貧乏くじの引き方【本編完結、外伝連載中】   作:秋月紘

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第七話

「ぁあああああああッ!!」

 

 絹を裂くような音が響いた。悲鳴と言うより咆哮に近い赤城の声に耳を塞ぐ。

 

「電、何があったの、状況を報告!」

『あ、あ……』

 

 味方に情報を伝えようと、共有回線を用いて電に呼び掛ける。数秒の沈黙の後、状況を教えろって言ってるのと、最上が張り上げた声に慌てて気を持ち直し、震える声を上げる。

 

『あ、赤城さんの遠的により敵先陣ル級を撃破! ですが直後、煙の向こうから攻撃、あの、赤城さん、が……!』

 

 通信越しだというのに易々と伝わる動揺、そして強い恐怖。今にも泣き出しそうな息遣いが聞こえている。

 

『黙りこくってんじゃないわよ、さっさと赤城の状況をこっちに寄越しなさい!』

『っ……!?』

 

 ごくり、と唾を飲み込む音が聞こえた。

 

『あっ赤城さんは右腕を喪失、艦載機の発着艦不可能なのです!!』

『はっ、はぁ……提督、聞いての通りです。まぐれ当たりの可能性もありますが、射程距離、威力を考えると、榛名さん達と交、戦中の艦隊に……未確認艦が居る可能性があります』

 

 無線越しにようやく聞こえた赤城の声は、細く、弱い。右腕を失った事による激痛と失血に飛びそうになる意識を必死に繋いでいるようだった。

 

『聞こえてた!? 潮、日向は赤城の後退を支援、最上、電は伊勢達と合流、そのまま榛名達の援護を! 曙と二人だけじゃ幾らなんでも無理がある!』

「分かってるし今向かってるよ! 榛名さん聞こえる!? 戦列を整えるから何とかこっちに向かって後退してください!」

『了解しまし、きゃあっ!? 至近弾、損傷は軽微、直ちに後退します!』

 

 榛名の声が途切れる。一瞬通信が途切れたのかと考えたが、違う。通信の先の少女は言葉を失っていたのだ。

 

「……榛名、さん?」

『あ、曙さんっ、後退してください、危険です!!』

『第五の連中を視認したの! 後退なんかしてる場合じゃないわよ!!』

 

 ブツン、という音と共に通信が途絶。何度か通信を試みたが、何も言わせはしない、と言いたげな無機質なノイズ。完全に通信機能を停止しているらしかった。

 

「くそっ……提督、榛名さんと合流したら僕と電で先陣を切るよ。曙をフォローしなきゃ」

『日向にもなるべく早く合流するよう伝えておくわ、あの馬鹿をさっさと連れ帰ってきなさい』

「了解。……任せてよ」

 

 ぞくり、と背中が震えた。

 

 

 

「明石、聞こえてたわよね」

「ええ。念のため、第五艦隊全員分のクローンパーツも活性化準備しています。赤城さんの右腕は損傷度合いによっては腕を更に短く切るところから始めなきゃならないかもしれません」

「使わずに済むなら一番良いんだけどね」

「……そうも言ってられませんからね」

 

 ため息が重なる。そしてその直後、砂嵐じみたノイズが再び聞こえた。

 

『提督ゥー! 第二次航空艦隊及び直掩の第九艦隊出撃completesネ!』

「こっちでも確認したわ! 第二第四艦隊は作戦通り利島以南の攻略、シーレーンの確保に当てる! 大島に敵が集中してる今がチャンスよ、絶対に勝ってきなさい!」

『Aye,ma'am! 言われるまでもないデース!』

『お姉様のお背中は、この、比叡が、お守り致します!』

 

 通信を終了。制帽と襟を正し、不適な笑みを此方に向ける。あくまで振りでしかないと分かっていても、その自信を窺わせる表情に幾らか助けられるのだ。余計な口は挟むまい。

 

「明石は紫子と間宮さんを連れてイージスで待機。第十艦隊と臨時の第十一艦隊に合わせて私達も出るわ」

「了解しました。イージスのレーダーシステムは大丈夫ですかね?」

「長距離は相変わらずだけど、大島周辺位の距離ならECCMが勝てるわよ。実証済みでしょ?」

 

 そうでしたね、と笑い踵を返す。慌てて後を追う紫子の手を取り、振り向いて敬礼。不思議と、恐怖はなかった。

 

「明石、これより艦隊支援の任に着きます」

 

 

 

 砲弾の雨と海面から立ち上る水柱をかわし、少しずつ近付く。

 

「クソ、もう少しだってのに!」

『曙?! 他の艦隊はどうしたの!』

 

 聞き覚えのある声、夜戦バカか、と知った顔が生きている事に安堵し、瞬巡。どう伝えるべきかと悩み一言。

 

「コッチは大丈夫! 後続も近くまで来てるから!」

『なら良かった! こっちも全員生きてるけど、吹雪と阿武隈がダメージを受けてる! 急いで道を開けないと!』

 

 ちっ、と舌打ちを鳴らし魚雷を放つ。到底当たる距離ではないが直撃させる事が目的ではない。

 

