仮面ライダー刀刃(ヤイバ)   作:禍津日

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新作です。テーマは和風、刀、文字!自分の浪漫を詰め込んだ作品になっているので応援お願いします。


第一部『血海に舞う白雪』
第壱話『刃を振るう者』


刀、それは闇を祓う退魔の武器。

刀、それは命を奪う罪業の鉄塊。

刀、それは此の世の理を捻じ曲げる異能の爪牙。

 

なればこそ人は剣を振るう。誇りと矜持を込めて。

愛する人や世界を守る為。

 

たとえその果てに───紅い惨劇が待っていようとも。

 

怨嗟が轟き、空が闇に暮れる時。

月光の刃を携えし者が現れ、その腕を以て魔の者を断つ。

万物の守護者、不条理の破壊者。

 

悠久より語り継がれしその名は────

 

───《仮面ライダー》。

 

 

仮面ライダー刀刃(ヤイバ)

第壱話『刃を振るう者』

 

 

「こちら舩森、坂田、状況はどうだ?」

『こちら坂田、異常なし。』

 

夜、都内某所。

この日は寒い夜だった。吐息は仄白く、新聞では明け方から雪が降ると書いてあった。

そんな夜の帳が降り、静まり返った街中を武装し銃を持つ警視庁の特殊部隊が駆ける。

 

監視カメラの映像は当てにならない。なぜなら、監視カメラは悪事を働く人間を見通す目であり、人の理を外れた此の世ならざる者を見抜くことはできないからだ。

だから、人海戦術でどこに()()がいるかを見つけ出す他ない。

 

『こちら桑橋、同じく異常なし』

『こちら岡本、同じく異常なし』

 

各部隊の隊長が耳元のトランシーバーで状況を報告していくが、皆一様に異常なしと答えるのみだった。今日は空振りだろうか、そう舩森が気を緩めた時。

 

『A・・・F・・・Q・・・』

 

近くで、人間の言語とは思えないような、幾重にもエコーがかかったような独特の声がする。

ここは公園、大きな遊具が設置され、ベンチではホームレスの男性が寝ている。

近くの噴水の音と聞き間違えたのだろうか、部下に確認を取っても首を傾げるだけだ。

 

『D・・・E・・・A・・・』

 

やはり、不気味な声が聞こえる。葉擦れの音にしては小さく、風の囁きにしては大きい。

ホームレスの男は呑気に寝ている。ここは危険だから避難させろと部下に命じ、直後、その部下が大きな声で悲鳴を挙げた。

 

「う・・・うわぁぁぁぁ!?」

「ッ!?おっ、おい、どうした!?」

「たっ大変です隊長!?し、死んでますッ」

 

いつでも銃を撃てるようにセーフティを解除し、部下の集まるベンチの方へと駆け寄る。

ホームレスの男性が寝ていた。否、死んでいた。

三日三晩は夢に出そうな、目と口から血を大量に流す恐ろしい死に顔。

そして身体は著しく縮み、精気を根本から吸い尽くされているみたいに見えた。

 

『K・・・I・・・L』

 

まだ声が聞こえる。というより、声が次第に近づいてくる・・・・・・!

急いでベンチを囲むように円陣を組み、敵襲に備える。

だが、その行為にまるで意味はなかった。

 

月が陰り、一層木々が揺れる。まるで、何かを警告するかの如く。

頭上からそれが降ってきたと認識したその瞬間、隊員たちは皆全身に強い衝撃を感じ抵抗できないまま吹き飛ばされてしまう。

ある者は噴水に落ち、水飛沫を上げた。ある者は木に全身を打ち、ぐったりと動かなくなった。

 

そして、ある者は。

 

「江本・・・中村ぁ!?」

 

それに頭から貪り喰われ、物言わぬ死体と化した。

夥しい量の血を全身に浴びてなお愉悦の吐息を漏らすそれは、形こそ人の姿を取っているが、まるで人とは似つかない正しく異形の怪物。

全身に生える毛は野生動物のそれを彷彿とさせ、全体的に類人猿めいた風貌の怪物だ。

両腕の肘から先が膨張し、心臓のように脈動している。

 

「た、隊長!?あれ・・・」

「ありえねえ・・・。血を、吸収しているのか!?」

 

部下の隊員の呼びかけで怪物の身体に注目すると、およそ科学では説明できない現象が目の前で起こっている。

もっとも、舩森からすれば部下二名が怪物に喰い殺される事それ自体がファンタジーなのだが。

怪物の体毛を紅く濡らす部下の血液が怪物の身体に吸収されていく。

それに連動しているのか、腕の膨張した箇所がさらに脈動のペースを速める。

 

