「赤いハイヒール」「特に意味のない贈り物」
街に繰り出すと、高級ブランド店のショーウィンドウに真っ赤なハイヒールを見かけた。それはシンプルながらも目を引くほど真っ赤なエナメル製で、ヒールも値段もまあまあ高かった。普段であればそんなものが目に留まるわけないのだが、何故だか興味を惹かれた。自分でもその理由が全く分からない。義体の首をかしげながら入店する。
商品を眺めていると店員が「お探しのものはございますか」とマニュアル通りの笑顔を作りながら話しかけてきた。
「あー…いや、贈ろうか決めかねているからわからない」
かなり酷いセリフかもしれないが、それが本心なので仕方ない。ほんの一瞬だけ店員の動きが止まったが特に気にすることもなく商品へと目線を戻す。店員が動き始めると、また話しかけてくる。
「お相手の方との関係性をよくするために贈る方は多いですよ」
「んー…」
贈ってやろうか悩んでいる奴との関係性だが、よくわからない。あいつからオレへの感情はどう考えなくとも恋情なのだが、オレからあいつへの感情はよくわからない。あいつの種族は人間なので『愛している』の中に含まれていることはたしかなのだが、かといって個人として考えるとよくわからない。というかそもそも自分は人工知能なのでこの感情自体が本物なのかすらわからない。たまにそれを考えてモヤモヤしている。誰にも教える気はないがな。
「……そうだな。贈ってみようか」
店員は「いいと思いますよ。贈り物はどのようなものにいたしますか」とにっこりと笑いながら言ってきた。贈り物は最初から決めていた。ただ贈るかどうかを決めかねていただけだからだな。
「ショーウィンドウにある赤いハイヒールを一つくれ。サイズは23で頼む」
「かしこまりました」
嬉しそうな顔をしながら店員は奥から23㎝の赤いハイヒールを持ってきてくれた。
「じゃあ会計とラッピングを頼む」
「ラッピングの色はどうなさいますか」
「えーっと」
あいつの好きな色は何だっただろうか。思い出せない。あいつよく緑色のパーカー着てるし緑色でいいか。
「緑色で」
「かしこまりました」
こうやって色々思案するのってまあまあ楽しいな。
完成したプレゼントを持って部屋へと向かう。
「いるか」
「へ、あ、今行きます」
いきなりのサプライズ訪問に驚いているらしく、急いで着替える音がする。
「すみません。おまたせしまし、た…」
手に持っているラッピングされたプレゼントを見て驚いて言葉が尻すぼみになっていた。驚いているままだが「これ、やる」とぶっきらぼうな言い方になってしまったが渡すことができた。中を見てもらうと目を輝かせていた。
「これって…」
「ハイヒールだ。いつか履いてくれよ」
「は、はい」
嬉しそうに靴を眺めているが渡すという目標は達成したので「じゃあな」と挨拶をして帰った。後ろから「ありがとうございます」と声が聞こえた気がしたが、振り返らずに帰っていった。
翌々日、あいつは休日だったらしくあの赤いハイヒールに似合う綺麗なコーデをしてガレージを訪れた。
褒めると「えへへ」と嬉しそうに照れていた。
……嬉しくなったのはこちらも同じか。なんだか戦闘における喜びとは違うみたいだが。
2025/2/10
「カーテンの花嫁」「据え膳は食うだろ」
「しゅにーん!どーこだ!」
この部屋のどこかから声がするが姿が見当たらない。周りを見渡しているとカーテンの一部分が人ひとり入っているように盛り上がっている。そこか。
「見ーつけた」
カーテンを捲ると肩が跳ねるほど驚かれた。そんなに驚くものだっただろうか。
「あ…み、見つかっちゃったー!」
子供のように振舞っているが頬が赤くなっている。
「ふーん」
「な、なに?」
「いや、花嫁みたいだなと思って」
「は、花嫁ぇっ?!」
花嫁発言で頬を染めている朱が耳にまで広がった。揶揄いがいがあって面白い。
ふむ、そうだな…
「花嫁みたいだなぁ」
そう言いながら唇をなぞる。
「あ…は、わ……」
指だけで顔をなでる。さらさらとした綺麗な肌を無心で撫でる。あ、首も赤くなった。
ずっと受け身のままなので唇を舐めてしまった。
「ひゃ、あ……」
