仮面ライダー刀刃(ヤイバ)   作:禍津日

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第拾壱話『メゾン・ド・言魔(後編)』

 

「やあん、もう。おいたが過ぎましてよ」

 

《風》が冗談めかしてそう呟くと、彼を室内に連れ込んだ蟻言魔が蹴り飛ばされ、他の言魔も巻き込んで壁に叩きつけられる。倒れたままの言魔の頸を片手で持ち上げ、壁に頭を何度も打ち付け、ダウンした所を抜いた刀で切り裂いて殺す。

土足で玄関を抜け、乾いた血が付着する壁を横目に素手で並み居る言魔を叩きのめしていく。

リビングに入ると、先客の言魔たちが働いた狼藉───喰い散らかされた住人と思しき残骸───が目に入り、《風》の心に怒りの火が灯る。

 

「レディのエスコートの仕方もなってないお馬鹿さんたちには・・・お仕置きが必要ね」

 

《風》の得物はただのコトダマトウではない。旋風を思わせる形状をした円盤状の刀で、外周にジェイドグリーンの鋭利な刃、内径に持ち手が付いている。

《風》は刀を投擲し、投げられた刀は暴風を発し、それに巻き込まれた周囲の三体の言魔を同時に串刺しにしながら壁に刺さる。廊下に言魔がいなくなったことを確認し、そのまま突進、壁に刺さったままの刀に緑色のコトダマ────『風コトダマ』をセットし、式句を唱える。

 

「変・・・身」

《吹き荒ぶは破魔の疾風!》

 

《風》の身体を中心に嵐が渦を巻き、接近しようとした蟻言魔が全員壁に叩きつけられ、絵が入った額縁が落ちる────が、地面にぶつかるより早く移動した緑色の戦士は額縁を掴み、壁に戻す。それは自由に吹く風の如く、不思議な姿の戦士だった。

左右非対称の装甲に、彼の刀を想起させる円環が三つ重なって仮面を構成している。

左腕には小型の盾が装備されていて、その突起に輪投げの要領で刀を収納できるのだ。

 

《刀》の頂点、《五刀》。その《風》を務めるその戦士の名は────

 

「仮面ライダー神風。吹き飛ばしてあげる・・・わっ!」

 

言うが早いか刀を投げ、まず一体目を両断。刀は回転しながら部屋ごと言魔を切り裂いていき、刀が通った跡は暴風に晒された後のように壁が喰い破られ、その奥の基礎、そして隣の部屋が丸見えになっている。

さらにもう一人を横に割りながら戻ってきた刀を神風が蹴り、上の階から落ちて来て、窓から侵入した新手を斬撃の嵐に叩き込む。

 

「よっ・・・ほっ・・・そんな!攻撃が!当たると!思って!?」

 

二体の言魔が同時に殴りかかってくるが、動体視力に優れる神風には見切る事は造作もなく、その全てを余裕を持って避ける。神風が落とした酢のボトルに躓いた二体が前かがみになったタイミングを見計らい、黒いグリップを握って刀を振り下ろし頸を落とす。

危なげなく部屋の中にいた蟻言魔を全滅させた神風は、床の上を転がる酢のボトルを拾い上げ、元の場所に戻してから呟いた。

 

「みんな、無事かしら・・・」

 

神風が暴れて空いた壁の大穴からは隣の部屋の様子が見え、必死で宵闇が戦っていた・・・。

 

 

*******

 

「参ったなぁ、数が多いったらないよ」

 

蟻言魔の顎を刀で斬り落としながら、まるで緊張感のない声で宵闇が言う。

彼を取り囲むように次々と湧いて出る黒い影、まるで無尽蔵だ。

刀で突き、斬り、叩き潰しても後続がどんどんと屍を踏みつけながらやって来て、いくら倒してもキリがない。幽霊でも相手にしているような感覚だ。

廊下から室内に場所を変えてこうして十分以上戦い続けているのだが、流石に疲労が目立ち始めているのが分かった。

蟻言魔は低級の言魔で個々の戦闘能力そのものは大した事がないが、何より脅威なのはその物量だ。だから廊下にバリケードを築いて侵攻を留めようとしているのだが、今にも破られそうな勢いである。