「クソッ!?動ける奴、撃てぇぇぇえぇぇ!!」

 

身体を起こした8名程の隊員が一斉に銃弾を発射し、季節外れの花火が咲いたようにさえ見えた。

しかし、すぐにその花火が燃え尽きる事となる。

怪物が視認できない程のスピードで急加速したかと思うと、一人の隊員の銃を持っている腕を掴むことで止める。

そして、腕に力を軽く込めると、隊員の腕がいとも容易く潰れ、そのショックで意識を失う。

乾いた音を立ててアサルトライフルが地面に落ちた。

 

それを号砲に怪物が再度疾駆し、二人の隊員をまとめてそのナイフのような鉤爪で串刺しにする。

彼らは自分が何をされたのか理解できないまま命を刈り取られてしまった。

背の高い方の隊員が首元に着けていたロケットペンダントが倒れた弾みに割れ、月光に照らされて僅かに中の家族写真が見えた。

彼が二人目の子供が生まれた、と嬉しそうに報告したのはつい先月のことだった。

 

「生きている奴ら、俺が囮になる!お前らは逃げろッ!!」

「隊長ッ!?」

「無理です、隊長を置いていくなど!」

「うるさい、俺には何もない・・・お前たちと、警察官であることしか!」

 

舩森は一瞬で自分が犠牲になる代わりに他の仲間を助ける選択を下した。

彼には失うものが何もない。親は既に死に、家族もいない。

警察官として平和のために奉職するのが彼の生き甲斐であった。

 

(これ以上部下を犠牲にしてなるものか・・・!俺が犠牲になれば、皆助かる!)

 

どこまで怪物相手に持ち堪えられるのか分からないが、たとえ手足を失ってでも食らいつく。

もう部下は誰も死なせない・・・!

 

だが、運命は彼を悲劇のヒーローにはしてくれなかった。

怪物は狡猾だった。

怪物は舩森には目もくれず、撤退を始めた部下たちを標的に定めたのである。

元気な敵より手負いの敵、悔しいほどに理に適っている。

やめろ、と。逃げろ、と叫ぶがもう遅い。

舩森の目の前で一方的な殺戮劇が上映された。それは、彼だけが見るショーだった。

 

背後から組み伏せられ頭蓋を叩き割られる田淵。

銃を奪われ逆に蜂の巣にされる大江。

大空にぶん投げられ重力に導かれるまま地面に墜落し潰れる広川。

頸を斬られそのまま砲弾として他の隊員を殺す羽目になった香椎。

 

「ぜ、全滅・・・!?」

 

気づけば、立っている隊員も逃げ延びた隊員もおらず、呆然と舩森が座り込んでいるのみとなっていた。

惨憺たる有様であった。怪物は隊員たちの亡骸をまるでより取り見取りのバイキングの如く食い散らかしてご満悦だ。

当然、舩森の事など眼中にない。ならばこれはまたとないチャンスだ。

 

「死ね、死ね、死ね・・・」

 

おおよそ警察官にあるまじき怨嗟の呟きが漏れる程に、今の舩森は殺気立っていた。

目の前の仲間を大勢殺して喰らう化け物を、絶対に生かしておけない。

たとえこの身がどうなろうと、地獄に落とす。

 

決意を固め、立ち上がった瞬間。

脇腹が焼けるように熱くなり、身を焦がすような痛みが全身を突き抜ける。

とてもではないが立っていられない。足が折れ、地面に倒れる。

地面に大量の血が流れ、舩森の意識が霞んでいく。

 

(何・・・だ・・・?)

 

最後の力を振り絞り、仰向けになる。腹部に視線を落とすと、何かが突き刺さっているのが分かる。

尖って、湾曲した硬質な何か・・・。

霞む頭で、舩森はそれが隊員の肋骨だと理解した。

肉を食って不要になった骨を彼に投擲したのか、と納得すると同時に気配を察知する能力の高さと、正確に標的に命中させる膂力に背筋が凍る。

 

(無理か・・・。人間には、化け物に勝つなんて・・・)

 

彼も、他の隊員同様に怪物の食糧になるのが避けられない運命か・・・。

抗おうにも、もうどこにも力が残っていない。

怪物にトドメを刺されるまでもなく、じきに大量出血で死んでしまうことだろう。

最早これまで。運命を受け入れ、その時を待つ。

 

『~♪』

 

笛の音。よく澄んで、一本の糸のように繊細な音色が聞こえてくる。

舩森はそれが天国に誘う天使の福音かとさえ思ったが、まだ彼は死んでいない。

確かに生きて、その光景を目撃している・・・。

 

影が辺りにさっと差したかと思うと、次の瞬間そこに十人程の人影が音もなく出現した。

ありえない。本当に夜の闇から人が湧いて出たかのようだ。

 

それは全身を黒い装束に身を包む謎の一団だ。そしてその中央に、女神のように美しい一人の少女の姿があった。

闇夜でありながらぼうっとシルエットが浮き上がる白い装束。まるで幽霊だ。

少女がその白い手を天にかざすと、暗雲が割れ雪がひらひらと舞ってくる。

それは神の御業か、それとも・・・?

