仮面ライダー刀刃(ヤイバ)   作:禍津日

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妖刀村正。それは、戦国時代の終わり、乱世の勝者徳川家の間でまことしやかに噂されてきた、呪われた刀の銘である。もっとも、村正という刀は室町の世から数多く生産されており、かの名刀正宗と並んで称される業物だ。

だが、松平家の代から徳川家に至るまで一族に悲劇をもたらしてきた村正は違う。
かつて彼らと敵対する大名が妖しい(まじな)いを得意とした悪しき鍛冶師に、その闇の力を全て注いで造らせた、正真正銘の妖力───”妖”のコトダマが隅々まで込められた生きた刀だ。

その刀に秘められた力は凄まじく、当時の名だたる陰陽師等の霊能者たちが力を合わせて辛うじて封印する事ができたと《祓》の歴史書には記されている。

そして現在、その封印が解かれ、血を求めてどこかをさまよっている────。


第玖話『虚構の正義(後編)』

「ぐ・・・!?ああああああっ・・・ぐ!?」

 

誰にも使用されなくなった廃工場に、男の苦痛に満ちた悲鳴が響き渡る。

工場の屋上に空いた穴からは、雲に霞む半月が見えた。

男は、ひび割れた壁に身体を預けると、ズルズルと壁にもたれかかった。

 

男の手には、禍々しい妖気が立ち昇る黒い刀が握られている。

否、もはや()()()()()()という次元の話ではない。手からは刀が一体となって離れず、苦痛が全身を襲う度に何かよく分からない恐ろしいモノが男の腕を這い上がっていき、右腕の肘から下は既に人間のそれではなくなっていた。血が凝固したような悍ましい装飾が目立つ、怪物の腕だ。

 

刀を手にした途端、途方もない全能感とともに魂を吸い取られるような悍ましい力がせめぎ合い、男は発狂寸前だった。自分という存在を何かが上書きしようとしているかのように、生命力が妖刀に吸収されていき、その度に村正は不気味に紅く明滅するのだ。

 

もう、あまり時間は残されていないのかもしれない。

 

自分が自分である内に、早く妻と娘を殺した悪魔をこの手で斬り刻まなければ。

自分を衝き動かすのは執念のみ。この身が朽ち果てようとも、憎い仇敵に断罪の刃を振るうという執念だ。

男は体中の血を右腕の刀に吸い取られていくかのような苦痛に顔を歪めながらも、同時に湧き上がる力に狂喜していた。

 

 

 

*******

 

その日は、寒かった。口から息を吐けば白煙のように白い吐息が天に昇っていくのが見える。

空を見上げれば、ほろほろと風花が舞っていた。幻想的な光景、と人は言うだろう。

だが、それを見ても少女の胸にはさざ波一つも感情が浮かばない。

彼女は少女・・・というよりまだ4,5歳の童女にしか見えない。しかし彼女は機械のようにただ無表情に、刃を一人の若い女性に向ける。

 

その女性は、真冬だというのにも関わらず薄い衣服しか身に着けていない。

前に屈むだけで、形の良い胸の谷間がくっきりと見える。

それでも、雪のように白い肌、白銀の長い髪が特徴的な美しい容姿は少しも損なわれていなかった。女の腹は膨らんでおり、彼女が子を孕んでいる事を意味している。

女性は懇願した。もう自分だけの身ではないのだ。絶対に、ここで命を落とすなどという事はあってはならない。

 

「やめて・・・お腹に赤ちゃんがいるの」

「関係ない・・・。《姫》の名において、あなたを斬ります。平伏なさい」

 

童女は冷酷にそう言い放つと、雪よりも白いその刀を女性の首筋に突き付ける。

風花が刀を濡らし、月光に照らされて鈍い輝きを放っている。

《姫》。その言葉を聞いて、女は何かに気づいたような表情になるが、童女には何の関係もないことだ。

 

「《姫》・・・あなた、まさか」

「あなたは《刀》でありながら、禁忌を犯した・・・。その罪、命で贖うがいい」

「待って、せめてこの子だけでも!?」

「上層部はその子の存在を憂いている。あなたの命そのものには何の価値もない」

 

