貧乏くじの引き方【本編完結、外伝連載中】   作:秋月紘

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Depth.007

「お。どうだった、402?」

 

 京香達とタカオが本格的な戦闘を開始したちょうどその頃。何処から費用を捻出したのか、自分達が意識を取り戻した沿岸の倉庫地帯よりほど近い市街にあるホテルの一室で三人は腰を落ち着けていた。扉を開けて入ってくる姿をズイカクが見とめ、湯呑みを両手に座るよう促す。

 

「近隣の住民に話を聞いてみたが、やはりこの周辺の人類は我々霧と敵対していない。いや、というよりは存在そのものを知らない様子だったな。……事実彼等は、物資などに困窮している様子もなく、海洋に出ることも可能な事だと考えている様だった」

「なるほど、やっぱり時間跳躍は間違いないと考えてよさそうなんだな」

「あまり考えたくない可能性だったのだけど、そのようね」

 

 既にローテーブルを挟んで座っていた400が、ズイカクの言葉を継いでため息を吐く。どうせ続く言葉も知っていると言わんばかりの態度と、それを裏切ることも無く淡々と402が話す内容とを見比べて、ズイカクは自分の茶を呷った。

 

 

 

【Depth.007】

 

 

 

「で、もう一つ悪い知らせなんだが、今回の事象、単なる時間跳躍ではなく平行世界や異世界の類に飛ばされた、俗に言う転移の可能性が高い」

「ネットワーク上に我々の元となった艦が見つからなかったという話に、深海棲艦や艦娘とか言うユニット群か」

「だが、そうなると戦術ネットワークが機能している点が気になるな。霧が存在しない世界であるなら、同様にコレも存在しないはずだ」

「代替となる何かを誰かが作り出したか、単純に切り離されずに済んだか、それとも……情報が少なすぎるし、知った所で大きな進展を得るとは考え難いわ」

 

 それもそうだ、と呟き少女は一つ湯呑みに口付ける。そして、いくつかの確認を経て話題を切り替えた。

 

「あとは……そうだな、我々以外の霧も、それぞれ記憶領域の状態に誤差というには大きな差異が出ているらしい。千早群像、401の麾下にあったはずのタカオが、その401と戦闘を開始している」

「どういう事だ?」

「コンゴウとタカオの通信を聞いていた限りでは、タカオの記憶メモリーは401との戦闘を行う前までで止まっているように思えたな。恐らく我々と同じようにロックが掛けられているんだろう」

 

 400の言葉に、二人は倉庫街で目覚めた時のことを思い出す。意識を取り戻した直後、ズイカクは400、402と行動を共にしている事を知らない様子であったし、自身と400にしても、ズイカクと行動するようになって以降の記憶に大きな差異があった。

幸いな事に、それぞれがそれぞれの記憶領域を解錠できるキーコードを持ち合わせていたからこそ情報共有も可能となっているが、そうでなければ、所属が違うこともありもう少し面倒になっていたことだろう。

 

「それはまた難儀なことだな。誰が何の目的で……」

「気になる所ではあるけど、正直な所あの位置で戦闘を継続されると動きが取りづらいというのと」

「せっかく霧が敵対勢力として認識されていない状態を得ているというのに、それをみすみす崩されては今後の情報収集の妨げとなりかねない」

 

 402の言葉を継いで400が口を開く。人間ないし人類の味方である艦娘として認識されているこの状況は、なるべく早くにこの異常事態を脱する事を目的としている三人にとっては非常に動きやすいものなのだ。故に、記憶メモリーのロックがあるとはいえ律儀に海上封鎖を行おうとしているコンゴウらの行動は、端的に言って勘弁願いたい類のものであった。

 

「しかし良いのか、400?」

「何がだ」

「確かに今後の事を考えれば人類の協力者を得る方が便利がいいが、かと言って霧同士で矛を交えるのが利口な選択か、と言われるとそうでもないだろ」

「別に、火器なりなんなりを持ち出して401に加勢しよう、というわけではないわ。居場所は悟られていない方が今は都合がいいしね」

「それに予想が正しいのなら今はアドミラリティ・コードや総旗艦の監督外だ、最優先事項を元の世界への帰還とするのが順当だろう」

 

 ずず、と音を立てて400は茶をすする。そして一息ついて、ズイカクの方にちらと視線を向けた。一瞬のアイコンタクト、その意味は過不足なく少女に伝わったらしく。

 

「総旗艦のお言葉でもあったな。臨機応変に行動せよ、というのは」

 

 ツインテールの少女はそう口角を釣り上げて笑った。

 

 

 

「榛名さん!」

「はいっ!」

 