 

少女の口が微かに動き何事かを呟くのだが、薄れゆく意識の中では聞き取ることもできない。

やがて少女の身体が眩い光に包まれ、そして・・・。

 

ここで舩森の意識は途切れている。

 

 

 

*******

 

「ね、ね!優月っち!?これ見た!?マジウケるよねこのニュース!」

「アイドルグループ『IMAGINE』の浦田の熱愛報道?」

「ちーがう!これ!ミーハーさんはこれだから・・・」

「あんたには言われたくないわよオカルトマニア」

 

放課後の教室、下らない話で盛り上がる少女たち。

どこにでもありふれた日常風景だ。そう、この瞬間までは。

 

優月と呼ばれた茶髪の少女は苦笑いを浮かべながら友人の見せる端末に視線を向ける。

案の定、この友人、亜里沙が好きそうなオカルト情報が満載の胡散臭いサイトだ。

この手のオカルト話にはとことん疎い優月からすれば別世界の話だ。

少なくとも彼女の人生観においては眉唾のオカルト話より芸能人のスキャンダルの方が何百倍も価値があるし、面白い。

 

「深夜の公園で警視庁の特殊部隊が・・・化け物に襲われて全滅ぅ!?急にリアリティなくなるね。化け物が強盗団とか殺し屋って書かれてるならまだ信じられるわ」

「いやこの日本で殺し屋は十分リアリティないと思うよ」

「うわそれ言えてるかも」

 

顔を見合わせてお腹を抱えて大笑い。何気ない日常風景、そしてそれこそが優月が欲しくてたまらなかったものだ。

普通の友人、普通の学校生活、普通の人生。波風は立たず、起伏は少ない。

水面を滑るようにするすると流れる人生。

 

「お二人は、魑魅魍魎・・・"魔物"の存在を信じますか?」

「あ、雪片さん」

「え、ウッソ雪片っちもオカルト話好きなの!?仲間じゃん!」

 

ある意味では普通の人生に紛れ込むノイズ。

淡雪のように白い髪の妖精のような可憐な少女。

瞳は翡翠を思わせる碧、すらりと長くしなやかな身体。

同性の優月が見ても目を奪われる圧倒的なプロポーション。

 

雪片白雪(ゆきひらしらゆき)。先月この菱川高校に転校してきた少女だ。

 

「そういえば帰り遅くない?いつもチャイムが鳴ったらすぐ帰るよね?」

「ええ。今日はちょっと用があったので、掃除を代わってもらって残っているのです」

 

見れば、白雪の手には箒が握られており、今日の掃除当番の生徒から代わってもらったのだと分かる。

儚くふと目を離したら消えてしまいそうな、文字通り雪のような少女がどんな用があって居残っているのか気にならないではないが、それを知る権利は優月にはない。もちろん亜里沙にもだ。

転校して一月が経つが、この白雪が誰かと親しく会話しているのを見た事がない。

そのオーラに圧倒されてか知らないが、皆が彼女をいないもののように扱っていた。

だからいきなり話しかけられて驚いた。

 

「そうなんだー。ってそういえば魑魅魍魎って?」

「聞いたことがありませんか?この世界に巣食う、此の世ならざる者たちの存在を」

「それって、このサイトの記事のこれ?」

 

亜里沙が先程見ていた特殊部隊が云々という記事を白雪に見せる。

それを見て、白雪は薄く笑みを浮かべた。

 

「都市伝説・・・。道聴塗説、街談巷説・・・ですか。幸せですね、知らないというのは」

「何それ?」

「失敬。それこそ此の世が平和という証なのでしょう。では私は忙しいので、これで」

 

箒をロッカーに収納し、一礼した白雪は教室を出ていった。

取り残された二人は顔を見合わせ、何だ何だと首を捻る。

会話になっていたようで、一方的に訳の分からない話を押し付けられていたかのような。

 

「雪片さんて、もしかして・・・」

「・・・電波系?何か、友達いない理由が分かった気がするわ」

 

失礼なことを言い合う華の女子高生二人。

でもお許し下さい神様、噂は乙女のビタミン剤なのです。

しかし楽しい時間もいつまでもは続かず、時計を見ると午後5時になろうかとしている。

学校が終わったのが3時30分だから、都合1時間半も話し込んでいた計算だ。

時刻に気づいた亜里沙が椅子から立ち上がって驚く。

 