そう、襲撃者の本当の狙いは母体ごと腹の中で産まれるのを待つ胎児だ。

この子供は、何があっても此の世に産まれてはならない命なのだ。

 

這いつくばってでも逃げようとする女性の首筋を掴み、童女は刀を振り上げる。

しかし、女性が暴れたためその長く、甘い香りのする髪を裂くにとどまった。

はらりと舞う、糸のようなもう一つの雪。

 

「・・・さあ、終焉です」

「ごめんね・・・」

 

腹の子に謝ったのか、それとも他の誰かか。その言葉ごと斬り捨てるように童女は刀を振るう。

刀が閃き、白の混じる地面を大量の紅が押し流していく。

それを無感動に眺め、童女は通信を行い、任務完了を報告する。

 

「こちら《姫》。対象、『病葉 陽』の粛清を確認」

 

 

 

「んぅ・・・」

「あんた、本当に呑気よね。これから、その、人を殺しに行くって言うのにさ」

 

長距離移動用の列車に揺られ、白雪は夢を見ていた。こんな夢、見た事がないはずだ。

なのに、どこかで体験したような気がして、薄気味が悪い。

もやもやを流し込むようにペットボトルの緑茶を一気に三分の一程飲む。

 

粛清対象の篠原 茂は《祓》の調査により、K県のA市に潜伏している事が明らかになった。

幸いなことに、現在犠牲者の報告は届いておらず、市内まで電車を利用して移動中だ。

篠原の家はK県とは程遠いW県であり、どういう理由でここまで逃げていったのかが白雪にとって疑問になっていた。

「家族を殺害した犯人に、心当たりがあるのでしょうね」と《風》はそう語っていた。

 

優月は辺りに人がいないのを確認してから、声を小さくして問いかけてくる。

 

「今までに何人、殺したの?」

「七人です。ここ数年はありません」

「やっぱり、辛い、とか嫌だ、って思うものなの?・・・っあ、ごめん。私、何てデリカシーのない事聞いてるんだろ」

「思いません。人に刀を向けた時点でそれはもう《刀》などではなく、人に害をなす言魔と同じ狩るべき対象でしかないですから」

 

《刀》はコトダマの力で仮面ライダーに変身し、此の世に生きる人々を守り、救う存在。

それが欲望のままに人々を襲うなら────そこに言魔と人の違いなど、あるのだろうか?

もしかすると、《刀》と言魔は表裏一体の存在なのかもしれなかった。

 

「初めて人を──同胞を殺めたのは十歳の時です。言魔に誑かされ、組織を危険に晒そうとした。だから、死んでもらいました。不思議と、初めて人を手にかけたというのに、辛くありませんでした。まるで、それ(殺人)が初めてじゃないみたいに・・・。次はその二か月後。組織の存在を世間に広めようとした。だから、殺しました。やっぱり、何も辛くない。罪悪感がない。人を殺す事は悪だという事を、私は分かっているはずなのに。他ならぬ私自身が言魔に説いているというのに」

 

昔から、感情というものが希薄だった。そしてそれを、何とも思わなかった。

だって、自分は《刀》だから。言魔を祓い、人を守るための道具(そんざい)

人を殺すために造られた鉄塊を以て人を守る、そんな存在なのだから。

 

『あなただって生きているんだから、自分の気持ちに正直にならないと』

 

顔も思い出せない、誰かから聞いた言葉。誰だかも分からないのに、その温かい声を想うたびに胸がたまらなく苦しくなる。とても大切な人だったはずなのに、それが誰なのかを思い出せない。

でも、その声の主はどこかに今も生きているかもしれない。

だから、せめて彼女が生きているだろう世界を守るために、白雪は刃を振り続ける。

命が尽きる、最後の一瞬まで。

 

「私は、偉そうな事を言えないけど・・・正しい事をしている、そう信じてる」

「人殺しに正義などありません。だったら私は、悪でも構わない」

 

再びこの手を血で染める決意を胸に、白雪は決戦の地へと向かう。

 

 

 

*******

 

「血を・・・血を・・・よこせ」

 

