痛い。一気に血を失ってそのまま意識を手放してしまいそうだ。
苦痛のあまり逆に悲鳴さえ出てこず、苦悶で吐息が荒く、感覚が短くなる。
それでも絶対、こいつを殺す。
優月が睨む敵は彼女よりも遥かに上背が高く、腕一本で優月の身体ほどありそうな筋骨隆々たる牛の言魔だ。口を利けないのかはたまた会話に興味がないのか、牛言魔はただ鼻息荒く突っ込んでくるだけだ。
以前なら難なく躱せたその単調な攻撃でさえ、片腕を失い体重のバランスが崩れる+大量出血で余裕を持って回避することができず無様に地面に転がる形で辛うじて逃れられた。
しかし、ここで優月は残っていた自身の気力体力を使い果たしてしまった。
疲労と消耗で動けない優月を片手で牛言魔が頭を掴んで持ち上げる。
抵抗しようにも刀は剛腕を受けたせいで折られてしまい、最早なす術がない。
「が・・・は・・・ぐ」
クシャッ、と新聞紙を丸めるように優月の頭に力が加えられ、呆気なく頭蓋が割れて辺りに脳髄をぶちまけてしまう。急すぎて恨み言を残す暇さえない。
優月は死んだ。
第弐話『秘密結社《祓》』
「ひゅーっ!ナイスデッド!いやー流石優月ちゃん無様な死にっぷり!惚れ惚れしちゃうわ」
「ッ・・・!?は、は、はーっ。生きてる・・・?」
「うーん、私の術式が強すぎたかな?”夢”を見ているだけなのにねぇ」
ガバッ、と悪夢から覚めるように飛び起きた優月は、ズキズキ痛む頭を左右に振り、現実への復帰を果たす。そう、自分は本当に死んだ訳ではない。
横たわっているベッドのシーツが自分の汗で湿っている感触にさえ安堵感を覚える。
このケラケラと笑う悪魔のような露出過多な女性、名は《祓》武具開発部長『三原 晶子』。
性格は間違いなく破綻しているが術の腕と物づくりの腕だけは間違いなく本物だ。
もっとも、倫理観という概念がないため《祓》下級戦闘員を新武器や術の実験台にしようとするいかれた人物なのに変わりはない。
エキセントリックなのは何もその言動だけに留まらず、服装もだ。何と薄汚れた白衣の下には何も身に着けていない。
『私レベルになると服なんかいらないのよねえ』と彼女は公言して憚らないほどだ。
「凄いリアルでしょ?私の開発したこのヘッドギア」
「本当に・・・。痛みも、死ぬことも・・・」
晶子は自分が開発したヘッドギア型のマシンの銀色のボディを愛おしそうに撫でる。
これは《祓》の新入りの基礎訓練用に用いられるもので、『夢コトダマ』をセットしてこれを装着して眠ると夢の中で本当に戦っているかのように訓練を行えるという代物だ。
夢の内容はモニターで観察している晶子が自由に書き換えることができ、右も左も分からない新入りにはとても勝ち目のないような強力な言魔を出して新入りが苦しむのを見て嘲笑うのが晶子のストレス解消法である。
・・・そのストレス解消に付き合わされるこちらの身にもなってほしい。
「でもさ、リアルに腕とか足がなくなったら死ぬしかないからね?それくらいスリルがないとコトダマの力もモノにできないぞ」
「コトダマって、全然よく分からないんですけど。何がどうなっているのか・・・」
「それなら、彼に聞いてみた方がいいんじゃない?身体に教えてくれるかもよ」
晶子はそう言うと、タバコを吹かして椅子に座ったまま足の組み方を変える。
当然、白衣の下は全裸なので足を動かす際に鼠径部が丸見えになっている。
同性である優月は特に何も感じないが、今晶子のラボに入ってきた男性には目の毒な光景ではないのだろうか。
晶子の挑発的な笑みを見れば、それが意図的なものだと分かる。