 跳ね上がる水飛沫を気にする事もなく、二人の少女はタイミングを合わせて砲撃を放ち、クラインフィールドへ、上から自分達を狙う砲台へと火力を集中。直撃を示すように火花を散らす防壁と、それが一瞬の内に元の整然とした姿を取り戻す様に舌打ちし、天龍は再び侵蝕魚雷に手をかけようとした。

 しかし耳孔を叩く怒声に攻撃を中断し回避行動、その後も止む気配のない砲火の中で反撃を続けていたが、未だ明らかに見て取れる類の損傷は与えられずにいた。

 

「くそっ、全然効いてるように見えねー」

「防壁の揺らぎが目に見えるようになっているので効果は出ているはずなんですが……くっ」

「……分かっちゃいましたがやっぱ気の長え話っすね……」

『意外とそうでも無いみたいよ?』

 

 毒づく天龍や榛名に向けて、愉悦を含んだ京香の声が掛けられる。数瞬の困惑の後、彼女の声色の理由に気付き減退していた天龍の戦意が勢いを取り戻した。

 

『401ダミーが補足されたわ、ホンモノの目標地点到達ももうすぐだしここから一気に決めるわよ』

「っしゃ、待ってました!」

「了解しました、行けます!」

 

 司令官の言葉を受け、艦娘達が攻撃の手を再度激しくする。それと時を同じくして京香ら『かぐら』乗員に寄せられたのは、401がタカオの後方へと無事に到達した旨の短いメッセージと。

 

「ヒュウガ。これ、何か分かる?」

「……ええ。あんまり嬉しくない情報も増えたって所」

「手短にお願い」

 

 眉間にしわを寄せる京香に促され、画面を見たヒュウガはため息とともに口を開く。事前に打ち合わせていたキャニスターの展開図とは別に画面へ表示されていたのは、タカオ用と思われる記憶メモリーのロック解除コードと、ユニオンコアと呼ばれる核の位置を示しているであろう人物シルエットと光点。静音航行中の401との連絡は避けている中、突然何者かより送られてきたのだ。

 この戦闘状態の中、タカオ側に気取られることもなく、自身の居場所も気付かせずに接触を行える何者か、から。

 

「総旗艦直属の諜報型潜水艦、イ400と402。あの二人のどちらかか、その両方がこの海域を見てるって事になるわね」

「……この戦闘に関してはこっちに味方してる、って事かしら」

「さあ。総旗艦のお考えは分からないからなんとも。ともかくイオナ姉さまもこの情報を受け取っていると考えて行動した方が良さそうね、デコイに対して接触してこなかった辺り確実に両方の場所を把握してるわ」

 

 渋い顔をする京香と、小さく肩をすくめるヒュウガ。しかし突然増えた第三者の立ち位置に気を揉んでいられるほど余裕のある状況でも無く、前衛の艦娘を思えば、誰かによって提示された情報を利用する選択肢は非常に有用なものと思えた。

 

「必要な時に使えるよう準備だけお願い、ヒュウガ」

「ええ。私はこのまま姉様からデコイのコントロールを預かるから、くれぐれも位置取りには注意してね」

「任せて。さて、そろそろ動かせてもらおうかしら!」

 

 護衛艦かぐらの足元より機関音を上げて離れ、デコイの魚雷管から数発の魚雷が射出される。かぐらが放った物とは別の航路を取り、それぞれがタカオへと向けてその牙を突き立てんと唸りを上げた。

 

「やはりそこか、401!」

 

 タカオの頬、船体に刻まれたバイナルが紅い光を強く放ち、転回速度を上げ401ダミーへと向けて火力を集中せんと砲門やミサイルハッチを開く。ようやく見つけた本命に注意を奪われ榛名や天龍への警戒が疎かになったか、向けられる火線の数が減ったことを確認し、天龍はぴたり、と脚を止めた。

 

「今だッ!」

「ええ!」

 

 榛名の砲塔四基、天龍の砲塔一基が最大の火力を一処へ向けて放つ。その光条はクラインフィールドを波立たせ、一際大きな火花を上げる。効果は変わらず小さなもので、同時に放った侵蝕魚雷も大きなダメージにはならない。だが、それでいい。爆炎に紛れて放ったもう一条の光線が、海中に落とした一つの狼煙に火を付けるのだから。

 

「音響弾頭魚雷炸裂。音紋合致を確認、座標を出す」

「座標登録、指定座標からタカオの航路予測データに合わせてキャニスター起動! B、C二機を目眩ましに使う!」

「了解した。七番八番発射口注水、BCキャニスターと同時に発射開始」

 

 海底に複数設置されたコンテナ状の物体、それらの上面に設置されたハッチが注水を終えその口を開く。そして次々と、白煙が水を切る音と共に立ち上る。想像だにしていなかった方向からの攻撃に虚を突かれ、そちらを迎撃せんと浮遊砲台と化した副砲を再び下方へ向ける。その時だった。

