「対艦ミサイル全門、赤城がマークした座標一帯へ斉射、それと対空迎撃システム起動! 続けてミサイル第二射準備、相手の意識を上に向けるわよ!」
揺れるブリッジ。モニターを見ながら指示を立て続けに出す京香と、電算機器の様子を伺うように虚空を睨むヒュウガ。互いに目視出来ない距離での戦闘突入であり、偵察機が落とされてしまっているため相手の様子を知ることができないのだ。それ故、京香は弾幕による撹乱、そして401から意識を逸らすための陽動に出ることを選んだ。
船上の発射管が次々と蓋を開き、ミサイルや魚雷を射出。海中や空中を走る白い線が曲線を描き、そして標的に届くこと無く爆炎を生じた。炎の横を抜けるように幾つもの弾頭がうねりを上げ、彼女達の乗る船へとその牙を剥く。
「ミサイル接近、タナトニウム反応感知。今の一射でこっちの居場所は概ねバレたと思ったほうが良いわね」
「分かってる、さっきの爆発音を抜けるルートで通常魚雷射出、十秒後に侵蝕魚雷パッシブで終末誘導! ヒュウガ、機関音と発砲音聞き逃さないようにね!」
「誰に言ってるんだか」
にやり、と口角を釣り上げる少女の頬にバイナルパターンが現れ、淡い光を放つ。それに呼応するように、イージス艦『かぐら』の船体が唸りを上げた。甲板上に配置されたCIWSが向きを変え、ヒュウガの意志に従い迎撃行動をとる。朱く燃え上がる炎に紛れて、赤黒い稲光と光球が空中で炸裂し、海面を球状に削ぎ取ってゆく。
「群像、海面に着水及び爆発音五、続けて魚雷航走六。……タナトニウム反応二、侵蝕魚雷を早速使ったらしい」
「タカオの様子は?」
「迎撃行動を取りながら転身、沖に向けて進路をとっている。転回速度も速い、このまま此方に向かわれると接敵が少し繰り上がりそうだ」
「どうするの?」
「……そうだな、今こちらの居場所を知られるのも嬉しい話じゃないし、もう少し華見司令達とやり合ってて貰おうか」
ふ、と気取った笑みを浮かべる群像を呆れるような目で見る叢雲と、どんな事をやらかしてくれるのだろうか、という期待のこもった視線をぶつける金剛。我関せず、といった調子でイオナはモニターに視線を向け、そして呟いた。
「迎撃弾確認、これは落とされるな」
「七番八番に音響弾頭魚雷装填、航走中の魚雷群迎撃確認後航路を合わせて発射、自爆タイミング任せる! 続けて侵蝕魚雷撃て!」
群像の言葉に呼応するように、401の発射管がその口を開き幾つもの魚雷を放つ。炸裂音の響く海中に白い線が走り、赤黒の船体を食い千切らんと速度を上げてゆく。やがて数メートルの距離まで迫ったか、という所で401のブリッジが揺れた。
かぐらの攻撃に紛れて放たれた音響魚雷が炸裂し、音の中を走っていた魚雷はタカオの船体に噛みつく前に迎撃を受け、そしてその尽くが水の中で徒花を咲かせる。
「音響魚雷炸裂を確認、このまま海溝に入る。戦闘からは一時離脱だ」
「アクティブデコイを後部から射出、かぐらの動きに追従させろ。こっちの移動が済むまではなるべく目立たせないよう頼む」
「了解した、401の操舵は?」
「オレがやる。二人も次のフェイズの準備を」
「Alright! 超兵器との戦闘、腕がなるネー!」
「鳴る腕が残ればいいけどね。……401」
ブリッジを後にする金剛に続いて扉に向かっていた叢雲が、ふと足を止めて少女を呼ぶ。視線を返す事もなく、イオナは画面に視線を向けたまま答える。
「イオナでいい。何だ」
「アレ、本当に使えるの?」
「ヒュウガの用意した品だ、性能に関しては保証しよう。接続テストも一通り済ませてはいるのだろう?」
「まあ、ね」
「なら十分だ。分かっているだろうが射程も無限という訳にはいかない、くれぐれも距離を測り損ねないように、な」
小さなため息。首を軽く振り、そうさせて貰うわと嘯き少女は扉の向こうへと姿を消した。ちらとそちらに視線を送り、再びイオナは正面を見据える。頬に走るバイナルが、一層強い光を放った。
【Depth.006】
「冗っ談じゃねえぞ何だよアレ!?」
