仮面ライダー刀刃(ヤイバ)   作:禍津日

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言魔の到達点、魔人。その魔人の中で、殊更に強大な力を持つものの集まり、それが『魔人連合』である。彼らは言魔の絶対的上位者として君臨し続けている。

その内訳は以下の通りである。

妖艶かつ淫靡、その子宮に種を注がれる事を至上の悦びとする『大淫魔』。
探究心のためなら自他問わず狂気の実験の材料とする科学者、『所長』。
天下無双、蓋世不抜の孤高の戦士、強者との闘いのみを欲する『武人』

そして彼らをも超え、神にも等しい領域に上り詰めた至上の存在、魔人をも超えた魔人。
永遠の覇者、万物の支配者、条理の規定者。その名は『皇帝』。

彼が望む物は全て彼の手中に収まり、彼の不況を買う者は滅びる定めにある。

十数年、同胞の前からも姿を消していたはずが、急に帰還を果たす。
それが何を意味するか、まだ誰も知らない────。


第拾話『メゾン・ド・言魔(前編)』

「あぁん、陛下ぁ。ご無事でしたら、私だけにでも教えて下されば・・・」

「ごめんよ。どうしても、しなければならない事があったからね」

 

『魔人連合』は言魔の世界にそれぞれ領地を持っており、用がなければ勝手に他の魔人の領域に立ち入る事は禁じられている。別に何の制約もないので守る必要もないのだが、「プライベートも大事だよ?」という『皇帝』の鶴の一声によって決定されたのである。

ちなみに、この掟を破った魔人が皇帝の興を削いだために消された・・・等という話もあるのだ。

が、連合の盟主であり全ての言魔の統率者たる『皇帝』にはこの掟は適用されない。

彼自身がルールなのだから、彼が自由に決定できるし、他の者にも異論は出ることはなかった。

 

さて、ここは『魔人連合』が一人、淫蕩の裸婦、『大淫魔』の根拠地である。

一見した限りでは、ごく普通の寝室だ。天蓋の付いた巨大なベッド、入口がガラス張りの浴室、一際大きな化粧台。つまるところ、下品な言い方をすればヤリ部屋である。

そして巨大なベッドには、蕩けきった顔で全身を震わせ、呆けたようにため息をつきながら露わになった股からとめどなく白濁を垂れ流す極上の肢体の女。その女に腕枕をしながら女の髪を指で梳く男。もちろん両者とも、何も身に着けていない産まれたままの姿だ。

 

『大淫魔』と『皇帝』である。

 

桃色のシーツは色が変わっていない箇所の方が少ないくらいに湿っており、ここで行われた情事の激しさを物語っている。実際、房事のスペシャリストであるはずの『大淫魔』は絶頂に絶頂を重ねて忘我の享楽に浸っている。

彼女たちは久々の蜜月を過ごし、こうして褥を共にして悦楽の限りを究めていたのだ。

 

「やはり君の身体は素晴らしいね、つい理性が利かなくなってしまったよ」

「私の腹も胸も尻も全て陛下の物ですわぁ。再会を祝してもっとまぐわいたいと思うのですが・・・その前にひとつ」

 

恋する乙女ではなく、一人の魔人としての本性の光が眩しい瞳。

『皇帝』の耳に甘い吐息を吹きかけながら、底冷えのするような声音で言い放つ『大淫魔』。

返答次第では命を取られかねない、そういう迫力が今の彼女にはあった。

 

「────《姫》をどうして狙われるのです?」

「それはね・・・」

 

こっそりと『皇帝』が耳打ちをして、ある言葉を囁くと『大淫魔』は愉しそうに笑う。

それは『皇帝』の真意を理解し、自分が彼の女なのだという自尊心が大いに満たされたからだ。

『大淫魔』は『皇帝』の唇に口づけると、未だ白く染まったままの(にく)で彼と一つになる。

嬌声は一晩中聞こえたとか、聞こえなかったとか・・・。

 

 

 

 

*******

 

腹部が重い。何かに圧し掛かられている。何かを貪る咀嚼音。

自室なのに違和感を感じ、白雪は唸る。

そして口内にドロリと流れ込む、鉄臭い味と物体。これは、人間の血と肉だ────。

そう認識し、白雪の中で何かが目覚める気配を感じ、眠りから目を覚ます。

 

「・・・・・・は?え・・・?」

 

