吾輩はとある女性VTuberの飼い猫である。 作:ルフラン
吾輩は猫である。名前はミルク。もしくはみぃちゃん。
やんごとなき
およそ一ヶ月余り前に
うむ。吾輩は高貴な事この上なき猫ではあるが、人間たちを劣等種と見下す悪癖はない。貴様らも吾輩の愛くるしい姿に癒されるが良いぞ。
……さて、初見の挨拶はここらで切り上げ、本題に入ろう。実はな、吾輩はいま途轍もなく困っておる。
「うぅ〜ん、お腹、苦しい……ごめん、みぃちゃん。ももか先輩に、連絡して……」
まぁ、こちらはこのような有様でな……。
いつもは寝坊助なりに主君である吾輩より早く起床し、食事の用意をするふみかがいつまで経っても寝床から出てこないから催促したら、なんと助けを呼べと抜かしよるのだ。
まったく。助けを呼ぶのは構わぬが、それならせめて吾輩にもできる手段を説明しろというのに……。
それで何処からかこちらを観測しているらしい貴様らの知恵を借りたくてな……ふみかが呼べと言ったあの女に助けを求めるには、こちらの《スマホ》なる板切れを操作すれば良いのか?
うむ。吾輩の姿を認識しておるのか、目の前に座ってやれば起動はするが、その先がどうにも……ほほう。画面に肉球を押し当てて下から上に弾いてやればいいのか。よしよし、パスコードを入力しろと言ってきたぞ。
ああ。ふみかはよく吾輩を抱きながらこれなる板切れを操作するから、6桁の数字は覚えておる。たしか、235309と……うむ。四角い絵が大量に並んでる画面に移動したぞ。
次は、なるほど、左下の絵を押して、連絡先の中からあの女を選べば良いのだな?
最後に真ん中の電話と書かれているところの数字を押して……いや、助かった。何とか呼び出しに成功したようだ。
うむうむ、大義であったぞ。この恩は生涯忘れぬと誓おう。もし吾輩と会う機会があったら、この身を如何様に処してくれても構わぬ。
ではな。立て込んでおる故、これにて失敬するぞ──。
「もしもしふみか? どうしたよ、こんな朝っぱらから?」
「みぃ」
「ん、みぃたん? ふみかはどうした?」
「みぃ、みぃ、ふみゃあ」
「……どう見てもただ事じゃないね。わかった、すぐに行くわ」
「んみゃあ〜ぉ」
……ふぅ。何とかなったか。吾輩にこちらの現状を伝えろとは無理難題もいいところだが、今度ばかりはあの女の手柄になるな。
よもや猫語に精通しているとも思えんが、妙なところで
「来たぞ、みぃたん。ふみかの容態は?」
「みぃ! みぃ!!」
「──よっしゃ。任せろ」
ほどなく玄関の施錠が外から解除され、こちらに飛び込んできた
「なんだ、ふみかに付き添ってやろうとしたのか?」
「みぃ」
「そっかぁ。でもごめんな。お前のご主人様が運ばれるのは人間の病院だから、猫は入れないんだワ」
「みぃ……」
「そんな心配そうな顔をするなよ。ふみかにはアタシが付き添ってやるし、暇そうなヤツを探してお前の世話をするように言っておいたから、ジャンジャン食ってモリモリ●●●しろ。それがお前にしか出来ない仕事ってヤツだ」
……吾輩はこの女を見損なっていたのかもしれん。
ふみかが吾輩の主人と見誤っておるのは物申したいところではあるし、品のない物言いは本人の為にも矯正したいところだ。
だが、この女の根底には確かな善性がある。吾輩の毛並みを撫でる手は優しく、その顔に浮かんだ笑みは見惚れるほど美しい。
なるほど。ふみかがこの女を先輩として慕うのも道理よ。素直に聞き分けた吾輩は頼れる女の後ろ姿を見送り──ほどなく、その判断を呪うことになる。
何故なら玄関の施錠がふたたび外側から解除されたとき、現れたのは吾輩が最も苦手なあの女だったからだ。
「うふふ、今回は災難でしたわねおチビちゃん……でも心配は要らなくってよ? この私が到着したからにはふみかさんが不在でも、あなたのモフられライフに後顧の憂いは微粒子レベルにも存在しませんわ!!」
