エーテルの申し子   作:海老御飯

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探している

 

 

 

 私はあの日からずっと彼を探している。どこにいるのか、そもそも生きているかもわからない。いや、きっと彼はもうこの世にいないのだろう。それでも、もしかしたら…そう願ってしまう。それがどれだけ可能性の低いことなのかを、私はわかっているはずなのに。

 

 エーテル侵食は不可逆だ。侵食が進んだ人間は致命的な後遺症を負い、また完全に異化すれば自我を失ったバケモノになる。アルスは完全にエーテリアスになっていたから、人間として再会することは望めないだろう。それに最後に見た彼は、肉体が崩壊しているように見えた。あれはきっと、エーテリアス特有の消失反応だ。だからきっと、こんなふうに街を彷徨っても仕方がないのだ。それでも立ち止まれずに歩き続ける。怪我をした足は、歩ける程度には回復していた。激しい運動は禁止と医者に言われたが、そんなことはどうでもよかった。

 

 学校を終えた私はルミナスクエアの路地裏に来ていた。彼の友人に聞いた話では、この辺りに彼がバイトしていた店があるらしい。ここ最近の私はこうして彼の痕跡を探している。もしかしたら彼がここに来ているかもしれない、なんて。

 このあたりは飲食店の裏側にあるせいで、換気扇から吐き出される香ばしい匂いが鼻腔を満たす。ふと彼とコンビニで買い食いをしたことを思い出す。あのときは何を食べたんだっけ?

 彼がいないと調子が狂う。それは食事の面で明らかだった。燃費が悪い体質なのに、最近では好物の飴すら口にしていない。思ったより彼への思い入れが深かったことに気がついた。こんなことなら、ああ、もっと…

 

 空を見上げれば、半分欠けた月が中途半端な強さの光を放っていた。それが1人だけ生き残った事を責めている気がして、思わず目を逸らした。

 そんな風によそ見しながら歩いていたせいで、向こうから歩いてきた人にぶつかった。

 

「すみません」

「いえいえ、こちらも不注意でした………アッ」

 

「……ん?」

 

 男性っぽいシルエットに、深く被ったフード、そこから覗く癖のある灰色の髪。何より特徴的なのは、中身がないようにヒラヒラと風に揺れる右袖。

 

「………………アルス……?」

 

 そう呟いた瞬間、男は脱兎の如く走り出す。突然のことに一瞬虚をつかれたが、慌ててその背中を追いかける。

 

「ちょ、アルス!?」

「すまんエレン!また後で!」

「はぁ!?なんで逃げんの!」

 

 中身のない袖が風になびく。片腕がない彼は、バランスの悪そうな走り方をしていた。しかしその走るスピードは速い。もしかしたら、事件前の彼よりもずっと速いんじゃないだろうか。

 

「ちょっと待ってよ!」

「………」

「ねぇ!」

 

 彼を追いかけてどこまでも走っていく。路地裏を抜け、道路を渡り、大通りの歩道へと入る。歩道橋を駆け上がったところで、治りかけだった足がズキリと痛んだ。

 

「いたっ」

「…っ」

 

 その声が響いた途端、彼は反射的に急ブレーキをかけて立ち止まった。そしてゆっくりとこちらを振り返り、深く被っていたフードを持ち上げた。

 

「はぁ、わかったよ。ただし隠れるのが先だ」

 

 

 

 

 

 

 

 アルスに先導されて辿り着いたのは、先ほどいた路地裏にある隠れ家的なバーだった。ドアを開けるとカランコロンと鈴が鳴り、店員に来客を知らせる。カウンターの向こう側では、白い髭をたくわえた老人がグラスを磨いていた。

 

「マスター、久しぶり。」

「ん?アルスか、久しぶりじゃのう。オープンならまだじゃぞ」

「その、急で悪いんだけど上の部屋使わせてくれない?」

 

 そう問いかけられた老人は、一瞬驚き、すぐにニヤッと笑う。

 

「ははーん、後ろのおなごは()()()()ことかの?」

「ちげーって!緊急なんだよ」

「ほっほっほ、そういうことにしといてやるわい。部屋はオープンまで使ってよいぞ」

 

