貧乏くじの引き方【本編完結、外伝連載中】   作:秋月紘

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Depth.008

「ていうかなんで狼の群れの中に羊をブチ込むような真似してんのアンタは! もし群像様と艦娘やらの間で何かの間違いでもあったらどうするつもりなのよええ!?」

 

 イ401とイージス艦かぐらによる降伏勧告を聞き入れ、反撃防止という理由でキーコードをイオナに奪われ、誘導されるがままに第五艦娘駐屯地へと到着。そうして案内された客間で京香らが何者かより受け取った記憶メモリーのロック解除コードによって封じられていた記憶を取り戻し。

 

 数瞬の沈黙の後、メンタルモデル・タカオは吼えた。

 

「いや群像様って……」

「……ちょっといいかしらヒュウガ。コレ本当にさっきまで戦ってたアレなの?」

「……ええ。ちょーっと変なプラグインが人格形成に影響を与えてるだけだから気にしないで」

「そこ、聞こえてるわよ」

 

 

 先の戦闘で見せた振る舞いからは予想だにしなかったタカオの言動に面食らい、京香と叢雲は困惑の色を見せる。ヒュウガ曰く『千早群像に敗北して以来、恋愛感情に近い方向で彼に好意的感情を抱いている』とのことらしい。

 戦闘前に群像が口にしていた『記憶がロックされている』という言葉の意味を、彼女たちはこの一連の流れで感覚として理解し、同時に『乙女プラグイン』などという至極どうでも良いプログラムがメンタルモデルには存在することを知る。

 

「……先程の戦闘では世話になったな。霧の重巡洋艦タカオだ、約束通りこの事象の解決まではお前達の麾下に入ろう」

 

 そして、数秒前からは考えられない威圧感のある振る舞いに、この切替の速さに慣れるのには少し手間取りそうだと、二人は顔を見合わせるのであった。

 

 

 

【Depth.008】

 

 

 

 タカオと話をしている内に、彼女もまた気付いたらあの海域に艦体ごと浮かんでいたということ、ロックを掛けられていた記憶メモリーとは別に何かの解除キーと思われるコードがメモリー内に存在していたことが分かった。そして、ヒュウガとイオナへ確認をとった所、そのコードは二人の記憶の一部を蘇らせる物である事も。

 

「……こっちはOKよ。硫黄島でタカオを迎撃した理由もハッキリしたし、一応その後の事も思い出せたわ。ただ、かと言ってヒントになりそうな情報は手に入らなかった、っていうのが辛い所だけど」

「そう、残念ね。イオナの方は?」

「こちらも似たようなものだな。……ただ」

「ただ?」

 

 口を噤むイオナの表情はどこか硬く、何か問題でもあったような素振りをしている。とはいえ京香や叢雲は、聞いた所で関係の無い世界の話で役に立てるとは思わず、深入りすることを避けてしまった。

 

「いや、何でもない。少し精査したいデータが出てきただけだ、貴方がたの手は煩わせないよ」

「……念のため結果だけこちらにも知らせて」

「……了解した」

 

 そう答えて執務室を後にするイオナと、それについて部屋を立ち去るヒュウガ。扉の閉まる音の後、数十秒ほどの静寂を経て、京香はタカオの方へと向き直る。

 

「さて、挨拶らしい挨拶はまだだったわね。私が此処の司令官、華見京香中佐よ、で、こっちが秘書艦の叢雲」

「よろしく。一応歓迎するわ」

「一応、こちらこそと言わせてもらおうか」

 

 イオナと同じようにぶっきらぼうな口調で答え、タカオはその長い足を組み替える。イオナら二人もそうであったが、どこからどう見ても人間の、それも美女や美少女にしか見えない姿をしているメンタルモデル達に若干の理不尽さを感じつつも、京香はそれを隠し笑みを浮かべる。

 

「貴方達の帰還、それに関係しそうな記憶メモリーとやらはイオナやヒュウガに任せるとして、貴方に残ってもらったのは別の理由があるからなの」

「……コンゴウとのやり取りや彼女の立ち位置か、それとも他の霧についての情報、そんな所か?」

「ご名答。察しが早くて助かるわ」

「尋問とか拷問ってあんまり意味無さそうだし、普通に質問して普通に答えてくれると助かるのよね、こっちとしては」

「……そうだな」

 

 叢雲の言葉に対して、タカオは小さく息を吐き考え事をするような仕草を見せる。あくまでポーズにすぎないそれを数秒維持していたかと思えば、結論がある程度決まっていたのか直ぐに顔を上げる。そして、眉根を寄せ、険しい顔を京香に向けて口を開いた。