街中の公園の広場に、片腕が異形と化し刀を振り回す男が突如として現れ、周囲は騒然となった。

賢明な者は既に避難を始めているが、いつの世にも愚か者はいるものである。

若い男性が興味本位で端末を向けながら、男に接近しているのだ。

 

「すげぇ特殊メイクだな。何かの撮影っスかぁ?」

「えーやめなよ~」

 

彼の傍らには恋人と思しき女性の姿。言葉では男を止めようとしているが、面白がっているのは様子を見れば明らかだ。男が携帯のカメラで写真を撮っている。

そして、SNSにでも拡散しようとしているのだろう。

 

「これバズるの間違いなしっしょ!」

 

男が端末を操作しようとして────

 

「あれ?」

 

できない事に気づく。直後、何かが転がり落ちる音と端末の液晶が赤い液体に濡れる音が連続して聞こえてくる。金属が地面にぶつかる音が呼び水となり、男は我に返る。

 

手元を見ると、端末を持っていた方の指が千切れてなくなっている。

そして、指の断面から零れる血液が、半分の大きさになった携帯の液晶を伝って、一滴、また一滴と地面へ滴り落ちていくのが分かった。

男が振るう血染めの刀が、端末ごと男の指を斬り落としたのだ。

 

「は・・・?え?うぎゃああああ!?」

「嘘でしょ!?ケンちゃん、指が!?」

「お前らか!?お前らが、あいつらをォォォォ!!」

 

二人まとめて一太刀で切り裂き、二人の亡骸が横に並んで倒れる。

男は自分で殺したはずの死体を見て、さらに精神が壊れていく。

頭から焼き付いて離れない、あの光景。それが再びループ再生される。

 

────並んで横たわる、妻子の死体。妻の腹からは産まれるはずの命がまろび出ており、全身がこれでもかと斬り刻まれて敷いたカーペットが凄惨な紅に染まって・・・

 

「ううううう・・・・!?お、おえええっ!?」

 

ここ最近何も口にしていないため、虚ろな目で倒れるカップルの上に降りかかるのは胃液だけだ。

この刀を手にした時から、一切何も口にできないのだ。口にしても、すぐに吐いてしまう。

それは呪いのように男の身体を苛み、そこから逃避するようにさらに刀を振るう。

なのに、人間の血と肉を喰らってこの刀は嬉々として不気味に紅く輝くのだ。

まるで作り物に過ぎないこれに、意思が宿っているかのように。

 

「お前か!?お前か!?お前かァァァ!!!!!」

 

精神(こころ)が捻じ曲がってしまったかのように、人を殺しても何とも思えない。

ただ行き場のない、無限に湧いてくる殺意に衝き動かされるままに目に付く人間を手当たり次第に斬殺死体へと変えていく。最早男────篠原は自分を自分でコントロールできない。

 

男、女、子供、老人、その視界に映る誰も彼もが狂気的な笑みを浮かべて妻と娘を斬り殺す映像が延々と繰り返され、出口のない迷路から出ようと藻掻きながら、されどどこにも行く事などできずに無意味に殺し続ける。

人間が皆犯人に、悪魔に、言魔に見えてしまう。

 

「お前か!?お前が!?お前・・・ッ、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

そして、篠原は狂ったように叫びながら、こちらに歩いてきた白い髪の少女に襲い掛かる。

しかし、妖刀村正が少女を無慈悲に切り裂く事はなく・・・。

 

「これは・・・!?」

 

いつの間にか、何も持っていなかったはずの少女の手に刀があり、それで男の凶刃を受け止めているのだ。男はハッとして辺りを見回す。黒髪の少女だ。

彼女が長い木の枝を少女に投げた途端、枝が刀に変わったのだ。

枝に『長く、鋭く、斬る』という意味を加えて物質を別の物に変換する置換術式。

 

こんな異能を容易く使えるのは・・・

 

「《刀》かァァ!!俺の邪魔を、するなァァアァ!!」

「そうはいきません。あなたを抹殺します」

 

少女の構える白い刀と、男の手と一つのなった赤い刀が交錯し、火花を散らす────。

 

 