 

「一人ひとりは雑魚なのにさあ、やっぱり戦いは数って事なのかねぇ?おーい優月君?死んだ?あ、死んだら返事できないか」

 

優月は────生きていた。

しかし、迫りくる言魔に噛み殺されないようにするので精一杯で、返事を返す余裕がなかったのである。刀を振るう腕が重い。腕を裂かれた傷が痛い。

蟻言魔の大顎に刀を挟み込み、何とか噛まれないよう防ぐ。

だが、こんな所で死ぬ訳にはいかない。白雪を助けたい。

その一心で目に付く言魔を片っ端から斬り捨てていく。

 

「そーれ!」

 

宵闇が指を鳴らすと、言魔の立つ床が闇の沼となり、ズブズブと沈む。

そして動けなくなった言魔たちの胸を、漆黒の槍が次々に撃ち抜いていく。

自身の持つ闇のコトダマを沼、そして槍の形に錬成したのだ。これはかなりの高等技能で、《五刀》しか彼の他に使える者はいない。

 

その時、壁が轟音と共に崩れ、隣の部屋の様子が見えるようになる。

そこには台風のように相対する者を呑み込む緑の戦士の姿が。

 

「ははっ、神風も調子が良さそうだね。負けてられないな」

 

ベランダの手すりを伝って他の部屋から侵入してきた言魔が宵闇の背後から接近してくるが、蟻言魔の爪での攻撃は空を切る。間違いなく宵闇の胸を抉ったはずなのに、である。

 

「はい残念」

 

次の瞬間、蟻言魔の()()()出現した宵闇が刀を一閃、胴を分かたれた言魔は自分の身に何が起こったのか分からないまま塵となって消滅した。

影コトダマをセットし、蟻言魔の造る影に潜んで背後へと一瞬で移動したのだ。

 

「はあっ・・・はあっ!!ああっ!」

 

優月も優月で足を斬って地面に倒れた言魔に馬乗りになり、頭に何回も刀を突き立てて絶命させる。刀を引き抜く度に飛び散る体液が優月の顔を汚し、なかなか凄い光景になっていた。

そして今殺した蟻言魔でこの部屋に最初からいた言魔は全滅したが、いつ新しい敵がやってくるかは分からない。

 

「そういえば勢いでバリケードを作ってしまったけどさ、どうやってここから出る?」

「え、考えなしだったんですか?」

「君が瞬殺されないためにやったけどこれじゃ出られないよねー」

「しかも人のせい!?」

 

優月は抗議した。勝手に人のせいにされてはたまったものではない。

今もなお蟻言魔がバリケードを突破しようとソファやら家具やらを叩く音が聞こえる。

破られるのも時間の問題だろう。窓からなら脱出できるかもしれないが・・・。

如月が隠れていた冷凍庫の中から出てくると、優月に向かって言った。

 

「窓から出るのは感心しないの、こむすめ。何と窓の外には罠がしかけてあっての、地面に衝突する直前に電流が流れて死ぬ手筈になっておる」

 

ぬいぐるみを如月が窓から放り捨てると、ぬいぐるみは地面に触れる事無く何かに阻まれ、黒焦げになってしまう。

それを見た宵闇がやれやれとばかりに頬を掻く。

 

「これはもう・・・強行突破しかないかなあ」

「バリケードをどかしたらまた蟻退治ですよ?」

「ふむん・・・。なら、あれを使うか」

 

宵闇が指を差したのは、天井のスプリンクラーだ。

 

「あれに水を出してもらって、言魔がびっくりする所を一気に脱出!完璧では?」

「ふむ・・・でもあれは火に反応するものではないのかのう?」

「いや、大丈夫さ。ヘッドに衝撃を与えれば誤作動を起こすはずだよ」

「やるしかないです・・・!」

 