急旋回によって大きく傾く身体を抑え、海面に現れた壁と一瞬の内に蒸発した袖と、ひりひりと焼け付く左腕を交互に見比べ、天龍は力の限り声を上げた。ヒュウガによって拵えられた、霧の電子妨害を受けない量子通信システム、それを介して伝えられた着弾予測地点から全速力で離れ、すんでの所で被弾を避けた、その直後の第一声である。
『天龍さん、無事ですか?』
「赤城さん平気っすただ砲塔の直撃狙える距離はぜってー避けて下さいコレ掠っても終わりですマジで!!」
『……だからやめようって言ったのに。ほら天龍、一回距離とって立ち回り変えるよ! 榛名さんもなるべく近寄り過ぎないよう気を付けて下さい!』
無線から聞こえてくる最上の呆れたような声を聞く間もなく、少女は慌てて転身、再び距離を大きく取る。射程外へ抜けた事を確認し一息ついていると、先ほどとは別のため息が聞こえてきた。
『ブリーフィングの時に砲塔の旋回速度とアンタ達の巡行速度を突き合わせた射界データ渡したでしょ? 無駄死されるとこっちが家なき子になるんだから気をつけてよねー』
「分かってるけどどうすんだよ、この調子じゃロクに近寄れねーしジリ貧じゃねえの?」
『まあ、イオナ姉様の方が本命とはいえあんまり安全圏に居過ぎるのもねえ。デコイに釣られてくれれば良いけど『ホンモノ』を探し始めちゃうとまた面倒な事になるし』
それまでと変わらぬ口調ではあるが、その語気は若干荒い。依然として姿を隠しつつ潜航する401に意識を向けさせないためには、砲の旋回速度が追いつかない距離まで詰め寄り攻め立てるのが、最も手っ取り早い方法であるのは確かなのだ。
しかし、「砲塔の最低旋回速度が艦娘の移動速度を上回る、狙いを定め難い距離」から「砲塔の最高旋回速度を艦娘の移動速度が上回る、照準の追いつかない距離」に移るまでの数秒の間に「砲塔の旋回速度の幅が艦娘の移動速度と噛み合う距離」が存在する。
この数秒間を凌げない限り、彼女等がタカオに接近することは許されない。
『天龍、榛名。少しいいかしら』
「どーした、ヒュウガさん」
『何でしょうか』
そんな最中、前線で囮を買って出た天龍、榛名へ向けてヒュウガの声が届く。砲火の中を疾走り続ける二人の返事を受け、簡潔に頼むと言われて、彼女は不敵な笑みを浮かべ答えた。タカオの懐へ飛び込む方法はある、と。
「どうやってだよ、水飛沫で姿隠してみたりはしたけどあんまり距離詰めらんねえし、無理矢理行こうとしたら消し炭だぜ」
『ま、小細工はあんまり通用しないでしょうね。距離が近いならともかく、この距離と巡航速度じゃ姿が見えた後に反応しても間に合うもの』
『でしたら、どうすれば?』
『ちょっと身体に負荷掛けちゃうけど、航行速度を大きく上げる手はあるのよ。体勢が崩れてる状態で使うとその後の戦闘が出来ないからリミッター掛けてるのよね』
平然とその言葉を口にするヒュウガに閉口する二人。彼女の言葉の意味する所を知るのはそう難しいことではなく、またそれ以外に有用な手立てが現時点の少女らには無いことも、この膠着状態が明確に示していた。
「なるほど上等だ。で、リミッター解除時の航行速度は?」
『そうねー、ざっと60kn前後ってところかしら。派手目に狼煙上げたげるからぱぱっと取り付いちゃいなさい』
「人間よりは頑丈なつもりだけど、保つ気がしねえぞ……」
『……榛名は大丈夫じゃないと思います』
悪態をつく天龍たちと、その言葉を聞き少し考えこむ素振りを見せていたヒュウガが、やがてその口を開く。
曰く、データ上では意識レベルも含めて問題無いと出たと。曰く、選択肢が存在しない以上、博打を打つ以外の道は現時点ではないと。その言葉は、二人の心を固めるのに十二分の働きを見せる。
そうと決まれば後は早い。榛名と天龍それぞれが大きく両翼に広がり、それをフォローするように最上達が砲を放ち、艦載機を飛び立たせる。迎撃のために主砲を転回し、対空射撃に意識を向けたその一瞬が決め手となった。
『主砲、対艦ミサイル一斉射、速力上げつつ取舵!』
「合図だ、行こうぜ榛名さん!」
『……了解しました!』
タカオによって迎撃され、ミサイルが大きな爆炎を上げる。波立つ海面を疾走る二人の背部艤装が大きく唸りを上げ、やがて、外殻が展開しその外観にはおおよそ似合わない推進器が姿を現す。青白い光を強く放ったそれは、一瞬の内に少女らの背面へと瀑布を思わせる壁を形作った。