信じられない物を見たかのように、白雪の返事は間が抜けている。

しかしそれを責めるのは酷というものだろう。

なぜなら、目を開けた白雪の視界いっぱいに映るのは、蟻のような外見の言魔が自分の腹に圧し掛かって人間らしき頭部にせっせと噛り付く光景だ。

 

散々齧って興味がなくなったのか、蟻言魔が今しがた貪っていた人間の頭を放り投げる。

投げられた頭は白い壁に紅いシミを付けると、バウンドして静止。

片目が喰われてなくなっているが、犠牲となった人物に白雪は見覚えがあった。

 

「隣の部屋の・・・!?」

 

白雪の隣の部屋に住む老夫婦の妻の方だ。毎週末孫夫婦が遊びに来るのが楽しみだと語っていた彼女が物言わぬ死体となり、白雪と見つめ合っている。

知人が死んだ感傷に浸っている暇はない。理不尽はそんな時間を与えてくれない。

 

「くっ・・・」

 

蟻言魔がナイフのような爪を圧し掛かったままの白雪に振り下ろしてきたため、咄嗟に頭だけを動かして攻撃を避ける。爪が羽毛布団を引き裂き、辺りに詰められていた羽毛がほろほろと舞い落ちていく。それに言魔が気を取られている間に、ベッド側の棚の上にある時計を言魔の頭に叩きつけ、たまらず言魔が白雪の腹の上から身体を浮かせると、ベッドの外まで蹴り飛ばす。

 

(何故、家に言魔が・・・!?いえ、まずは目の前の敵を倒さねば)

 

クローゼットに潜んでいた二体目の蟻言魔の攻撃を躱すが、爪が頬を掠めて僅かに血が流れる。

電気スタンドを投げつけ、言魔を牽制するとタンスの中に隠したバックルを腰に装着、氷と刀コトダマをセットしてゴミ箱に入れてあったサランラップの芯を握り締める。

 

「変身!」

《氷と刀 絶対零度の白刃の閃き!》

 

冷気に白雪の身体が包まれ、手の中の棒が刀へと変化する。

氷の巫女・仮面ライダー刀刃に変身し、襲い来る蟻言魔の爪を手甲で受け、刀を捻じ込むように突き出し頸を撥ねる。一瞬で仲間がやられて二の足を踏むもう一体の言魔に刀を投擲し、壁に縫い付けて倒す。

 

塵になっていく言魔の身体から刀を引き抜くと、ゆっくりと周囲を警戒しながら一つ一つの部屋を見て回る。洗面所、浴室、トイレと見て回るが敵の姿は確認できない。

ひとまずはこれで安心だろうか。刀を鞘に納め、《祓》本部と連絡を取るべく電話をかけようとするのだが、回線の具合が悪いのか連絡が取れず、そうかと言って跳コトダマで本部に跳ぼうにも、同様にスイッチを押して起動しても反応がないのだ。

 

(まさか、何らかの妨害術式が・・・!?)

 

だとするとこれは由々しき事態である。これほど強力な術を操る事ができるのは言魔の中の最上位層、『魔人連合』の四人に限られるのだ。

本部にも同様に危機が迫っているのかもしれない。どうにかして連絡を取らなければ────。

 

(そうか。これはマンションの中に妨害術式を”界”の中に付与したもの、ならばその結界の外に出れば連絡は取れるはず・・・)

 

特に高位の言魔は自身の”界”にコトダマを付与し、結界の内に術式を保存する事ができる。この結界の中に連絡をさせないため”妨”のコトダマを使い術をかけた、と刀刃は推測した。

つまりは、何としてもここから脱出しなければならないという訳だ。だが、襲撃者が先程の言魔二体とは限らない。扉の向こうにまだ新手が潜んでいる、という事もあり得る。

 

扉の施錠を確認すると、鍵はかかっている。一方のベランダは窓が粉砕され部屋の内側にガラスが散乱しており、やはり襲撃者は外から襲ってきたのだろう。

玄関に移動し、覗き窓から外の様子を窺うが、敵影は視認できない。

いつでも抜刀できるように構えながら、ドアノブを回す。

 

(隣の部屋を・・・)

 