こうしてもたもたしている間に、バリケードが突破されたようで、蟻言魔の頭の触覚が見えてくる。やるなら今しかない。

片腕がない如月の腕を掴み、いつでも走り出せるように優月は構えた。

そして宵闇が限界まで言魔の集団を引き寄せ────刀でただ一点、スプリンクラーヘッドを貫く。

 

「今だ!」

 

散水が始まるまさにその瞬間、宵闇が叫ぶ。水の勢いが凄まじいのか、予想外の方向から放水を浴びた言魔がパニックに陥る。その隙を突き、三人は水を防ごうと顔の前で腕を盾代わりにする彼らの脇をすり抜け、開け放たれたままの玄関を目指して突き進む・・・!

 

「見えた・・・!」

 

光。出口だ。玄関から優月が飛び出そうとした時、強く腕を如月に引かれる。そしてその数秒後、本来なら優月がいた場所を蟻言魔の顎が噛み砕く。

優月の背筋が凍る。如月に咄嗟に引っ張られなければ、間違いなく自分は殺されていた。

だが、すぐに心を落ち着けた優月は地面を踏みしめ、刀を振るって言魔の肩口を抜けるような斬撃を放つ。首筋に攻撃が当たったのか、蟻言魔が全身を痙攣させながら倒れ、風に溶けて消える。

何とか切り抜ける事ができ、優月は胸をなでおろす。

だが、この数秒の停滞は絶望的な遅延を産む結果となった。

 

「うわ!?立ち直るの早すぎ!?」

「こむすめ!まずいぞ!!前方から敵が来ておる!」

 

宵闇の焦る声がするように、スプリンクラーの放水で蟻言魔が怯んだのはほんの一瞬で、それを克服すると踵を返して一斉に手近な宵闇に襲い掛かってきたのだ。

さらに追い打ちをかけるように、玄関側からも新しい言魔たちが手始めに三体、迫ってくる。

まだ見習いの優月は一対一なら対応できるが、乱戦になるとまだ経験不足が目立ち、一体を斬り倒す間に死角から寄ってくる言魔に肩を噛みつかれてしまう。肉を食まれる感触が気色悪い。

 

「ぐっ・・・!?ぎゃああっ!?」

 

噛まれたのは利き腕ではなかったが、痛みのあまり刀を地面に取り落としてしまう。

蟻言魔は優月の顔を殴り、地面に押し倒すとそのまま顔を潰そうと手に力を込める。

 

────死

 

「あ────」

「させないわよぉッ!!」

 

円盤のような形状の刀が回転しながら飛んできて、まさに優月を殺そうと顔を掴む言魔の腕がまず地面に落ちて消える。次に、言魔の胸を通り過ぎたかと思うと、少し遅れて言魔の身体が半分になる。

 

「怪我は大丈夫・・・!?」

「はい。何とか・・・!」

 

仮面ライダー神風だ。敵を全滅させてこちらに応援に駆け付けたのだ。

神風は倒れ込む優月を抱え、如月に押し付けると、まだ数が多い蟻言魔たちに啖呵を切る。

 

「オメェらァ!!よくもウチの若いモンに手ェ出してくれたな!!」

 

頭に完全に血が上った神風が野太い声で吼え、単身で言魔の群れに突進する。

そこから一方的な蹂躙劇が始まった。

何十体もいるはずの言魔が何の抵抗もできないまま一方的に倒されていく。

しかも、純粋な徒手空拳のみでもその力は凄まじく、ただの拳で甲殻を貫いて身体を破壊し、蹴り一発で言魔の頸が飛ぶ。

蟻言魔たちは神風に触れることさえできず、神風が巧みに操る円刃に斬り刻まれ、バラバラになった手足が風に舞うグロテスクな光景に今日一日で大分鍛えられたと思っていた優月は吐きそうになる。