「うわ、こんな時間!?やばっ、バイトに遅れちゃうよ!」

「まだ一週間なんだからクビになったらヤバイよー」

 

優月が意地悪くからかうと、亜里沙は頬を膨らませてむくれる。

亜里沙がぶんぶんと腕を振り回すのに合わせてトレードマークの金髪に染めたツインテールが揺れる。

 

「しゃーない、駅までダッシュだ!じゃね優月っち、また明日!」

「うん、また明日」

 

その明日がやって来る、そう信じて疑わなかった。

たとえ明日は必ず訪れるのだとしても、自分や、自分の大切な人がそこに辿り着く保証はどこにもないのに。

 

亜里沙が廊下に一歩足を踏み出すのと、時計が5時を示すのはまさに同時だった。

 

『e・・・a・・・t』

 

酷くくぐもった声がどこからか聞こえたかと思うと、不意に亜里沙の姿が浮いた。

何か長いものに絡めとられるかのように、一瞬で。

優月は恐怖で固まった。動けなかった。そしてそれが、命の分かれ目だった。

 

ゴキッ、と何かが折れるような嫌な音が聞こえた後、上の方から何かが落ちてくる。

黒いローファー。渋谷で買ったと自慢していた、亜里沙の物。

でもなぜ、こんな所に落ちているのだろうか。

 

「亜里沙?」

 

優月が廊下に出ると、そこはまるで知らない場所のようだった。

否、確かに見慣れた廊下のはずなのだが、何かがおかしい。

色彩がおかしくなったみたいに、床や窓、掲示物の色が全く別の色に変じ、壁には謎の模様めいたものがびっしりと書き込まれ、それらが不気味に蠢いているではないか。

黒い墨のようなものをぶちまけて描かれたそれは酷くアトランダムで、とてもではないが何を意味するものなのかまでは・・・。

 

(文字・・・?でも、これ・・・)

 

模様を注視しようとさらにもう一歩、優月が前に踏み出すと、一滴頬に何かの液体がかかる。

雨漏りだろうか、でも今日も昨日も雨は降っていないはずだが・・・。

その液体は頬を伝って、口の中に入ってくる。

 

(この、味・・・!?)

 

その味の正体を優月は知っていた。かつて嫌というほど味わったもの。

血液。それも、人間のもの。

 

「え・・・?」

 

思わず血が垂れてきた上の方、天井を見上げると、そこにはだらりと力なく四肢を投げ出し虚ろな目をした、亜里沙の姿があった。

天井を透過して垂れ下がる何かに身体を締め付けられ、時折その華奢な身体がビク、ビク、と痙攣している。それと連動して口紅の塗られた唇から血を定期的に吐き出しているのだ。

 

「あ、あ・・・あ・・・」

 

どう見てもこれは、生きていないことは明らかで。それを感覚的に悟ってしまって。

優月は思わず叫んでいた。

 

「う、うわぁぁっぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

*******

 

「・・・色が変わり、結界が張られた・・・。始まったようですね」

 

制服姿の少女───雪片白雪はそう呟く。

 

世界がざわめき、悲鳴を挙げながらそのあるべき形が歪んでいく。

既にそこは彼女のいる場所ではなく、此の世ならざる者たちの跋扈する巣窟だ。

壁には爬虫類の鱗の如くびっしり書き込まれた意味成す言葉。

間違いない、"奴ら"が動き始めたのだ。

 

不意に、彼女の両耳に着けられているイヤリングから軽薄な声が聞こえてきた。

これは彼女が潜入するに辺り『組織』が発明した小型通信機だ。

左耳の方は受信機で、右耳側が受話器だ。

『学校で怪しまれないように作るの大変だったんだから壊したら殺す』との開発者からの大変ありがたいお墨付きである。

 

それはともかく、相変わらずハイテンションな男だ。白雪はうんざりしながら通話に応じる。

もっとも、無視しても彼は延々と一人で話し続けただろうが。

 

『やあ《姫》。ご機嫌はいかがかな?』

「下らないことを。本題に入りなさい」

『今日はご機嫌斜めなのかい?お望みとあらば抱いてやってもいいんだぜ』

「切りますよ」

 

男は口笛を吹いた。もっとも下手すぎて吐息が漏れているだけだったが。

この男は腕だけは立つのにどうしてこうも軽薄なのか、と白雪が一言文句を言ってやろうと口を開きかけたまさにその時。

 

『う、うわぁぁっぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』

 

文字通り世界そのものを震わせるような絶叫に、白雪は身構える。

この声は恐らく同じクラスの『病葉 優月』、黒髪で背の低い女子生徒のもの。

白雪は電話の向こうの男に催促をする。

 

