デジたんが会長から生徒会に勧誘される話。

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勇者、皇帝に拝謁す

「はぁ……ウマ娘ちゃんが尊い」

 

 放課を告げるチャイムが鳴り響くと同時に、教室も廊下も賑やかになっていく。授業中の真剣な雰囲気もいいけれど、やはり笑顔が一番。足早にトレーニングへ向かう子、友達と集まって談笑を始める子、スマホを触る子、間食をとる子……

四方八方どこを見ても、十人十色の尊さが一挙手一投足から溢れ出る。たまらん。

 『尊い』という言葉はなんだか便利過ぎる気もするが──もちろん感動やトキメキを言語化できないわけではない。だがオタクという生き物は一枚岩ではなくて、同じものを好きであっても同じところが好きとは限らない。『尊さ』を全て説明してしまえば、途端に分かり合えない可能性が生まれてしまう……そんな悲しみを背負っている。だから本気で語ることはここぞという時まで我慢して、脳にメモに刻み込んでおくのだ。

 そんなことを考えつつ、全てのウマ娘ちゃんと、トレセンに在籍できるほどの才能を授けてくれた天に感謝しながら、この尊さに身を委ねるのが私の放課後のルーティーン。

だが今日はそれを遮る声が響いた。

 

「デジタルちゃーん!お呼びがかかってるよ!」

「ふぇ?」

 

 クラスメイトの呼びかけに、よだれが落ちないようにしながら振り返る。私に用がある人は珍しい気もするし、それに「お呼び」というのも気になる。

 

「な、なんでしょう……?」

 

 一応よだれと身だしなみのチェックをしつつ、急いで教室の外へ飛び出ると、そこには柔らかに広がる飴色の長髪が、傾き始めた陽射しの中に揺れていた。

 

「ああ、お邪魔してしまってすまない、デジタル君。君に相談したいことがあるのだが、時間はあるかな」

 

 振り向くと、弧月のような流星と紫色の瞳が私を射抜く。腕を組んだ立ち姿は勇ましさと妖艶さの調和を生み出し、見下ろす視線と合わせてひたすらに脳と心を揺さぶる。

 血液が心臓から急発進していく。その速度が限界を超え、そして意外な人物が至近距離にいるというこの状況を理解した瞬間、思わぬ大声を出してしまっていた。

 

「せっ生徒会長しゃま!?」

 

 傾き始めた陽射しの中で、私の視界も傾いていく。衝撃と音が骨に響いて、その後はちょっと記憶がない。

 

 

「突然倒れて驚いたが……とにかく、来てくれて感謝するよ」

「ま、まあいつものことですので……それに会長様のお呼び出しとあらば、断りませんとも」

 

 一度保健室を挟んだ後、生徒会室へと案内され、緊張とネタ探しの欲望を必死に抑えながら紅茶をすすっていた。こうも真面目な雰囲気にあてられては、さすがにいつものように興奮していられない。

 断らないとは言ったものの、そもそも呼び出しを受けるようなことは、生徒会どころか先生や他の生徒にも心当たりがない。常に壁や空気であろうとしてきたし、最近は倒れることについて心配されたり病院を勧められたりすることも無くなった。

 もしや知らぬ間に多大な迷惑をかけてしまったのでは?盗撮や不法侵入が疑われたりしたのでは?嫌な想像ばかり膨らんでしまうが、向こうの話を待たなければ何も分からない。もどかしさに耐えかねてもう一口と紅茶を飲んでも豊かな風味がするだけで、欲しい答えは得られないでいる。

 

「今日ここに来てもらったのは、非常に重要な用件があったからでね。私から直接話したかったんだ」

 

 一層緊張感が増して、ティーカップを即座に置いて目を向ける。手の震えから茶器の間で不規則な音を刻むが、生徒会長は柔らかく微笑んでくれていた。普段なら尊死の一つや二つかましていたかもしれないが、この状況ではただただ癒された。

 

「デジタル君。次期生徒会に入ってみないかい?」

「えっ、せっ生徒か、あっえっ」

 

 やっぱり癒やされなかった。

 