 

「そおぉい!」

 

今も、勢いよく弧を描いて飛ぶ刀が言魔の頭に命中、一時的にだが攻勢が緩み、周囲から言魔の気配が消える。宵闇も室内にいた蟻言魔を全員倒し切ったようで、外に出てくる。

 

「今の内に上に行くぞ!《風》、この言魔の数・・・普通じゃない!」

「ええ、これは間違いなく・・・」

「魔なる者が練り歩き、此の世と彼の世の彼我が限りなく無に近づく現象───《百鬼夜行》」

 

階段を駆け上りながら、こうした事柄に詳しい神風、宵闇、如月が話しているが、優月には何が何だかちんぷんかんぷんなのが正直な所だ。

 

「あの・・・百鬼夜行、って?」

「相変わらず不勉強じゃの、こむすめ。良いか、言魔は何も無から生ずる訳ではなく、万物に宿り、あまねく存在するコトダマに邪念が混ざり誕生する訳じゃ。この邪念とは、土地に満ちる気、古来よりその地に根付く因縁や怨恨、その時の強い情動などによって生まれ、予測するのは不可能じゃ。じゃがの、もしその邪念を・・・()()()()()()できれば・・・?」

「いつまでも、言魔が産まれ続ける・・・!?」

 

如月が後ろを振り返る事無く頷く。

 

「でも、無制限に邪念を供給するのは無理だ。だから、それを支える装置が必要となる。そして、それを管理する存在もね。装置にコトダマを注ぎ、そこからコトダマと邪念が融合すると・・・!ほら、あいつらになるって訳」

「また・・・しつこい男の子は嫌われるわよ!?」

「いや神風、雌の個体もいるよ?ほら、あの子なんかおっぱいが大きいし」

 

三階にも、通路を埋め尽くすほどの数の言魔が犇めき、顎をカチカチと鳴らしながらこちらへと近づいてくる。そしてその一番奥、通路の突き当りにこれまでの蟻言魔とは一目で格が違うと分かる個体が待っているではないか。

 

「あれが大将・・・、《百鬼夜行》を起こすアイテム『魍魎の匣』の主かな?」

「変ね・・・。何でこんな所にいるのかしら。近くに匣は見えないわよ?」

「何でもいいです!!来ますよ!」

 

最奥の蟻軍団の主────一際蟻言魔より体格がよく、雌を示す胸部は豊かに凹凸を作り、身に纏う紫色のトーガを強烈に押し上げている。

その様はまるで蟻の女王のようだ。

 

「あの親玉を倒せば・・・この騒ぎも収まるはずよ!」

「最速で倒す・・・」

 

神風は円刃を裏向きにすると、グリップ部分にコトダマをセットする部分がある。

抜いた風コトダマをスロットに装填すると、神風の操る風の力はさらに増していく・・・!

言魔たちが神風を中心に吹きつける暴風に巻き込まれ、こちらに強制的に連れてこられる。

そこに、宵闇と神風の必殺技が同時に襲い掛かる。

 

「《疾風円舞・鎌鼬》!」

「《深淵黒夜・帳》!」

 

或いは、幾重にも分裂した円刃。或いは、膜のように薄く伸びる闇色の太刀。

緑と黒の軌跡が交差し、瞬く間に蟻言魔たちを全滅させる。

まるでモーセの海割の如く、飛び散った塵が通路の中央を避けるように拡散し、最奥の言魔は身を護る術がない・・・!

