貧乏くじの引き方【本編完結、外伝連載中】   作:秋月紘

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Depth.005

「さて、全員揃ってるわね」

 

 ぱん、と一つ乾いた音が室内に鳴り響く。手を鳴らした張本人である京香が執務机に腰掛けており、その横に椅子を置き群像が腰掛ける。その傍らを守るように立つイオナと、それに倣うように腕を組んでいるヒュウガ。そして、正面でテーブルを囲むように金剛、榛名、叢雲、天龍、赤城、最上がそれぞれ指令を待つように座っている。

 

「名古屋の駐屯部隊から不審船の報告が周辺の鎮守府に回ったことは知ってるわね」

「はい、それは確かに伺いましたが、我々が此処に集められた理由は……それにそちらの三名は先程紹介して頂いたお客様、ですよね?」

「それは、榛名も気になります。不審船の目撃位置を考えれば、私達の艦隊よりも愛知の第六駐屯部隊、名古屋の方々の方が素早く対応出来るのでは……」

 

 当然の疑問を口にする赤城と榛名の二人に、群像らが反射的に眉をひそめる。取り急ぎ、と言う形であったため、初めに会った面々以外には名前やドック入りしている401の乗員である以上の話を出来ていないのだ。ならば何故そのような艦娘までが集められたのか、というと。

 話は数刻ほど前まで遡ることになる。

 

 

 

【Depth.005】

 

 

 

「お久しぶりです、少将。ええ、そちらもお変わりないようで何よりです。それで、お送りした資料は目を通して頂けました? はい、はいそうです、そうして頂ければ助かります。その件への対応も一先ずは此方で。……ええ、それでは失礼致します」

 

 執務室での、十数分ほどの長電話。受話器置きに指を乗せ、通話が切れたことを確認して受話器を置く。近くに居た群像、叢雲らと目を見合わせ、京香は一際大きな溜息を吐いた。

 

「ふーっ……とりあえず横須賀のお偉いさんには話を通しておいたわ。捜索を行うことは出来ないけど発見した場合は保護してこっちに連絡くれるってさ。中将閣下の娘って肩書に感謝しないとねえ」

「人は見かけによらないもんね、貴方がそんなお偉いさんだったとは思わなかったわ」

「そりゃどうも、褒め言葉として受け取っておくわ、ヒュウガ。ところでイオナは?」

「イオナ姉様なら記憶メモリーの確認中よ。私の方から此処での話は伝えておくわね」

 

 肩を竦める白衣の少女と笑い合う。二人の姿を見て、一先ず残りのクルーについて頼る当てが出来たことを実感し、少年は安堵の溜息をついた。それに気付いた叢雲が、一歩二歩と傍に歩み寄る。上目遣いにこちらを見る姿に一瞬目を丸くし、群像は何か用か? と問い掛けた。

 

「別に。貴方達の知り合いっぽいあの紅い重巡は結局どうするつもりなのかー、とか気になったりはしてないわ」

「……考え中、という感じだな。これまで同様にこっちでも海上封鎖を行おうとするなら戦闘も視野に入れなきゃいけないのは確かだが」

 

 そう、と小さく相槌を打ち、少女は壁に背中を預ける。同じように壁にもたれ、少年は天井を、少女は床にそれぞれ何を見るでもなく視線を向けた。戸棚から紅茶の缶とカップなどをテーブルに出し、いつの間にやら沸かされていた電気ケトルを持って再びテーブルの傍で紅茶を入れ始める京香に気付き、彼らはそれぞれのタイミングで席に着いた。

 

「はい、二人共ストレートで良かった?」

「ああ、ありがとう」

「シュガーも頂くわ」

「京香、私の分の砂糖もお願い」

「執務中は司令官か提督でしょ」

「はいはい」

 

 慣れた手付きで全員分の支度を済ませ、そそくさと茶菓子を取りにまた戸棚の方へと足を向ける。それをなんとなく目で追う群像と、特に気にすることもなく資料を纏めてゆくヒュウガと叢雲。お気に入りらしいクッキー缶を手に彼女が戻ってきた時には、一通りの下準備が終了しており、京香が着席したのを確認してヒュウガは早々に口を開いた。

 

「さて、それじゃ『司令官』に改めて説明しておくわね。さっきも説明した通り、十中八九タカオは名古屋沖での海上封鎖に入るわ、で、今後の事を考えるとどちらにとってもシーレーンを潰されるのは好ましくないし、向こうがこの状況に戸惑ってる内に仕掛けようと思うのよ」

「……向こうは重巡洋艦で、こっちは巡航潜水艦一隻と性能差に開きがありすぎる艦娘とよ。勝算は?」

「それはオレから説明するよ。ヒュウガとイオナにも確認したが、彼女達は現在記憶の一部ないし大半をロックされているらしい。で、累積されてる記憶量とヒュウガが断片的に見られる内容から察するに、タカオがオレ達の麾下に入っていたのはほぼ間違い無いそうだ」

