貧乏くじの引き方【本編完結、外伝連載中】   作:秋月紘

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第四話

「私は艦娘を沈めたことがある」

 

 大和、金剛、長門の三人を残した執務室。しばらくの沈黙と、大きな深呼吸の後、彼女らの指揮官はそう切り出した。

 

「……それは。意志疎通のできそうもない相手と戦争をしているんだ、過去の事を掘り起こしてとやかく言う気はないぞ」

「テートクー、私達はpenitenceを聞くために残されたんデスか?」

「故意に、って言ったら?」

「……What? jokeもホドホドにするネ」

「seriously.残念ながら事実よ」

 

 無言で踵を返す金剛を長門が制する。態とらしい舌打ちとため息、呆れたように髪をガシガシと掻きながら列に戻る。

 

「さて、事実とは言ったが真実とは言わなかったな。その辺りの説明を聞かせて貰おう」

「うちの艦隊、演習で特定の組み合わせを避けてるのは知ってるわよね?」

「はい。深雪さんと電さん、北上さんと阿武隈さんをはじめとして、演習では同一艦隊に配属されない艦娘がいる、と聞いています」

「……演習中の事故か」

「そう。最初は気付かなかったけど、決定的だったのは深雪と電の件かな」

「……ソレを確かめる為に艦娘を沈めた、という事デスか」

 

 返事はない。その沈黙を少女は肯定と受け取った。

 

「Dammit! 冗談じゃないヨ、よりにもよって自分の上官がserial killerだなんて知りたくもなかった!!」

「なっ、落ち着け金剛!」

「コレが落ち着いていられマスか?! いくら生体兵器と言ったって感情も記憶もあるんデス、それをこんなモルモットみたいに!!」

 

 モルモット、という言葉に長門の動きが止まる。不意に制止する力が無くなったことで姿勢を崩した金剛は、続く彼女の言葉に、冷静さを取り戻すこととなった。

 

「提督、まさかとは思うが、最上と曙を今このタイミングで同一艦隊に入れたのは……」

「半分正解」

「貴様、この期に及んでまだそのような態度を……!」

「す、Stop! ちょっと待つデス長門! テートク、今、半分正解と言いマシタね、その意図を……」

 

 どごん、という重低音が響く。その音を轟かせたのは長門でも、金剛でも、ましてや司令官でもなかった。

 

「意図? 意図って何ですか? 味方の艦娘を実験動物のように死なせて、また同じような事をするのにどこまでの価値があるっていうんですか!?」

「や、大和も落ち着くデス、それをこれからテートクに」

「自分の部下を実験動物にするような人の発言を信用しろと?」

 

 反論が出てこない。三人が三人とも同種の嫌疑を抱いたばかりで、肝心の提督は自己を正当化しようという言動を一切見せず。金剛、長門共に強い制止には出られなかった。

 

「とにかく、第一艦隊の編成は即刻変えていただきます! 艦娘は実験動物ではありませんし、わざわざ余計なリスクを高める必要なんてありません!!」

「却下。編成はこのまま変えない、でなきゃ意味がないの」

「あ、貴方は……!!」

「ッ!!」

「なっ、止せ金剛!?」

 

 重機にも似た駆動音、すぐさま反応した長門の目に写ったのは、背に負った大きな艤装、その砲口を提督に向けんとする少女の姿であった。

 

「今直ぐその煩い口を塞いでやりマス! その命でお前にモルモットとして殺された仲間達に償うのデス!!」

「やってみなさいよ。アンタに同類が撃てるんなら」

「ナ、何を……」

「撃ってみろって言ってんのよこのクソ英国被れが!!」

「……ッShutup!!」

 

 火器管制システムに神経を接続、感情に任せその引鉄に指を掛けたその直後。

 

「そこまでだ」

 

 世界が、反転した。

 

「ghaッあ……!?」

 

 艤装ごと地面に叩き付けられそうになるのをすんでの所で免れたが、慌てて装備解除した鉄の塊に頭をぶつけ、悶えることとなった。

瞳に涙を浮かべて顔を上げた金剛の視界に入ったのは、呆れたような表情の日向と伊勢が、四人それぞれに砲口を向けている姿であった。

 

「……やれやれ、その口調から察するに提督は『元』曙か。髪色や顔つきで気づくべきだったな」

「全く、もうちょい遅かったら作戦前に艦隊が鎮守府内で壊滅してた所だったわ」

「伊勢、日向……お前たちが何故此処に」

「何、少し嫌な予感がしてな。此処に来る前に確認したいことがあって遅れてしまったのさ」

 

 確認、という言葉を聞いて提督の片眉がぴくりと動く。それを横目に見て、日向はやはりな、と笑みを浮かべた。

 

 

 

「提督、貴方は『フネに酔う』という言葉を知っているな」

「……ええ」

 

 数刻後、伊勢が必死に宥め倒した結果、ある程度の落ち着きを取り戻した三名の艦娘と提督、そして、伊勢、日向がテーブルを囲んで腰掛ける。日向の問に答える少女は、些か不愉快そうな表情であった。

 

