貧乏くじの引き方【本編完結、外伝連載中】   作:秋月紘

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Depth.011

「これはまた、なんというか……」

 

 日付変わって、二人きりの執務室。ハルナから渡された画像データをタブレット越しに確認した叢雲が、最初に見せた表情は困惑であった。

 

「一応ハルナにも確認はとってみたけど、技術的には不可能ではないらしいわ。というより、元々使ってる重力子機関を小規模のものにすれば良いだけだから『艦娘っぽい』姿の再現は容易なんですって」

「で、私たちの戦い方を知っておきたいって?」

 

 そんなところね、と京香が大雑把な返答をする。前回の戦闘では準備期間のないまま出撃することとなったこともあり、401に同乗した金剛、叢雲の両名が戦闘開始直前まで艦娘の基本的な立ち回りを説明しながら細かい作戦進行を詰める形をとったが、新たに霧の艦艇と接触するたびにそのような説明を繰り返すことは確かに非効率ではあるのだ。

 ハルナから聞かされた経験値データの共有を利用すれば、一人が艦娘の戦い方を体感すればそれを他のメンタルモデルが流用することも難しくはない。そういう意味ではマヤの戦闘データは大きなものであったが、それでも一度艦種の違いを踏まえた調整を行いたい、というのがハルナの希望であった。

 

「勤勉というか、真面目というか」

「まあ、相手がこっちの模倣をできるっていうんならそれはそれで使い出があるんだけどね」

「……えーと、京香?」

「何?」

 

 何を想像したのか、叢雲が恐る恐るといった様子で京香へと質問を投げかける。

 

「そのハルナってメンタルモデルの要求、受けるの?」

「ええ、演習形式でやろうかなって。その内敵対する娘が同じ事してきそうだし」

「命懸けのは演習って言わないの知ってる?」

 

 真顔で問いかけた叢雲に、演習は演習だとにべもない言葉が返ってきた。

 

 

 

【Depth.011】

 

 

 

 同日の昼。すっかり頭上に陽が昇りきってしまった時刻。ミーティング、との名目で呼び出された艦娘たちと、同じように群像を介して集められたメンタルモデルたちは人の賑わう食堂で、二つの長机を占拠して顔を合わせていた。

 

「我々から改めて自己紹介をさせてもらおう。私が『乙種艦娘』ハルナ、並びにマヤだ。横にいるぬいぐるみが同じくキリシマという」

「まあ、やむを得ない事情があって今はこの姿をしているが、他二人と素性はおおむね変わらんのでよろしく頼む」

「……乙種、とは」

「掲示板にも出したけど、彼女達の便宜的な呼び名よ。タカオとの戦闘が既に発生してる以上、こっちからこの子達を定義する名称が必要なの」

 

 いきなり霧の艦隊って言われてもピンとこないでしょ、と紅茶を口にしながら言う京香の言葉に納得しつつも、それを聞いていた少女らの脳裏に一つの疑問がよぎる。やがて湯呑から口を離した赤城が『一つよろしいでしょうか』と小さく手を挙げる。

 

「そういえば、霧の艦隊、という名称はどこから?」

「ああ、それは俺から説明します。霧もそもそも彼女達が名乗った物じゃなくて、こっち側の人類が便宜的に付けた名称なんです、それこそ初めは幽霊船、通信機器に影響を与える霧と共に複数現れるから霧の艦隊、っていう具合に」

「……人類と対する際に、群体としての我々を定義する言葉として都合が良かった為そのまま流用させてもらってる、ってカンジね」

 

 群像の説明を継ぐようにタカオが口を開き、特に反論もないのか、他のメンタルモデルもそれぞれ食事の合間に頷くなどして同意を示した。その後自己紹介を簡潔に済ませ、食器が概ね空になった辺りで、天龍がほぼ全員に共通している疑問を口にする。

 

「で、いきなり集合掛けた理由ってのは何なんだ? そこの三人が来て早々に問題起こした訳でも、次の乙種とやらがレーダーに引っかかったわけでもねーんだろ」

「ある意味問題ではあるかしらね」

「どういう事?」

 

 最上の問いに叢雲は乾いた笑みを浮かべて視線を逸らす。その姿を見て事情を察したか、ハルナが小さく頭を下げた。

 

「無茶な要求とは理解しているが、そちらも巻き込み事故で沈みたくはないだろう」

「だな。申し訳ないが、これが一番手っ取り早く正確な手段だと理解してもらいたいところだ」

「……あー、なるほどね」

 