 

 群像が始めた説明に、京香はなるほどと頷く。どういう事かと問い掛けた叢雲に対して彼女は、不敵な笑みを浮かべ『きっかけを作れれば味方にするのは容易だろう』という想定を口にした。そしてその想定に、ヒュウガと群像は微妙な笑みを浮かべる。それを見て京香も似たような笑みを見せるが、それも当然の事で。

 

「そのきっかけをどう作るか、が問題なのよね」

「そうねえ……やっぱ一回沈めちゃおうかしら?」

「……だからどうやってよ」

「そこはこのヒュウガ様の腕の見せどころってね」

 

 少女はフフン、と鼻を鳴らす。そしてそれまでとは全く異なる画面を手元の端末に映し、三人に向けて見せた。其処に描かれていたのは金剛型を始めとした艤装の三面図、そしてその中には侵蝕魚雷や推力偏向型スラスター等の文字が所狭しと踊っており、それを軽く見ただけで彼女のしようとしている事を察知し、叢雲の顔から血の気が引いた。

 

「あっ、アンタ私達の艤装魔改造して殴り合いさせようっての!?」

「ご名答。で、強化項目なんだけど、艦種問わず攻撃力と運動性に極振りしてるから」

「待ってなんで。一発貰ったら終わりなんだからむしろ防御力上げてくれない?」

 

 襟を掴んでガクガクとヒュウガの身体を全力で揺さぶるが、揺さぶられている当人は涼しい顔で改装箇所をつらつらと羅列し続けてゆく。二十分ほどそのような状態が続けられていたが、ついに諦めたか、少女はその腕を離す。特にそれを気にすることなく平然と襟を直し、ヒュウガは京香の方へと向き直った。

 

「さて、そういう訳なんだけど、どうする?」

「無理強いはしない、というより危険性を考えると余りオレも賛同したいやり方とはいえないし、駄目なら駄目で構わないよ」

「あら、いいの?」

「霧の艦隊はそもそもこっちの問題だからな」

「……乗らない、とは言ってないわよ? ただ、ウチの艦娘をデコイに使おうってなら今この場で降りさせて貰うけど」

 

 菫色の髪を揺らし、少女はそう不敵に笑った。

 

 

 

『赤城、偵察機を。ヒュウガ達の話を聞いてたら分かると思うけど、高度を取ると簡単に落とされかねないから注意してね? ルートは伊勢湾を突っ切るまで海に出ないで、大王崎を迂回する形で海上に。どれだけ効果があるかは分からないけど私達の場所をなるべく勘付かせないで。五分後に二陣、そっちは沖合を迂回する形で索敵ルートを』

「了解しました」

 

 伊豆半島を出、駿河湾を越えた辺りで動きを止める。後ろを付いて来ているイージス艦から司令官の声が聞こえた。大きく息を吸い込み、提げていた弓を引く。息を止め、精神を集中させて、彼女は姿勢を一つも崩さずそれを放った。遅れてその矢が艦載機の姿を取り、海面近くを滑走するように飛んでゆく。ヒュウガは出撃させる艦娘に実力者のみを指名するように言い、京香は断ること無くその条件を飲んだ。海上に出ているのは、赤城とその直掩である最上と天龍、そして榛名の四名のみ。金剛と叢雲は、というと。

 

「ほー、コレがイ401のBridgeなのデスかー、very very Neo-futuristicデース」

「……ホントに潜水艦のブリッジなのコレ」

 

 海中を静音航行中の401に、群像、イオナとともに同乗していた。艦長とメンタルモデル以外誰一人乗っていない艦艇が、一人の少女の意志に従い航行しているという状況に、何と形容すれば良いのか分からない質の違和感を覚える。

 

「オレ達はこのまま海溝に沿う形で静音航行し、上から情報が入り次第タカオの背後を取りに動く。先陣は上の華見さんに任せたが、それが失敗した場合はプランB、オレ達の仕事だ」

「プランBに入る前に終わってくれれば良いけど……」

「そう願いたいな」

 

 小さく笑い、群像は再びモニターに視線を向ける。画面に映る海図と、京香らの搭乗しているイージス艦『かぐら』そして目下の敵であるタカオの資料が表示されている。それを無言で見ていたイオナの瞳が光を放ち、その頬にバイナルパターンが浮かび上がる。

 

『ヒュウガ』

『聞こえております、イオナ姉様。そちらは今何処に?』

『座標を送った。我々はこのまま海底を這う形でタカオの側面を取る、そちらは作戦通りに』

『了解しました』

 

 イオナとの概念伝達を終了し、ブリッジで指揮を行う京香に視線を向ける。それに気付いた京香の手招きに応える形で、ヒュウガは少女の隣に並び立った。

 

「出撃前にも説明したけど、かぐらも艦娘同様出力系と攻撃装備を優先してる。バイタルパート周辺には強制波動装甲を拵えてるし、私が制御に参加するからクラインフィールドも張れないことは無いけど過信は禁物よ」