空はどんよりと暗く、この最悪の一日の始まりを象徴しているかのようだ。

このマンションは築数十年が経過しており、部屋は各階に六つ、上は十四階まである。

刀刃は音を立てないように静かに歩き、まず隣の部屋────主の老女が喰い殺されていた───の主人が無事か否かを確認するべく、ノブを回すと、鍵は開いていない。

嫌な予感がして踏み込むと、異様な臭い──血の臭いだ───がし、リビングまで急ぐ。

 

「・・・!」

 

そこには惨憺たる光景が広がっていた。逃げようとしたのか、玄関の方に伸びる腕のみが残されている。腕より下がないのは喰われたからだろう。そして腸が腹の傷からはみ出している娘らしき死体と、彼女に抱きかかえられるように倒れている子供。生きていない。首に嚙みつかれた跡が残っており、それが致命傷だ。

食事の支度の途中だったのか、まな板や鍋に血飛沫が飛び、鍋の中には眼球が浮いていた。

 

そして現在進行形で体格のいい男性を喰って、取り分で揉めている三体の言魔。 

こちらには気づいていない。否、気づいていても眼前の餌をいかに多く食べるかの方が優先されるのか。刀刃は音もなく背後に忍び寄り、刀を一閃して三体を同時に塵に変える。

 

「何と、惨い・・・」

 

刀刃はこの惨状に呻き、冥福を祈る事しかできない。台所の日付に血が滲むカレンダーを見ると、今日は日曜日、昨日から孫夫婦が泊まっていたために彼らも巻き込まれてしまったのだろう。

死は、いつでも訪れる。望む望まざるに関わらず、平等に。然れども不条理に。

 

気持ちを切り替えるために刀刃は部屋の検分を始める。

この部屋は窓が壊されておらず、玄関から賊が侵入したものと思われるが、言魔にそんな知能があるのだろうか・・・。

 

(もしや、これらを使役する黒幕もいるのかもしれませんね)

 

だが今はここから脱出を図る事が重要だ。もう用はない部屋から出て、共用の外廊下を用心深く進む。前に一歩、また一歩と進みながら、何かが、先程とは違う、そんな違和感を刀刃は覚えていた。空気が揺らいだ、と形容すれば良いのだろうか、空気に雑味が混ざったようである────例えば、妖気のような。

 

「む・・・!」

 

前方の部屋の扉───つまり白雪の部屋の扉だ───が勢いよく開け放たれたかと思うと、言魔のそれと思しき黒く、節が所々曲がり鉤爪が生えた腕、ついで黒光りする甲殻に覆われた身体がのっそりと緩慢な動作で部屋から出てくる。

 

一歩後退る刀刃の耳に聞こえるペタ、ペタと壁を手で叩くような音。それも、かなり近く───。

壁際に近づくと、頭が何かに掴まれ、慌てて後ろへ戻る。

身を乗り出して上の階を確認すると、蟻のような姿をした言魔が廊下を埋め尽くし、闊歩している。そして下の階からも、唸る蟻言魔の声が・・・。

トドメと言わんばかりに、エレベーターがこの階で停止したかと思うと、大量の蟻言魔が雪崩れ込んでくる。

 

総勢三十を超えようかという数の言魔が一斉に刀刃に襲い掛かってくる────。

 

 

 

*******

 

優月はこの日も訓練に励んでいた。《刀》たちは『魔人連合』の襲撃に備えて躍起になっているものの、見習いには特にできることもなく、いつも通りの日常をこうして過ごしているという訳だ。

刀を振り、筋トレに励み、全身が砕けるまで続く地獄のような特訓に疲れ果てた優月は、寮の自室に帰ろうと訓練場を後にしたのだが、運悪く榊 影宗に捕まってしまったのだ。

 

「やあ優月君、元気かい?」

「見て分かりませんか?どう見ても疲れてるでしょ」

「元気があるのは良い事だよね。若者の特権さ」

「そんな歳離れてないでしょ・・・」

 

悪い人ではないと分かってはいるのだが、どうも相手にすると疲れるので投げやりな対応になっているのだ。というより、仮にも高位の役職に就いているのなら何か仕事をすべきではないだろうか。

 

「こんな所で私に構っている暇があるんですか?」

「ははは手厳しいねえ君は。なに、僕様も暇つぶしで君に話しかけてるんじゃないよ。ちょっと聞きたい事があってだね」

「はあ」

「《姫》は今どこにいるのかな?」

「それ、私に聞く事ですか?」

 