*******

 

「消えろ!!消えろ!!消えろォォォォ!」

「・・・!セヤアッ!!」

 

白雪と刃を交えるこの男は、本当に人間なのだろうか・・・。

遠くから戦いを見守る優月にはそう思えて仕方がなかった。

言葉を話し、心臓が動き、感情を爆発させている。『人』の持つ意味をそう定義するのならば、それは人間なのだろう。だが、しかし────。

 

「己の力に溺れて罪のない人々を大勢犠牲にして!!それでもあなたは《刀》なのですかッ!?」

「うるさい!!うるさいうるさいうるさい!!」

 

喚き散らしながら見えない敵を斬るかのように虚空へ刀を振るい続けるそれが、懸命に男を止めるべく戦っている白雪と同じ人間にはどうしても見えない。

それはまるで獣だ。否、獣より質が悪い。コトダマを纏う身で、その力で人を害する、まさに言魔と何ら遜色のない存在にまで成り果ててしまっているのだ。

 

大振りに振られた赤い軌跡を後ろに跳んで白雪が避ける。

男は腰に巻いたバックルに黒色のコトダマと紅いコトダマを装填、乱暴にハンマーを叩きつけ、その後に遠くへ放り投げる。

まるで、もう人間に戻るつもりがないかのように。

 

「なら《刀》らしく、仮面ライダーになってやるよ!!変身!」

「く────。変身!」

 

《氷と刀 絶対零度の白刃の閃き!》

《鎧と刀 天下無双の白刃の閃き!》

 

雪の巫女のような外見の仮面ライダー刀刃と、亡霊武者のような仮面ライダー怨恨。

二人は同時に地面を蹴り、その刀を激しくぶつけ合う。

 

「邪魔をするな!!あいつらを殺した奴がまだいるんだ!!」

「どんなに動機があっても、人を殺めていい免罪符にはなりません!」

 

装甲の薄さ故か刀の速度で勝る刀刃・氷刀の方が先に相手に一撃を与えるが、鎧に薄く傷を付けるのみで致命傷には到底至るものではない。

怨恨は体勢を低くすると、その鎧の大袖で刀刃にタックルをし、姿勢を崩した所に妖刀を振り下ろそうとする。刀刃は素早く刀を自分の身体に引き寄せ、辛うじて斬撃の軌道を逸らす。

 

「たあああッ!!」

 

刀刃は怨恨の足元を払い、たまらず怨恨が前かがみにつんのめる。そして、渾身の力を込めると胸板に刀を突き立てる。同時に空いた片方の腕を捻って指を鳴らし、何個かの氷塊を生成、怨恨のバイザーを目掛けて発射し、破裂させる。

 

「ぐああああああッ!?ぐ・・・眼を」

 

そう、刀刃の狙いは片目が割れた怨恨のバイザー。裸眼が剥き出しになっている所に氷の塊をぶつけ、視界を塞ぐのが目的だったのだ。狙い通り片目を押さえて怨恨がその場に蹲る。

ここで一気に刀刃は攻勢をかけることにした。

刀刃は刀コトダマをバックルから外し、力コトダマをポーチから取り出す。

一分間のみしか形態を維持できない刀刃・氷力に姿を変え、魔獣をも葬った必殺の一撃で引導を渡そうとしているのだろう。

 

・・・だが、その時信じられない事が起こる。

 

「雪片!前!!」

「・・・ッ!?」

 

何と、痛みに悶絶していた怨恨がいきなり突進してきて、刀刃の手から力コトダマを奪い取ったのだ。いや、違う・・・。優月はそれを見て恐怖を感じた。

怨恨の手に収まっている妖刀・村正が独りでに動き出し、腕が村正の一部と化している怨恨が引きずられているではないか。それは主の怨恨自身もコントロールできないようで、もう片方の腕で刀を抑えようと奇怪なダンスを行っていた。

 

「妖刀・村正・・・。邪悪な妖気を纏う刀。しかもその本質は、刀に()()()()()()()()禁忌の代物。思い上がりましたね。あなたごときの力で、妖刀を支配できると本気で思っていたのですか?それに、その醜い腕。もう言魔に浸食されつつあるようです。手遅れですね」