「よしてくれよ、晶子。僕様は《姫》にしか興味がないんだ。だから品性の欠片もない恰好をしている君を見ても何とも思わないよ?」
「つまんない男。新入りくんは簡単にあそこをギンギンにするってぇ言うのに」
「じゃあ行こうか、優月くん。姫がお待ちだ」
入ってきたのは背が高く、アイドルのように整った容姿の黒髪の男。
ただファッションセンスは独特で、和服の上からアロハシャツを着ていて、ブーツを履いている。
日本なのかハワイなのか外国なのか統一感のなさが、彼という風のようにつかみどころのない性格を端的に表しているといえるだろう。
名前は『榊
どういう訳かは知らないが《姫》、雪片白雪にやたらとちょっかいをかけては軽くあしらわれている。
優月は榊に連れられるままに晶子のラボから出て、《祓》本部の薄暗く、長く入り組んだ通路を歩く。まるで迷宮だ、と優月は思った。
そう、ここは人類を守り、悪しき言魔を駆逐するために秘密裏に活動する結社《祓》の本拠地だ。
あの惨劇から一週間。優月は、正式に《祓》の《刀》見習いとしての修行を開始していた。
*******
「亜里沙・・・?」
眼球、右腕、左足の薬指、何本かの歯。
結界を張っていた怪人が祓われ、世界はあるべき姿を取り戻した。
しかし、その世界に亜里沙は戻ってはこなかぅた・・・。
血だまりの中に、ぷかぷかと先に述べた人間の残骸が浮かんでいるのを見て、優月は吐いた。
亜里沙と一緒に食べたお弁当の中身だ、と認識してさらにまたえずく。
ついさっきまで元気だったはずなのに、たったこれしか遺らないのか・・・。
やるせなさに打ちひしがれる優月とは対照的に亜里沙だったものを無感動に見下ろして、白雪が呟いた。
「これらはあの言魔の口に合わなかったようですね。化け物が一丁前に選り好みをするなんて分不相応ですが」
「言魔・・・?あの、化け物のこと・・・?」
「ええ、あれらは闇に紛れて人を喰らう魑魅魍魎の化生、体内にコトダマを宿し、成長する異能の存在。その名を言魔。私
「たち・・・?」
そのフレーズが優月の耳に引っかかった。
自分も仲間にならないか、と持ち掛けてきたことを踏まえているのか、それとも・・・。
白雪が手を打ち鳴らすと、どこからか黒い装束に身を包み、顔もフードを被って隠した奇怪な一団がどこからともなく現れた。
というより、窓やドア、消火器などから伸びる”影”から飛び出てきたようにしか見えず、優月は混乱する。
「祓いなさい」
「御意」
白雪が黒服に指示を出すと、彼らは一礼し亜里沙の残骸の所に駆け寄る。
何をするつもりだ・・・?と亜里沙が困惑する目の前で、それは起きた。
黒服が一斉に赤い駒───先刻白雪が使用していたものと同じらしき物────のスイッチを押す。すると、信じられないことに彼らの手から真紅の炎が現れ、亜里沙の遺骸と撒き散らした血を一滴残らず焼いていくではないか。
「ちょっと、やめて!?何をしているの!」
亜里沙が焼かれてしまう。ただでさえ死体もろくに残っていないのに、これ以上消されたら亜里沙が生きた痕跡が残らなくなってしまう────。
そんな焦燥に駆られ、慌てて優月は白雪に詰め寄り黒服に止めるよう指示を出してもらおうとした。白雪の命令に従っている以上、高官の彼女が節を曲げれば黒服も手を出さないと思ってのことだった。
「見ての通り、死体を焼いています」
「それは見れば分かるよ!?何でこんなことをするのって聞いてるんだけど!」
「彼女が
「え・・・?」
優月はさらに混乱の渦に叩き落とされる。脳が理解を拒んでいるのを感じる。
どういうことだ?亜里沙が、あの人喰いの化け物になる・・・?
