主任への劣情に苛まれ続ける日々。彼への劣情が日毎に増大していく気がしてならない。皆が主任のことを強い奴、ヤバい奴、変な奴、そう認識している中、私だけがおかしい。断層が下へと落ちていくように、底なし沼に落ちた鍵を掬い上げることができないように、私だけが暗い闇へと沈み込んでいる気がします。自分だけが劣情を向けていることへの憤りや憂鬱に苦しみながらも、彼が脳内で穢されていく様子に興奮を覚えている。
彼は高尚な人ではありません。強いていうなら狂人枠です。愛してると叫びながら殺しにかかるその姿は、狂人と言っても過言ではないでしょう。愛してるを免罪符に自身の身勝手な行動を正当化していると、そう言及する人もいます。確かにそうかもしれません。ですが私の前でその言葉が真であるか偽であるかなんてものは、どうでもいい。彼の言葉を盲信するつもりはないが、信じていないわけではない。相反するようで、矛盾するようで、自分の中では整合性を保ち続けている。誰がどう見ても矛盾していたとしても、だ。
叶うことのない恋に落ちた。どうせ実らぬのならせめて友達であれと、そう願っても叶うことはなく。私と彼との接点はこの世界で思考する存在であることぐらいだ。性別どころか種族すら違う。人工知能とただの人間。両者の間にある壁は高く厚く、宇宙を突き抜けて私では飛び越えられない。枯れるほど泣いても、喉が裂けるほど叫んでも聞こえやしない。なのにこの壁といったら、透明で。少し手を伸ばせば届きそうに見えてしまう。どれだけの地獄を味わえば私はこの壁を取り払うことができるのだろうか。そうして今日も壁の向こうのあなたを見つめるのだ。
憧れは燻りへと姿を変える。人はこれを「勘違い」というらしい。そんなはずはない、あるわけがない。人々は口々にそう叫んだり呟いたりして写真を撮るのだ。私という異物を介して自らに注目を集めるために。私はただ、わからないことを知りたいだけだった。彼への感情の名前を知りたい、という陳腐な願いを叶えたいだけだった。結果として叶うことにはなったが、その次に生まれた願いは到底叶うはずのないものへと成り果てた。夢は醜い怪物へと変わり、果てしなく広がるはずだった可能性は永遠に失われた。
ひとつ、話をしよう。多元宇宙論というものを知っているかな。宇宙は無数に存在しているという理論のことだ。創作でいうところの二次創作やクロスオーバーがわかりやすいだろう。あれらは全て創作という二次元に収まっている。だがこの理論においてクロスオーバーは世界の一端が交わる事象、二次創作はここと似たような世界のことを指す言葉になるのかもしれない。二次と言ってはいるが、どちらが先なのかの定義など存在しない。なのでこの単語は少し違うのかもしれない。何が言いたいかというと、私と彼の道が交わる世界があったかもしれない、ということだ。荒唐無稽で信じることはできない。それでも祈ってしまう。どこかにいる自分が、大切な彼との間にある壁を取り払ってくれることを。
私が脳内で彼を穢している間、別世界では彼が私のことを物理的に穢しているのかもしれない。そう考え、いや、現実逃避に過ぎない話か。だがこの世界において一つだけ可能性が存在している。それは彼のほうから来てくれることだ。まあ関係がないので無理なのだがな。
結局のところ、私は木偶の坊にしかすぎないのだ。彼を追いかける技量もなければ度胸もない。人々は勇気は持ち合わせていると励ましてくれているが、今ここで使わねば後はいつ使うことになるのだろう。たぶん来ないだろう。だからと言って、全てを諦めてしまうのにはまだ早いと、そう願ってしまう自分がいる。
心を擽り、胸の内に燻るだけで終わったこの気持ち。後に引くこともできず、かといって前に進むこともできなくなってしまった。次があるのなら、あなたともう一度会うことができるのなら。次は、次こそは壁を飛び越えて、いや、壁を突き破ってあなたに会いにいくよ。
だから、今回はもうおしまい。
2024/2/8