 老人は愉快に笑った。どこか居心地の悪そうなアルスに連れられ、カウンター横の階段を上がっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんなところでエレンと再会するとは思わなかった。ホロウのなかで出会ったことといい、最近エレンに関する遭遇率は異常だ。いや、彼女はこの店を知っていて近くまで来ていたんだろうか。

 

「で、なんで生きてたのに教えてくれなかったの?」

「それは、その、色々ありまして」

「ふーん、色々、ね」

 

 彼女はどう見ても納得しているようには見えない。形のいい眉は大きく歪み、不機嫌さをありありと示していた。

 

「あたしがこの一週間どんな気持ちで過ごしてたと思う?」

「いや、その、心配かけてごめん」

「はぁ…メッセージ送るとか出来なかったわけ?」

「携帯壊れちゃってさ」

 

 正直に言えば連絡自体は可能だったのだ。新エリー都では公衆電話が現役だから、小銭さえあればどこでも連絡はつく。まあそれができる状況ではなかったが。

 

「悪いけど死んだと思ってた…どうやって生き延びたの?」

「いや、俺も何がなんだか…気がついたら手術室にいてさ。あ、でもこんなこと出来るようになったぞ」

 

 俺は椅子から立ち上がり、全身に力を込める。数秒おいて、全身が極彩色の霧に包まれ、体の表面を結晶が覆っていく。しばらくして霧が晴れると、そこには一体のエーテリアスがいた。

 

「gaugau」

「…え?」

 

 エレンは口を開けてポカンとしている。唖然とした彼女をよそにエーテリアス化を解除する。

 

「gau……びっくりした?」

「…あんた何してんの!?」

「ほら、なんともないって」

「そうだけど…あぁもう!」

 

 どうやら俺の新しい隠し芸はお気に召さなかったようだ。

 

「あれ?いま右腕があった?」

「エーテリアス化すると一時的に生えてくるんだけどね。解除すると消えちゃうんだ」

「…ごめん」

「気にすんなって」

 

 彼女の表情は曇っている。どうやら腕を失くした一件でかなり責任を感じているらしい。腕を失ったのは俺の実力不足のせいだよと言ったが、納得しているようには見えなかった。

 

「……ねぇ、右腕見せてよ」

「え、なんで?」

「はやく」

「いや、それだと服脱がなきゃいけないんだけど」

「脱げ」

「えぇー…」

 

 渋々パーカーを脱いで肌着になる。右袖をまくり切断された腕を露わにすると、彼女は戸惑うような表情でそれを見つめてきた。

 

「ほら、これでいいか?」

「やっぱり…。あんた、この腕…」

「まあ名誉の負傷ってとこだな!旧文明の漫画で有名なセリフもあるだろ?『安いもんだ、腕の一本くらい』ってさ」

 

 そう嘯く俺を、彼女は真剣な眼差しで見つめていた。

 

「そうじゃない。あんたの腕、斬られた時には二の腕まではあったでしょ?なんで肩口まで無くなってるわけ?」

「それは…あー……」

「話して」

「そ、そういえばここのバー、俺が昔働いてたとこなんだぜ?」

「話せ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは四日前まで遡る。エーテリアス化してデュラハンを倒し、気絶した俺が次に目覚めたのは手術台の上だった。

 

「ここは…手術室?」

 

 この場所に見覚えはない。というか生きていたことが予想外だ。エーテル結晶を食べたとき、俺という人間は死んだと思っていたのに。

 もしかしてここは天国か、あるいは転生したか?どちらにしても手術台の上とは趣味が悪い。

 そんな胡乱なことを考えていると、突然中空から声が響く。

 

「やあ、気がついたのかね」

「…どちら様ですか?」

 

 それは男性の声のようだ。辺りを見渡せば、光を放つモニターが一台だけ稼働していた。声の主は遠隔で語りかけているらしい。

 

「私は君の救世主だよ。倒れている君を見つけ、ここまで運んで治療したというわけだ」

「ああ、そうなんですか。助かりました」

「いい、気にすることはない」

 

 しかし色々と妙だ。まず(かんじゃ)が手術台の上で目覚めるのがおかしい。普通は病室だろう。それにモニター越しに話す医者なんて聞いたことがない。

 

