貧乏くじの引き方【本編完結、外伝連載中】   作:秋月紘

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Depth.010

 ハルナと名乗った少女はそこから一歩も動こうとせず、ただじっと京香の返答を待っているように立ち続けていた。即答する事もできず、順当に返事をするには長すぎる時間を無言で越え、京香は眉間に皺を寄せる。数分ほど前にイオナへああ言ったものの、いざ敵性かもしれないメンタルモデルを目の前にすると、流石に余裕ぶるにも限度はあったのだ。

 

「……ええ、そうよ。私がここの司令官、華見京香」

 

 そして、返答に不用意な間を作ってしまった以上ごまかすことも難しいと判断したか、隠し立てすることなく京香は彼女の問いに答える。しかしハルナはその答えに眉一つ変えることなく、じっと立ち続けていた。

しかし、不審に思った京香の手がそろりと腰の刀に触れた時、ハルナが動きを見せた。前でキッチリと閉じられていたコートが開かれ、黄色の光が電撃のように地面を打ち地面に不規則な傷を刻む。そして襟に隠されていた口元が見えれば、それは文字通りの警告を二人に向けて放った。

 

「命が惜しければ刀から手を離すことだ。今は事を荒立てるつもりはない」

「……分かったわ」

「……横須賀港で私たちと交戦した時から随分と心境に変化があったようだな?」

 

 京香を背に守るように半身を差し出し、イオナはハルナの方へとわずかに険しくなった視線を向ける。だが、ハルナは依然として表情を微塵も変えることなく、一歩、また一歩と二人の前へと歩み寄ってくる。やがて一足飛びで懐へと行けるほどの距離まで互いのつま先が近づいたころ、少女は小さく頭を下げた。

 

「先程の非礼を詫びると同時に、マヤの入港許可に対して礼を言わせてもらおう」

「……マヤとヒュウガ達が接触したか」

「まあ急な話だったからちょっとバタついたけど、一応叢雲たちにも話はしてたからね」

『ふ、やはり同じ霧の居る此処を選んだのは正解だったようだな。説明の手間も省けるというものだ』

 

 不意に、三人の物とは異なる声が耳に入る。驚いたように周囲を見回す京香と、どこか呆れたような視線をハルナの足元に向けるイオナ。隣に立つ少女につられてコートの裾へと目を向けてみると、その後ろから、のそのそとゆっくりした動きでピンクと白色の物体が姿を現した。

 雪にまみれた体を勢いよく震わせ、腕のような何かが全身にまとった雪を払い、やがて水分で黒く沈んだ色の熊のぬいぐるみが、わざとらしく胸を張った。

 

「私は霧の大戦艦キリシマだ。手短に言うぞ、我々はお前達と話をしにきた」

「それは良いんだけど、その熊がキリシマ本人ってことでいいの?」

 

 京香のもっともな疑問に、キリシマと名乗った熊はうむ、と鷹揚に頷いた。

 

 

 

【Depth.010】

 

 

 

「え、このぬいぐるみもイオナさん達の仲間なんですか?」

「ぬいぐるみじゃない、メンタルモデルだ。というかそもそも我々と401は仲間ではない」

 

 数十分の後、一人と一体は京香とイオナの案内を受けて客間へ通され、そしてハルナと同様、当たり前のようにぬいぐるみの方も茶や茶菓子を要求しそれを飲み下す。やがてマヤの接舷作業を終えたらしい明石がそこへ現れ、当然のごとく飲み食いを行うキリシマへと興味深そうににじり寄ったところで、彼女は司令官による制止を受けた。

 

「それで騒がしいのが居ないうちに話を進めたいんだけど、貴方達の目的について改めて聞かせてもらっても構わないかしら」

「……タカオ型は煩いのが特徴でな」

「風評被害はやめてもらえる?」

 

 眉間に皺を寄せて問う京香に同意を見せつつ答えるキリシマ、そしてその二人を相席しているタカオが不服そうに睨みつける。マヤのメンタルモデルはというと、彼女が随伴してきた輸送艦隊に合わせて入港し、出迎えた叢雲達の内数名と、ヒュウガの監視の元駐屯地内の一部区画を見学している最中となる。

はじめは全員を集めた上で話を聞くつもりであった京香だが、あまりに緊張感の無い振る舞いに相席を諦めざるを得なかったのだ。

 

「あー、そうだな、残りの二人は落ち着いているし全員が喧しい訳ではないな」

「私を喧しい方に含めるのをやめろと言っているんだが、大戦艦キリシマの演算能力も随分と地に落ちたものだな」

「ハルナとイオナだけ残した方が良かったみたいね?」

「……失礼ながら私も同感です」

 

