エーテルの申し子   作:海老御飯

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変貌

 

 

 それは何気ない昼下がりだった。定期テストの最終日だったその日、最後の科目を終えたクラスメイトたちは、これから訪れる休日に浮かれていた。俺はテストですり減ったシャーペンの芯を補充し、凝った肩をほぐすように伸びをした。窓ガラスを見ると、癖のある灰色の髪の男が写っていた。我ながら疲れた顔をしているなと思いつつ、今夜の夕飯の献立に思いを馳せる。テスト明けだし、国産の牛肉でも買って凝った料理に挑戦するか。

 

『なあ!テストも終わったことだしカラオケでも行こうぜ』

 

 それを言ったのはクラスで一番成績の悪い男子だった。ちょっと無遠慮で、けれど陽気で人に好かれるタイプの男。俺も仲は良いほうだが、その成績だけはどうかと思う。以前、彼に宿題を見せてもらったときは酷い目にあった。

 

『エレンさんも行くだろ?ついでにアルスも』

『あーはいはい…』

『ついでとは失礼な』

『じゃあ二人とも参加決定で!』

 

 返事をしたつもりはなかったが、彼の中ではもう決定事項らしい。まあ今日は珍しく予定もなかったし、嫌ではないが釈然としない。

 

『酷くないか、あいつ』

『いつものことでしょ』

 

 ひとりで愚痴をこぼしたつもりが、後ろの席の彼女に聞かれていたらしい。

 

『エレンも行くことになったけどいいのか?』

『まぁ、いいかな。モナたちも行くみたいだし。ていうか珍しいね。あんたが放課後ヒマなんて』

『そういうエレンもだろ?いつもバイト忙しそうだし』

『私のことはいいって。で、いつもなにしてるの?』

 

 そう聞かれると回答に困る。別に秘密にしている訳ではないが、あまり広められても面倒だ。まあエレンになら教えてもいいか。彼女が嬉々として噂を広める姿は想像できないし。

 

『あー。これは誰にも言ってないんだけど…』

『ほら、秘密にするから』

『実はな…治安局でインターンしてるんだ』

『…ほんとに?』

 

 そう言うとエレンは目を丸くした。彼女のこういう表情はレアだ。無表情ってことはないけれど、八割くらいは眠そうな顔をしている。

 

『でも何で?』

『縁があったってのもあるけど、一番は金欠だったからだな。奨学金はあるけど生活費が怪しかったし』

 

 それに俺は美食家だから食費がな、と言うと『あんたのそれは()食家でしょ』と返される。どうやら先週オススメしたパインみたらしバーガーはお気に召さなかったようだ。

 

『へー。なんか俗物的な理由だね』

『成り行きでな。でもさ、最近治安局で働くようになって思うんだ』

 

 そう言って一呼吸置く。これはありふれた、子供の夢みたいだけど。

 

『いつか誰かを救えるような人になりたいんだ』

 

 それは治安官じゃなくてもいいんだけどね、と俺は言葉を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルス…?なんでここに!?」

「近くの祭りに行ってたんだよ!それよりエレン!その怪我大丈夫か!?」

 

 エレンの額から流れる血、真っ赤なワイシャツにバランスの悪そうな立ち方。明らかに重症だ。血に濡れた姿は痛々しく、しかしどこか艶かしい美しさを醸し出していた。一瞬見惚れて、慌てて頭をふって気持ちを切り替える。まずは治療だ。詳しく怪我の具合を見ようとしたところで、横合いから鋭い一撃が振るわれる。

 

「あっぶな!」

 

 胸先を剣が掠める。咄嗟に飛び退いたおかげで怪我はないが、上着は買い替えになりそうだ。

 

「エーテリアス!こいつが原因か」

「デュラハンってやつ、上級エーテリアス」

「なら逃げるぞ!走れるか?」

「無理」

「…足か!」

 

 目の前のエーテリアスはいきなり現れた俺を警戒している。顔のない頭部がじっとこちらを見つめ、実力を測っているようだ。ただ、この状況は俺たちにとって好都合だ。動かないなら、いくらでも作戦を練れる。

 

「出口は分かるか」

「残念だけど、あいつの後ろ側」

「なら歩いて回り込むぞ。俺が敵を引きつけるから、道案内は任せた」

 

 目の前のこいつは明らかに強敵だ。運動神経のいいエレンがボロボロになるくらいだし、本当に上級エーテリアスなら勝ち目は薄い。ここで2人とも死ぬ可能性は十分にある。死の恐怖に脈拍が上がり、冷や汗が頬を伝う。無理矢理にでも気合いを入れるため、握った拳を手のひらに打ちつけた。

 

「あんた戦えるの?」

「まかせろ!治安局でトレーニングはしてる!」

「実戦経験は?」

「ない!」

 