「ッ!」

 

 数秒の間を置き、一ヵ所を目掛け潜行していた魚雷が焔を上げる。爆風は海面を押し上げ、高い波を作り上げた。

そして曙の姿は、既にその海上にはなかった。

 

「こん……のッ!!」

 

 ごきん、という音を立て、隊列を組んでいた重巡洋艦級の首が真下に折れ曲がり、重なる砲撃音が胴体に風穴を開ける。高所からの落下で屈んだ身体を砲撃の反動で捻り、側面へ向けて今度は『直撃する位置へ』魚雷を放つ。

遅れて上がる水柱が赤く染まるのを横目に確認し、砲撃を行っていた川内の側に付く。

 

「道が空いたわ、さっさと負傷者連れて包囲を抜けなさいよ」

「わかった! 吹雪と阿武隈は私が連れていくけど長門さん達の方はお願い、未確認級と戦闘中なんだ!」

「なっ、場所は!?」

「此処から更に南! 利島の方に向かっていった!」

 

 ほんとクソみたいな戦況、と呟き、砲撃。既に朱に染まった空に眉をひそめた。近付く砲火、陣形を崩す敵を見て遅いと舌打ちし、足元を確かめる。

 

「……さっきの着水、平気みたいね」

 

 すう、はあ、小さく深呼吸。そして大きく速度を上げる、長門等が戦っているであろう場所を目指して。

 

 

 

「熊野、そっち行ったわよ!」

「捉えてますわ、そこっ!」

 

 唸り声を上げて黒い塊が海中へ沈む。的確に撃破数を重ねていたが、数に勝る深海棲艦を相手にじわじわと距離を詰められる。髪を乱し、煤や返り血で汚れた頬を拭い迎撃を続けるのは重巡洋艦艦娘、熊野、衣笠の二人。そこに長門の姿はない。

 

「ッ?! 味方ですの?」

 

 自らが得意とする雷撃で敵を撃破、入り口を作り、閃光弾や砲撃による水柱で身を隠し味方と合流。すっかりパターン化した一連の動作を滞りなく行い、曙の口から飛び出したのは罵倒だった。

 

「……何で、また、一人欠けてるわけ!?」

「……駆逐艦一人が援護の艦隊ですの? 随分と軽く見られたものですわね」

「熊野。長門さんなら未確認……本隊が『レ級』と規定した敵と戦闘中よ、それより他の皆は?」

「近くまで来てるわよ! 川内達も後退させたから皆と合流って、え……」

 

 直後、目の前で警戒行動を取っていた熊野の姿が消えた。そして一際高い飛沫が視界を奪う。

 

「熊野ッ?!」

 

 続けて左手に聞こえる轟音に視線を向ける。衣笠の援護を受け、音の元を辿った先にあったのは、曲がってはならない場所が曲がってはならない方向へ向いた右腕を抱えうずくまり、悲鳴を噛み殺す熊野と、左腕、腹部の一部が削ぎ落とされ、艤装が半壊した状態で打ち捨てられた長門の姿だった。

 

「う、嘘……」

「曙、熊野は無事なの?!」

「長門さんも居る……生きてる、けど……!」

 

 けど何、言いかけたその言葉は出なかった。日が落ち辺りを暗闇が覆う中。ボロ雑巾のように荒れたコートを潮風に靡かせ、雪のように白い肌の小柄な少女が、不自然なまでに広角をつり上げ、ニタリと笑う。その背後には、所々欠損した様子の化け物の影。

 そう遠くない距離。『レ級』が、黄金色の焔を纏って佇む姿が見えてしまった。

 

「ぁぁああああッ!!」

 

 叫声と共に砲口が焔を上げる。とにかく当てなければ、殺さなければ、その一心だった。目標を逸れ、上がる水飛沫が恐怖、焦燥感を煽る。

 

「いきなり何?!」

 

 小さく悲鳴を上げ、遅れて曙が攻撃を合わせる。しかし既にレ級は衣笠の正面にまで迫っていた。

 慌てて振り上げた腕を化け物の顎が砕き、右手を小さく引く。近付いて『それ』が尾であることに気付けたのは幸運だったかもしれない。

 

「あぐッ……!」

 

 加速を乗せた蹴りで振り抜かれた貫手の軌道から衣笠を辛うじて外し、そのまま懐に滑り込む。砲を口付け放った攻撃は、尾から生えた口を開かせ、少女を海上へ投げ出した。

 

「……全然、って?」

 

 衣笠を庇うように距離を取るが、反撃は来ない。煙の晴れた先にあったのは、拗ねたような顔をして平然と煤を払うレ級の姿だった。

 

 

 

「榛名さん、今!」

「此方からも見えました! 榛名が周囲の敵を引き受けます、二人は曙さんたちを!」

「了解なのです!」

 

 閃光弾を放ち、一際大きな砲火に集い始めていた駆逐級等を怯ませ、続けての一斉砲撃。直撃、命中せず、夾叉、直撃、直撃。炎を上げた敵影を確認し、声を上げる。

 

「艦隊、夜戦に突入します!」


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