「榊」

『僕様からも聞こえた。今《鏡》に探させている。クソッ、間に合わなかったか』

 

男──榊の悔しそうな声が滲む。もう軽薄な雰囲気はどこにもなく、そこにあるのは無辜の民を守り魔なる物たちを祓う一人の《刀》としての慚愧だけだ。

 

「犠牲は覚悟の上です。どんなに努力しても取りこぼす命はある。あなたも私も知っているはずです。命の重さは同じでも、決して平等などではないことを」

 

そうだ。愛する者が自分を置いて死ぬこともあれば、自分が誰かを置き去りにして死ぬこともある。そんな不条理が道理となって出来上がっているのがこの世界だ。

世に絶対はない、はずなのに人は絶対死ぬ。最悪なことに自分の命の終わりを決めるのは大抵の場合自分ではないこと。

生も死も選べないのだとしたら、人は何故生きていくのだろう・・・?

 

ややあって、榊の声が再び聞こえてきた。

とはいえ、彼自身が情報を調べて伝えているのではない。彼に《鏡》の才能はなく、専門の者が把握した事を彼が口伝で伝えているだけだ。

 

『出た。この下の階、突き当り。《姫》の通う教室のすぐ側だ』

「感謝します。では、これで」

『ご武運を』

 

榊の激励になど耳を貸さず、白雪は廊下を走り出した。

早く、速く、疾く・・・。

鍛えた脚力に物を言わせて廊下を滑るように走り抜ける。

階段まで行くのももどかしく、手近な教室の窓ガラスを破砕し柱を伝って階下へ。

履いたパンプスの先端には小型の刃が隠されており、それを利用してさらにもう一度窓ガラスを貫き、目的の教室まで一瞬の内に辿り着く。

 

ガラス片に怯むことなく手をついて床に着地し、廊下に出る。

遅かった・・・。既に『小倉 亜里沙』は息絶えてしまっている。

 

が、最悪ではない。

 

床に尻もちをついて呆然自失となっていながらも、優月は生きている。

途方に暮れる彼女の前に移動し、薄く微笑む。

 

「病葉 優月。無事で何よりです」

「え・・・?雪片、さん・・・?」

 

顔を上げて白雪をぼんやりと見る優月の瞳の色が次々と変わっていく。

そこには何パターンもの感情が文字となって浮かんでは消えている。

それを感知、認識する異能が白雪には呪いのように備わっているのだった。

 

絶望、悲嘆、困惑、恐怖、そして危機。

 

(どうして白雪がここにいるのか、とでも思っているのでしょうね・・・)

 

危機。その文字を彼女の茶色い瞳から読み取った時、白雪は咄嗟に優月を教室の中に蹴り飛ばしドアを勢いよく閉めた。

彼女自身は気づいていなくても、人間に生来備わった本能は危機を告げているのだ。

 

『c・・・r・・・u・・・』

 

直後、何らかの質量体が先程まで二人のいた位置を攻撃し、身代わりになった扉が吹き飛ばされて宙を舞い、窓ガラスを割って地面まで落ちていく。

瞬時に動かなければ、自分たちも亜里沙に続いて冥途の住民となっていたことだろう。

 

(この娘の"瞳"・・・。珍しい)

 

ここまで感覚が鋭敏な人間も珍しい。少なくとも自分以外で見た事が白雪にはない。

が、個人的探究心は己を殺す毒薬だ。

優月に机の下に隠れるように言い含め、掃除ロッカー目がけて走る。

中から箒を取り出し、手に馴染ませる。

 

「雪片さん?何を・・・」

「心配いりません。この私にお任せを」

 

そう言うと、白雪はスカートのポケットから将棋の駒のような形状の物体を取り出した。

それは黒色で、中に刻まれた文字、『装』の部分だけが乳白色に染められている。

白雪がその駒に刻まれた文字の部分、『コトダマスイッチ』を押し込む。

すると、一瞬にして白雪の姿が制服姿から全身が白い、袴と着物の中間のような装いに変わる。

頬はほんのりと色づき、唇には朱。白い長髪は自然と纏められてお団子に。

 

「嘘・・・何、これ?」

 

優月は目の前で起こる出来事ははたして現実なのかと疑った。

しかし、口の中に未だに残る亜里沙の血の味が現実なのだと告げている。

早着替えなどという次元ではない。見た目まで変わっている。

 

「あっ・・・危ないっ」

 

白雪を襲おうとして、ようやく襲撃者の姿が見えてきた。

それは一本の太い触手だ。蚯蚓のようにブヨブヨとして、粘性の液体を帯びて夕焼けにてらてらと光っている。

それが白雪を亜里沙同様に殺さんと迫ってくる・・・!