 微動だにしないエーテリアスから目を離さずに、じわりじわりと移動を開始する。ぐるっと右から大回りして、やつの後ろ側にあるホロウの出口まで行く作戦だ。頼むからじっとしていてくれよ、という祈りは届かずに、敵は動き始める。

 こちらに向かって走り出したデュラハンに対し、側面に回り込むように歩き出す。振るわれた長剣をバックステップで回避するが、掠った髪が何本か散った。

 

 「(スピードは大したことないな、特に大楯を持ってる左手はほとんど動いてこない。ただし剣の射程が広いから大振りに要注意だ)」

 

 続く上段からの唐竹割りはサイドステップで躱す。お返しに胴体を殴るが、硬すぎて手が痺れそうだ。エーテリアス特有の結晶化した肉体には、人間向けの近接格闘術は通用しなそうだ。コイツの剣は腕と一体化しているから、武装解除の技術も意味がないだろう。

 なら次は武器を使う。近くのエーテル結晶の柱を蹴りでへし折って、太めの棍棒にする。粗末な出来だが素手よりはマシだ。あんな硬度の体を何度も殴ったら、こちらの拳が先に砕ける。

 棍棒を数度振って具合を確かめる。重心は先端寄り、長さは2メートル弱、強度は使って確かめることにする。まずは野球のスイングの要領で叩きつける。先端が大楯に受け止められて、その結晶をわずかに削る。次はくるりと一回転して足払いを狙うが、差し込まれた剣に阻まれる。続いて下から顎を目掛けてかち上げた。これはヒットし、デュラハンのバランスを崩す。

 

「おらよッ!」

 

 胴体めがけて突きを放ち、腕、足、脇腹と連続で叩きつける。さらに数回の攻撃で隙ができたところで、頭部のコアめがけて上段から棍棒を振り抜く。渾身の一撃は、まるで先読みされたように大楯で防がれ、その拍子に棍棒は真っ二つに折れた。

 

「やっぱ即席じゃダメか」

 

 瓦礫になった棒を投げつける。何発かいい打撃が入ったが、わずかに表皮が割れた程度だ。そもそもエーテリアスの討伐方法は主に二つ、一定量のダメージを与えるか、コアを砕くかだ。急所であるコアのガード意識は高いようだし、討伐はハードルが高い。ならばこちらから攻撃するのはやめだ。敵の攻撃を避け続け、逃げ切る時間を稼ぐことに集中する。

 連続で放たれる剣戟を細かくステップしながら避け、エレンと一緒に半円を描くように移動する。ちょうど180度回り込んだところで、出口が俺たちの背中側に来た。よし、これであとは後退するだけだ。

 

「エレン、ゆっくり下がるぞ」

「了解」

 

 攻撃を避けながら一歩ずつ後退する。足を引き摺るエレンが狙われないように、敵からもエレンからも3メートルの距離をキープする。時々エレンを狙うような攻撃には、腕を掴んで邪魔をし、足を引っ掛けて邪魔をし、頭部のコアに瓦礫を投げつけて邪魔をする。一撃よけ、一歩下がるのを繰り返し、出口に徐々に近づいていく。俺たちの逃避行は想像以上にうまくいった。

 

 ふとデュラハンの攻撃のリズムが変わる。エレンを狙わなくなり、俺への速くて小さい斬撃が増える。速度を増した攻撃を避けきれず、かすり傷が増えていく。血が滲み出し、汗に混じる。

 

「(まさかこいつ、俺達の動きに適応しはじめた?)」

 

 振るわれた剣先が太ももに当たり、血が流れる。腕に掠って痺れるような痛みがした。胸をかすめ、血が吹き出す。まずい、少し深く斬られた。ズキリとした痛みが走り、呼吸が乱れる。滝のように流れる汗が、わずかに一滴、目に入って視界を遮った。

 

 瞬間、デュラハンは俺を無視してエレンへと突進する。

 

「…ぁ」

「やばっ…エレン!」

 

 思わずエレンに向けて走り出す。この距離、この速度なら間に合う!何とかして斬撃を逸らすことだけを考える。剣の側面を拳で叩けばいけるか?それは達人の技術だが、なぜか今ならできる気がした。デュラハンに向けて右手を伸ばし、拳を握りしめ…その瞬間、デュラハンはこちらを見た。剣先は俺の方を向いていた。

 

「は?フェイント…?」

 

 容赦なく振り抜かれた剣が右腕を斬り飛ばし、胴体を斜めに斬りつけ、そして……そこで意識が飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………ぁ」

 

 気づけばエーテル結晶の柱にもたれかかっていた。吹き飛ばされた?気絶してたのか?どれくらい時間がたった?そうだ、エレンは…

 