 遅れて最上も察したのか、ハルナ、キリシマの言葉に苦笑いを浮かべつつ叢雲、並びに京香の方へと恨めし気な視線を向ける。「そこは戦わないで済むように立ち回るのが仕事じゃないの」と。対して京香が向けてきた「実戦で轟沈する可能性を減らすのが仕事よ」という視線を受けてしまうと反論も取り立てて思い浮かばず、諦めたように少女はわざとらしいため息を吐いた。

 

「つまり、榛名達とそちらの乙種の方とで演習を行う、という事でしょうか」

「Oh my god……相変わらずJokeのキツいテートクデスね……」

「船体を隠してるってことだから、重巡洋艦クラス二人との演習だし万全とは行かないけど、死なないための対策はある程度練っておいた方が賢明でしょ?」

「そりゃそうかもしれねーけどよ」

 

 ぶちぶちと文句を零す天龍を赤城が軽く窘め、その口で次いで提督への疑問を提示する。とはいえ演習で死んでしまうようでは元も子もないのでは、と。

その問いに対する答えは京香ではなく、横にいるヒュウガやハルナ達が持っていた。

 

「そこはそれ、このヒュウガ様の担当って訳よ」

「そこの大戦艦の力を借りて演習用のセーフティを構築した。出力に制限を掛けた上でそちらにもクラインフィールドを形成すれば、万一の場合でも大きな負傷や轟沈には至らないとシミュレーション結果が出ている」

「砲撃に関してはそうかもしれませんが、タカオさんも使用していた侵蝕魚雷は……」

 

 榛名が不安げに話す言葉に対して、キリシマが何だそんな事か、と呟く。

 

「模擬弾頭を使えば良いだけの話だろ? 侵蝕弾頭として設定した模擬弾を食らえば撃沈判定を受ける様にしておけばそれで済むじゃないか」

「何か勘違いをしているようだが、我々の艤装などの大半もナノマテリアル製だ。演習用に模擬弾頭などを用意する程度ならさしたる問題ではない」

「そうなの? てっきりそういう装備がないのかと思ってたわ」

「叢雲、そう思ってたんならもうちょっと熱心に提督を止めてくれる?」

 

 止まらなかったのよ、と悪態をつく叢雲にだろうね、と投げやりに頷く最上を見て、京香は失礼なことを言う連中だと眉根を寄せる。そもそも型式なり口径なりが合うものに関しては此方から模擬弾を用意するつもりだった、とか実戦形式が危険だと判断できた場合はシミュレーターなりで対応する用意があった、などと零す京香をなだめる榛名に、同名のメンタルモデルは頭を下げた。

 

「そもそも、今回の話はマヤが手に入れた戦闘データを見て私が発案したものだ。先程華見司令も言っていた通り、安全面に関しては対策が取れるという前提があってのものだったのだが、そちらとの認識に齟齬があったらしいな。申し訳ない事をした」

「気にしないで。こっちの早とちりみたいなものだから」

「そう言ってもらえるなら何よりだ」

 

 京香とのやり取りの後、改めてハルナは懐からタブレット端末を取り出す。そして、キリシマと二人で調整を重ねて出来たらしい演習案を艦娘たちは見ながら、ああでもない、こうでもないと意見を出し合う。

 

「まあ、こんな所かしら」

「結局弾頭使用はアリなのね……」

「タカオの時は大丈夫だったけど、足が竦んだ時点でほぼ死ぬからね。慣れておいてもらわないと」

 

 やがてまとまった模擬戦の段取りを検め、艦娘たちは眉を顰めたり、ため息を吐いたりとそれぞれに反応を示す。一通り全員が納得したと見るや、京香はタブレットを手に取り席を立った。

 

「じゃあ、コレをベースに調整に入るわね。編成は前回と同じ、イオナと今ここにいる艦娘六人、タカオはマヤと一緒に相手側に入って」

「我々はどうすればいい?」

「ハルナとキリシマには、ヒュウガと分担してクラインフィールドと被弾判定の管理と制御をお願いするわ。大型艦ほどその辺の演算能力が高いってイオナ達から聞いてるしね」

 

 京香の言葉にこくりと頷き、ハルナも合わせて席を立つ。そうして食堂を出て行った二人に続いて、他の面々も思い思いに席を外したり、雑談へ移行したりと普段通りの日常へと回帰する。そんな中、何やら考え事をしながら席を立とうとしていたイオナの脳裏に、先程出て行ったはずのハルナの声が聞こえる。

 

『401、お前にこのキーコードが使える領域はあるか?』

『ああ。だが少し待て、解錠とデータの精査に時間を要する』

『結果は模擬戦の後でいい』

『なら構わないが。しかしどうやら、この様子では此処にいる霧の大半が我々と同じ状態にあると考えても問題はなさそうだな』

 