白雪は死ぬかもしれない、という状況なのに全く動揺していない。

それどころか、一本の使い古された箒を構えてそれで対抗する腹積もりらしかった。

 

言うまでもなく、自殺行為だ。

 

「無茶だよ、逃げてッ!?」

 

また目の前で人が死ぬ。その恐怖が思い起こされ、半狂乱になって優月は叫んだ。

白雪は何も言わず、薄く微笑んでいるだけ。

いや、それだけではない。彼女の羽織る袴の腰に着けられたポーチから先程とはまた別の赤色の駒を取り出し、スイッチを押し込む。

それと同時に触手が白雪に襲い掛かり、その衝撃で床まで抉れたのか砂埃が舞い上がる。

 

「雪片、さん・・・!?嘘」

 

ボトッ、と何かが落ちる鈍い音。

煙が晴れ、そこには半ばから両断されて痙攣するようにのたうつ触手と、一振りの刀を振り抜いた体勢で静止する白雪の姿があった。

 

「刀・・・?でも、何か変」

 

純粋な日本刀とは何か違う。優月は直感でそう思った。

刀身は薄く、されど優美。よく手入れがなされているのか白銀に煌めいている。

鍔の部分は何やら複雑な形状となっており、何かをはめ込むような凹凸が目に付く。

 

いや、それよりも────。

 

「斬ったぁっ!?」

 

優月は驚きのあまり素っ頓狂な調子で叫んでいた。だって、ありえない。

箒が刀に変わったばかりか、あまつさえそれで化け物を斬り倒すとは。

 

「ど、どういう事!?その変な刀の力!?」

「ほう、変と言いますと?」

「何か、刃の所にぐにゃぐにゃっとした物が動いてる!あっちの廊下の壁みたいに!」

「・・・!?あなたは、"視える”のですね・・・。『コトダマ』が」

 

白雪の顔色が変わり、一瞬だけ怯むような素振りを見せたが、すぐに切り替えると薄く笑んで赤い駒を手の中で弄ぶ。

 

「これはコトダマ、文字に込められた『意味』を形に落とし込んだもの。例えばこれ、刻印された文字は"刀"。棒状の物を私が持ち、これを押すと物体の情報が書き換えられてそこにコトダマに刻まれた『意味』、『長く、鋭く、斬る』が書き加えられる。だから、箒は刀になった」

「分からん・・・」

 

よく分からないが、凄い技術だということは伝わった。国語の成績が3もあるお陰だ。

 

「何だよお前ら!?俺を無視するなよな!」

「蚯蚓が喋った!?」

 

斬られた触手と、天井から落ちて来た残りの物体が融合して人型の怪人へと変わる。

それは理科室にある人体模型を彷彿とさせる、肉と皮しかない悍ましい怪人だ。

そしてスカーフやコートのように触手が身体に巻き付いている。

何より最も驚くべきことに、人間の言葉を喋っている。

対して白雪は少しも驚かず、それどころか感心した素振りさえ見せていた。

 

「"人"の術式を使えるのですね、驚きました。あなたのような低レベルな言魔(コトマ)では"界”の術が精一杯かと・・・。侮ってしまい申し訳ございません」

「煽り出した!?」

 

優月は白雪が毒舌なことにも驚いたが、それ以前にこんな化け物を本気で怒らせかねない暴言を吐く行為そのものに動揺を隠せない。

こんな怪物を怒らせてしまったら、まず間違いなく殺される。正気とは思えない。

やはりこの雪片 白雪という少女は、どこかおかしい。

 

「何だと!?舐めるなよ雌!さっきのマズい雌で俺は怒ってるんだからな、代わりにお前をはらわた引きずり出して喰ってやるよ!」

 

筋肉質な腕に力を漲らせて、怪人が唸る。どう見ても憤怒しているようにしか見えない。

先の煽りが完全に裏目に出ているではないか、と白雪を睨む。

 

「不可能ですよ。これから祓われる者に」

 

しかし、白雪はあくまで余裕を崩さない。

業を煮やした怪人が白雪に飛びかかろうとするが、機先を制した白雪が流麗な動作で手の中の『刀コトダマ』を怪人の顔目がけて投げつける。

怪人が慌てて目を庇って隙を生んだその合間に、新しく白雪が反対のポーチから白一色の駒を取り出す。

 

刻印は、"変"。

 

そのスイッチを押すと、音もなく白雪の細い腰にベルトが装着される。

石盤のようなのっぺりとした鉛色のバックルと、右の腰に接続された新しいポーチ。

左の腰から提げられた小型のハンマーを白雪が取り外し、バックルを一度叩く。

 