「あの、エレンは…倒れていた女の子はどうなりました?」

「ふふふ、それを君が気にする必要はないよ。私としても興味がないしね」

「は?どういう意味ですか?」

 

 知らないならまだしも「興味がない」?なんなんだこいつは。

 気になることはまだある。

 

「あの、俺の右腕って短くなってませんか?もっとこう、二の腕までは残ってた気がするんですけど」

「ああ、悪いけどサンプルのために切り取らせてもらったよ。なに、どちらにせよ失った腕だろう。二の腕まであろうが、肩口まで失っていようが、大した差ではない」

 

 こいつの倫理観はどうなっている?どこか胡散臭いやつだとは思っていたが、もしかしてとんでもない異常者に拉致されたのか?

 すぐに手術台から起き上がり床に足を下ろす。点滴の管を引き抜いて、いつでも逃げ出せるようにする。

 

「あのー、本当に助かりました。それじゃ俺帰るんで…」

「まあ待ちたまえ。治療費を払っていないだろう」

 

 そんなことを言われても払えるだけの金がない。普段から金欠で、バイト代で家賃を払うのでいっぱいいっぱいだ。

 

「あー、実はほとんど貯金がなくて」

「なに、必要なのは金銭ではない。データだよ」

 

 データだと?どう考えても嫌な予感しかしない。

 

「目覚めたところで恐縮だがデータ採取に協力してもらいたい。内容はエーテリアス化した時の肉体情報と戦闘能力について。攻略対象は雑魚エーテリアス30体。よし、戦闘始め」

「は?何言って…」

 

 次の瞬間、手術室のドアを突き破ってエーテリアスが侵入してくる。どれも小型だが、数が尋常じゃない。そいつらは剣を構え、鎌を持ち、鋭い爪で武装して俺の命を狙ってくる。

 

「くそっ!何なんだよこれ!」

 

 突き出される剣を避け、振るわれる爪を蹴り飛ばす。退路のない部屋に大量のエーテリアス。これを仕掛けた人間は何を考えている!?どう考えてもイカれてる!

 右から、正面から、左から。次々に差し込まれる攻撃に切り傷が増えていく。突き出された剣を避けた次の瞬間、別の敵が鎌を振りかざしていた。

 

「(まずい、これ死____)」

 

 命の危機を感じた瞬間、脳内に電流がはしる。ふと湧いてきたイメージ通りに力を込めると、自分の体をエーテルの結晶が覆いだした。一瞬の間をおいて全身がエーテリアス化し、結晶の装甲が鎌を弾き返した。

 

「GaaAAA!!!」

「ふはは!これが見たかった!これがエーテル適正検査『100点』の肉体!凄まじい!」

 

 先ほどとは打って変わって、アルスの蹴りが、爪が、エーテリアス達を破壊していく。左のストレートがコアを砕き、ハイキックが胸部を潰す。数十体はいたエーテリアスは急激に数を減らしていき、最後の一体もエーテルの霧を出しながら消滅した。

 

「いや、大変素晴らしいデータだった。しかし()()が見られなかったのは残念だ。次はもっと強い敵が必要か」

「Gruuu…」

「今日はよくやった、眠るといい」

 

 得体の知れない男がそう言うと、部屋の四隅から白い煙が吹き出す。煙を吸い込んだアルスは、自身の意識が薄れていくのを感じた。身の危険を感じ取り壁を殴り始めるが、わずかにヒビが入っただけだった。

 

「その壁は鋼鉄製だ。エーテリアスには破壊できないよ」

 

 その声を聞いたアルスは一瞬行動を止める。そして少し考えるようなそぶりをしたあと、半身を引き、左手でタメを作り始めた。それは数日前の再現のようだった。引き絞られた左腕にエネルギーが収束し赫い輝きを放つ。

 

「GuaaAAAA!!!!」

 

 極光とともに全てを破壊する一撃が放たれる。それは壁を破壊し、建物を貫通して外までの一本道を作り出した。エーテリアス化がとけたアルスは病衣のまま逃げ出していく。

 

「これはこれは!かつてない高密度エネルギー!素晴らしい!逃げられてしまったのは残念だが良いデータが取れた。あとはこいつを…」

 

 男の呟きはホロウの中へと消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで逃げてきたんだ」

「何人か追手もいてな。連絡を入れる余裕がなかった」

「で、なんであたしからも逃げたの?」

「この件に巻き込みたくなくて」

「あたしのことナメすぎだから」

 