「古来より”火”、”炎”は神聖なものと見なされています。死者を焼くのも、悪霊と化すのを防ぐ呪術的な側面があったとあなたも聞いたことがない訳ではないでしょう」
「ない!」
「・・・とにかく、あのままあれを放置すると彼女の残留思念が”恨”や”怨”のコトダマと化したり、別のコトダマの餌となるかもしれないのです。報われない魂ほど、恐ろしいものはありません。だから、焼き浄めるしかない。ご理解いただけますね」
「・・・・・・」
理解できない。できるはずがない。いっぺんに色々な事が起きて、この世界の裏側をいきなり見せられて。もう少し心の準備をさせてくれたっていいじゃないか。
「彼らは《影》。実働部隊として戦う《刀》と異なり戦闘能力は持ちませんが、こうして周囲の浄化を行う者たちです。そして私は、仮面ライダー刀刃として戦う者。我々は世界の裏に潜み、人類を陰から守護する者たち。その名は《祓》。病葉 葉月。決断しなさい、刀を取ることを選ぶか、何も知らなかったふりをして日常に戻るか」
決断。決めること。誰に言われるでもなく、自分の意志で選ぶこと。
知ってしまったら、知らなかった昔には戻れない。一度血に塗れれば、もう日常に戻ることなんてできそうにない。
けれど・・・。自分のことは自分で決めなくちゃいけないし、どんなに辛くても明日が来る以上、この命が尽きるまで歩いていくしかない。
『明日の自分を創るのは、今日の自分だよ』
耳元で聞こえる、懐かしい言葉。いつも背中を押してくれる、勇気の言葉。
少し考えて、優月は顔を上げる。覚悟の決まった目で、白雪をじっと見る。
「あなたのことはまだ許せない・・・。でも、それ以上にあの化け物たちが許せない。あいつらを殺す力が手に入るなら、私は刀を取る道を選ぶ!」
「良いでしょう、さあ、手を」
「へ・・・?」
戸惑いながら、優月は白雪の手を握る。不思議と温かさより先に冷たさを感じた。
白雪が黄色のコトダマ『跳コトダマ』のスイッチを押すと、身体が浮遊感に包まれる。
浮いた、そう思った次の瞬間強烈な重力を感じ、全身で地面に落下。
白雪は平然と立っている。悔しいが慣れているようだった。
「え・・・?どこ、ここ・・・!?」
そこはもう、学校でも家でもない、それどころかこの世界なのかすら疑わしい場所だった。
天井がとても高く、信じられないことにその天井にも地面があり、建物があり、人が歩いている。優月から見れば上下逆さまの世界が、そこには広がっていた。
照明がどこにもないので空間そのものが薄暗いのだが、不思議とどこに何があるのかが分かるくらいの明度はある。
そして手近な壁に刻まれる、交差する筆と刀の紋様。
白雪は言った。
「ようこそ、《祓》へ」
*******
「クソッ、今日こそはお宝を見つけるぞ・・・」
梟が嘶く深夜。薄く靄がたなびく池の水面の近くに、スコップを持った男性が訪れていた。
彼は小太りの中年で、額に脂汗を浮かべながら池の側の土をせっせと掘り返している。
誰かが見れば死体でも埋めようとしている不審者にすら見えかねないが、彼はむしろその真逆だ、と自負していた。
「あるはずなんだ・・・!ここに、埋蔵金が!」
とある県、某所。ここはかつて名の知れた戦国武将の領地で、ちょうどこの池の側に居城を構えていたと文献に記述が残されている。
しかし戦国乱世の世は弱肉強食、戦に敗れた彼は城の中で自害し、城に火を放った。
だが、どこにも私財は見つからなかったのだ。
敵兵が燃えカスとなった城をいくら探しても、金銀財宝の類は出てこなかった。
捕虜となっていた将はこう語った。
『お館様の財宝は皆池の側に隠した』と。
だが、どこを掘り返しても宝の山は出てこない。結局財宝は幻だったとして歴史から姿を消し、今では公園の一部となっている。
しかし、その幻を追い求めて今なおトレジャーハンターたちが密かに訪れ、財宝を手に入れようとしている・・・。
「クソー、部長め。よくも俺を馬鹿にしたなぁ。一攫千金を掴んで会社なんか辞めてやる」
上司への恨み言を吐きながら、男は一心不乱にスコップで地面を掘り返していく。
他のトレジャーハンターたちに鉢合わせないためにわざわざ深夜にやって来たのだ。
そのお陰で他の人影はどこにも見当たらない。
「こっちか・・・?」
どうも見当違いの方向を掘っている気がしてならず場所を変えようとしたその時、男の耳にフルル、と何かが鳴く声が聞こえてきた。