その弾みでポーチの蓋が空き、中から水色の駒が飛び出してきた。

白雪はそれを押し込む。すると、不思議な声が聞こえてくるではないか。

 

《冷たい、氷》

 

駒を口元まで持ってきて、一度それをふーっと吹く。

次の瞬間、冬でもないのに白雪の、優月の吐息が白く染まり、教室が霜で覆われていく。

まるで白雪を中心に冷気が放出されているとでもいるかのように。

 

「あれっ!?何だこれ、動けねえ!?」

 

怪人の脚は霜の広がりがさらに酷く、地面と脚が凍り付いて完全に一体化してしまっている。

これなら当分動けそうにはなく、逃げるなら今の内だ。

 

「動くな、病葉 優月。これから始まるのは神聖な儀式。邪魔立ては許さない」

「・・・っ!?」

 

絶対零度の視線を向けられ本能で危機を感じた優月はこくこくと頷く。

そんな彼女に見向きもせず、白雪は水色の駒、『氷コトダマ』を鉛色のバックルの溝にセットする。

そしてその隣にはいつの間にか彼女の手元に戻ってきている赤い『刀コトダマ』をセット。

手に持ったハンマーで軽く石盤状のバックル、『ヤイババックル』を叩く。

 

細い、高い、澄んだ音。そして世界を震わせる威厳に満ちた白雪の一言。

神聖で荘厳、喪われた命を想い、これから産まれゆく命を想い、そして今から断ち切られる命を想い、紡がれる祝詞。

 

「変身」

 

《氷と刀 絶対零度の白刃の閃き!》

 

白雪の身体が徐々に氷に閉ざされていき、それに呼応するように白雪が握りしめる刀状の装具『コトダマトウ』の刀身が水色に染まる。

氷が少しずつ溶け、鎧となって白雪の身体を覆う。

”変”のコトダマがその意味を解放し、白雪の身体はコトダマに内包された衣装に自動的に身を包む。

巫女装束を思わせる白衣、動きやすいよう丈が詰められた緋袴ならぬ水色の蒼袴、そしてその上を鎧う純度の高い氷。

雪の結晶と刀が交差したようなデザインのバイザーに赤い燈が灯る。

 

「生命の守護者、魔なる者を祓う者。秘密結社《(はらえ)》当代《姫》、仮面ライダー刀刃(やいば)、参ります」

「クソッ!?ただの雌じゃねえと思えばよりにもよって『同族殺し』かよ!?」

 

氷漬けから回復したらしい怪人が喚く。

そう、白雪────真名を仮面ライダー刀刃は彼ら魍魎の類、言魔(ことま)を狩る戦士。

あらゆる生とし生けるものを愛し、それらを喰らう言魔に断罪の白刃を振るう者。

 

「今からあなたを斬ります。さあ、平伏なさい」

「誰が!?てめえをヤッて俺はビッグになるんだよ!『あの方々』のようになぁ」

 

怪人は一度景気づけに両の拳を打ち合わせると、猛然と刀刃に突進してくる。

それを迎え撃つのが仮面ライダー刀刃・氷刀だ。

刀を水平に構え、怪人の振り下ろす拳をその刃で受け流し、返す刀で腹直筋に相当するであろう場所を深く切り裂く。

 

言魔は生物であって生物でない超常的な存在ゆえ、傷を負っても噴き出す物は鮮血ではなく、自身を構成するコトダマの意味だ。

もっとも、致命傷を負わない限りは傷が瞬く間に再生するのだが・・・。

 

「ぐああっ、傷が治らねえ!?何でだ、俺はさっき人間を喰ったのに!?」

 

斬られた苦痛が消えないばかりか腹の傷さえ癒えないことに愕然とする怪人。

言魔は本来なら苦痛さえ感じない生物だが、"人"の術で人型を取った際自身に"人"の持つ『話す、歩く、感じる』の意味を自身の核に書き加えているため痛みを感じてしまうのだ。

 

「この氷刀の持つ特性は『凍てつく、斬る』。傷口が瞬時に凍結し、修復を妨害する」

「ぐあっ・・・ありかよ!?畜生!!」

 

これ以上傷を負わないために怪人は距離を取り、全身に絡みつく触手で対抗するつもりだ。

触手は分裂し、幾重にも分かれて別個で襲ってくる。

当然その全てを刀一本で捌くことは難しい。だから、刀刃は地の利を生かすことにした。

 

「ここは学び舎、人の営みが行われる場所。その利は私たちに恩恵を与える」

 

