの冗談かと思ったが、本当に人類側の海上戦力なんだな」

 

 海中へと沈んでいった艦艇に首を捻る素振りを見せながらも、艦娘達は深海棲艦との戦闘に突入する。砲撃戦、雷撃戦、艦艇同様の戦闘方式と、時折携えた武器で格闘戦を行っているらしい音が確認できる。悲鳴らしい声がノイズに混じって聞こえたが、最終的に艦娘と思しき勢力が勝利を収めたらしい。深海棲艦の反応をソノブイは寄越さないのが、その証拠だろう。

 

「火力にしろ速力にしろ、あくまで深海棲艦に対抗するための戦力、ということか。此処でピケットを続ける必要性はともかくとして、脅威レベルは低いと考えて良いらしい」

 

 何度か停止と推進を繰り返し、此方を探しているような動きを見せていた艦娘達をやり過ごした後、海上に再び浮上したタカオは大きく溜息をついた。

 

 

 

「提督、名古屋港の駐屯部隊が紅い重巡洋艦を見たとの報告が呉から回ってきてます」

 

 その数刻後。駐屯地内の艦娘達ほぼ全員に群像らの紹介を済ませ、昼食を取っていた少女らのもとに明石が駆け寄ってくる。長机を囲み談笑していた京香や叢雲、群像らはその表情を険しい物へと変えた。イオナと反対側の群像の隣に陣取っていた金剛が、その様を見て眉をひそめる。

 

「What's? また妙に主張の激しい色の艦艇が出たのデスね」

「……千早君、心当たりは?」

「……オレの知っている限りで該当するのは重巡洋艦タカオ、イオナと同じ霧の艦だ」

「多分それで間違いないわね。戦術ネットワークにタカオが艦娘と深海棲艦の戦闘観測データをアップロードしてる」

 

 耳慣れない単語に疑問符を浮かべる少女達への説明も程々に、ヒュウガは自分の持つ端末に資料を表示する。画面には、タカオの三面図と艤装、基本的な排水量等の情報が記載されていた。明石が持ってきていたファイルを催促し、彼女はその端末を机上に置いて説明を始める。

 

「明石さん、それちょっと借りるわね。……第一巡航艦隊所属の重巡洋艦クラス、報告を見る限り配備位置は名古屋沖、堅物のコンゴウの事だからこの状況でも海上封鎖は程々に継続するでしょうし、恐らくタカオに関しては此処から動くことは無いと考えていいわ」

「そこのと違って、霧のコンゴウは生真面目だから」

「それはどういう意味デスかね」

「打ち解けたみたいで何よりだわ。それはそれとしてご苦労なことね……艦娘で直接当たっても明らかに勝てない気がするんだけど、さてどうするかしらね」

 

 あんなトンデモ兵器と戦うなんてNo thank youデース等と嘯く金剛に苦笑いを浮かべながらも、京香は思索を巡らせる。少なくとも察知していたはずの相手に対し、戦闘を仕掛けることもなく見逃した事には相応の理由があるのではないか、と。そして同様の疑問を持ち、京香と同様の解答に、向かいにいる群像らも至ったらしく、彼女らは声を揃えて笑う。相手もこの状況に困惑しているのだ、と。

 そうだとしたら、話は幾分か楽になる。正面切って撃ち合いをする事は避けられる可能性も生まれるし、もし戦闘に突入したとしても『敵を撃破する』以外の勝利条件を用意することが出来るかもしれないのだ。端的に言ってしまえば『元の世界に戻る為に協力する』という餌が効力を得る可能性が僅かながら生ずる。

 

「……にしても、最悪の場合随分とリスキーな戦闘になりそうね。金剛、多分前線出ることになると思うから」

「Oh shit!! 私達じゃ一発貰っただけで死にかねないfirepowerじゃないデスかー!」

「大丈夫だって、どうせ私が乗るイージスだって当たったら一撃だし」

「そういう問題じゃないデース!!」

 

 イオナ、ヒュウガの両名協力による、千早群像、華見京香主導の『対霧の艦艇戦』。その一戦目となる舞台の幕が、今まさに上がろうとしていた。

 

 

 

 同時刻。伊豆市の西側に位置する、人の手を離れ寂れきってしまった倉庫群。その一つの建物の中で、少女らは途方に暮れていた。

 

「なあ、400、402。……此処はどこなんだ?」

「……駿河湾港の倉庫街だな」

「付け加えて言うなら、2014年の、ね」

 

 霧の艦隊総旗艦『ヤマト』直属の巡航潜水艦、イ400、402。そして、海域強襲制圧艦、ズイカク。そのメンタルモデル達は横須賀から離れた海岸沿いの倉庫の中で、三人揃って今目の前で展開されている状況に首を捻ることになってしまった。


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