 

刀刃が低い声で言った通り、怨恨の腕は徐々に怪物のそれに変わりつつある。

しかも、先程までは籠手辺りまでだった浸食がもう肩の所まで迫ってきている。

 

「ぐわああああッ・・・それでも、俺は・・・ッ。あいつを、殺さないとッ!!」

 

怨恨は腕が自分のものではなくなる激痛に耐えながら、叫ぶ。

絶対に、犯人だけは許すことができない。この力で奴を完膚なきまでに叩きのめし、四肢を八つ裂きにして臓物を抉り出し、脳髄をぶちまけなければ気が済まない・・・!

 

愛していたのだ。彼女たちが暮らす世界を守るために、《刀》として戦ってきたというのに。

その守るべき民が一番大切な妻子を残酷な方法で殺したのだ。

自分は、一体何のために刃を振るってきたというのだ・・・!!

 

泣き崩れる怨恨を見て、刀刃は同情するどころか馬鹿にしたように笑う。

 

「理解に苦しみますね・・・。あなたの奥さんと子供を殺した相手を捕まえて何になるというのです?」

「罪を悔い改めさせるんだ!!俺を裏切った・・・あいつに!!」

「亡くなった人が生き返る事はないのに?」

「ああそうだ!!でも、俺は害悪を駆除してやるんだ・・・悪は誰であろうと殺す。それが俺の・・・正義だァッ!」

 

怨恨はその眼に狂気の美酒に酔ったような色を浮かべ、刀刃から奪った力コトダマを自分のバックルにセットする。

 

《鎧と力 天下無双の一撃!》

 

怨恨の姿が変わり、装甲はさらに厚く、妖刀・村正もかつてかの豪傑、武蔵坊弁慶が振るった薙刀のように形態が変化している。

地面を踏みしめるだけで亀裂が入るような鋭い刀の一撃を躱した刀刃だが、その風圧だけで飛ばされ、浮いた腕を掴まれてしまう。

 

「俺こそ正義!!俺の前に立ちはだかる者は悪!この刀で・・・成敗するのみィ!」

「くううッ・・・!」

 

怨恨・鎧力が刀刃の首を薙刀の柄で押さえ、腹部に強烈な膝蹴りを放つ。何度も、何度も。

膝が刀刃の特に装甲が薄い腹部を抉り、刀刃の口から苦悶の声が漏れる。

 

「がッ!?ぐうッ!?ぎゃうッ!?」

「死ねェ!!悪魔めェッ!!」

「ぎゃあああッ!?」

 

吹き飛ばされ、木に背中を打ち付けて倒れる刀刃。そこに、怨恨が薙刀を振り回しながらゆっくりと、獲物を恐怖で圧し折る獣のように歩いてくる・・・。

 

だが、腹部を執拗に嬲られて痛みに喘ぎながらも、刀刃は仮面の下で微笑む。

それは、勝つ事を確信しているが故だ。

 

「終わりだ、悪魔ァァァ!!死ねェェェ」

 

倒れたまま動かない刀刃に、薙刀を勢いよく振り下ろす。

刀刃が真っ二つになる光景を見たくなくて、優月は顔を背ける。

 

「あなたは、正義などではない」

「・・・何?」

 

言葉も出ないと思っていた刀刃が突然言葉を発したため、驚いた怨恨が刀を掲げた体勢で固まる。

 

「罪を悔い改めさせる、と言いましたね。犯人をこの手で殺すと言いましたね?」

「当たり前だ!!あいつらを殺した犯人を許せなくて俺は────」

「本当にあなたがそう思うなら────」

 

刀刃はふらつきながらも足に力を込め、立ち上がる。

眼前の敵への怒りが、身体を動かす原動力となる。

 

 

「────その刀で自分の腹を斬ればどうです」

「・・・どういう意味だ?」

「分からないなら話してあげましょう。あなたの奥さんと子供を殺したのは────あなたなんですよ。篠原 茂さん。だから、犯人なんてどこにもいません。あなた以外にね」

「は・・・?」

 

困惑した怨恨は薙刀を下ろす。そして刃に映る、自分の顔と斬り殺した者の生き血。

ドクン、と心臓が鳴る。鳴る。ペースが速まる、呼吸が・・・。

 

映像の断片が脳内に現れる・・・何だ、これは。記憶・・・!?