「ああ。それに私からの提案だから、一応生徒会長候補として、ということになる」

 

 しかもとどめを差された。鼓動が一段ギアを上げて、髪の先までがちがちに固まる。

 

「いやっあのっ、私めは日夜私利私欲に駆られてウマ娘ちゃんを追いかけているだけの憐れな生命体でして……高尚なお仕事には相応しくないかなーと……」

「何を言う。君のウマ娘への愛は、トレセン学園の誰もが知るところとなっている。私が任せたいと思う程にな」

 

 ヲタ活をしていただけで、こんな褒められ方をすることがあるだろうか、いやない。というかヲタ活を割と認知されていたんだろうか?穴があったら入りたい……学園の地下深くに封印してほしい……いやそんな労力かけてほしくない。

 確かに私のウマ娘ちゃん好きはトレセンでは代表的かもしれないが、それでも一番を名乗るつもりはない。それで私が生徒会にというのは……何というか、納得がいかない。

 ここはベクトルの違う愛に溢れている。誰かを何かを、愛し愛されて走りに来たはずだ。だから特別扱いされるわけにはいかない。

 

「テイオーさんやツヨシさんは良かったんですか?すごく慕われていますけど……」

「彼女らも良い子ではあるし、人を惹き込むようなカリスマ性もある。ただテイオーは奔放な所があるから長という気質ではない気がするし、ツヨシは……さすがに体調が心配でね」

「な、なるほど……質問ばかりで不躾ですけど、どうして私なんでしょう。多分誰かのためになりたいとか、ウマ娘ちゃんを支えたいって思う子は他にもいます。私を選ばれた決め手はあるのですか」

「そうだな、その質問に答えるためにまず……私の話をしても良いだろうか」

 

 疑問符を浮かべながらも頷いて促すと、生徒会長は指を組んで話し始めた。

 

「知っていると思うが、私はクラシックの三冠全てを獲ってみせると宣言したんだ。そしてそれを実現した。最終的に七冠に至ったのは、我ながらよくやったと思っているよ」

 

 無敗の三冠バにして、G1七冠。純粋で暴力的なまでの強さの証明。

 畏敬の念を込めた『皇帝』の二つ名と、トップクラスのウマ娘が集まるトレセン学園の生徒会長としての威厳の源泉だ。

 

「でも私の夢の中心は、強いウマ娘になることではなかった。私はね、全てのウマ娘の幸福を願ってきたんだ。生徒会長としては、トレセン学園の全員にこの貴重な時間を、楽しく過ごしてもらいたい」

「そうだったんですね……生徒会長も1人のウマ娘として、ウマ娘ちゃんを愛していると」

「ああ。もっとも結果を出す前からこの話をしたのはトレーナー君だけだったがね。もちろんウマ娘としての一つの強さを示すことで、誰かに希望を見せられるはずだとも思っていた。だから宣言をしてみせたわけだが……それでもトレーナー君はスカウトの時にただ1人、強さではなく夢を支持してくれた」

 

 スカウトの話は生徒の間でも知られている。生徒会長はデビュー前から多くの期待を向けられ、実績のあるトレーナーからもスカウトされたが、無名のトレーナーからのものを即決したと。

 それほど彼女は、同じ道を歩む者を求めているということだろうか。

 

「しかし私のやり方では確かな威厳を手にすることはできても、皆に理解されることや、皆と距離を縮めることは難しかった。苦心[[rb:惨憺 > さんたん]]、日々次の手を考えてはいるが──道は長そうだ。」

 

 そこまで話すと、少し遠くへやっていた目を真っ直ぐこちらへ向けて、頬を緩めた。

 

「だが君はオールラウンダーとして海外を含む多くの戦績を積み重ねながらも、ウマ娘への愛情を公言し、形にし続けている。行動力の高さは言うまでもないが、豊かな表情も愛嬌も……羨ましいとすら思うよ」

「そっそんなにお褒めいただけるとは大変恐縮で……えっと、話してくださってありがとうございます。私も生徒会長を畏れているところはありますけど、海外遠征も支えてもらった身です。あなたの夢への気持ちは本物だって、信じられます」