「ぐっあ?!」
『きゃあっ!?』
ぐん、と身体を強く押し上げ、艤装が、その推進器が大きく咆哮する。ブラックアウトした意識を持ち直した天龍の視界に一瞬、眩い光が映った。ヤバい、そう口を突いて出た言葉を気にする間もなく上体を大きく捻り、海面を跳ねるように転がってゆく。そして天龍が身を逃した直後に光条が水面を抉り、跳ね上がった水飛沫を蒸発させた。
右手に提げた剣を水面に突き立て、体勢を立て直しそのままの速度でタカオへ向けて航走する。主砲の射程を外れた事に反応し浮遊、展開された副砲や機銃の迎撃をくぐり抜け、永遠とも思える距離を駆け抜けて、少女はナノマテリアルで補強された剣をぐ、と握りしめた。
「うおらぁッ!!」
そして、渾身の力でその切っ先が紅の船体へと向けて振り抜かれる。しかし、天龍が突き立てた剣は、船体に届く前に『六角形の光の集合体によって作り上げられた防壁』に阻まれ、鋭い音を立てた。
「クラインフィールド、コイツがそうかよ!」
思わず毒づき、目の前に燦然と輝く壁を一蹴り。そして宙を舞う身体を捻り、背面艤装から取り出した何本かの魚雷を全力で投げつける。五メートルほど離れた距離へと着水し、ちょうどクラインフィールドに衝突したそれらを目掛けて、少女は主砲を一斉に放った。
ばち、と肌を焼く痛みに眉をひそめ、逃げるように距離をとる。眼帯で塞がった視線が向く先では、今自身が投げ放った魚雷が黒い光球を発して防壁と、その向こうにある装甲を食い千切らんとしている。
「……ホントに意味わかんねえ兵器だな……チッ!」
続けて次弾を打ち込もうと腰を落とした直後、上空に聞こえた空気を焼く音に慌てて身を捩る。その直後、垂直に撃ち込まれた光線は水柱を二本、三本と立てて天龍を射抜かんと繰り返し放たれた。
明確な敵意を以って突き立てられる光の柱をまるでステップでも踏むかのようにくぐり抜け、再び二対の砲塔が炎を上げる。そうして突き進んだ二条の光は、先ほど侵蝕魚雷が残した爪痕を正確に撃ち抜き、クラインフィールドと呼ばれた壁が、僅かながらもその規則正しい姿を崩した。
「どうだ! ……って言いてえ所だったんだけどなあ」
『着弾をこっちでも確認。とはいえ小型弾頭だと大したダメージにはならないみたいね、やっぱり』
不意に聞こえたヒュウガのため息に思わず声を荒げる。
「やっぱりって何だよやっぱりって!」
『言葉通りよ。無視できない火力になってくれればいいや位の物だったんだけど、分が悪そうね。……榛名と合流出来ない? 一艦だけで相手の脅威レベルを上げるのはちょっと厳しいから』
「……了解」
「クラインフィールド飽和率十パーセント、あのイージス艦の攻撃を幾つか被弾したせいか」
水飛沫が舞う甲板の上、大きく揺れる船体を全く気にすること無く少女は佇む。少女の思考が向いているのは、いま足元にまとわり付いている艦娘ではなく、その向こうからこちらを狙う艦艇の事。
「401と接触した事で侵蝕魚雷等の兵器を得たとはいえ、付け焼き刃のみで我々霧に敵うと判断するとは思いがたいな。……であれば、どこかに401が潜んでいるはず」
考える。先の艦娘と深海棲艦の戦闘時に展開していたソノブイは生きているはずだ。そしてその内の一つはちょうど、あのイージス艦の近辺を漂っている。霧の技術提供を受けているにも関わらず、事前に調べていたスペックと現在の速度に大きな変化は見られず、また別の方向からの攻撃を一度も受けていない。ならば。
「……何時までそのイージス艦と戯れているつもりだ、401?」
ソノブイが一つ、イージス艦『かぐら』の足元で大きな音を上げた。
「ソナー音確認、401補足されました!」
「ソノブイ?! ……ヒュウガ、千早君に伝えて。向こうから食いついてきた、って」
「了解。ここからの行動は?」
かぐらのブリッジ内部。スタッフの一人がソノブイが発した音に気付き京香へと報告し、それを受けて彼女は指示を出す。デコイに意識を集中させ、依然潜んでいる本物の401が牙を突き立てる最大のチャンスを作り出すために。
「401は恐らく目標地点に到達してない。デコイを動かすのが繰り上がる分こっちでもう少し時間稼ぎをやらせてもらうわ」