「……確証を得たのは深雪と電の事故だったか」

「それが?」

「アナタッ……!」

「あーもー落ち着いて。三人にも説明しとくと、フネに酔う、船酔いっていうのは艤装の元になった船、私だったら戦艦伊勢とかの記憶に飲み込まれちゃう事を言うのよ」

 

 初耳だ、という表情を見せる三人を見て、だろうなという反応をする。明らかな不快を示す金剛、大和とは別に、長門は小さく考えこむような仕草を見せた。

 

「……つまり、深雪と電の事故もその船酔いが原因、と言う事か?」

「そう。初期症状は通称通り、それこそ船に揺られて酔ったような症状ばかりなんだけど、重症化すると、艦の記憶に引っ張られて、それを辿るように死んでいくのよね」

「だがちょっと待て、幾ら艤装を装備しているとはいえ、艦娘同士の衝突で死人が出るとは考えにくいぞ」

 

 はっとした表情で顔を見合わせる。彼女らの疑問に答えたのは、不遜な態度を崩さなかった提督であった。

 

「……実弾訓練での誤射が原因、だったの」

「誤射……いや、それでもだ。そもそも何故深雪、電が船酔いを患った?」

「それは、分からない。少なくとも電にはそんな兆候は無かったし、今でも確証は得られてないから」

「……両方が患う必要がそもそも無いんだ。片方が溺れてしまえば、それを再現させるように周りの艦娘を巻き込む。……先任の深雪は抱え込む質だったんだろう」

「それに、提督も数度の事故を軽く見てたわよね? 長門と同じように」

「その衝突が原因で、いつか訓練中に同じように死ぬんじゃないか、と悩むようになった。簡単にいえばトラウマのようなものだからな」

 

 言葉を返すことが出来ず、一様に硬い表情で視線を落とす。だが、感傷に浸ることを日向は許そうとしなかった。

 

「で、ここからが重要なんだが、最上が船酔いに罹り始めている。そして、戦略上重要な拠点とはいえ、小さな島々の攻略にわざわざ我々戦艦や一航戦、二航戦等をほぼ全て投入して後詰とするこの配置。……理由は分かるな?」

「……最上は実験台か。船酔いを越えられるかどうか、の」

 

 結局モルモットじゃないデスか、と金剛の辛辣な声が響く。それに否定を返すことは出来ず、提督は視線を合わせようともしない。

 

「でも、溺れる=死を覆すことが出来るとすれば見返りは大きなものになるわね。艦船の記憶に関しては決して他人事じゃないし、良い記憶に助けられてる子も居れば、KIAの報告が特定の艤装を持つ艦娘に偏っているのも事実。記憶もひっくるめて『フネ』だから、下手に触ることも出来ないしね」

「……異論はない。が、当の本人はどうなんだ」

 

 返事はこない。やはりか、と溜息を吐く長門であったが、伊勢、日向の表情は変わらず、「仕方がないだろう」という様子。それを訝しんで問いかけた結果は、ひょっとしたら、と考えていたが当たっていて欲しくないものだった。

 

「船酔いというものは自覚すれば収まる。しかしそれでは解決にならない上、一時的に鳴りを潜めるに過ぎないんだ」

「だから、何時再発するかわからないし再発したら手遅れ。ぶっつけ本番で超えるしか現状は対策が出来ないのよ」

「Baddestネ……」

 

 溜息。結局、提督に対してそれ以上を問い詰めることは出来ず、微妙な空気のまま、彼女らは待機を命じられるのだった。

 

 

 

「……まさか彼女が元艦娘だったとはな」

「でも、曙と言われれば全くあの口の悪さにも納得デスねー」

 

 長門に諌められ、唇を尖らせる。待機とは言ったものの、特に何処其処に居ろ、と指示されているのではなく、あくまで鎮守府内から出るな、というお達しである。提督の部屋を出た彼女等は、揃って長門、陸奥の私室に集合していた。

 ゴシップに弱い陸奥は長門の厳命により、榛名、霧島に連れられて部屋を追い出されている。

 

「ですけど、提督はどうして艦娘を辞めたのでしょうか……誰にも以前の話はしていないようですし」

「余計な詮索はしない方が良いだろうな。恐らくそれが互いのためだ」

「私も日向と同意見だ。彼女の思惑通りなのは些か癪だが、船酔いを脱する事を彼女が望むのなら、我々としてもその望みそのものには異論は無いんだ」

「……私も、榛名を一人ぼっちにさせるのはもう御免デス」

 

 思わず握った拳には、少し、血が滲んでいた。

 

 

 

「ふーん、艦娘だったこと、バラしたんだ」

「仕方ないでしょ、日向に電と深雪のこと知られてたし……」

 

 月明かりが執務室を蒼く照らす。時折吹き込む風に目を細め、髪留めに付けた鈴を指でなぞる。

 

「まあ、アンタがそれでいいならいいけど」

「大丈夫。五人が知ってるのは私が曙だった、ってことだけ。……これも嘘なんだけどさ」

「まだ、船酔い続いてるのね」

「引き摺り込む相手が居ないから平気よ。……たぶん、私に同類は居ないから」

 

 淋しげな瞳は、何処も見てはいなかった。


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