それも、池の方からだ。振り向くと、そこに広がっているのは凪いだ黒い水面だ。
池というのに湖と見紛うほどに大きく、実際深さもかなりのものらしく死亡事故も例年夏場には後を絶たないと聞いたことがある。
何故かそちらに吸い寄せられるように男は歩いていった。
「ん・・・?何だ、これ」
水際と草地の境目に何かがキラリと光っている。男は小判の類かと思い、急いで走る。
草をかき分けて、水の中に手を突っ込む。突っ込んで、すぐに手を引き抜く。
恐ろしいくらい水温が低い。冬でもないにも関わらず。
が、そんな疑問は目先の金銭欲と物欲の前では棚上げされてしまう。
再度手を水面に入れ、光るものを引き上げた。
「チッ、何だぁスコップかよ。宝じゃねえのか」
男は不思議に思わなかった。何故こんな中にスコップが落ちているのかということを。
それに気づいて急いで立ち去っていれば、あるいは助かったのかもしれない。
突如水面がボコボコと泡立ち、そこから手が伸びてきた。
「うわっ!?何だこいつ・・・!?」
その手は男の手を掴み、池の中へと引きずり込もうとしている。
男はパニックに陥りながらももう片方の手でスコップを振り回し、謎の腕を叩く。
しかし一向に拘束は解かれず、それどころかますます男の腕を掴む力が強くなるばかり。
そしてついに、男が力負けし池の中に身体が沈んでいく。
「・・・・・・・!!」
男が最後に目にしたのは、池の底に堆積する無数の頭蓋骨と自分の眼前で大口を開ける怪人の姿だった・・・。
*******
「よくいらっしゃいましたね、優月さん」
「あんた、私に何の用?」
榊の案内で通された部屋には、白雪ともう一人の女性が既にいて、優月の到着を待っているようであった。
にこやかに白雪に笑いかけられ、彼女は白雪を睨む。
とてもではないが、この女のことを一朝一夕に許すことはできないと優月は感じていた。
彼女がもっと早く助けにきてくれていれば、とそれが筋違いな怒りであることは自分でも理解していたが、それを納得して割り切るには優月にとって亜里沙の存在は大きすぎた。
優月は今まで友達というものができたことがなかった。初めてできた友人が亜里沙だったのだ。
不思議と彼女になら自分を正直に出すことができた。
「予定より5分12秒の遅刻です。もっと早く連れてくるように、榊」
「酷いなあ。文句なら晶子に言ってくれよ?こっちは優月くんをあの女狐から助け出すのに必死だったんだからさ」
「関係ありません。この遅刻が戦場なら仲間が、民間人が死んでいることでしょう」
「おお怖い。僕様は忙しいんでね、じゃあ姫、また会おう」
案内人を務めてくれた榊に一礼し、部屋から出ていくのを見守る。
軽薄だし飄々として掴めない人物だが、悪い人ではないと思う。
榊とやり合っていた眼鏡の女性は目で着席するよう優月に言っている。
こちらも怒られては困るので大人しく白雪の隣に座った。
「集まりましたね。雪片、病葉」
痩身の女性は眼鏡のブリッジを小指で押し上げると、こちらを睨むように見る。
しかしそれは比喩で、彼女が睨んでいるように見えるのは彼女の瞼に付いた傷のせいだと後で白雪が教えてくれた。
彼女は『藤林 美玲』、《祓》作戦責任者を務める組織の中でも十指に入る役職の女性だ。
《祓》は古来から日本の暗部で組織されてきた、影の秘密結社である。
その始まりは平安時代か奈良時代か判然としないが、漢字や仮名文字という概念が日本に根付き始めた頃から既に存在していたのは確実視されている。
始まりは陰陽師系の神職の者たちが設立したと記述されており、現代に至るまで形を変えながらも人類を脅かす言魔を祓うために活動を続けている。
《祓》の組織は徹底した秘密主義が原則であり、成員が組織の事を口外するのは決して許されず、本部の位置や組織の活動方針を決める三人の長老の所在地に至るまで全てが秘匿事項だ。
《祓》の内部構造自体は単純で、言魔を狩る実働部隊の《刀》、裏方の《影》、各地に常駐して言魔の発生や消息を探査する《鏡》、装備の開発や修復を行う《槌》の四つである。
《刀》に任務を命じる作戦指揮官の役割を担うのが、この藤林という訳だ。
「藤林さん、私がここに呼ばれたということは新しい任務ということですね?」
「話が早くて助かります。こちらを御覧なさい」
藤林は机に置かれたリモコンのスイッチを押す。すると、壁のスクリーンに地図が投影される。