「……ぇれん」

 

 エレンの姿を探して右手を伸ばし、二の腕から先が存在しないことに気がつく。そうか、切り飛ばされたのか。ぼやける視界で見渡せば、自分の体は血の海に沈んでいた。体の血液を半分失うと死ぬんだっけ。どこか他人事のような感想が湧く。

 辺りを見るとエレンは…デュラハンと戦っていた。彼女も限界な筈なのに、懸命にもがく姿は美しく見えた。

 

「…ゴフッ……助け、なきゃ」

 

 体に力が入らない。左腕一本を動かすのが精一杯で、全身がゆっくりと冷えていく気がした。

 

「…助けなきゃ」

 

 エレンは今にも殺されそうだ。不安定な足取り、動くたびに大きくふらつく体、下がった視線。どれも彼女の命が薄氷の上にあることを示している。

 

「助ける!」

 

 目を見開いて、左手に力を込める。ふと脇に生えていたエーテル結晶が輝いてみえた。それを手に取り、一か八か、俺は口にした(・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねぇ、ボス。バレエツインズの2人のエーテリアス(マリオネット・ツインズ)って結局何だったの?』

『フム…多分な推測を含みますが、あれは恐らくオネット姉妹がエーテリアス化したものでしょう』

『オネット姉妹?』

『バレエツインズで天才的なダンサーとして活躍していた人物たちです。ですがホロウに飲まれ、観客たちを避難を優先して最後まで建物に残ったと言われています』

『それでエーテリアスになったってこと?だから音楽に反応したんだ』

『そうですね。エーテリアスの一部の個体には、生前の習慣や死の直前の行動を繰り返すものがいるそうです。パエトーンのお二人も、金庫を守り続けるエーテリアスを見たと』

『ふーん。なんか悲しい話だね』

 

 

 

 

 

 

 

 

「GuuuAAAAAAA!!!!」

 

 結晶が皮膚を覆い、肉体が作り替えらていく。全身が黒い装甲に覆われて、二の腕から新しい右腕が生えて鋭い爪が伸びる。口には爬虫類じみた牙が覗き、最後に背鰭のついた尻尾が生えた。

 それは人類ではあり得ない加速度で飛び出し、敵に喰らいつく。盾を持った腕に飛びつき、お返しとばかりに引き千切った。

 

「アルス…なの?」

 

 エレンの問いに怪物は答えない。再度踏み込み、盾を失くした左手側に向けて鋭い爪の一撃を振るう。爪は剣に弾かれるも、その反動を利用し右足の回し蹴りを叩き込む。ふらついたデュラハンが苦し紛れに下段斬りを放つが、これをジャンプして回避し、続く斬り上げは尻尾を使って空中で器用に避ける。

 

「エーテルを食べたの!?」

 

 苛烈な攻撃がデュラハンを追い詰めていく。爪で装甲を削り、蹴りで外殻を割る。右のフックでボディを揺らし、反撃の水平斬りをしゃがんで避ける。低い体勢から足払いを仕掛けてバランスを崩し、前傾姿勢になったところに膝蹴りを叩き込む。体が浮いたデュラハンに左のストレートを放ち、その体を数メートル吹き飛ばした。

 不利を悟ったデュラハンは起死回生の一撃を構える。剣を水平に構え、弓のように大きく引き絞ってタメを作る。エネルギーが集まった刀身が白く輝き、必殺の突きが放たれた。その光の槍のような一撃を右手の甲で側面から叩いて逸らす。勢いを殺しきれなかった剣に腕を砕かれながら、ゼロ距離まで接近し、カウンターを狙う。

 デュラハンの動きを真似するように、左腕を後ろに引き絞る。エーテル由来のエネルギーが腕に収束し、隕石の如く赫い輝きを放つ。

 

「GaaAAAAA!!!!」

 

 必殺となった拳は空気を吹き飛ばしながら頭部のコアを貫いた。爆発的なエネルギーが解放され、胸から上を消し飛ばす。コアを失ったデュラハンは数秒痙攣し、肉体が崩壊を始める。その体はエーテルの霧になり、空中に散っていく。

 

「Guu…aaaa」

 

それを追いかけるようにアルスからも霧が漏れ出す。極彩色に輝くエーテルの霧が、アルスを包んで輪郭をぼやけさせていく。

 

…限界を超えていたエレンの意識は、そこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………すか?聞こえますか?よかった、意識が戻ったみたい」

「…どこ?」

「救急車のなかですよ、あなたはホロウで倒れてるところを治安局に発見されたんです。お名前は言えますか?」

「エレン。エレン・ジョー。もう1人はアルス・ウィリング」

「もう1人…?えと…要救助者は一名だったはずですが」

「………………そっか」

 

 

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