動きが止まったままでつまらない。そう思っているとあちらが手を動かした。嬉しくなって口角を上げると服の襟をつかまれて顔を引き寄せられた。
「え」
空いているほうの片手で首を抱きしめるように引き寄せられ唇を重ねられる。
「んぅ!?」
驚いてほんの少しだけ開いた口に舌がねじ込まれる。舌を噛もうとする暇もなく口の中を舌で蹂躙されて力が抜けていく。力が抜けてきた自分をこいつは抱きしめるように抱き寄せてきた。顔を見るとさっきまでとは違い、余裕げな表情を見せつけてきた。
「ん、はぁっ…」
呼吸をするために一度口を離される。その隙をついて床に押し倒した。これなら主導権を奪える。そう余裕げに見ると驚きながら顔も耳も首までも、どんどん朱に染まってきた。
自分の中のなにかが膨れ上がってきた。それが何なのかは分からないがそこまで悪いものではなさそうだ。
「その…いい、よ…」
「え」
どういう意味なのかぐらい何度もしている関係なのだからそれぐらい分かる。まあ、据え膳食わぬは何とやらと言うし。
舌なめずりをした。
2025/2/10
「深夜3時、路地裏にて。」「ほどけかけ」
今日はパーティーが執り行われた。明日のご飯どころか今日の晩御飯にすら困窮している市民をよそに、金持ちは道楽でパーティーを開いている。一部の人間だけだが、私はこういうのが苦手だ。反吐が出る。
と、言いつつも何故私がそんな金持ちの道楽に招待されたかというと、主任をパーティーに引っ張り出すための餌らしい。主任と話すほうであるとは思っているが、かといって餌になるくらいだとは思っていない。不思議だと思いつつも成功しているんだから人生何があるかわからないものだな。
「主任、準備できましたか」
「やっぱり行かないとダメか」
「行きましょう。筋は通さないと」
あからさまなほどに嫌がっている。もう会場に着いてしまっているのだから腹を括って欲しい。私だって行きたくなかったんだから。
「きっと楽しいことありますよ」
「例えば」
「えっ、え~…レイヴンとか来てませんかね」
「こういうのに招待されているとは思えない」
「デスヨネー。でもきっとなんかありますよ」
あ~あ、ここにキャロりんがいればなぁ…
いつも主任と一緒にいるキャロりんは予定が合わないとかなんとか言って逃げた。チッ
会場に入るだけでこんなに疲れるとは…これからが心配だ。
パーティー終了まで主任の近くで待機していようと心に決めた瞬間であった。
「あ、なんか始まるっぽいですよ」
よくわからないが給仕から受け取ったシャンパンで乾杯をした。ちびちびと酒を吞む。
「う~ん普通」
「高級シャンパンらしいぞ」
「でも普通かな」
「ふぅん…」
こう見えても酒にはうるさいほうなんだ。特にワイン関連は苦手なものが多いから一番気をつけている。だからこそこのシャンパンが高級と偽っているのがわかった。本当の高級シャンパンはシャンパンが苦手な私でも美味しく呑めるはずだ。けれどこれはあまり美味しくない。いちおう普通と言ったが全然美味しくなかった。寧ろ吐き戻したかった。酸と吐瀉物が混ざったかのような酸っぱい匂いと甘いような酸っぱいような吐き気のする味が舌を蹂躙する。やはり飲まなければよかったと後悔する。
吐き戻してこようと主任に小声で声をかける。
「主任、ちょっとお手洗い行ってきます」
「わかった」
連絡をしてから小走りでトイレへ向かった。人がいないのを確認すると人差し指と中指を口の中に突っ込む。そのまま喉奥を突っついたりしていると、胃の奥底からせり上がってくるものを感じる。咄嗟に指を取り出すと体の支えにした。
ぼたぼたと口から出てきたのはどろどろになっている吐瀉物だった。おやつに食べた栄養バーがまだ固形の形を残していた。安物だったからかな、と呑気に思いながら何度も何度も吐き戻した。
胃が空っぽになったころ、喉の耐え難い痛みが襲ってきた。人間の胃酸のpHは1から2ぐらいだ。歯や骨、胃すらも溶かしてしまうほどの強酸性を持っている。だから喉を焼き尽くしてしまいそうになってしまう。よろよろと立ち上がり、洗面台で口周りを丹念に洗う。この状態でアルコールを摂取したら沁みて悶えてしまうだろう。悔しいがこのパーティーで酒を楽しむことはもうできないようだ。