説明が遅れていたが、ここは《祓》第一作戦本部室だ。
この部屋の他にもいくつかの作戦本部室が同時並行で稼働しており、それらは藤林とは別の責任者が統括している。その役職上作戦責任者を務めるのは引退した《刀》であるケースが多い。
「これは・・・XX県の公園、ですね?」
「詳しいですね」
「一度行ってみたいと思っていまして。まさか任務で行くことになるとは」
肩を落とす白雪を無視して、藤林は説明を続ける。彼女がリモコンを操作すると、画面が地図から新聞の切り抜きやオカルト系のサイトのスクリーンショットなどに変わる。
そのいずれもが、同様の内容を伝えていた。
『頻発する行方不明事件』
『河童が潜む池!?』
『財宝が眠る浪漫の場所、XX公園』
「これは、まさか・・・」
「そうです、言魔の仕業です。この数か月で既に10名は犠牲になっていると推測」
「《鏡》が?」
「はい、強いコトダマを検知したとの報告が昨日ありました。現在任務についていない《刀》は数名しかおらず、かつ適任なのは”氷”のコトダマを持つあなただけです。至急現場に行き、言魔の討伐をお願いします」
コトダマは誰でも扱える者ではなく、産まれ持っての才能とたゆまぬ努力が必要となる。
並の《刀》ならコトダマを5つ扱えれば良い方で、しかし白雪や一部の《刀》はその何倍ものコトダマを自由に操ることができた。
当然コトダマを扱える数が多いほど生存率は高く、戦闘で死亡する《刀》の4割はコトダマの習熟が未熟な若い者たちばかりだ。
「拝命しました。当代《姫》雪片 白雪、参ります」
「ちょ、ちょっと待ってください」
話がまとまりそうで待ったをかけたのは優月だった。どうにも自分抜きで話が進んでいる気がしてならないので、1つ文句でも言わないと気が済まない。
「私、何で呼ばれたんですか?まだ訓練している途中なんですけど」
そう、優月は今はまだ《刀》見習いという立場で、専用のコトダマトウを与えられていない。
《刀》に就任して初めて自分のヤイババックルとコトダマトウを貰えるという話を晶子から聞いていた。
しかもその訓練がスパルタ極まりないもので、ランニングを延々とさせられたり文字通り血を吐き骨を折るまで終わらない過酷な戦闘訓練など思い出したくもないものばかりだ。
「あなたは《姫》である雪片が直々にスカウトしてきたので、実際に実戦で訓練してもらおうというのが上の方針です」
正気か?武器もないのにどうやって戦えっていうんだ上よ。
・・・と愚痴を言っても始まらない。《刀》として言魔を祓うと決めたからにはどんなにきつくても頑張って自分の糧とするしかない。
「分かりました・・・。やります、やらせて下さい!」
こうして、優月の初めての任務が始まった。
*******
「ここが現場・・・。静かで良い所ですね」
「あんたねえ・・・。ピクニックに来たんじゃないでしょ」
二人は電車で目的地の言魔が潜むとされる公園へとやって来た。
時刻は夕暮れ、もうすぐで夜になる時間帯だ。
そんな時間ということも相まって公園の中は人が少なく、かえって活動がしやすい。
入口の地図を見ると目標の池はここから数分歩いた所にあるらしい。
けっこうな大きさで、休日にはボートを漕いで泳ぐこともできると道中端末で調べて知った。
ちなみに交通費は上から支給されている。その他請求すれば宿泊費や食費も支給してくれる超絶ホワイト企業のようだ、《祓》は。
ただ普通の仕事なら死ぬ危険性はないので、ブラック企業ならぬブラッド企業というところか。
「ねえ」
「何ですか?」
大小色とりどりの花園を見て陶然としている白雪に、優月は話しかけた。
電車の中でもテンション高く駅弁をたくさん食べていたが、それを見て優月はげんなりするだけで大した会話もなかった。
元よりこの女に心を許していないのだが、この時だけは気になったことがあって自分から話しかけてみた。
「あんたは何でこんなことをしてるの?」
「こんなこと・・・?《刀》のことですか?」
「ええ。あんたも私と同じ歳でしょ、わざわざこんな危ない事をする必要は・・・」
小石を蹴とばし、優月が立ち止まる。
それにつられて、白雪もその場に、優月の数歩先に立ち止まった。
「私は、母を言魔に殺されました。そして天涯孤独の身となった私を拾ったのが《祓》です」
「え・・・」
白雪の衝撃的な話を聞いて、優月は固まった。