 

────どういう事だ!?俺に隠れて浮気だと!?ふざけるなァッ!?お前も知ってて隠してたのか!?

────急に帰ってきたと思ったらどうしたの!?あなた!?

────俺を裏切る奴は悪だァァァ!!死ねェェェ

────あなた、助けて!?ぎゃあああああああああっ

────お父さん!?いやぁぁぁぁぁぁあ

 

刃、血、悲鳴、死体。そして何度も、何度も何度も何度も何度も何度も妻を傷つける・・・刀に映る顔は・・・自分だ。

 

「違う・・・違う!?違う違う違う!?」

「何も違う事はありませんよ。警察もあなたを犯人と特定して、逮捕状を請求したそうですよ」

 

そう。既に白雪も、優月も、彼が犯人だという事を知っていたのだ。

駅に着いて早々に、《風》からの連絡があったのである。

 

『もしもし~?犯人は例の逃亡犯で確定よ~ん。刀から指紋は夫のものしか検出されなかったし、奥さんのアソコからは血と一緒に男のアレが見つかったみたいよ。つまり、死体とやっちゃった訳。まず犯人は間違いないわ。という訳で・・・クソ野郎をぶっ殺して!!』

 

「あなたは錯乱し、ありもしないストーリーを描き、血で血に染まった記憶を上書きしようとしただけです。あなたは正義の味方でも《刀》でもない!紛れもない悪、ただの殺人者です」

「そんなはずは・・・何かの間違いだろう!!」

「じゃあ、何であなたは一度も奥さんと娘さんの名前を呼ばないんですか?」

「・・・ッ!?」

 

その言葉に怨恨は怯み、押し黙る。なおも、刀刃は言い募り、言葉の刃を浴びせていく。

 

「あなたの妻子を裏切ったのは、あなたじゃないですか。妖刀の力に呑まれ、大切な人を自分の手で・・・」

「違う・・・違う・・・俺は正義なんだ!悪め、俺を惑わせようとするお前が悪だ!!」

「違います・・・。あなたは罪もない人々を大勢殺した!あなたのそれは正義なんかじゃない、偽物の・・・虚構の正義に過ぎませんッ」

「・・・ああああああああああああああああああああああああッ!?ふざけるなァァァァァァ」

 

怒り狂った怨恨が必殺技を発動させ、対する刀刃も必殺技を発動させる。

 

《氷・刀・殺 氷華満面・斬鉄殺》

《鎧・力・殺 天満覆滅・剛力殺》

 

怒りに我を忘れて勢いのまま突っ込む者と、冷静に機会を窺い、悪を斬る覚悟を決めた者。

どちらが勝つかは、見るまでもなく────。

 

「はああああああああああああッ!」

「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

一本の鋭い抜き身の刀と化した刀刃が、妖刀を握る怨恨の腕を斬り落とし、そのまま怨恨の身体を切り裂いた。だが、その一撃では分厚い鎧を断ち切るには足りず、さらにもう一度必殺技を放つ。

 

「正義を標榜し、無辜の民を傷つけし者よ!さあ、終焉です!!」

 

《氷・刀・殺 氷華満面・斬鉄殺・二式》

 

勢いを増した刃が唸り、今度こそ鎧の奥の篠原の身体も両断する感覚が腕に伝わり、刀を振り抜く。ダメージが限界を超えた怨恨は胸から大量に出血し、変身が解除される。

男が崩れ落ち、倒れる。致命傷を与えたのだ、もう助からない。

 

篠原は血を吐きながら、変身を解いた白雪を見て嗤う。

 

「お前だって、人殺しだろ・・・悪魔め」

「そうですね・・・。それが何か?人殺しに言われても、何ともありませんよ」

「・・・気をつけろ、奴らは」

 

そう、言い残して。《刀》でありながら半身を言魔に落とした男は絶命した。

 