 

「一つ条件がある」

「……物によるわね」

「千早群像の客室を艦娘寮から遠ざけろ」

「……」

「……」

 

 そんな事でいいのか、というか順当に行けば思春期真っ盛りの年齢でもあろう少年の部屋を、年頃の娘も多い艦娘達が寝起きする寮の直近に充てる真似をすると思っていたのかこの戦闘艦は。戦闘(隠語)艦とでも言う気か。危うくそんな台詞を口走りそうになるのを堪えつつ、至極真面目な表情を作る。どのようなものであっても、それがタカオの要求であり、京香達が霧の艦隊の情報を得るために必要な対価だと言うのであれば。

 

 既にやっている事であったとしても、さも『これから貴方の言うとおりにしよう』という雰囲気を醸し出しつつ頷くしか無かった。

 

「ならいいわ。それで、まずはコンゴウの事だが、彼女は我々と違い記憶メモリーの大部分を保持している可能性がある。あくまで私のメモリーで確認できるデータとその時の記録の照合だが、コンゴウの行動パターンが解錠されている記憶メモリーに残されているそれと僅かに違っていた」

「んー、それって悪いニュースじゃない?」

「なんで?」

 

 首を傾げる叢雲を見て、京香は痛む頭を抑え、タカオは肯定とも否定とも付かない表情を見せる。

 

「少なくともタカオ、それに残りの二人も、『コンゴウがどういう変化を辿ったのか』思い出せない可能性があるってこと」

「え? それって……」

「経験値の蓄積を経たコンゴウを知らない我々は、彼女がどういった目的、意図を持って行動しているのかが分からないということだ」

「……交渉の余地が見えないのよ」

 

 京香とタカオの言葉を聞いた叢雲の頬が引きつる。二人に共通している見解はこうだ、コンゴウが元の世界でどのような経験をしているかが分からず、それ故『今』太平洋上で人類側の様子を伺っている彼女が人類に対してどのような感情を獲得したのかが分からない。

 そしてイオナらのような記憶の封印を受けていない『例外』なら、転移してきた時点で原因等の当たりを付けている可能性すらある。

 

「今回タカオにしたみたいな『協力体制っていう餌をチラつかせて戦闘を避ける』ような仕掛けがそもそも出来ないかも知れないってこと」

「想定されるパターンの内最も都合よく事が運ぶのは『コンゴウが得た経験値が人類にとって不利益なものではなく、尚且つ彼女が帰る手段の目処を立てている場合』だな」

「……最悪は『人類を敵視している上に帰還手段に他の霧や人類の協力が必要無い』パターンってとこ?」

「……もっと下がなければ良いわね、ホント」

 

 京香の台詞に全くその通りだと同意を示すように、叢雲は大きなため息を吐いた。その後、宛がわれる客室の配置やドックなどの施設の案内、そして幾らかの確認事項を経た後、タカオは二人と別れる。

京香や叢雲は執務のためと言い、またタカオ自身に付き合う理由が無かった事もあり、ならばと都合よく自由の身を得た。

 

「……さて」

 

 記憶メモリーの確認と、艦娘についてのデータ収集、そして愛しの千早群像に群がる狼退治のついでに、タカオは一人駐屯地内を歩くことにした。

 

 

 

「……どうだ、キリシマ」

「すまん、駄目だ。やはり私達霧に関係する情報はないらしい」

「……こちらも、蒔絵の手掛かりは得られていない」

 

 北海道南部、遠くに津軽海峡を臨む海岸線を歩きながら、雪の中二人は話す。片方は黒いコートに緑の瞳、側頭部から長く垂れ下がる金のツインテール姿。そしてもう一人、もといもう一匹は、青い熊のぬいぐるみ。

霧の大戦艦『ハルナ』と『ヨタロウ』というぬいぐるみに身をやつした同じく大戦艦『キリシマ』のメンタルモデルは、一人の少女を探していた。

 

『ハルナちんー、キリシマー』

「……マヤか」

『ピンポーン! 賢いマヤがとっておきの情報を手に入れてきたよー!』

「ご機嫌の所悪いがマヤ、手短に頼む。感情シミュレーションがこの外気温と天候に対して不愉快という反応をし続けているせいでノンビリ話をする気になれん」

 

 キリシマの催促に露骨すぎるほどの不満を見せ、マヤと呼ばれた音声は返事を行う。

 

