吾輩はとある女性VTuberの飼い猫である。 作:ルフラン
吾輩は生後二ヶ月余りの仔猫である。
よって、身体の成長はまだこれからで、
……だが、これはこれで楽しい。苦労して上り詰めたからこそ見える景色がある。
ベッドの上。ソファーの上。昨日には不可能だった難所を踏破することで、己が成長を噛み締めることができる。
まぁこれに関しては、ふみかのヤツが吾輩に配慮しているのもあるが……。
ベッドやソファーの近くに置かれたダンボールや、開けっ放しの扉を見れば、その程度は察する。
この辺りは贅を凝らした馳走や日々のブラッシングと同様だ。吾輩に仕える従者としての気概はこんなところにも現れる。
いやはや、真に心憎い女であろう。これで吾輩の尊厳を手に掛けようと企むのと、今一つの欠点さえなければ完璧なのだが……。
「うにゃあ」
……やはり増えておるな。
台所の片隅に転がってる巨大な空き瓶は、先週までは最大でも10を超えなかったが、今週は資源ごみを出す日まで2日を残して既に9か。
うぅむ。人間どもの酒量限界がどこにあるのかとんと想像がつかぬが、過ぎたるは及ばざるが如しよ。ふみかのヤツが体を壊さぬよう吾輩が気をつけねばならんな。
……と、主君の自覚をより一層新たにしたところで、吾輩はその気配を察知した。この足音はふみかのものか。
よしよし。早速だが、あの自分の事になると途端にだらしなくなる女に喝を入れてやらねば……いや、待て。この足音はふみかのものだけではない。
ふみかのものとそう離れておらぬ上に、真っ直ぐこちらに向かってくる足音は合計でみっつ。
これはマズイ。もう読めたぞこの展開は──とりあえずリビングにある家具の隙間に逃げ込もう。
「ただいまぁ。みぃたんの大好きな桃華おねえさんのお出ましだゾ……って、今日は居ねぇな。ご主人様のお出迎えはどうした」
「あれ、珍しいですね。いつもワンちゃんみたいにお出迎えしてくれるのに」
「お昼寝中じゃごさいませんこと? もしくは桃華さんの気配を察して逃げたとか……ふふっ、長生きできそうな仔猫ちゃんですわね」
「なんでだよ。ドレミじゃねぇんだから、桃華から逃げるわけねーだろ、バカ。ったく、どんだけ世話してやったと思ったんだ。もう桃華なんてママよ、ママ。起きてたら一目散に抱きついてくるに決まってんだろ」
「あら、お労しいや。とうとう現実と妄想の区別がつかなくなったようですわね。ふみかさんのご自宅で失禁する前に入居施設をお探しになられたら?」
……口々に勝手な事を抜かしよるが、ツッコミはせんぞ。吾輩は自身の正義を知らしめずにはおれんインターネット戦士とは違うのだ。不快な発言はミュートしてやり過ごすに限る。
ジッとタンスの下で気配を消して入り口の辺りを窺うと、入ってきたのはやはりあの女どもか。
ふみかの後ろにやたら臀部の大きい
名を
「みぃちゃん、出てきなぁー。先輩たちがみぃちゃんに会いにきたよー」
「マジか。これだけ探して出てこないとなると脱走の線が濃厚か?」
「ふみかさんが戸締りをきちんとしてらっしゃるるんですから、それはありませんわよ」
「じゃ、どっかに隠れてるんですかね……。洗濯物の下もハズレと」
「家具の上にもいらっしゃいませんね。私の経験談からすると、猫はこういう高いところを好むのですが……」
「もういいから一杯やろうぜ。かくれんぼをしてんのか知らんが、飽きたらそのうち出てくるだろ」
ふふふ、よしよし。灯台下暗しとはよく言ったものよ。さすがの女どもも、ガニ股を開いてソファーの下は覗き込んでこなかったか。
「んじゃ、とりあえず乾杯しますか。収録お疲れ様でしたぁ」
「かんぱぁーい! ングッ、ングッ、プハァー!! てか、あれからどうよ。ワクチンを接種してだいぶ経つんだから、もう散歩とかしてる?」
「犬じゃないんだから散歩には連れてってませんが、キャリーケースに入れてお出かけはしましたね。ただ外が怖いのか、開けても出てきませんでしたけどぉ」
「ま、そんなものですわよ。たまに外の空気を吸わせる程度で十分ですわ」
ふむ。どうやら酒宴を始めたようだが、それなら適度に酔いが回った頃に顔を見せれば、こちらの被害は最低限で済もう。
……やれやれ。一時はどうなるかと思ったが、何とかやり過ごせたか。
まったく、冗談ではないぞ。がさつなふみか一人でも苦労しておるのに、度し難いほど傍若無人な桃華に加えて、不自覚な嗜虐体質のお嬢様の相手など、吾輩の手に負えるもではない。ただでさえ──おや、この気配は?
「…………」
ハァ、ふみかのヤツめ。飲み乾した酒瓶を洗わずに放置するから、この手の虫が匂いに釣られて寄ってくるのだ。
吾輩の目の前を何食わぬ顔で通過しようとする虫は、人間どもの特に女が蛇蝎の如く嫌悪する蜚蠊よ。
何、読めぬ?
それは幸いであったな。吾輩もそのように配慮したのだ。
そして真に面倒ではあるが、この家は我が居城──不逞の輩は放置できん。
どう考えても主君たる吾輩の仕事とは思えんが、何事にも向き不向きがある。半月前にコヤツと遭遇したふみかは半狂乱であったからな。さっさと捕らえて──おのれ、躱しよったぞ。
ぐぬぬ。何もかも跳び掛かれるスペースのないこの場所が悪い。断じて吾輩は二流のハンターでは……おのれ、触手を揺らして嘲笑うか。貴様はこの吾輩に火を
もはや
「──あら? なんだ、ここにいらしたのね」
ぬっ、抜かった!? よりにもよってこの女に捕まろうとは!!
「なぁんだ。みぃちゃんってばソファーの下でおねんねしてただけなんか」
「だから心配すんなって言ったろ? 猫なんざどう足掻いたって人間サマの手から逃げられねぇんだからよ」
「ふふふ、相変わらず教育が行き届いてますのね。拾った仔猫は加減がわからず爪を立てたりしますのに、この仔はペットショップで親兄弟と暮らしているうちに、その辺をしっかり学んでらっしゃいますのね。ほら、こうしてしまえば何も出来ませんわね……」
だから、辞めんか。無自覚に吾輩の最も嫌がることをするでない。ふみかならともかく、貴様らに吾輩の腹まで許した覚えは──いかん、三人がかりだと本当に頭がおかくなりそうだ。
まったく、なんたる事だ。今の吾輩は性別が女ならば、男に
……本当にこの身は
故に、これは必然よ。例の虫が如何なる経路を辿ったのか、嗜虐の笑みを湛える令嬢の肩に現れようと、吾輩には何も出来ぬ。諸行無常、因果応報とはこの事か……。
「うわっ、どれみの肩ッ!!」
「あら──うっきゃあああ!!?」
「ご、ゴゴゴゴゴキジェット!!」
まさか、外敵と見なした貴様に救われようとはな。
恩と恥を知る身である吾輩はあえて追わず、女どもの悪戦苦闘を高みから見物した。
やはり行いとは自らに返ってくるものなのだ。これに懲りたら性格の悪いふみかの先輩どもも、もう少し我が身を顧みるが良いぞ……。