彼女も、喪った側の人間だったのか。だったら、優月の気持ちも分かるじゃないか。
なのに何故、あんなに冷たい態度だったのだ、と少し怒りが湧いてくる。
「私は当時まだ2歳で、母の顔も今ではもう思い出すこともできません。でも、悲しくはない」
「何で?」
母を殺されて、どうして悲しくないのか。自分は友達を殺されただけでこんなに悲しく、苦しいのに。だったら当然、母を失うことが辛くないはずがないのに。
「だって、この世界にはたくさんの人がいます。街中ですれ違う人たちにも家族や、大切な人がいます。そして仲間が、命を救った人がいます。私は一人じゃない。だから、寂しくない」
「そんな、ものかしら?その人たちは皆他人でしょ?何で、そんな人たちのために戦えるの」
優月が戦いたいと思うのは、言魔が憎いから、殺したいから。
大勢の見知らぬ人々を助けたいというヒーロー願望など生憎持ち合わせていない。
そこまで、自分は優しい人間じゃない。
「まだ、分からないかもしれませんね。あなたには」
「何よそれ。マウント取ってるわけ?」
こうしてすぐ喧嘩腰になる自分が情けない。そこで、会話が途切れる。
ぐるぐると考えこんでいると、気が付けば目標地点の池に到着していた。
「着きましたね・・・。夜になるまで、ここで待機しますよ」
「何でよ?すぐぶっ殺せばいいじゃない」
「《鏡》の術はもう少し暗くなってからでないとまともに機能しません。それに、言魔の活動時間は基本的に夜です。太陽光がもたらす光が言魔に『熱、光、エネルギー』という余計な情報を加えるため低級な言魔はそもそも昼間は行動することすらできません。今回のケースは判然としませんが・・・、祓うためには姿を認識しないといけませんから」
「難しいのね」
しかし、落ち着いて見ると実に風情があって良い場所だ。
日が傾き始め、水面が紅く染まっているのが大変幻想的な雰囲気を醸し出している。
とてもではないが、こんな場所に恐ろしい人喰いの化け物がいて人間を狙っているとは思えない。
「食べますか?」
「・・・何これ」
「饅頭です。駅の売店で買いました」
「見れば分かるけどさ、何するの?」
「・・・?食べるんですけど」
「今!?このタイミングで!?」
「おいしいって売店の人も言ってました」
「マズいって言って売る店がどこにあるってのよ!?」
白雪がカバンから取り出したのはひよこの絵が描かれた饅頭だ。
駅でちょっと野暮用が、と言っていたのはこれか、と優月はため息をつく。
白雪は優月を無視して饅頭をむしゃむしゃやり始める。
ニコニコ笑ってご満悦のご様子だった。
「おいしいです。生きていると実感します」
「単純ねえ・・・」
「死んでしまったら、おいしい物も食べられないです。だから私は、生きていたいです。死ぬのが、怖いです」
「・・・・・・」
彼女は長い間戦ってきたと語っていた。だったら、たくさんの死んだ人々を見てきたはずで、その度に何を思ってきたのだろう?
『y・・・d・・・k』
そんなことを考えていると、優月の耳にフルフル、と何かが鳴く声が聞こえてきた。
それは、池の中から。腰掛けていたベンチから立ち上がると、一心不乱に池へと歩いていく。
白雪は饅頭を一個食べ終えて、優月の様子がおかしいことに気づいた。
(何ですかこの動き・・・?何かに操られているような)
優月の足取りは覚束なく、軽く押せば倒れてしまいそうなくらい頼りない。
これはおかしい、と思い急いで優月を追いかける。
「優月さん・・・!?」
「・・・・・・」
「ちょっと、優月さん」
「・・・・・・」
優月は白雪の言葉に一切耳を貸さず、何かに導かれるまま黒くなりつつある水面へ向かっていく。
白雪が優月の手を掴む。そして、驚いた。
「・・・冷たい!?ぐっ」
そして手を力ずくで振りほどかれ、その勢いのまま白雪は砂利の上に倒れ込む。
まずい、言魔の術に優月はかかっている・・・!
だが、術の内容が分からなければ解呪の方法も分からない。
かと言ってこのままでは優月が危険だ。
「・・・一か八かです」
木の枝を白雪は拾い上げると、『刀コトダマ』を押し、自身の得物コトダマトウに変える。
そして、優月が池に入る寸前で優月を蹴り倒し、遠く、安全な所へ移動させる。
白雪の読みが正しければ・・・。
「来た・・・!」
(池の中に何かが潜んでいるとすれば、犠牲者が近寄って来た時を狙うはず・・・!)