身なりを正して主任のところへ戻る。主任はお偉いさんたちに囲まれて人のよさそうな顔をしていた。
声をかける前に給仕に炭酸水を一杯もらう。
「ただいま戻りました」
「おかえり」
私が後ろから声をかけると、かなり近づかないと気付かないぐらい小さくだが息を吐きだす音が聞こえた。やはり面倒くさかったのだろう。少しばかり同情した。
「そちらは?」
お偉いさんのうちの一人が私に声をかけてきた。
「えっと、」
私がどう答えるか悩んでいると、主任が「部下です」と言ってくれた。そうか、私たちの関係性は上司と部下だったのか。会釈をして一歩下がって主任の後ろで待機する。これなら声をかけられる心配もないだろう。
「君も楽しんだらどうかね」
お偉いさんは私に向かって話しかけてきた。どうかわそうか思案していると、腰に手を回してきた。顔がほんの少し赤いので酔っぱらっているのだろう。
「ほら、一緒に楽しもう」
無理やり連れていかれそうになる。ここで何か問題を起こすと主任に迷惑がかかる。だから来たくなかったんだ。酒は飲めないし自由はないし知り合いはいないしでつまらない。
「すみません。今日は上司から目を離すと嫌な予感があるので、また今度でお願いします」
ひそひそと笑いながら小さな声で話すとそれに気分を良くしてくれたのか、誘いを断っても笑いながら離れてくれた。安心して少しふらついた背を見送ると、反対側から腰に手を回された。
「キミ、一緒に遊ばないかい?」
「……たちの悪い冗談はやめてください」
手を引っぺがしながら流し目で主任を見る。予想通り主任は揶揄っている時の笑顔でこちらを見ていた。
呆れによる疲れかそれとも吐いたことによる体力消耗か、あとはアルコール摂取のせいかで眠気が襲ってきた。腕時計を見ると時刻は午後11時。意外と時間が経っていたことに気がついた…と思ったのだが、そもそも始まった時間が遅かったからというのも理由の一つだった。
「疲れましたか」
「どう思う」
「疲れてはないと思いますね。帰りたそうにしてるのはわかりますけど」
「大正解」
「…帰りますか」
「帰るか」
少しだけ残っていた炭酸水を飲み切って、空になったグラスを給仕に返す。主任は口をつけていないシャンパングラスを返していた。
お偉いさんがたに挨拶をしてから建物を出る。やっと解放されたのでグーっと伸びをする。先に行ってしまった主任を追いかけて、赤いハイヒールで階段を下りていく。
「待ってくださいよぉ」
「えー…そっちが頑張れよ」
急いで階段を下りて主任の隣を歩く。仕事の連絡と他愛のない話をして歩いていると歩いているのに舟をこぎ始めてしまった。うとうとしていると、主任が私の手を引っ張って裏路地に連れ込まれる。
「な、なぁに、れすか…」
「転んで怪我されると困る。少しだけここで休め。待ってやるから」
眠気に半分負けている状態だったので主任が何を言っているのか半分ほど理解できていなかったが、ここなら寝てもいいと言ってくれたのはなんとなくわかったので目を閉じた。
そして目が覚めた時、主任も目を開けてくれた。
「ん、ぁ…おはようございます」
「呑気なもんだな」
寝起きにくる痛烈な皮肉はハッカ飴のようだった。
「あ…ありがとうござぃました」
「どーいたしまして」
時計を確認すると午後3時だった。ちょっとふらつく精神のまま立ち上がると、首のあたりに違和感があった。
「……?」
首に手をやろうとすると、主任が首のあたりを触ってきた。驚いて完全に目が覚めた。
「っえ」
「首のリボンほどけかけてる。結んでやる」
「あ、ありがとうございます」
主任の太い指が軽く首を掠める度に恥の感情が膨らんでいく。
「ん」
照れているうちに終わってしまった。現実では数秒だったはずなのに、体感時間は永遠にも近しいほどになった。終わらなければいいのにと思ってしまうほどに心地良い時間だった。
「ありがとうございました」
感謝の言葉を口にしたが返事は返ってこなかった。振り向くと主任はもう歩き出していて、余韻ねぇなと心の中でちょっとだけ悪態をついてから駆け出した。
2025/2/12