「エレンさん、プリント回ってきてるよ」
「……うるさい、眠い」
出合いと呼べるほどの物語はなかった。ただ同じクラスで前の席の住人。それだけの関係だった。
「エレンさん、みんな移動教室行っちゃったよ。俺たちもそろそろ行かないと」
「はいはい今行くって」
彼はお節介というか面倒見がいいというか、塩対応の私にもよく話しかけてくる人だった。おかげでいつもの4人組を除けばクラスで一番話す間柄になっていた。
「そういえば昨日の音楽番組見た?話題のTHE guitersが出てたやつ!新曲もお披露目でさー!」
「あー昨日はバイトが夜まであったから観てない。てか興味ないし」
「いや一度聞いたらエレンさんも絶対気にいるって!名前の通りギターの超絶技巧がすごくてさ、二人でひとつのギター引いたりするんだぜ」
「いや興味ないって」
彼女はそうして気だるげに窓の外を見つめた。まだ梅雨には早く、けれど夏の暑さが少しだけ顔を覗かせていた。
「そういえば最近イソスタで話題のこれ知ってる?その名もうなぎパフェ。うなぎをまるまる一匹使ってるんだって」
「なにこれ、うっわ。ちょっと気持ち悪い」
「なんでもヘレナスクエアの個人経営のカフェで生まれたらしいよ。隣のお店がうなぎ屋さんで、脱走したウナギがパフェに突っ込んだのが発祥だとか」
「意味わかんないね、それ」
気づけば自分の口角が上がっていた。なぜか恥ずかしくなってすぐ無表情に戻したが。
「ていうかヘレナスクエアって遠くない?ここから電車で一時間くらいでしょ?」
「確かにな、往復の電車賃も馬鹿にならないし」
「けど気が向いたら行ってみるよ、モナたち誘ってみよ」
「感想聞かせてくれよ?」
「まず食べ切れるか怪しいけど」
けれどモナたちを誘うとなると、少々億劫になった。いつも私が提案すると『エレンから提案なんて珍しいね。もしかしてまたあの人のオススメ?きゃー』とかいって騒がれるのだ。的を得ているから言い逃れできないのも厄介だ。べつにそういう関係性ではないのに。
そうだ、関係性といえば
「ってか呼び方。そんな堅苦しなくていいよ」
「へ?」
「だから呼び方。いつまでも『さん』つけなくていいから」
「じ、じゃあ……エレン?」
「い、いちいち名前言わなくていい!」
「そうか?まぁこれからもよろしくな!エレン!」
これからもよろしくという言葉が、なぜか胸に響いた。
ヘレナスクエアは、学校からかなり遠い。しかも身近にルミナスクエアがある自分たちとしては、なかなか縁遠い場所だった。
「んー地図だとこっちなんだけど」
「ルビーそれ本当にあってる?南北逆になってたりしない?」
「南って下だよね?」
「こりゃ道案内任せたのは間違いだったかね」
改札を出てから既に15分が経過していた。目的のお店は徒歩5分のはずなのに。もしかして通り過ぎてるんじゃないかと思い始めたとき、ようやくそれは見つかった。
「あったよ!ここが噂のカフェだ!」
「やっとついたー」
「早く中入ろ」
「…だるい」
若干一名の目が死んでいるが、幸い待ち時間もなく4人はすんなりと着席できた。
「ご注文はお決まりですか?」
「うなぎパフェ4つで!」
「ルビー、まさかあんた、ひとり1つ頼むつもり!?こういうのは1個たのんで様子を見たほうが」
「なによ、凛ったらビビってるの?こういうのはノリと勢いが大事なの。あとはイソスタ映えするでしょ!」
「あと先考えてないじゃん!」
若干暴走気味のルビーに、それを抑えようとする凛。そんな中、残りの2人のエレンとモナはといえば
「エレン、このままじゃみんな未知の物体を食べることになっちゃうよ?」
「うぅー甘いもの欲しい…」
「うなぎパフェって甘いの…?」
「ほら美味しかったじゃん!4つ頼んで正解だったね!」
「あんたのそれは結果論でしょ」
4人は夕暮れの街中を歩く。少し分厚い雲が出てきて、早く帰らなければひと雨来そうな空模様だ。
「はやく帰りたい」
「甘いもの食べてもダウナーだねえ」
そもそもエレンはサメの
しかし帰宅ラッシュだというのに人通りはまばらだ。そういえば数駅離れた場所で地元のお祭りがあるんだったか。人々は皆そっちに引き寄せれられているのだろう。そう思えば、このタイミングでの遠出は正解だったかもしれない。カフェにも待ち時間なく入れたことも、それが原因だろう。
「それにしても静かだね」
「確かに。カラスが大合唱しててもおかしくないのに」
「駅前だからかな?動物一匹見当たらないや」
この時異変に気づいていれば、少し未来は変わったのかもしれない。もしくはこの日に遠出しなければ、きっと平和に過ごしていただろう。けれど、それに気づくには何もかもが遅すぎた。
『ホロウ発生!ホロウ発生!付近の住民の皆様は、速やかに避難してください!繰り返します!』
4人は暗闇に飲み込まれた。