「──そうか。そう言ってもらえると、この勝手な孤独もいくらか軽くなるよ。まあ生徒会の面々も、このことは察してくれていたのかもしれないがね」

 

 そっと組んでいた指を解いて、紅茶を口にする。

 息をつく彼女の顔からは、生徒会長として立つときの鋭さは感じられず、ただ自分の『好き』を語る少女のように見えた。

 

「それと、君は私と似ている所があると思ったんだ。一度聞いてみたかったんだが、デジタル君は何故あらゆるレースに出走するだけではなく、あらゆるレースで勝とうと思ったのかな?誰かを負かすこととウマ娘を愛することは、どこかで少なからず矛盾してしまうだろう」

「──本当にお恥ずかしい話なのですが、最初はただウマ娘ちゃんと走れるのが嬉しくて、後ろから先頭まで表情や気迫を堪能したいとばかり思っていました。負ける子がいること、走れない子がいること……知っていたはずなのに実感はなくて、自分が出走することや勝利することの責任を負えていなかったんです」

「ああやはり……私も、誰かを苦しめたはずだ。いや今も、かもしれないな。身に覚えのある話だよ」

「そう、ですよね。だからいっそのこと、本気で勝ちたいって思うことにしたんです。雰囲気だけ味わってわざと負けるとかも、めちゃくちゃ失礼ですから。レースでは全力で勝負してこそ、みんなの魅力が一際伝わるでしょうし、それに観客の皆さんや他のウマ娘ちゃんが、私をきっかけにウマ娘ちゃんを愛したいって思ってくれるかもしれない」

 

 尊みを追って駆けずり回ったあの日々。気づけばウマ娘ちゃんを求めて走る私を、求める人たちがたくさん増えていた。最初はトレーナーさんが、それからファンの方々ができて……オペラオーさんやドトウさんには決戦を望まれた。

 本気で走ったことで、私だけの愛じゃなくなったんだと思う。こうして『尊さ』は広がっていくのだと理解できた。

 

「だからウマ娘ちゃんを応援して一喜一憂するのも、全員差し切ってファンの皆さんと勝利を祝うのも、大事な宝物です」

「君は自分の望みからもレースからも、逃げなかったんだね。立ち上がって二兎をも得てみせた。なるほど、それも『勇者』たる所以だろうな」

「そ、その二つ名ありがたいんですけど、結構むず痒いといいますか……でも生徒会長に私のことを知ってもらえて良かったです」

 

 いつもならもっと飛び上がるように嬉しくて、動転してしまうような褒め言葉だったが、今はただじんわりと、温かくなる。

 眉目秀麗の生徒会長に気に入られる、なんて妄想の中みたいな話だが、そこになんの理由もないわけじゃない。

 私たちはウマ娘ちゃんを心から愛しながらも彼女たちを苦しめてしまう現実に立ち向かい、そして今その愛情を形にしようと足掻いている。出力が違うだけの、いわば同志だったのだ。

 

 創作はすごく苦しいけれど、何かを好きで好きでたまらなくて、その気持ちを表現したくて仕方がない。

 思った形にならないのはつらいけれど、同じ苦境を耐え抜く同志が、欲望のために立ち上がることを良しとしてくれる理解者がいるから頑張る。

 隣か人脈の先か、もしくは遠く電波の向こう側か……それでも確かにいるから。

 そんな思いを共有した同志を、一人のヲタクとして見放すわけにはいかない。この状況で伸ばせない手に、愛を描き出すことなどできるものか。

 静かに決意し、いつの間にか緊張を忘れた体を生徒会長の机までもっていく。欲望も興奮も凪を迎え、互いを理解した柔らかな喜びを胸に目を合わせた。

 

「──決めました。生徒会長、いえ同志ルドルフさん!不肖アグネスデジタル、あなたの夢の一助になりたく思います。これまでだってウマ娘ちゃんのために幾度も戦場を選ばず戦ってきました。ルドルフさんが用意してくれた新しい戦場、堪能してみせますとも!」

「そうか──ふふっ、そうか!君がいてくれるなら心強い。生徒会で私の夢を共に追ってくれ。私も、君の幸福を守ってみせるよ。改めて、本当にありがとう」

 