 京香の言葉に恐る恐る頷く明石を見て、メンタルモデル二人の言い争いがぴたりと止まる。それを見計らってか、同じタイミングで湯呑から口を離したイオナ、ハルナの両名がゆっくりとそれをテーブルへと置いた。

 

「……我々の目的だが、一つはそこの401等と同じと考えてもらって構わない」

「我々霧が現在置かれている状況の原因究明および解決、ね」

「ああ。それからもう一つ、探してもらいたい人物がいる」

「人探し、ですか?」

 

 疑問符を浮かべる明石の手元のタブレットを見、ハルナはそれを寄越せと手招きをする。渋々彼女がそれを渡すと、ハルナは受け取ったタブレットに一枚の人物写真を表示させた。見覚えがない、と首を傾げる京香と明石の両名とは異なり、それを見たイオナの眉が、ピクリと小さく動くのをハルナは見逃さなかった。

 

「刑部蒔絵。我々の同行者であった少女だ」

「……なるほど、お前達の手に渡っていたか」

「否定はしないが、彼女自身の意思だと言わせて貰おう。とはいえこの事象に巻き込まれたのが我々霧のみである可能性も捨て切れてはいないのでな」

「もし同じようにこちら側に来てるのなら合流したいってことね。千早君の例もあるし、一応調べてみるようにはするわ」

「話が早くて助かる」

 

 ハルナはそう言って小さく頭を下げる。しかし、京香の発言に思うところもあったらしく、少しの時間の後上げられた顔には何やら複雑そうな表情が張り付いていた。

 

「千早群像も、ここにいるのか」

「……ええ、まあ。随分と話しやすかったから期待してたんだけど、ひょっとして貴方達も人類と敵対してる方なのかしら」

「……悪いが、今この場でその問いに対する答えを口にすることはできん。一つ言うなら、401の味方という訳ではないのは確かだがな」

 

 若き司令官の疑問に対し、いつの間にやらぬいぐるみの頭部部分を外していたキリシマが神妙な面持ちで答える。その言葉に表情を強張らせる明石を気にすることもなく彼女は再び湯呑を呷った。

 

「まあともかくだ。先程も言った通り、私達はあくまで私達自身の目的のために動くし、お前達と事を構えるつもりは現状ない。蒔絵の捜索、並びに本事象の解決に協力してもらえるのであれば、我々もそこの401のように力を貸そう」

「ただ、キリシマは見ての通り。それに私の船体は人目に付かぬよう隠してある、今この時点では戦力として出せるのはマヤのみと思ってもらえると助かる」

「過剰戦力だって言いたい所だけど、状況が状況だけにねえ……」

 

 どうするんですか、と言いたげに明石から向けられた視線を受けて、京香は唸り声を上げる。実際のところ選択肢らしい選択肢はなく、返せる答えは一種類しかなかったのだが。

 

「……分かった。霧の大戦艦ハルナ、並びにキリシマ、マヤ。貴方達三名を歓迎するわ」

「よろしく頼む。大戦艦の名に恥じない働きをしよう」

「それなら私から一つ提案がある」

 

 京香の言葉に頷くハルナを見て、イオナがぴし、と手を挙げる。何事か、と振り向いた京香に向けて少女が語ったのは、彼女にとってはいささか荷が勝ちかねない提案であった。

 

「正直なところ、口約束でしかない協調を信用出来るほどお前達とは仲が良かった記憶はない」

「奇遇だな、我々もだ。だから、お前は私たちのキーコードを領収しておきたいのだろう?」

 

 ハルナの問いにイオナは迷う素振りもなく頷く。考えることは同じだったようで、そしてハルナの返答もまた、おおよそ分かり切っていた内容であった。

 

「あいにく、キーコードを明け渡すほどお前を信用していないというのは此方も同様なのでな」

「だろうな。そこでこれを使う」

「それ、私のタブレットですよね?」

 

 困惑する明石を余所に、イオナはハルナ達に再度タブレットを見せる。そこには『蒼き鋼』のエンブレムと、イ401、そしてタカオの名前が表示されていた。

詳細を見るまでもなく、彼女はイオナの言わんとする意図に気付く。そして少しの逡巡の後、諦めたようにハルナは小さなため息を吐いた。

 

「……なるほど」

「あくまで限定的な機能のみだが、華見司令の持つ携帯端末と量子通信を使用したリンクを形成している」

「キーコードの一部を用いた最終安全装置という訳か。……良いだろう」

 