別に友達でも何でもないし、聞かれても困る。優月はそう思った。

なぜかセットのように扱われる事には断固抗議させていただきたい。

付き合いだってまだ一月か二月しかないのだ。

 

「何か仲が良さそうだし、知ってるかなってさ。実は、《姫》が住んでいるマンションから言魔の反応があると《鏡》から連絡がきてね。巻き込まれていたら大変だなと」

「それならそっちで連絡すればいいんじゃないですか?」

「どうも連絡がつかなくてね。で、知っているか知らないかを聞きたいんだけど」

「えっ・・・?ここ(本部)の警備のために家から荷物を持って泊まり込み・・・まさか」

 

榊の表情が陰る。それを見て、もしや、と感じる。

すると、榊が無言で優月の腕を掴むと、忙しなく隊員が行きかう通路を突き進んでいく。

 

「ちょ、ちょっと!?」

「時間がないんだ・・・すぐに来てくれ!!」

 

そして連れてこられたのは最早見慣れた感すらある作戦会議室。

勝手知ったる、とばかりに榊が部屋の中に入ると、そこには先客の姿があった。

その人物は入ってきた二人を見ると、歯を剝きだして笑う。

 

「久しいの、こむすめ」

「如月!」

 

それはかつて任務で一緒になった、《鏡》の少女如月であった。

彼女は再会を喜ぶでもなく、最近配置換えがあったのじゃ、と如月は唐突に話を切り出した。

何でも《鏡》はその土地に流れるコトダマに触れすぎると感度が鈍るとかで、ある程度の周期で別の土地に異動になるそうなのだ。

 

「息災じゃったか?しばらく見ない間に逞しくなったみたいじゃな」

「そりゃどうも・・・。で、何でここに?」

 

如月はつまらない事を聞くな、とばかりに鼻を鳴らす。

相変わらずの傲岸不遜さだ。図体に見合わない態度の大きさに優月は苦笑する。

 

「あの小娘が住んでおるというマンションから、物凄い邪気を感じたのじゃ!連絡がつかんとあらば、わらわたちがすべき事は一つのみ。のう、《黒》よ?」

「そういうこと。という訳で、今から行くよ」

 

二人だけで話がある程度纏まっていたようで、優月は置いてけぼりを喰らっているような気がしてならない。自分を巻きこむなら、せめて話くらいは通してほしいものだ。

というより、自分も何かのメンバーに組み込まれているような────。

 

「お姫様を、助けにね」

「はい?」

 

 

 

*******

 

「ここって・・・」

「そ。《姫》の住むマンション。何か、そう考えると緊張するよね」

「たわけ。そんな事本当は思っておらんじゃろうて」

 

チャイルドシートに座らされた恨みか、如月がジト目を榊に向けるが、彼はバレた?と大笑いして運転手に怒られた。確かに、助手席に座ってそれだったら自分が運転手なら殺意を抱くかもしれない。車は表側の入口近く、屋外駐車場の付近に停まる。

 

無理やり連れられて優月がやって来たのは、白雪が住んでいるマンションだ。

外観はどこにでもあるような普通のマンションで、怪しい様子は見受けられない。

だが、それは普通の人間の優月の感想。

死体にコトダマを埋め込んで生きた探知機として機能する如月には、鋭敏にそれ───コトダマの気配───を感じるようで、震えている。

 

「何じゃ、これは。気配が混ざって、判然とせんわ」

「ふむん。確かに、なーんか嫌な空気だねえ」

 

車から降り、如月は苦い顔をする。まるで嫌いなものを目の前に出された子供の顔だ。

しかし、気配が混ざるとはどういう意味だろうか。

優月が気になってそれを尋ねると、

 

「言魔の気配はする・・・それはもうプンプンとするのじゃが、色々な気配が混ざって雑然としておって詳細が分からんのじゃ。これは中に・・・マンションの中に入らん事には何とも言えんわ」

「やっぱり姫はこの中にいるのかねー。無事かなあ」

 

如月は先に進むと、外壁をじっと見る。足が短いのでなかなか前に進めないのだが。

そこに何もないのに、何かが見えるかのように、入念に目を凝らしていく。

そして、大きな声を出して優月と榊に近くに来るように呼び掛ける。

 

「これは・・・結界じゃ!”界”で作られた結界が建物全てを覆っておる!!しかも、ご丁寧に連絡をさせんように”妨”の術を結界内部に定着させてな」

「道理で連絡できない訳だ。この中全部が電波が圏外になっているようなものだからね」

 