一番最初に接近した触手は刀で斬り捨て、二撃目は姿勢を低くし机を盾にして防ぐ。

机が砕けるのと同時に刀刃が跳躍し、床を転がって直撃を避けながらも少しずつ距離を詰めていく。机と椅子を蹴り飛ばし、咄嗟に怪人は触手でそれを迎撃する。

 

刀刃はそれを狙っていた。怪人の視界は触手と机、椅子で埋め尽くされて刀刃の姿は見えなくなる。その間に黄色い駒、『速コトダマ』を取り出し、バックルに収まっている刀コトダマと取り換える。

瞬間、眩く刀刃の身体が発光し、新たな姿に変わっている。

 

《氷と速さ 絶対零度の疾風!》

 

足回りの装甲が消え、首に紅いマフラーを巻いたその姿は刀刃・氷速。

刀刃が床を踏み込むのと怪人が胸を裂かれて黒板に激突する音が同時に聞こえた。

『凍てつく、速い』、その真価は地面を滑るように、かつ爆発的な速度で加速する能力だ。

"人"の術の練度が低く目を十分に使いこなせていない怪人には決して刀刃の姿を追うこともできず、その残像を倒そうとあらぬ所を攻撃するばかり。

 

「しいっ!!」

 

独楽のように回転した刀刃が刀を引き、全ての触手を断ち切った。

腹と胸に負った傷のせいで回復力が失せ、触手は遅々とした速度でしか回復されない。

最早こうなっては、怪人になす術もないかと思われた・・・

 

・・・が。

 

「クソッ!?こうなったらてめえを喰って回復してやる!」

 

机の下に隠れていた優月を喰おうと接近する怪人、しかし怪人はどれだけ突進しても優月に触れられない。そして、気づく。

怪人と優月とを隔てる壁の存在に。

 

「そうはさせません」

 

刀刃の操る刀、コトダマトウにはベルト同様コトダマをセットするスロットがあり、コトダマを装填してその意味を刀に付与できる。

今回刀刃が使ったコトダマは"壁"。刀を刺した延長線上に不可視の壁を生成し、攻撃を防いでいるという仕組みだ。

 

「クソッ!?ああっ!?」

「さあ、終焉です」

 

コトダマトウに緑色のコトダマ、"殺”をセット、同時にバックルをハンマーで叩き、必殺技を発動させる。再度刀刃を起点に氷の世界が広がり、怪人が間抜けな体勢のまま静止する。

そこに一陣の氷の風と化した刀刃が必殺の一撃を叩きこむ。

 

《氷・速・殺 氷華満面・疾風殺》

 

氷漬けの身体ごと両断された怪人は自分に何が起きたかも理解することなく、跡形もなく消滅した。

言魔は身体に核を持ち、そこに自身の持つコトダマ、文字を刻んでいる。そこを破壊されれば自身を構成する”意味”を失い、塵に還るのだ。

 

意味を持って暴れるコトダマを意味のない無に帰すこと、それが彼女、仮面ライダー刀刃の使命だ。

 

「どうしてよ!?」

 

使命を終えて一息ついた刀刃の耳に、優月の絶叫が聞こえた。

冷静になって、亜里沙が死んだことを認識してしまったのだろう。

優月の顔は悲しみとも、怒りとも取れる表情で、涙に隠れて瞳の文字を読むことはできない。

 

「強いんだったらさ、戦えるんだったらさ!?亜里沙を助けられたでしょ!?」

「不可能です。今日あなたたちのどちらか、あるいは両方が死ぬことは決まっていました。そういうものです、運命とは」

「何それ!?あんた何者よ!?転校生ってのも本当は嘘なの!?」

「ご名答。私はこの学校に巣食う言魔を狩るために派遣されました。低級のくせに小賢しいせいで一月も狩るのに時間がかかってしまいましたが」

 

刀刃は冷徹、事務的に優月の批判をいなしていく。まるで手馴れていると言わんばかりに。

 

「あなたは憎いですか?友人を殺した言魔が」

「憎いに決まっているじゃない!?私の大切な友達を殺した化け物が」

 

刀刃はじっと、試すような目で優月を見る。その迫力に圧され、優月は怯んだ。

そして彼女はゆっくりと言った。

 

「もしあなたが、彼らと戦いたいと願うのなら・・・私に着いてきなさい」

 

それが、始まりの日。

優月の日常が終わり、残酷で凄惨な非日常の始まりだった。




言魔図鑑 No.1 蚯蚓言魔

術:"人”、”界”
危険度:1(五段階評価)
”蚯”のコトダマから発生した言魔。性格は直情的かつ短絡的、まだ誕生して間もないため人型を取る術”人”も上手く操れない。触手は斬られても再生するが、受けたダメージが大きいとそちらの傷が優先して回復されるため長期戦に持ち込めば自ずと勝機は見えてくるだろう。
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