「キャロルさんこんにちは」
「・・・・・こんにちは」
キャロルさんに挨拶をし続けて数ヶ月。やっと返事をしてもらえた。ずっと無視され続けていたが、やっと、やっとだ!
ガッツポーズを取っている姿を見てキャロルは溜め息をつく。
「それで、なんの用ですか?」
「なんのって、なに?」
「いえ、私に挨拶をしたということは何か用事があるということでは」
「無いけど」
「ではなぜ挨拶を」
キャロルと主任は人類で実験を続けている。実験のための質問だったのだろうか、それともキャロル自身が考えた純粋な疑問だったのだろうか。
後者であればいいなぁ、と勝手に思う。
「挨拶されたら嬉しいじゃん、それだけだよ」
「はあ・・・・貴方も理解不能なことばかりしますね」
呆れたような、嘲笑しているような声でまた溜め息をついた。
「まあまあ、いいじゃん。理解不能なことがあってもいいじゃん」
当事者にもかかわらず他人事のように振る舞うことも理解できず、キャロルは眉間に皺を寄せた。本人に眉間は存在しないので、あくまでも想像したキャロルの眉間だが。
「そうだ、キャロルさん。主任いる?」
「また主任ですか、あんな性格の人物を好意的に思うなんて理解できません」
「あっれれ〜? もしかして嫉妬してる〜?」
ニヤニヤと笑顔を浮かべ、おちょくるように喋る。
「違います、あのような性格にもかかわらず、好意的に思っている理由がわからないだけです」
嫉妬でないのは声色でわかった。だがどことなく別のことに対しての苛立ちを感じたので、二度と言わないよう心に決めた。次言ったら何をされるかわからない。こわい。
「そう、んー、なんだろうね。あの人って・・・・うーん・・・・」
言葉を紡げなくなってしまった。主任に対して好意的なことの理由を説明しろと言われると、途端に言葉に詰まってしまう。言えないのではなく、言葉にできないということだ。
「うーん・・・・・難しいな・・・・その、たぶん?憧れ?いや、でもあの戦闘狂に・・・・あれかな、いつも冷静で判断が早いとこ・・・うーん・・・」
皺を寄せた眉間を指で押しながら悩む。すると遠くから機械の足音が近づいてきた。
「キャロり〜ん♡いきなり呼び出しってなにかあったの〜?」
呼び出し・・・いや確かに呼び出しと言えば間違いではないが。そこまでのものではないし、そもそも私とずっと(一方的に)話してたのによく呼び出しをできたなぁ、と。キャロルも主任と同じ人工知能だから主任が同時に複数のACを操れるのと同じように、話しながらでも作業ができるのかな。
「久しぶり〜、なんか用?」
「えっ・・・・・」
考えてみればここに来たのは衝動的なものだ。理由、キャロルに挨拶を返してもらうためだったのにもっと話したくなった理由付けに呼んでしまった。
どうしよう、何も考えていなかった。脳みそをフル回転させて理由を考える。
1 特に意味は無いと言う
2 キャロルと話したかった
3 主任と会いたかったと言う
3番目はないな。小っ恥ずかしいとかそういうレベルではない。でも1番を言ったらそれはそれで傷つくな・・・私が。でも2番目も同じようなことだし・・・幻の4番目・・・・なにか、なにかないか・・・
「お〜い、もしかしてオレに会いたかったとか〜?」
「ふぇっ! あ、いや、えっと、その・・・・・」
いきなり話しかけられてしまい、動揺してYesともNoとも取れる言い方をしてしまった。いじわるな言い方だ。焦ってるような目をして視線を泳がせる。どうか気づいてくれ・・・・! 私が主任を呼んだ理由が無いことを・・・!
「オレってキャロりんと話すための口実に呼ばれた?」
核心を突く言葉を言ってくれた! これがわざとなのかそれともただ単に思いついただけなのかはどうでもいい、とにかく今この瞬間に謝らないと。
「ごめんなさい、キャロルさんに挨拶を返してもらって・・・それでもっと話したいという口実で・・・・すみません。忙しいはずなのに」
やっと言えた。というかこの事を謝るなら相手の言葉を待つ必要なかったのでは。
「やっぱり〜♡」
突き刺すような視線にも、納得がいってさっぱりしたような視線にも見えて思わず俯いてしまった。
その昔、父親に『自らに非があるのに俯くのは負け犬のすることだ』と言われたことを思い出した。普段は優しい父親にでさえ負け犬と言われてしまった、性格の悪い主任にこの姿を見せたらどんなことを言われるか!
急いで顔を上げるとそこには、こちらを見つめてくる感情のない顔があった。
「・・・・・・・・・ッ」
ボンドで固められたように口が開かない。無理矢理小さく口を開けて空気を吸い込む。顔を上げた瞬間から周りの温度が1、2℃ほど下がったように感じる。寒く感じるのにこめかみから汗が流れ出る。ゆっくりと頬をつたい、涙のように顎から一滴こぼれ落ちるのと同時に、主任は喋り出す。
「どうかしたの? もしかして怖くなっちゃった・・・とか? ギャハハハハ!!!」
今まで自分に対しては言われたことのない笑い声だった。ACに乗っている時に笑っていた、という話は聞いたことがあるが見たことはなかった。まさか初めて聞いた主任の笑い声が、自分に向けてのものとは数秒前の自分では思いもしなかっただろう。
「あっ、その、ごめんなさい・・・・その・・・ごめんなさい」
「ふーん、なにがごめんなさいなんだい?」
ひりつくような視線、抑揚のない声、何もかもが自分の一番苦手なもので構成されている。考えなければ、と考えているだけで、ごめんなさいに続く言葉を考えられない。
『全部お前が悪いんだよ』と囁き続ける声がいる。
「あっ、あの、その、私、うっ、その、」
「あー、もういいよ。言えないならもういい」
見捨てられた。何か、何か言うべきだろうに。さっきよりもずっとずっと頭の中が重たい。グラグラしているような、ぐつぐつと煮込まれているような。そんな気がして
めのまえがまっくらになった!
「あれれ、倒れちゃった」
「主任、からかいすぎです」
目が覚めると私は布団にくるまっていた。くるまっていて暑かったからか、寝汗でびっしょりとしていた。暑かっただけなのだろうか。
・・・・・あれは夢だったのだろうか。夢にしてはかなりリアルだった。もしかしてこちらが夢で、現実逃避しているだけなのでは。
途端に寝汗が冷えてくる。今日は熱帯夜だと言われていたのに背筋が凍りつく。
怖くなってもう一度布団にくるまる。だがさっきの夢をまた見てしまうのではないかと眠れない。
このままうだうだしているのは性に合わない。ただ、現在の時刻は午前2時。丑三つ時だ。流石に主任たちに電話をするわけにはいかない。だがメールはあまり得意ではない。
結局うだうだしていると、眠気が襲ってきた。さっきまで眠気なんてものは存在しない、とばかりに目が冴えていたがやはり丑三つ時は眠い。
抗うことはできず、そのままもう一度目を閉じた。
2024/8/29
夢主が父親に言われたこと、私が実際に父親に言われたことです。
あと、話に整合性がないのは夢だからです。夢は不条理ですから。