如月は別の箇所を見ると、それだけではないようじゃ、と付け加える。

 

「んん、どうもそれだけではないようじゃぞ。この一方向に波打つようなコトダマの流れは・・・、ふむ?人の流れもこの術で調整しておるの。中からは入れるが、外からは出られん」

「まずいんじゃない?こんなに複雑な術を行使できるのは・・・」

「『魔人連合』、それも一番の術の使い手・・・『所長』ね」

 

榊の言葉の続きを言ったのは、運転手を務めていた人物だ。

かなり大きい。運転席から降りて伸びをして、筋肉ではち切れんばかりの身体を見せつける。

 

「《風》、本部は良かったの?みんなピリピリしてたじゃない」

「風が教えてくれたのよ。白い影に危険が迫っている・・・ってね」

 

何と運転手を務めていたのは《五刀》の一人、風のように気まぐれな乙女(?),《風》だった。

優月にとっては殿上人のような存在で、一度だけ会った事はあるが身体から漂う強者の風格が物凄い。《風》はその長い脚で優月の所まで歩いてくると、顎を掴んで目を覗き込む。

 

「ふうん、あなたが《姫》とつるんでいるって新入りちゃんね」

 

俗に言う顎クイという奴だが、化粧のバッチリ施された男だか女だか分からない人物にされても嬉しさより恐怖が勝る。というより、《五刀》にまでニコイチ扱いかい、とツッコミたくなるが鋼の意志で我慢。

 

「まだ原石、って所ね。でも、良い眼をしてる。悪くないわ」

「どうも・・・?」

「気に入ったわ。これを持っていきなさい」

 

満足したのか《風》は優月を解放すると、清掃業者の車に偽装したトラックの荷台から箱を引っ張り出し、優月に押し付ける。それの重さによろめきながらも何とか抱えた優月は黒い箱を開けて中身を取り出す。丁寧に梱包されたそれは────。

 

「刀・・・?」

 

それは《刀》に支給されるコトダマトウと同じ物だ。黒い鞘に納められており、腰に帯刀できるようになっている。しかし、まだ見習いでしかない優月になぜ、と疑問に思う。

 

「どうして、これを・・・?」

「護身用よ。今のあなたなら使えるはずだわ。ま、まだベルトはあげられないけどねん」

 

そうだ。自分も白雪を助ける力になるのだ。

腰に刀を提げ、その重みを───命を断つ武器の重さを意識する。

 

そして、《風》が先頭、次に優月と如月、最後に榊という順に並ぶ。

如月は別に車で待っていても良いのでは、と榊が主張したのだが、『わらわがおらなんだら小娘のコトダマを特定できんじゃろ』と主張されれば頷くしかない。

 

「入口から一気に突入するわ。《黒》、あなたは殿よ」

「はいはい。一番最初にやられてもしらないぜ」

 

入口周辺には敵の姿はない。だが、慎重に進むに越した事はないだろう。

自動ドアを潜ると、管理人室がすぐにあるが、人はいない。

 

「エントランスね。ここは鍵でピッってやるタイプじゃないみたいだわ」

「見ての通りオンボロじゃからのぉ・・・」

「《姫》の趣味は分からないな」

 

口々に言い合いながらも、先へ先へと進んでいく。

そしてエントランスに入り、一同は警戒を強める。

壁際の窓は曇りガラスになっているのだが、ガラスに凝固した血液がべっとりと付着しているのだ。

 

「完全に固まっているわね・・・。時間がかなり経っているわ」

「でも、死体は近くにないですね」

「上に言魔がおる」

 

床を見ると、散った血が掠れていて、人を引きずったような形跡が見られ、それは上の階へ続く階段まで伸びている。如月が上を指差し、階段を睨む。

 

「あっちにはエレベーターがあるけど、上の方で止まっているねえ」

「降りた途端に敵に襲われたら困るわ。ひとまず階段で移動するわよ。如月ちゃん、《姫》はどこにいるか分かるかしら?」

「少し待っておれ・・・」

 

《風》の言葉に如月が眼を瞑り、しばらく黙り込む。

意識を集中させて、白雪が持つコトダマのパターンを分析しようとしているのだ。

 

「上じゃ。ただ、言魔のそれが何やら混ざっておっての、交戦中かもしれぬ」

「行くしか・・・ないようね」

 