いや……だからどうして呼ぶかな、この女を……。
名を、
結論から言ってしまうと、ふみかの病名は急性虫垂炎という代物であったとか。
外科的な手術こそ要するもののさほど珍しい病ではないらしく、術後の経過も良好。さすがに翌日は経過を見るため入院となったが、緊急搬送の二日後には元気な姿で退院して吾輩の地獄も終わってくれた。
それは良い。それは良いのだが……。
「あぁ〜ん! みぃちゃん好き好き!! ホントに桃華先輩を呼んでくれるとか天才かぁ? 天才だよね!? これはもうみんなに自慢するっきゃないでしょ……!!」
……うむ。どうも吾輩がスマホを操作したのが青天の霹靂らしくてな。帰ってくるなりこの調子で、吾輩をまだぞろ例の配信とやらに引っ張り出そうとしておるのだ。
まぁ吾輩もふみかの道楽に付き合うのは構わぬ。この高貴なる身に仕事というものがあるとしたら、それはこの女と遊んでやる程度のものだからな。カメラの前で見せ物にされるのは業腹だが、貴様らが吾輩の類稀なる容姿に熱狂するのもわかるゆえ、我慢できぬわけではない。
だがな……。
「だからホントだって! ふみかたんが盲腸で動けなくなったときにね、みぃちゃんが代わりに連絡してくれたの!! こう、スマホをシュパパパパって操作してね、桃華先輩の耳元でミィミィ泣いて、誘き寄せてくれたんだってば……」
吾輩にはパソコンとやらの向こうにいる《視聴者の反応》はわからぬ。
おそらく、あの画面の左端に流れる光の滝がそうなのであろうが、あれを読み取れというのは無理な相談よ。
「だからやめなぁー! 頭のお薬を出しておきますねじゃないんだって!! ホントにホント。本当にふみかのみぃちゃんは天才なんだってば……!!」
よって、必然的に認識できるのは、このふみかの一人芝居だけになる。
この真に必死な、見ているだけで痛々しくなるふみかの狂態をな……。
「よぉし、そこまで言うんだったら証拠を出してやろうじゃないの。これを見たらみんなの手首もドリルになるから覚悟しなぁ?」
挙句にふみかは吾輩を犬と勘違いしたのか、「みぃちゃん、お手」だのと抜かしてきおったのだ。
……さすがに付き合いきれぬ。このとき吾輩はふみかを突き放しても良かった。それ程までに今回の無礼は寛大な吾輩をもってしても容認し難いものがある。
だが同時に、吾輩はこうも思った。この女は病人なのだ、と。
吾輩にはこの女の病が完治したのか判断がつかぬし、仮に完治しておったにしても弱っておるのだ、と。
吾輩は忘れておらぬ。吾輩が病に耐性をつける為にワクチンを接種し、弱っていたときにこの女がどう振る舞ったのかを。
ふみかは立ち上がる気力もない吾輩を片時も離さなかった。ずっと寄り添い、その手で吾輩に温もりを与えて勇気付けてくれた。
だからこの程度は構わないだろうと、ふみかの《お手》に応じたのだ……。
「ほらぁ!! みんなも見た見た!? いまみぃちゃんがお手って──あぁん、ホントに天才天才! もう大好きチュチュチュチュチュ……!!」
それが正しい仕儀だったのかは、吾輩にはわからぬ。わかるのは、吾輩をスマホのカメラで捉えながら顔を近づけてきたものだから、ふみかの横顔が映り込んだことぐらいか。
「あちょ、今の無しね? アーカイブにも収録しないから、みんなもふみかたんの素顔が見えたとかSNSに投稿しないように……」
だが、飽きないことだけは確かだ。
相変わらずがさつで、考え無しに行動しての百面相だが、少なくとも退屈だけはしない。
意外と善良な桃華や、この二日ほど世話になった七音を再評価しつつも、やはり吾輩の召使いはふみかにしか務まらぬ。
その確信をもってふみかの手の甲に口付けを与えてやった吾輩は、歓喜する女の顔を満足して見上げるのであった。