 

「もらったわ!」

 

通路を駆け抜ける神風が機先を制し、刃を振るう。

 

・・・が、その一撃は空を切る結果に終わる。

 

ゾクリ。優月の背後に感じる殺気。

 

女王蟻言魔の腕が、優月の腹を貫く───寸前で避けるが、脇腹を深く抉られてしまう。

着ている隊服は特殊な繊維で作られていて、耐久性に優れるのだが、そんな事はお構いなしとばかりに服ごと脇腹の肉を持っていかれた。白い肌が覗くが、同時に噴き出した鮮血であっという間に赤に染まっていく。

 

「っ────ぁ・・・?」

「こむすめ!」

「優月君!?」

「よくも・・・・!」

 

怒りに駆られた神風が刀を投擲するのだが、刀が女王蟻言魔に届く前に彼女は地面の中に消える。

消えた────のだろうか、身体が地面に潜り、その時一瞬だけ地面が水面のように波打つのが見えた。

 

「消えた・・・!?」

「そうか、これは『貸与結界』よ!だからああやって自由に移動できるんだわ!」

 

貸与結界・・・。"界"の術によって展開された結界は通常術を発動した自分しか恩恵を受けられない。この"界"は『魔人連合』が一人、『所長』の展開したものなので、通常なら女王蟻言魔は結界を操る事は不可能だ。しかし、貸与結界は違う。術を他者に貸し与える形で───これは契約なので大抵の場合対価を伴う。その多くは人間である───譲渡し、移譲された術を自分のもののように行使する事ができるのだ。

 

そしてそれを利用し、言魔はまんまと逃走せしめたという訳である。

 

「多分、屋上まで逃げたんじゃないかな?」

「うむ。『魍魎の匣』を設置するならばその場所で最も高い場所に置くのが定石じゃからのお。コトダマが高い場所に集まる性質を利用しているという訳じゃ。じゃが、今あやつが引き上げたという事はじゃ・・・、誰かが匣に近づいたという事になるの」

「・・・《姫》が!」

「屋上に・・・!」

 

一同が屋上を見上げると、そこには一人の人影。

そして屋上に、太陽を背に白い仮面の戦士が立っているのが見えた。

 

 

*******

 

「《魍魎の匣》・・・」

 

刀刃はその直方体の箱を見て、忌々しげに呟く。

魍魎の匣────ある地域ではコトリバコと呼ばれるそれは、存在してはならない禍々しい代物だ。その正体は匣の中に封じられた人間の指。絶望を与え、ありとあらゆる苦痛を与え、憎しみと恨みの限りが込められた小指を仕舞い、そこから湧き上がる際限のない呪いが匣の主が供給するコトダマと結合し、無尽蔵に言魔を発生させ続ける《百鬼夜行》の元凶である。

その呪力は強く、滓言魔を大量に招聘するような《陣》とは比較にもならない。

 

屋上だ。屋上には数えるのも億劫になる程の死体────老若男女問わず────が山のようにうず高く積み上げられたその頂点に置かれている魍魎の匣以外に何もない。

この死体は無念や苦痛、恐怖を匣に伝え続ける外部電源であり、コトダマを流し続ける術者の力を回復させるためのものでもある。

現に、一番底辺の死体は特に喰い散らかされた形跡が目立つ。

 

「あれさえ壊せば、皆が救われる・・・」

「そうはいかないぞよ、《刀》」

 

いつの間にか、刀刃の背後に女王蟻の外見を象った言魔が出現している。

だが、言魔はすぐに襲い掛かっては来ず、むしろ会話を望んでいる節さえある。

 

「儂はそなたを殺すつもりはない。生け捕りにせよとのご命令じゃからな」

「そうですか・・・。誰にですか?『所長』?」

「もっと崇高な御方じゃ。我らの原点にして頂点、偉大なる始祖」

「まさか・・・『皇帝』・・・!?死んだはずでは」

 

刀刃がその名を呼んだ途端、晴れているのにも関わらず雷鳴が響く。

まるで、世界そのものがその名前を恐れているかのように。

その音を聞いてカチカチと歯を鳴らして女王蟻言魔が愉快そうに笑う。

 

「あの神にも等しき御方が死ぬ訳なかろう。時を超えてついに舞い戻り、偉大なる計画をついに始動なさったのじゃ・・・!そして儂はその先方を拝命した蟻の女王、『傀儡師』!あの方の大願成就のため、そなたは儂が連れていく!」