水面から飛び出す、一対の腕。それは女のように細く、蒼白い。
白雪は刀を振り下ろし、腕を二本とも斬り落とす。何かの悲鳴が聞こえ、辺りがしんと静まり返る。
そこで術が溶けたのか、優月が正気に戻った。なのに、彼女は泣いていた。
「何でよ!?亜里沙の声が聞こえたのに、邪魔しないでよ!?」
「・・・・・・ッ!」
言魔の術の正体が分かった。それは、『大切な人の声を聴かせて水面まで誘導すること』。
神話にもそのような怪人がいた。歌で人をおびき寄せ、人を喰らう怪物。
神話も人が語り継ぎ、記してきたもの。だからそこにコトダマが宿ることもある。
であれば、今回の言魔の宿したコトダマは・・・
「”歌”!」
「あぁら、バレちゃったのぉ?いきなり斬るなんてぇ、酷いと思わなぃ?」
「言魔にかける情けなどない。あなたたちに渡すものは引導だけ」
陸に上がってきた言魔、グラマラスな女と醜い魚が融合したような怪人の歌言魔は間延びした声で言った。白雪はそれに耳を貸さず、刀を構える。
歌言魔の身体は特に豊満な胸部が目を引くが、その谷間から覗くのは牙の並んだ口だ。
よく見ればその牙に紅い滓が付着している。つい最近人を喰った証拠だ。
優月を傷つけようとした言魔だ、一刻も早く祓うに限る。
白雪は意識が戻って、亜里沙の声がまやかしだと分かって泣いている優月に向かって語りかける。
「優月さん、聞こえますか。命は平等じゃない。助けられない命だってある。私はその重さも背負って、助けられる人を守る。そのために戦うのです。それが私が、《刀》である理由です!」
ヤイババックルに『氷コトダマ』と『刀コトダマ』をセットし、吊り下げられたハンマー『カンナギツチ』で叩く。
そして、彼女に氷が吹きつけられて変身が始まる。
「変身」
《氷と刀 絶対零度の白刃の閃き!》
「今からあなたを斬ります。さあ、平伏なさい」
白雪は白衣と蒼い袴の上に純氷の装甲を纏った戦士、仮面ライダー刀刃・氷刀に変身し、歌言魔に向かっていく。
人を喰ってそこまで時間が経っていない言魔は人の持つ意味を喰らい己の糧とするため、戦闘能力が上がる。とりあえずは様子見と、歌言魔の再生が始まった腕に狙いを定めて斬りかかる。
「物騒ねぇ。歌いましょぉ?あなたの断末魔でねぇ」
歌言魔はその豊胸の間の口から衝撃波を放つ。かなり出が速く、とても今から回避は間に合わない。刀刃はコトダマトウに『壁コトダマ』をセット、その能力で自身の目の前に壁を造り、音波攻撃を相殺。
壁を音波が叩いた瞬間、今度はヤイババックルの刀コトダマを速コトダマに取り換え、刀刃・氷速に形態を変える。
音言魔が次々に発射する音波が地面を抉っていく隙間を滑るように駆け抜け、腹部に刀で一撃を加える────
「・・・む!?」
────が、音言魔の鱗が生え揃った身体のせいで刃が通らない。
刀刃・氷速に形態を変えたせいで攻撃力が下がり、身体を切り裂くことができないのだ。
ならばと鱗のない胸を狙うが、逆に口にコトダマトウを咥えられて刀刃の身動きが取れなくなってしまう。
「なまくらじゃぁ、私の身体は斬れないわよぉ」
ゼロ距離で衝撃波を喰らってしまい、刀刃の身体が吹き飛ばされ、水面に落ちる。
まずい。刀を失ってしまった。
しかしどこにあるのか探すことを、歌言魔が黙って見逃す道理はない。
歌言魔の口が開き、さらに音波攻撃が繰り出され水面を大量の水飛沫が舞う。
間髪を入れず放つ音波を回避している限り、刀を拾うことはできないし、既に少なくないダメージを負っている以上装甲が薄い刀刃・氷速では次の攻撃を受けることは不可能だ。
(でも、勝機はあるはず・・・)
「当たらないわねぇ。なら、そっちからぁ来てもらうわぁ」
歌言魔が攻撃の手を緩め、高らかに歌い出す。
これは、先程優月をおびき出そうとした例の術か・・・!