『ええ~~……じゃあ簡単に説明するよ? 一通り確認してみたけどやっぱり今は2014年って事で間違いなさそうだよ、それからマッキーと眞ちんだけど、二人共軍のデータベースには情報無し、この近辺を担当してる基地に聞いてみたけど二人の名前は聞いたこと無いってさ』

「……人間との接触は避けろと伝えなかったか?」

『手短にってキリシマが言ったのに……艦娘の亜種、とかそーゆーのだって方向で全体には通達されてるみたいだったから』

 

 色々と話を聞くことは比較的簡単だった、とマヤは笑った。その後彼女は、分散首都や北管区等の呼称や区分そのものが存在せず、日本国内外のネットワークも寸断されてはいないこと、横須賀の第五艦娘駐屯地という所が蒼い色の潜水艦や紅の重巡洋艦などを最近編成に加えたという噂話。

そして同行者であったデザインチャイルドの刑部蒔絵について、身の上を誤魔化しつつ話した所、今のところ心当たりは無いが、見つけ次第連絡をくれるという約束を取り付けた事などを喜々として話した。

 だがその直後、マヤの声が秘匿コードという単語を吐き出す。眉を潜めながらもそれを了承したハルナ達が聞いたのは、予想外の提案であった。

 

『そんな訳だからさ、マヤとしては一度横須賀で401達と接触してみた方が良いと思うんだよね』

「401か……確かに、アイツ等の方がこの転移現象に巻き込まれたのは早かったようだし、千早群像や401クルーの所在によっては蒔絵の捜索に対しての重要度を下げることも可能だろう」

 

 マヤの提案にキリシマはうむ、と顎らしき箇所に手を当てて頷く。

 

「それにまだ使用していない解除キーが残っているしな、使い道もそっちにあるかもしれん」

「蒔絵が『こちら側』に来ていない、という可能性は確かに捨てきれないな。……良いだろう、マヤはそのまま潜航、静音航行を維持し横須賀港へ向かえ。我々は陸路で移動する、道中である程度情報を確実なものにしておきたい」

『えー、じゃあハルナちんの本体はどうするのさ?』

「状況が不明な以上、なるべく所在を知る者は減らしたい。しばらくはこのまま海溝内に潜ませておく」

 

 ぶつくさと文句を言いながらもマヤはハルナの指示に従い、艦の機関を始動させる。そして航行を開始しようかというその時、キリシマの声がそれを遮った。

 

「いや、待てマヤ。海路で横須賀へ向かうなら、先にこの近辺の海軍基地へコンタクトを取れ」

「キリシマ?」

『良いけど、なんで?』

 

 刑部蒔絵の所有物であったぬいぐるみは、無表情な熊の頭の下でいたずらっ子のような悪どい笑みを浮かべた。

 

「シーレーンが生きているのなら海運も同様だ。どうせ401と接触するなら人間と対立していないというポーズを見せた方が話は早いだろう?」

『あー、海上輸送任務の護衛艦として参列するんだね。ハルナちんはどう?』

「……私も異存はない。恐らく艦娘との差異について突っ込まれるだろうが、そこは上手く躱してくれ」

『了解、心の旗艦』

 

 そう弾んだ声で返事を返し、マヤは通信を打ち切った。人の声も途絶えた夜の北海道。二体のメンタルモデルは津軽海峡を眺めながら歩き出す。刑部蒔絵の捜索、並びに自分達の身に起こった転移現象の原因究明ないし解決、以上二点の目的のため、ハルナ達は行動を開始した。

 

「心の旗艦、って何なんだ?」

「……刑部邸以来、時折マヤにそう呼ばれるようになったが、意味については正直分からないとしか言い様がない」

「タカオ型はユニークなのが売りなのかねえ。それとハルナ」

「……なんだ?」

 

 キリシマは数メートルほど先を歩くコート姿の少女を呼び止める。ハルナは足を止め、ゆっくりと声を掛けられた方へと振り返った。

 

「『心の旗艦』について思考を割くのはやめておけ。感情シミュレーションや言語についての経験値次第でドツボにはまるぞ」

「……そのようだな」

 

 姉妹艦の忠告を受け入れ、彼女は再び正面へと向き直り移動速度を上げた。向かうは津軽海峡を渡すトンネル、青函トンネルを走る鉄道駅。北管区、刑部眞の支援が存在しないこの地では、彼女らはその本体とも言える艦体を動かすか、公共交通機関を使用する以外の長距離移動手段を持たない。

 

「……この天候では青森駅も雪の中だろうな」

「……マヤは本当に節操が無いな」

 

 二人のメンタルモデルは、降りしきる雪の中新幹線を求め走る羽目になった。


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