 本来ならこんな話をするつもりはなかった。ただの女子高生である彼女は、この事態に巻き込むにはあまりに無力すぎる。それでも話をしたのは、ホロウ災害の現場にいた彼女はこの一件に巻き込まれる可能性があるからだ。

 

「にしても、よくこんなバー知ってたね」

「あぁ、俺が治安局でインターンする前のバイト先だったんだ」

「ふーん、でもなんで宿屋までついてるの?」

「あー…これはだな……」

「まだ隠し事があるわけ?今日は全部吐いてもらうから」

「いや、その…」

 

 どんなことを話すにも適した状況というものがある。上司の愚痴なら酒の席で、怪談なら暗い部屋でやるのがベストだ。それと比べると今の状況は最悪の組み合わせだ。マズイ話題に密室、そして俺は半裸。状況はデュラハン戦より悪いかもしれない。

 

「実はだな、この部屋は下のバーでいい雰囲気になった男女が入る、その、つまり()()()()部屋だ」

「最低」

「俺は悪くない!」

 

 エレンは唇を尖らせて後ろを向いてしまった。仕方ないだろう、話せと言われたんだし。

 

「はぁ…それで、あんたこれからどうするわけ?」

「そうだな…最初は治安局に駆け込もうかと思ったんだが」

「まあそうだよね」

「けどさ、そのためには事情を説明しなきゃいけないし、そうすると俺は良くてモルモット、悪くて殺処分だろ?」

「治安局がそんなことする?」

「俺も信じたくはないが…今のヤヌス区治安局はことなかれ主義だからな」

 

 特に問題なのは副総監のブリンガーだ。昔は勇敢だったという彼は、今では支持率ばかり気にしているという噂だ。エーテリアス化する人間が現れたと聞いて、彼が()()()()ことにする可能性は十分にあった。

 そういう訳で行くあてはない。ルミナスクエアまで戻ってきたのは、土地勘のある街の方が生活しやすいと思ったからだ。

 

「俺の家はやつらにバレてる可能性があるから帰れない。貯金もあんまりないし、しばらく野宿でしのぐよ」

 

 実際ここ数日は野宿だったのだ。水は公園で、食料はコンビニで仕入れた。追手を避けながらの逃走だったから、まともに睡眠も取れなかった。

 

「……ならうちに来なよ」

「…は?」

「泊めてあげるって言ってんの、しばらく住んでもいいよ」

「いやいやいや」

 

 さすがにそれはヤバい。華の女子高生と同棲?そのまま治安局に突き出されるオチだろ。

 

「流石に迷惑じゃないか?」

「いいから!それに…」

 

彼女は少し俯いて、弱々しい声で言った。

 

「失くした腕の分くらい迷惑かけてよ…」

「…悪い」

 

 かくして俺たちはエレンの家まで移動することになった。

 

 

 

 

 

 

 

「ひとまずお風呂に入って。はっきり言って臭いよ、あんた」

「うぇ!?まじかよ」

「いつから野宿してたの?」

「うーん三日前くらい?」

 

 家に入るとすぐに脱衣所に連れて行かれる。服を脱げば、瘡蓋が出来始めた生傷と、妙になめらかな肩の傷口が顕になる。

 

「服はそこに置いといて。着替えはコンビニで買ってくるから」

「はいよー。何から何まですまんな」

 

 風呂場に入りシャワーを浴びる。冷水が傷口に沁みてうめき声が出そうになった。

 脱衣所ではガタガタと物音がしている。エレンが何かしているのか?壁一枚向こう側に異性のクラスメイトがいることを意識してしまって、どうにもソワソワしてしまう。そんなことを考えていると浴室のドアが開いて薄着のエレンが入ってきた。

 

「ちょっと入るよ」

「うええ!?ちょ、エレン!なんで」

「背中流したげるから。それに左腕だけだと洗いにくいでしょ?」

「それはそうだけどさ!もっとこう、なんかあるだろ!」

「うるさい」

 

 慌ててタオルで股間を隠す。エレンは問答無用で背中を流しはじめた。むず痒い感覚に背筋がぞくぞくする。

 