《風》が階段の手すりに手をかけて、少しずつ階段を上っていく。一歩、また一歩と石段を登るにつれて、肌がぞくぞくする感覚に包まれていくのが分かった。

本能が危機を感じ取り、警告を発しているのだ。

 

「二階ね。異常は・・・ないようね」

「突き当りにしか階段がないのか。陣形を崩さないようにしないと」

 

二階に上り切ると、見た所では特に異常はない。

部屋が六つ整然と並び、所々に住民のものだろう自転車や植木が置いてある。

この階に限った事ではないが、一番奥まで進まないと階段がないようである。

慎重に廊下を歩く中で、優月は違和感を覚えた。

だが、それが何かが分からず、漠然と不安だけが募る。

 

何だ・・・?何が引っかかる・・・?

 

「むうう、邪悪な気配が・・・しかし、気配が薄いの。まだ上か・・・?」

「しっかり頼むぜ、お嬢ちゃん。いくら僕様だって不意打ちされれば一発でお陀仏だぜ」

 

こめかみの辺りを、違和感の火花がチリチリと燻っている。

違和感の正体を探ろうとして、先程までの光景をリプレイするのだが・・・。

 

「変ねえ。静かだわ。この時間帯なら住民も出かけたりするのではなくて?」

「引きこもり、という奴じゃろ。社会問題になっているようじゃからのぉ。過去を引きずって穴蔵でグズグズとしよってからに・・・情けない話じゃ」

「・・・!!」

 

優月はハッとさせられて、その場で動きを止める。

如月の毒舌で、違和感が何なのかを特定できた。だが、それが何故なのかは分からない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という疑問が。

 

「止まれ《風》!」

「え?」

 

その時だ。勢いよく扉が開け放たれたかと思うと、手が伸びてきて目の前を通り過ぎようとした《風》を部屋の中に音もなく引きずりこむ。そして扉が閉ざされる。

しかも一体、二体の腕ではない。信じられない事に、その腕は少なくとも十本以上はある────

如月の警告も虚しく、抵抗もできず《風》は言魔に捕らえられ、もみ合う音、悲鳴、激しくぶつかる音が連続して聞こえてくる。

 

「まずい、逃げるぞ!!」

「でも・・・」

「《風》なら大丈夫だ!急いで上へ!」

 

優月は《風》を助けようとするのだが、血相を変えた榊が強引に腕を掴んで走り出す。

また扉の向こうに言魔がいて、待ち伏せされるかもしれないと危機感を抱いているのだ。

 

「ぎゃうっ!?」

「如月!!」

 

しかし体格が最も小さく足も遅い如月が開いた205号室から出てくる腕に捕まり、中へ連れていかれそうになる。ぬいぐるみで対抗しようとする如月だが、腕を蟻のような言魔に力任せに引っ張られ、その腕がもげてしまう。そして痺れを切らした蟻言魔は壁に如月の幼く華奢な身体を押し付けると、首を絞めながら腹をその鉤爪で深く抉っていく。

いくら如月が人間でないとはいえ、その核を破壊されれば死んでしまう・・・。

 

「ぐぎゃあああっ!?離せ!?」

「はあああっ!!」

 

身体が咄嗟に動いていた。弾かれたように飛び出すと、刀を抜いてそのまま無警戒の言魔の頸を一閃。両断された頭が転がりながら、手すりを乗り越えてマンションの外へと落ちていく。

何とか如月を助ける事はできた。しかし、完全に足を止めてしまった事が裏目に出てしまう。

《風》を呑み込んだ部屋以外の部屋から無数の蟻言魔が同時に這い出てくるではないか。

 

十、二十、三十、いや、もっと増える・・・。

 

廊下を埋め尽くす勢いの蟻言魔はさらにその数を増やす。階段を下って、上の階から増援がやってきたのだ。

深手を負った如月を背後に庇い、優月と榊が背中合わせで並び立つ。

 

迎え撃つは、総勢五十以上の言魔の群れ・・・!

 

「まさか、ここって・・・」

「ああ、言魔の巣だ・・・!!」

 

闇コトダマを構えながら、榊が呟いた。

 

 

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      




このエピソードはアマ〇ンズで一番好きなマンション回をオマージュしたものとなっています
モンスターパニックっぽく書けているか不安ですが・・・
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