 底部を襲う爆風や侵蝕魚雷の攻撃の中から、複数の弾頭がこちらを攻撃すること無く海上へと飛び出す。側面へと激突してくる弾頭も中には存在したが、その内の幾つかが命中すること無く上空へと舞い上がり燃料を喪い失速してゆく。

 

「無誘導弾? こちらの航路を予測して発射したということか」

 

 その予想を裏付ける様に、速度を落とせばその後発射される弾頭は艦首のわずかばかり前方を水飛沫を上げて飛び交うのみ。

 

「面白い手だったが、幾分か詰めが甘かったようだな」

 

 攻撃をやり過ごした事を確認し、速力を上げ回頭。未だに逃げまわる二隻の人類側艦艇に止めを刺さんと甲板上のハッチ全てが開かれてゆく。

 

「128発の侵食弾頭兵器。かわせないようなら、これで終わりだ」

『Buuuuur……』

 

 開かれたハッチへと弾頭が順に装填され、発射準備が着々と進行する。そして。

 

『ningゥ……』

 

 ハッチの使用可能状況を示すランプが全て、発射可能を示したその直後。

 

「Loooooveッ!!!」

「なッ!?」

 

 二つの人影が、タカオを、その胸に隠されていたユニオンコアを目掛けて拳を、武器を振り下ろす。慌てて飛び退いた直後、彼女らの攻撃はナノマテリアル製の甲板に、小さくはないヒビを入れた。

煙の中から姿を表したのは、些か青ざめたような顔をしている銀髪赤目の少女と、不敵な笑みを浮かべて拳を打つ茶髪の少女。

 戦艦艦娘・金剛と駆逐艦艦娘・叢雲は、メンタルモデル・タカオの前に立ちはだかり、小さく構えた。

 

「Check! 待ったは認められまセンよ?」

「……スティールメイトは無いから、そこん所よろしくね」

「……いいだろう」

 

 そう呟いてタカオが、叢雲が、金剛がそれぞれ甲板を蹴る。主砲を転回し砲撃を放ちながら槍を取り直し、タカオに向けて突き立てる。

最小限のサイズで防壁を張り砲撃を防ぎ、突き立てられた槍をタカオはその手でいなす。艦上に展開した副砲を二人に向けて攻撃を放ったが、金剛はクラインフィールドと思しき防壁を張り、叢雲はタカオの胴を蹴って飛び退き攻撃を防ぐ。

 微弱なものとはいえクラインフィールドを張った艦娘に警戒の目を向けたのもつかの間、体勢を立て直した叢雲の追撃に反応が遅れ、初撃をかわし切れず腕を掠めて姿勢を崩す。

 

「貰った!」

「ちっ!」

 

 叢雲の蹴りを両腕で受け、吹き飛んだ先に放たれる金剛の主砲。受け身をとったそのままクラインフィールドで防ぎ再度叢雲の懐へと飛び込む。握りこんだ拳をそのまま叢雲の顔面目掛け打ち込もうとするが、すんでのところで回避され、叢雲の回し蹴りが向かってくる。金剛の横槍を受けながらの戦闘を嫌がったか、叢雲の蹴りを避けた直後にタカオは標的を変える。

 

「Shit!」

 

 迎撃に放った主砲二発を防がれ、そのまま肉薄を許してしまう。そしてタカオは。追い詰められたはずの金剛は笑った。

 

「貴様の負けだ」

「私の勝ちデス」

 

 タカオが接近し、その腕で金剛を貫いた瞬間、予め直近を狙って回頭していた砲塔が放ったのは実弾だった。火力は全く問題ではなかったが、轟音と炎、煙に燻され視界を失った直後、何者かに足を払われそのまま床面へと叩きつけられた。

 

「くそ、それが狙いかっ……」

「ご明察。それから、チェックメイトよ」

 

 立ち上がろうとしたタカオの胸元に、槍の先端が突き付けられる。この程度で、そう言いかけて彼女は気付く。先程金剛を殺し、最期の一撃を受けた筈の場所に積もる銀砂に。

 

「……まさか」

「そのまさかよ」

 

 その直後、タカオの船体を激しい揺れが襲う。平衡感覚を失い、海が割れ、船体が海面より切り離される。揺れの原因など、確かめる必要はなかった。

背後に陣取る401が、こちらを超重力砲の力場内に捉えている事が相手艦のスピーカーより伝えられたのだから。

 

「この私が、巡航潜水艦と人間なんかに負けるなんて」

 

 激しく揺れる波間から顔を出し、『本物』の叢雲と金剛は天龍と榛名に担がれたまま、ぱぁん、と小気味よい音を立ててその掌を打ち合わせた。


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