「お断りです・・・ッ!」

 

白刃を抜いた刀刃が傀儡師に斬りかかるが、彼女は刀刃が接近する直前で地面に潜り、別の場所へと移動してしまう。ならばと今度はそちらに全速力で駆けるが、傀儡師は呼び出した蟻言魔を盾に自由に場所を行き来し、刀刃を翻弄する。

 

「ここは儂のいただいた結界の中じゃ。そなたに勝ち目はない」

「そんなはずはありません・・・!絶対に、あなたを倒します!犠牲となった大勢の人のためにも!」

 

(傀儡師)を庇うように前に立ちはだかる蟻言魔を一刀で斬り伏せ、突き進む。

狙うのは傀儡師一人だけ・・・!

 

《氷と速さ 絶対零度の疾風!》

 

走りながら、素早くバックルの刀コトダマと速コトダマを入れ替え、刀刃・氷速へ形態を変え、さらに加速して白刃を閃かせる。地面へ傀儡師が潜行するより先に勝負を決めようという狙いがあるのだが、氷速の高速移動能力を駆使してなお傀儡師の影をも踏むことができない。

 

「言ったはずじゃ、儂には勝てぬと」

「く・・・!?」

 

背後に気配・・・!横に転がって回避するが、それは奴の思う壺だ。

器用に地面から腕だけを伸ばした傀儡師に足を掴まれ、地面に引きずり込まれる。

そこに振るわれる傀儡師の鉤爪。特に装甲が薄い刀刃・氷速では受ける事もままならず、肩口を激しく傷つけられてしまう。そのまま地面に半身を沈められたまま、刀刃と傀儡師は話をする。

 

「愚鈍な人間じゃ。先程の《刀》の人間もそうじゃったが・・・」

「先程・・・!?」

 

誰かが、このマンションに・・・!?

何とか逆転の一手を考えつくまで、こいつに喋らせ続けなければ。

そう思い、刀刃は口を開いた。

 

「誰がここに・・・?」

「ふん、仲間が恋しいか?黒髪の女子に、人形、黒いのに緑色のじゃ。特に緑色のは奇怪な形状の刀を持っておったわ。当たらなければどうという事はないのじゃが」

 

優月が・・・!?こんな危険な場所に、来ている・・・!?

それに、榊、《風》もだ。

一瞬驚いた刀刃だったが、今は会話を引き延ばす事が優先だ。それに、会話を引き延ばせば彼らも増援に来てくれるはずだ。

 

「彼らは生きているのですか・・・!?」

「ふん、小生意気な奴らじゃ。意外にしぶとい。しかもあの女子、殺そうとしたのに生き延びおって」

「それは、それは・・・」

 

その時だった。

 

「悪かったわね!!」

「むおおおっ!?」

 

飛んできた円刃を避けようと傀儡師が浮上し、さらにそれに合わせて刀刃も地面に引き上げられる。彼女の元に宵闇、神風、優月と如月が駆け寄ってくる。

 

「無事だったのね《姫》!」

「良かった、良かった」

「小娘、息災で何よりじゃ」

 

だが、優月は何も言わない。彼女を見ようともしない。

宵闇が肩を叩いても、如月が煽ってもそっぽを向いたままだ。

業を煮やした神風が優月のほっぺたを摘み、無理やりこちらへ向かせる。

 

「あら・・・・!まぁ!」

 

優月は・・・泣いていた。

 

「怪我が痛むのですか!?手当を・・・」

「違うわよ馬鹿!」

 

泣いている理由を全身に見られる痛々しい傷のせいだと考えた刀刃は手当を施そうとするのだが、優月は怒ってそれを拒む。当の刀刃はなぜ怒られるかが分からず困惑しきりだ。

 

「すみません。怒られる理由が・・・」

「・・・言わせんじゃないわよ馬鹿!心配だったなんて・・・あ、言っちゃった」

「心配・・・?あなたが、私を・・・!?」

 