「了解。とりあえず相手の居場所を確認できたら勧告、その結果次第で戦闘に、という形で問題はないわよね?」

「ええ。戦闘に入る前に確認したいこともあるしお願いするわ」

 

 言いながら二人は窓の外を見続ける。今の所、敵影は見えない。暫く無言のまま航行していたが、不意に前を航走していた赤城が声を上げるのが通信機越しに聞こえた。その声の意味する所を察し、少女らは反射的に戦闘態勢をとる。直後、赤城の声が偵察機の撃墜と、そこから予想される敵位置の座標を教えた。

 

「各艦戦闘態勢。ヒュウガ、タカオへの通信ってコレで出来る?」

 

 そう言って、彼女はヒュウガの手により設置された小型の通信装置をぽんぽんと叩く。彼女の問に、多分出来るんじゃないか、という大雑把な回答を少女は返す。小さく唸り声を上げて考え込んだ後、京香は一つ頷き、量子通信機に再び手を伸ばした。

 

「さて。先ずは演説から、基本よね」

「……そうそう、一つウチの艦長の口癖でも教えておくわ。戦闘に入る前に入れとくとちょっと気が締まるのよ」

「気が引き締まるってのは嘘臭いわね。それで?」

 

 ああ、聞くだけは聞くんだ、という様な反応を示す乗員を気にすること無く、ヒュウガは少女に近寄り、耳打ちする。使いどころなどを一通り聞いたか、満足気な顔で京香はマイクを取った。受信先を探すノイズが暫く走った後、無音になった事を確認して口を開く。

 

「所属不明艦に告ぐ。此方横須賀第五艦娘駐屯地所属、イージス艦『かぐら』貴艦は我々の領海を侵犯している、直ちに機関を停止させ、此方の管制下に入られたし」

 

 その言葉への返事はなく、偵察機を撃墜したきり赤黒の艦艇はその場を動こうとしない。小さく溜息を吐くヒュウガと目を見合わせ、少女は榛名らに指示を幾つか飛ばした後、口調を変えて再び声を掛け始めた。

 

「霧の重巡洋艦、タカオ。間違いないかしら?」

『……そうだ、と言ったら?』

「一つ取引をしたいんだけど」

 

 通信の向こうの声が、小さくくぐもる。取引、という単語に虚を突かれたのか、科白の意味する所を探ろうと考えこんでいるようにも思える。考える時間を与えまいと、京香は間を持たず言葉を続けた。

 

「貴方達を元居た場所に帰す為に手を貸す代わりに、我々への攻撃を控えてもらいたいの。然程難しい話ではないでしょう? それに、此処は貴方達が海上を封鎖していた日本ではない」

『なるほど、我々のことをある程度知っているという訳か。……401と接触したか』

「あらご名答。それで、返事は?」

『次元や世界の跳躍について研究が進んでいない以上、敢えて人間の手を借りる理由はないな。それに断った所でそちらの戦力などたかだか知れて……』

「榛名、主砲平射!!」

 

 タカオの言葉に一つ舌打ち、そして、怒号。海上で待機していた榛名の背部艤装、その主砲塔が、砲身がそれぞれ展開され、海を割って二筋の光線を放った。数瞬遅れて遠くに光る防護壁が、少なくとも命中させたことを示す。

 

『貴様……!』

「ギャンブルをしましょう。私達が勝てば、貴方は麾下に入る。貴方が勝てば、私達の情報の全てを無償で明け渡し、貴方達の麾下に入る。単純な賭けは嫌いかしら?」

『……ふん。面白い、我ら霧に戦いを挑んだ事を後悔させてやろう!』

 

 通信が切れると同時に艦娘、かぐらがそれぞれ別の方位へ向けて舵を切る。そして、それぞれの機関が異質な音を立て、推力を大きく上げ始めた。互いに水面を大きく波立たせながら搭載砲やミサイルを放ち、その内の幾つかが迎撃を待たずに海面へと着弾する。水面を大きく荒らし、海中を掻き回すような爆音が戦いの始まりを告げる。

 

「群像、双方の機関音増大、ミサイル計六〇及び主砲の発射音確認」

「予想はしていたが、やはりか」

「プランB、ガチンコ……デスねー」

「イオナ、一番から四番に通常弾頭、五番六番に侵蝕魚雷装填、その第一射着弾と同時に仕掛けるぞ」

「了解。推力六〇パーセント、京香達が海中を荒らしてくれている内に一気に距離を詰める。深海棲艦が寄ってこない内に片付けよう」

 

 大きく溜息を吐く金剛らと、涼しい表情のイオナやヒュウガ。そして、眉間に皺を寄せて、レーダーに映るタカオを睨む京香と群像。

 

「かかるぞ!」

 

 二人の指揮官の声が、艦橋に響き渡った。


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