「被害者宅で発見された手記.m4v」を見直した記念
死ぬということは悲しいと、そう思ったことがありません。家族の遺体を見た、まだ拙い感情しか持ち合わせていなかった時もそうでした。
家族を喪くした私はずっと一人ではありませんでした。優しい人たちに見守られながら育ってきました。その優しい人たちが死んだ時も、悲しいとは思いませんでした。
死の先に何かが存在していて、だから悲しくないと思ったことはありません。死んでしまったという事実がそこにあるだけです。
それからたくさんの人たちに出会い、たくさんの人たちの死を見てきました。一度でも悲しいと思ったことはありませんでした。周りの人たちに「薄情者」「涙の一つも流さないのか」何度も罵られました。罵られたのは悲しかったです。ですが、死んだからと悲しんだことは一度たりともありませんでした。
主任に出会いました。面白いことや世界のこと、人間についてもたくさん教えてもらいました。とても楽しい日々でした。
主任は人殺しです。企業の命令で人を殺していました。別に悪いことだとは思いませんでした。罪の無い人たちも巻き込んで殺すことも悪いことだとは思いませんでした。コラテラルダメージだと考えたことはありません。周りの人々を認識していなかったわけではありません。ただ、あの人たちの死を悲しむことも同情することもできなかっただけでした。「薄情者」「鬼畜」「お前が死ねばよかったのに」何度も言われました。罵られたのは悲しかったです。けれど罵られたからといって誰かの死を悼み、悲しむことはできませんでした。
出会ってから数年経つ頃、主任は死にました。殺していたから殺されても文句は言えないと思います。本人だって満足していたので外野の私が何かを言えるわけではありませんでした。
ある日、主任を殺した独立傭兵に偶然出会いました。独立傭兵は私のことを知っていました。なんでも、共に戦った時に私のことを話していたそうです。どう話していたのかは覚えていなかったそうですが、戦いとオペレーターの話しかしない主任が他人の話をしたことに驚いたから覚えていたそうです。
話していると独立傭兵のオペレーターの人が来ました。「報復しに来たのか」と私のことを警戒していました。
さきも言った通り、私にはなんの権利も持ち合わせていません。主任の死を悼む心も、悲しむ気持ちも、持ち合わせていません。
そう言ったらオペレーターの人は悲しそうな顔をしていました。どうして悲しい顔をしているのかを聞こうとしたのですが、あの人たちは何も言わずに去ってしまいました。「ああ、もう二度と会えないのだな」と、ぼんやりとそう思ったのを今でも覚えています。
その日の晩、ずっと考えていました。どうして主任の死を悼む心も悲しむ気持ちも持ち合わせていないと言ったら悲しんでいたのか、ずっと考えていました。
悼む心が、悲しむ気持ちがないことは悲しいことなのでしょうか。涙が出ないのはダメなことなのでしょうか。
考えていたら涙が出てきました。理由はわかりませんでした。この涙を拭ってしまったら私はもう二度と涙が出なくなってしまうのではと思いました。それからはずっと涙を止めずに泣き続けました。朝まで泣き続けて、それでも結局、答えは出ませんでした。
家族を喪くしたあの日、まだ拙い感情しか持ち合わせていなかった私は、何かを取り落としてしまったのでしょうか。
それは人間にとって大切なものだったのでしょうか。無いと悲しいものなのでしょうか。
今となってはわかりません。けれども、そこに死が存在していて、それが自分に襲いかかってきても私は悲しいとは思わないでしょう。
「強がりだ」と言う人がいました。「嘘吐きだ」と言う人もいました。
悲しいはわかります。悲しむ気持ちはわかります。けれども、死を悲しむ気持ちはわかりません。
死の先に何かが存在しているとは思っていません。死が救済になるとは思っていません。
私の命が絶えるまで、永久にわからないのだと、そう思います。
2024/10/4