刀刃は優月が自分を恨んでいると思っていた。

彼女の友人を助けられなかった事が自分の中でも蟠りとなっていたのだ。

特に優月は刀刃・・・白雪へ当たりが強く、嫌われこそすれ心配されるという筋合いはないのだと勝手に思っていたのだが・・・

 

「するわよ、そりゃあ!友達・・・仲間?でしょ!?」

「友達・・・」

 

自分に友達ができた記憶は白雪にはない。同じ《刀》の仲間は友というより同僚、同士という意識が強く、死ぬかもしれない相手との交流は極力避けてきたのだ。

 

「死んじゃったかもって・・・怖かった。亜里沙みたいにいなくなっちゃうのかもって・・・。そうしたら思った。友達なんだって。だから助けに来たのよ!悪い!?」

「いえ・・・嬉しいです」

 

誰かに必要とされる事。大切に想われる事。それらが心地よい────。

これは、今まで感じなかった感情で────。それはきっと、優月だから────。

 

そこに、すっかり存在を忘れていた傀儡師が怒りを露わにしながら近づいてくる。

 

「儂を忘れておらぬか・・・?ここは儂の領域じゃ。貴様らが乳繰り合う場所ではないわ!!」

「あなたの領域・・・?ふざけた事を言わないで下さい。あなたは借りただけ、奪っただけ。ここに住む人の命を、居場所を。彼ら彼女らの無念・・・ここで祓います」

「ほざけ!あの方の悲願のため、生贄となれ!」

 

刀刃が刀を手に傀儡師に突っ込むが、傀儡師は例の如く地面に潜行して隙を窺おうとする。

だが・・・。

 

「な、何じゃ・・・!?なぜ潜れん・・・!!」

「はあっ!!」

「ぐわあっ!?」

 

傀儡師の身体が沈まない。否、沈んではいるのだが、一定の深度まで潜ると何かに阻まれるように遮られ、完全に身を沈める事ができないのだ。

 

「あなたの潜る場所は液状になる。ならば簡単です。凍らせればいい」

「何・・・!?」

「ご丁寧に私を引きずり込もうとしてくれましたからね、その時刀を地面の中に入れて凍らせてあげました」

 

"界"を介する空間移動は何も瞬間移動ではない。『地面』という本来潜ることのできない場所に『液体』という意味を加えて泳ぐ事を可能にしているのが術のカラクリだ。つまり、術を使用する際に液状と化した地中を凍らせてしまえば、その空間へ潜行する事は不可能となる訳だ。

それを見抜いていた刀刃は、わざと時間を稼ぎ、傀儡師が隙を見せるのを待ち構えていたのだ。

術さえ封じれば傀儡師は中堅程度の実力しか持たない言魔だ。

今までの怒りを返すべく、猛烈なラッシュを開始して、傀儡師を刀刃が追いつめていく。

 

「ぐっ!?まずい・・・!僕たちよ!儂を守護せよ!」

 

女王の号令がかかり、魍魎の匣が不気味に輝いて、そこから無数の蟻言魔が飛び出してくる。

それに仮面ライダーたちと優月が立ち向かう。

 

「たくさんの人を傷つけて!絶対に許さないんだから!」

「人の命を奪う権利は・・・誰にもない!」

 

傀儡師への怒りを燃やす神風と宵闇は、背中合わせで次々と襲い来る蟻言魔を斬り倒し、傀儡師への活路を切り開く。

僅かに空いたその路を氷の疾風となった刀刃が駆け抜け、最小限度の刀の振りで邪魔をする蟻言魔を塵に変えていく。後ろを取ろうとする蟻言魔もいるのだが、それを阻む者がいる。

 

優月だ。

 

痛む身体に喝を入れて、刀刃を狙う言魔だけを優先的に倒す。

言魔と戦えるだけの力を、もう彼女は持っているのだ。その成長が嬉しい。

 