 食堂の扉を後にして営内をあちこち歩き回り、しばらくの時間の後執務室へと顔を出して、退屈そうにしていた秘書艦の叢雲から茶菓子を貰ったりなどしつつ、少女は概念伝達での会話を続ける。

 

『だろうな、ネックとなるのはコンゴウと400他のグループだが……』

『……解凍が進んでいるデータを順次確認しているが、それに関しても引っかかる点がある。一度群像達に確認してからお前達にはデータを渡そう』

『構わない』

 

 背後で閉まる扉の音を聞きながら帰ってきた私室で、イオナは新たに解錠された記憶メモリーの精査を始める。既に複数見える記憶情報に『また妙な記録が増えたのだろうな』と誰ともなしに呟きながら。

 

 

 ところ変わってこちらはハルナ、キリシマの私室。金髪ツインテールの少女は、幾らかの会話を経て簡潔な返事と共に概念伝達を打ち切り、そのまま手に持っていたティーカップをテーブルへと戻す。その様子を見ておおよその目的を達したものと判断したのか、着ぐるみの手入れをしながら聞き耳を立てていたキリシマが熊の頭部を床に置き、ハルナの方へと向き直った。

 

「やはり401に対応したキーコードで間違いなかったようだな」

「ああ、だが奴の言葉が気になるな。引っかかる点、と言っていたが」

「アレか。……待て、自分の記憶メモリーだろ? 引っかかるも何もないだろうに」

 

 キリシマの当然の疑問にハルナも思い当たってはいたのか、渋々同意するように少女は頷く。かといってイオナの言葉の意図を理解できるほどの情報は今の二人は持っておらず、しばらく唸り声を上げた後、不意にキリシマが声を上げた。

 

「タカオあたり何か知ってるんじゃないのか?」

「……どうだろうな。アップロードされている先の戦闘を見る限り、タカオが記憶メモリーが解放されたのはつい最近の話だろう、大きな手掛かりがあるとは思い難いが」

「まあ聞いてみて損はないだろ。おいタカオ」

 

 キリシマの瞳が光を放ち、先程のハルナと同じような光輪を纏い虚空へと声を掛ける。数瞬の後、明らかに機嫌の悪そうなタカオの声が、概念伝達越しに返ってきた。

 

『……いきなり何の用?』

「401の記憶メモリーについて聞きたい事がある。奴が記憶の精査に手間取っているそうなんだが、何か心当たりはあるか?」

『どういう事? そもそもロックを解除するだけの事で精査が必要なワケ無いでしょ』

「それは分かってるからお前に聞いたんだ。401の麾下に入っているお前ならば何か知ってるんじゃないかと思ってな」

 

 キリシマの問いかけにタカオがしばらく唸り声を上げていたが、やがてため息とともに有難くない答えが返ってきた。

 

『……残念ながら。私が此処の艦娘達と話してる間にヒュウガやらと相談事はしてたみたいだけど』

「ああ、ハブられたのか」

「『ハブられる』……仲間外れ、村八分にされるなど。省くからの変形、村八分の略称とする説がある、なるほど」

『そもそも関心が無かっただけだからね?』

 

 不快感で露骨に声色を荒げるタカオを気にするような素振りもなく、キリシマは彼女の言葉の続きを促す。今もない訳じゃないんだろ? と。

 

『ええ、401にも軽く確認はしてる。どうやら『自分の声と視点で記録されている誰かの記憶メモリー』が混入しているみたいね』

「はぁ? どうしてそれが自分の記憶じゃないと判断できるんだ、意味が分からん」

「……タイムスタンプか」

『そ。それが記録されたって日時にはちゃんと別の記憶が存在してて、そっちは他の記憶との連続性がちゃんと存在する、って事らしいわ。ま、詳細は401の方で纏まってから確認すればいいでしょ』

 

 そう簡単に伝えてタカオは概念伝達を打ち切ってしまい、部屋には微妙な表情を浮かべたままのハルナ、キリシマの一人と一匹が残された。やがてどちらからともなく、ティーカップを手に取り、似たようなタイミングでそれに口を付ける。その後カップをテーブルに置いた二人は諦めたようにため息を吐いた。

 

「ともかく、まずは演習でのデータ収集だな」

「うむ。マヤのやり方でナノマテリアルの使用量を減らせるのであれば、それはそれでこちらとしてもデメリットはない筈だ」

「……とはいえ、どっちにしろコンゴウや自己主張も大してしてこない総旗艦直属の連中にはどちらにしろ船体を持ち出すことになるんだろうな」

 

 ハルナの脳裏には、そう遠くない内に現実のものとなるのではないか、というある種確信に近い予測が打ち立てられ、その想定はしばらくの時間の後、概ね過不足なく実現するのであった。


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