 感謝の言葉を口にしながら、私の手を引いて両手で包み込む。それに応えて包み返すと、徐々に意識が触覚へと集中してしまう。

 私のよりも大きくて、滑らかな肌と、軽く指が沈み込むような柔らかさ、そして凛々しさを感じる骨の硬さ。それらが順に脳に伝達されたとき、私は勇者から一人のヲタクへと、限界まで伸びたゴムが手放されたように引き戻されてしまった。

 

「ちっ近ぁ!てか手っお手に触れてっ、ふおおおおあああ!」

「デ、デジタル君!?」

 振り払おうとしてしまった手を、ルドルフさんに一層強く握られる。まずい。手から伝わる情報だけで、心も脳みそもあっという間にキャパオーバー。理性などとうに遥か彼方へ置き去りにし、幸福が暴風となって身体を突き抜けていく。

「無理ぃ──」

 

 力が抜けて、視界が天井で埋まる。

 

「大丈夫か!?──エアグルーヴ、いいところに!デジタル君が──」

「またですか……。彼女ならそこらに寝かせておけば大丈夫ですよ」

 

 オレンジ色へと移ろいゆく校舎に声が響く。それを聞きながら意識はまどろんでいって……その後はまたちょっと記憶がない。

 

 

「えー新入生の皆さん、歓迎会の挨拶を務めさせていただきます、アグネスデジタルと申します。うへへぇ今年も供給が……あ、えっと今年もたくさんの素敵なウマ娘ちゃんに来ていただいて、大変ありがたく思っております──じゅるり」

 

 あれからしばらくして、私は生徒会役員として登壇するに至っていた。私なりのウマ娘ちゃんの愛し方を行動で示していくために、生徒会の仕事を教わりながら、たまに欲望を覗かせている。

 挨拶中も若干ヲタクが漏れ出てしまっているが、今の私にはここでレースに挑もうとするウマ娘ちゃん達を全力で支える義務がある。

 希望を胸に来た子も、苦悩を抱えて来た子もいるだろうけれど……みんなにここに来て良かったと思っていてほしい。学園で過ごす今を、拓けていく未来を、つまずいて悔やんだ過去すらを、『尊い』と感じてほしい。

 傲慢かもしれないけど、やっぱり同志が増えると嬉しいので。

 

「皆さんは色んな夢を持ってここに来られたことと思います。これから見つける方もいるでしょう。その夢に近づけないとき、遠ざかってしまったとき……この学園は良くも悪くも比べてしまう相手が多くて、大変な思いをするかもしれません。

 もしそうなったら、ぜひぜひ思いっ切り走ってみてください!もしくは放課後に思いっ切り遊んでみるとかですね!そのための環境も整えているつもりです。走りたい、楽しみたいって気持ちを馬鹿にする人は、ここにはいません。

 ですので、あんなことやこんなこと──色んなシチュや表情を見せてもらえると、大変助かりますっ!ネタに困りま──あっいや、とっても尊──じゃなくて、我々のモチベーションにもなりますからね!」

 

 いつも通りの最後の方はかっこつかなかったが、話はちゃんと締められたのでよしとしよう。

 歓迎会の片付けが終わり、気温が下がり始めた道を帰っていく。寮の部屋に着くと、タキオンさんの極彩色の薬品を横目に部屋着に着替えて、ペンを構える。

 

 ここはトレセン学園。ウマ娘ちゃんがたくさん集まる、素敵な場所。どこへ行っても競争相手ばかりの、残酷な場所。本能だけで走れたならもっと簡単なのかもしれないけれど、それではきっと素敵だとも感じないだろう。

 私たちは動物じゃなくてウマ娘だ。単純になれない私たちだからこそ、その足で激情をかき立てられる。単純になれない私はこの手で、少しだけ愛や欲望を形にできる。

 エゴかもしれないとしても、残酷さを含めたウマ娘ちゃんの美しさを私なりに表現することが誰かの──何より私自身の楽しみや救いになると信じて、今日もペン先は流線型を描く。

 さて、次の新刊は何を描きましょうか。

 


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