「絶対に、邪魔はさせないのよ!」

 

優月が叫び、鋸を引くように刀を動かして言魔の頸を落とす。

 

「何じゃ!?何じゃお前たちは!?私の邪魔ばかり!ふざけるな!」

 

瞬く間に全滅する蟻言魔の集団。それを見て、傀儡師の虚栄の仮面が剥がれていく。

先程までの大物ぶった態度も術に頼った鍍金でしかない。

そんな小物に同じ場所に住む人々が殺されたのかと、怒りが湧いてくる────。

非道な悪魔に引導を渡すべく、刀刃は必殺技を発動させる。

 

「借り物の力に驕り、狼藉を働く者よ!さあ、終焉です!」

《氷・速・殺 氷華満面・疾風殺》

 

「あ、が────」

 

氷の彫像となって動けない傀儡師を刀で吹き飛ばし、魍魎の匣ごと一刀両断。

胴を割られた女王蟻言魔が塵になり、匣も形を維持できなくなって崩壊を始める。

その時に聞こえる此の世の物とは思えない怨嗟の叫び────。

 

その恨みがいつか消える事を祈り、刀刃は刀を納めた。

 

 

*******

 

「《影》に事後処理は任せて、僕様たちは退散しよう」

「はい・・・。皆、死んでしまいました」

 

戦いが終わり、マンションを後にする一同。

だが、その犠牲はあまりにも多すぎた。住民の大半は言魔の餌食となり、マンションから出ていた者しか生存者がいないという凄惨な結末である。

優月と如月の負傷も具合が酷く、本部へ送還してある。

だから、帰りの車に乗り込んだのは白雪、榊、また運転手の《風》だけだ。

ひとまずは《祓》の息がかかった駐車場に車を停め、そこから本部へ帰還する手はずとなっている。

 

「幸い本部から襲撃の報せはないから、いったんは休めると思うわ。でも、どうして『所長』は《姫》を襲ったのかしら・・・?」

 

薄暗いトンネルを走り抜ける途中、《風》が呟く。

白雪は傀儡師に聞いた仔細を話したが、あの言魔の話をどこまで鵜呑みにしてよいのかは疑問が残る。ともすれば全て出まかせという事すらあり得る。

だが、それが事実なら辻褄は合うし、一大事が迫っている、という事を意味するのだ。

 

《風》は前方を見つめながら、ぽつりと呟く。

 

「『魔人連合』の目的・・・何かしらね」

「分かんないけどさ、それを阻止するのが僕様たち《刀》でしょ」

 

柄にもないその言葉に《風》は苦笑して、

 

「《黒》からそんな言葉を聞くとはね。いやね、何か起こるのかしら」

「酷いなあ。名言のつもりだったのに」

 

(『皇帝』・・・。一体、どんな敵なんでしょう・・・。私は、どうすれば・・・)

 

白雪の頭に思い浮かぶのは『皇帝』の事ばかり。なぜかその名前が頭から離れてくれないのだ。

気持ちを変えるべく差し入れと渡された緑茶を飲む。

 

(・・・薄い)

 

悶々としているからか、濃いはずの茶が薄く感じた。

 

 

 

 

 

 

「ほう、これが・・・。《刀》の死体ですか」

「えぇ。防腐処理もバッチリで、死にたてほやほやを維持しております」

 

『所長』は買い付けた《刀》の死体を見て、歪んだ笑みを浮かべる。

これから彼の身体で行う実験が楽しみで仕方がないのだ。

彼の腹に空いた大穴さえも、『所長』には無限のカンバスに見えた。

 

「幸運でした・・・。こうも貴重なサンプルを手に入れられるとは、虚の魔人さん。あなたも少しは役に立ったじゃないですか」

 

『所長』は死体────生前は村雲 健斗という名前だった華奢な体格のそれを愛おしそうに撫でると、致命傷の腹の傷に口づけを落とす・・・。

 

 

 

 

 

 

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