「ほら、終わり。湯船は入る?」

「傷口が塞がりきってないからやめとこうかな」

「そ、じゃあコンビニ行ってくるから。もう少しシャワーであったまってて」

「お、おう」

 

 こう言っては何だが優しいエレンはちょっと変だ。愛想の悪い野良猫が急に懐いたようで困惑する。まあこれで彼女の罪悪感が消化されるなら、それはそれで良いことだろう。

 しばらく熱いシャワーを浴びていると、鍵を開ける音とともにエレンが帰ってきた。

 

「ただいま。夕飯も買ってきちゃったけど、苦手なものある?」

「特にないよ」

 

 タオルで体を拭き、エレンに渡されたスウェットに着替える。ちょっとゴワゴワしているが、コンビニにしては上等だろう。脱衣所に置いてあったドライヤーを借りて髪を乾かし始めた。

 

「貸して」

「ちょ、エレン?」

 

 そう言ってエレンはドライヤーを取り上げ、俺の髪を乾かし始める。しなやかな彼女の指が、癖のある俺の髪をすいていく。

 

「一人じゃ乾かしづらいでしょ。あんたの腕の代わりになるのは無理だけど、困ったことは何でも手伝ったげるから」

「(何でも…!?)」

 

 思わず邪な考えが脳裏によぎる。慌てて頭を振り、不埒な欲望を頭から追い出した。

 

「ちょっと、動かないで」

「あ、すまん」

 

 

 

 

 

 

 

 交代でエレンがシャワーを浴びたあと、先ほど買ってきてもらったお弁当を食べる。彼女が買ってきたのは唐揚げ弁当だった。割り箸を受け取り、口を使ってパキッと割る。左手で箸を持つが、うまく力が入らずに箸が十字にクロスした。

 

「くっ、この…」

「何してんの?…あー、右利きだったもんね」

「慣れるまでは仕方ないな」

「…ほら、食べさせたげるから」

「え?」

 

 そう言ってエレンは俺の箸を手に取る。彼女の表情はどこか楽しそうだ。

 

「ほら、あーん」

「え?は?」

「ほら早く」

 

 それとも口にねじ込まれたいの?と言われ、諦めて口を開く。食べさせてもらった唐揚げの味は全く分からなかった。

 

「はい、おわり。じゃ、スプーン取ってくるから」

「最初からそれでよかったんじゃ」

 

 俺の意見はどうやらスルーされたらしい。軽快な足取りでキッチンに向かう彼女の背中では、大きな尻尾がゆらゆらと揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 食事が終わり、エレンに淹れてもらったお茶を飲んで一息つく。なんてことはないお弁当だったが、エレンの家にいることといい、食べさせてもらったことといい、色々と特殊すぎた。ここ数日で俺の人生変わりすぎじゃないだろうか。

 穏やかな空気が流れるなか、唐突に彼女は語り出す。

 

「あのさ、あんたに話しておきたいことがあるんだけど」

「ん?改まってどうした?」

「あたしのバイトの話。バイト先はね、ヴィクトリア家政っていう家事代行サービスなんだけど」

 

 そこから語られるのは彼女の裏の顔の話だった。ただのメイドかと思えば、要人を警護したり、ホロウ内で活動したりと、それはある種のプロフェッショナルであることが伺えた。それに彼女自身の戦闘能力もかなり高いらしい。

 

「あたしと、あたしのバイト先ならきっとあんたの助けになれる」

「いいのか?バイト代なんて払えないぞ」

「そこはあたしが何とかするから。ひとまず明日、うちのボスに相談しに行くよ」

「明日って学校あるんじゃないのか」

「サボる」

「おいおい、不良になったのか?」

「何日も休んでる人に言われてもね」

 

 明日の予定が決まったところで、エレンの用意してくれた来客用の布団で寝ることになった。意外な発見だが、エレンはうつ伏せで寝るらしい。仰向けでは尻尾が邪魔になるし、当然と言えば当然か。

 

「じゃあ今日はもう寝るよ、おやすみ」

「あぁ、おやすみ」

「それと……あのとき助けてくれてありがとう」

「どういたしまして」

 

 ここ数日味わえなかった柔らかい布団の感触に、俺の意識は簡単に沈んでいった。

 

 

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