 そうしていくつかの操作を経て、京香の手元へとタブレットが預けられる。恐る恐るといった様子でその画面に表示されているアイコンに指を触れてみると、各メンタルモデルの艦名と、その横にボタンが表示されているのみのシンプルなインターフェースが現れた。

 

「我々双方のキーコードを同期したセーフティだ。ハルナ、キリシマ、マヤは私を旗艦登録していないので有事の際はそちらで動きを管理してくれ。貴方や群像が直接狙われた場合は、こちらでモニターしている内容を基に攻撃を抑制する」

「その攻撃行動っていうのは?」

「火器管制、クラインフィールドによる力場形成、直接的な戦闘行動を一括でだ。煩わしい事この上ないが、保険というなら仕方ない」

 

 やれやれ、と肩を竦めるキリシマを見て、ふと疑問が一つ浮かぶ。先程イオナは『同期』と口にしたな、と。

 

「……名前があるってことはイオナやタカオ、ヒュウガも対象ってことなのね」

「当然だろ。こう言っては何だが、我々は互いに互いを信用していない。……目的が共通しているとはいえ、本来の立場関係でいえば味方ではないのだからな」

「難儀なことね」

「……人間はもっと難儀だって聞くけど」

 

 ぽつりと呟かれたタカオの言葉に眉をひそめながら、京香はテーブルに置かれている煎餅に手を伸ばす。喉まで出かかった言葉を飲み込むようにかじったそれは、暖房の中、誰にも手を付けられず残っていたせいか、心なしかしっとりとしていた。

 

 

 

 その後、京香や明石による駐屯地内の案内と、私室の充当が終わったあたりで、ハルナが二人に対して口を開く。要求自体はそう変わったものではなかったが、とはいえ京香らにとっては即答できる類いの内容でもないのが問題であった。

 

「深海棲艦相手にわざわざ貴方達の船体を持ち出すのも過剰戦力なのよ。かと言って戦闘をせずに同行する、となればウチの艦娘の士気にも影響出ちゃうしちょっと、ね」

「映像記録ではダメなんですか?」

「タカオが名古屋沖での艦娘と深海棲艦の戦闘観測データを上げてはいたが、もう少し正確な物が欲しい。共同戦線を張る以上、知識があるに越したことはないだろう」

 

 それはそうなんだけど、と言葉を濁す。京香からすれば、霧の艦隊そのものが半分秘匿情報のようなもので、この営内でも戦力としての『霧』を知っている者は少数に限られる。ましてや、彼女ら自身が長期間の滞在を目的としていない、いわば訪客に過ぎない事を考えれば、京香達の問題である深海棲艦相手の戦いにメンタルモデルらを駆り出すのもいささか気が引けた。

 

「貴女方がこちらの問題に巻き込まれている以上、我々としては同じようにそちらの問題に巻き込んでもらっても構わないんだが」

「そうしたいのは山々なんですが……」

「技術力が完全に別次元な以上、あんまり目立たせちゃうと上とかがうるさいのよ。何で初めからそれを使わなかったー、ってね。そういうの相手に一から説明するのも面倒くさいし、納得できるか怪しいでしょ? せめてこっちでの公称通り艦娘に近いとか、極端に性能差がなければ言い訳も聞くんだけど……」

「……」

 

 京香の半ば愚痴のような呟きに目を細め、何事かを考え込むようにハルナは黙り込む。やがて何ごとかに思い至ったのか、彼女の周囲に黄色い光の円環が現れる。

 

『マヤ』

『はいはーい』

『函館の輸送艦隊に同行させていた時の事なんだが、戦闘は発生したのか?』

『んー、戦術ネットワークもどきにもアップロードしたけど、小規模な戦闘が一回だけだったよ。データいるんだったら共有しよっか?』

『助かる』

 

 無言で立ち続けるハルナを怪訝な目で見つめていた京香が、何をしているのかと声を掛けようとしたその時、円環の一部に長方形のフレームが現れ、そこに数枚の画像が表示された。

 

「……マヤは、どうやら我々が想像していた以上に経験値を蓄積していたらしい」

「……イオナを迎え入れた時からずっとトンデモだとは思ってたけど、まさかここまでとはね」

 

 そのフレームには、艦娘『摩耶』とよく似た形状の艤装を身に纏い、他の艦娘たちと同じように戦闘に参加しているマヤのメンタルモデルと、まるでマヤの搭乗艦でしかないと言いたげに『実弾』を用いて迎撃行動をとる船体とがそれぞれ大写しになっているのだった。


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