「白雪です。任務完了」

 

白雪は自分が断ち切った命の重さを何も感じる事なく、ただ冷静に篠原の死体を見つめていた。

 

 

 

 

*******

 

本部が、騒がしい。

白雪は本部に還ってくると、大勢の隊員が大慌てで廊下を行き来している光景に出くわし、困惑を隠せない。何か一大事でもあったのか、また魔人が誕生したのか・・・。

その旨を通りがかった藤林に確認すると、予想外の、それも最悪な答えが返ってきたのだ。

 

「今回の騒動は、罠でした」

「と、言いますと・・・?」

「まず、回収した篠原の死体を分析にかけた所、脳内に”狂”のコトダマが植え付けられているのが判明しました。つまり、彼は自分から狂ったのではなく、()()()()()のです」

「誰に、ですか・・・?」

 

優月の疑問に答えたのは白雪だ。

”狂”のコトダマは《祓》には操れる者は誰もおらず、危険なので研究そのものが禁止されている。

つまり、これを行えるのは人間ではなく────。

 

「狂気の研究者、条理の改竄者、究の魔人・・・『所長』」

「そして、『伏魔殿』を捜索すると、これが発見されました」

 

藤林が小さな機械を取り出す。ビニールの袋越しにも、それから発生する邪悪な妖気が分かる。

 

「これは発信機のようです。座標を特定し、どこかに送信していた形跡があります。単刀直入に言いましょう、《祓》本部の所在地が『魔人連合』に特定された恐れがあります」

「そ、そんな・・・!?」

 

白雪も表情を凍らせている。ありえない。《祓》本部の所在地はトップシークレット、隊員でさえ正確な所在地を知る事は許されていないのだ。だから移動手段は空間を繋げる『跳コトダマ』のみで、他に侵入する術は一切存在しない。

だから、言魔が場所を特定する事などありえないのだが────。本来ならば。

 

「まさか、一連の騒動は全てこの場所を特定するための陽動・・・!?」

「恐らくはそうでしょう。それだけではありません。これは、あなただけに話す事ですが」

 

藤林は白雪にだけ耳打ちをする。その言葉を聞き、白雪の顔色が変わる。

それほど衝撃的な内容なのだろうか。

 

「いずれにしても、時間がありません。早急に体制を立て直し、防備を固めないと」

「そうですね。連中、すぐにでも攻めてくるでしょう────。明日にでも」

 

だが、どうやって防備を固めろというのだ。

いくら外の守りを固めても、()()()攻められれば、崩れる以外の答えがどこにあるだろう?

 

藤林が言った言葉を、白雪は脳内で再生した。

 

『伏魔殿にアクセスできるのは、ごく限られた人間だけです。もっと早く気づくべきでした・・・。任務の内容も、任務の分担も上層部なら容易い事も。《五刀》、もしくはそれより上の上層部クラスに────言魔と通じる裏切者がいます』

 

 

 

 

「ふーん、富士山の地下、ですか。なかなか乙な場所ですねぇ、《祓》の隠れ家は」

「潰す」

「ああん楽しみねぇ。どんな種の子たちがいるのかしらぁ。最高の、乱交パーティーの始まりよぉ」

 

『魔人連合』は、大願を果たすべく、ついに行動を開始した。

居城にて、計略を練っている所である。そして、そこに突然現れた人物を見て、全員が言葉を失った。

 

「君たち、久しぶりだね」

「ま、まさか・・・」

「何で、ここに」

 

『大淫魔』は股をだらしなく濡らしながら、その人物に抱き着く。

人影は彼女の髪を優しく梳き、柔らかく微笑む。

 

「生きていると思っていましたわ。『皇帝』陛下」

 

『皇帝』。十数年姿を見せなかった言魔の頂点、絶対の現人神。

彼は跪く『所長』、『武人』を眺め、呟いた。

 

「時は来た。迎えに行こう、我が《姫》を」

 

 

 

同時刻、とある地域の孤児院。

修道服に身を包んだ女性が、雨模様の空を眺めながら物憂げに呟く。

 

「どうしているかしら、優月・・・」

 

 

 

 

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