『白雪』
『白雪』
『白雪』
「お母さん・・・」
歌言魔の姿が、幼き日に死んだ母に見えた気がした。間違いなく、声は母のものだ。
緩やかな白い髪、青い瞳。朧げな記憶が刺激され、仮面の奥で目頭が熱くなる。
だが、もう母は死んだのだ。そこにいるのは、偽物だ。
「お母さん・・・ッ」
身体が、歌言魔に吸い寄せられていく。抗えない。いや、抗おうともしていないのか。
こんなに弱かったのだろうか、自分は?
「私は・・・」
「何とか、何とかしないと・・・」
優月は苦戦する刀刃を見て自分も何かしなければと思った。
目の前で誰かが死ぬのは、見たくない。
(そうか、彼女はそんな気持ちで・・・)
辺りを見回し、それを見つける。無造作に水面に浮かぶコトダマトウだ。
優月は意を決して池の中に入る。恐ろしく水が冷たい。身体に服が張り付いて重い。
でも、それでも────。
「グッ、重・・・」
初めて手に持つ刀は、重かった。それが命を断つために造られた武器の重さ、命を奪う因果をその身に背負う重さだ。
それを分かった上で、白雪は戦っているんだ・・・。人を守るために。
「仮面ライダー!しっかりしなさい!!人を守るんでしょ!?ならあんたがそんな所でぼさっと負けるんじゃないわよ!!受け取りなさい!」
「させない・・・!!」
優月が刀を刀刃に渡そうとしているのに歌言魔が気づき、彼女に衝撃波を放つのと、優月が刀刃にコトダマトウを投げ渡すのはまさに同時で。
結果、衝撃波を喰らい優月は池の底に沈み、刀刃の手に刀が収まる。
声が聞こえた。それは母を騙る化生のものではなく、守るべき人の声。
なればこそ、刀刃はその悪を断ち切る!
「目が覚めました・・・。私は、仮面ライダー刀刃!人の想いを踏みにじり、喰らう者よ。さあ、終焉です」
刀刃は素早く刀刃・氷速から刀刃・氷刀に形態を変え、コトダマトウに殺コトダマをセットし、ハンマーでバックルを叩き、必殺技が発動する。
周囲が氷に閉ざされ、歌言魔の邪悪な口がまず最初に凍り付き、そこから全身が氷に変ずる。
《氷・刀・殺 氷華満面・斬鉄殺》
蒼い光を纏う刀を氷像と化した歌言魔に叩き込み、一撃で消滅させる。
そして刀刃は言魔が塵に還るのには目もくれず、優月が落ちた池へ躊躇せず飛び込んだ!
「くっ・・・これは、骨・・・!?」
大量の人骨が、池の底にまるで戦利品かのように置かれている。
これも全て音言魔に騙されて餌食になった人々のものだ。
助けられなかった、という後悔を歯を食いしばって堪え、優月を追う。
いた。沈んでいく、少女の身体。
刀刃は再度刀刃・氷速に変わり素早く泳いで優月の身体を抱き寄せ、水を氷コトダマの力で凍らせて足場を造り、素早く陸へ浮上する。
温かい。優月はそう感じ、目を覚ました。
火だ、爆ぜる炎が彼女の身体を温めている。
白雪は目を覚ました優月を見て、笑った。そして、余っている饅頭を差し出す。
「おはようございます。これ、食べますか?」
「今言うこと?バカ」
優月もつられて笑った。
二人の姿を、燃え上がる焚火が浮かび上がらせていた。
言魔図鑑No.2 歌言魔
術:"人"、"音"
危険度:2(五段階評価)
歌のコトダマから生まれる言魔。性格は狡猾かつ残忍、豊満な肢体の女性と魚が融合した外見。自身の歌を聞かせることで相手を催眠状態にすることができる。特に誰かを喪っている者はその人の幻影を見ることもある。豊かな胸の谷間に口があり、そこから獲物を捕食する。鱗状の皮膚は並大抵の筋力では裂くことができない。
このまま成長すればさらに術が強力になり人を完全に洗脳することができるようになっていた。
特殊能力は少ないため真っ向勝負で打ち負かすのが吉か。その歌を聞くと混乱してしまうので、相対する者は天涯孤独の身であることが望ましい。