仮面ライダー刀刃(ヤイバ)   作:禍津日

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「くっ・・・数が多い」

横一文字に刀を振り抜き、敵を数体纏めて塵に変える。
が、どこからか無数の黒い影は湧いてきて、次々と刀刃に襲い掛かってくる。
一体一体の戦闘能力は恐れる必要はないが、如何せん数が多い。
気づけば、刀刃は怪人────黒い靄が人型になったようなもの───に取り囲まれてしまっていた。こいつらは言魔の中でも最底辺の存在、"兵"のコトダマを分割して量産される雑兵、その名を滓言魔。個体ごとの意思が希薄なばかりか、痛覚も持たない厄介な敵だが刀で一撃喰らわせるだけで倒せる程度の力しかない。

「ふう・・・ッ」

刀刃は息を大きく吸うと、自分の周りに氷の粒を生成。
そしてコトダマトウに新しく支給された赤色のコトダマ、『槍コトダマ』を装填。
"槍"の持つ意味『鋭く、突く』を解放し、氷の粒を変換して氷の槍へ変える。
槍を滓言魔に向けて飛ばして多数を同時に仕留めると、刀刃・氷速に形態を変え走り始める。

(どこですか・・・!)

滓言魔は大気中に遍く"気"のコトダマを強制的に"兵"のコトダマの力『群れる』に置換することで誕生するが、それを行うためには必ずどこかに術を発動する柱状の物体『陣』が必要となる。
それさえ破壊することができれば、形を保てなくなった滓言魔は元の大気へと戻るはずだ。

「私も、手伝わないと・・・」

重機の裏に身を潜めていた優月も滓言魔の目を掻い潜りながら陣を探すべく走り出す。
訓練の成果か、以前よりも速く走ることができるようになった。
しかしここは暗い夜の廃工場、せり出した何らかの機械につまづいて転んでしまう。
転んだ音で近くにいた滓言魔に気づかれてしまい、優月は焦る。
刀刃は現在滓言魔を殲滅しながら陣の捜索中で、彼女を助けにくる余裕はない。

滓言魔が黒く靄が蠢く腕を振るい、拳を叩きつけてくる。
優月は胸の前で腕を盾にしてダメージを最小限に抑えようとするが、今の一撃だけで腕がありえない角度に曲がり、直後、堪え難い苦痛が襲ってきた。

「ぐ・・・ぐああああああっ!?」
「優月さん!?む・・・邪魔です!」

優月の悲鳴を聴きつけた刀刃が救出に向かおうとするが、それを阻む滓言魔の集団を相手にしていてとてもではないがそれは不可能だ。
優月の腕を折った滓言魔がもう一度、攻撃を加えようとする。

(死ぬ・・・)

「・・・させないッ!!」

だが、滓言魔が優月にトドメを刺す寸前で滑り込んだ刀が滓言魔の腕と胴を一太刀で切り裂き、霧散させる。
優月を助けたのは、見た事もない人物・・・新しい仮面ライダーだ。
翡翠色の仮面に装甲、そして医師が着用するような白衣を纏う戦士。
突然の乱入者を見て、刀刃はその名を叫ぶ。

「あなたは・・・(いやし)!!」
「彼女は僕に任せて!」
「感謝します!」

新たな戦士、癒は瞬く間に湧いて出る滓言魔を全滅させると、優月の元に駆け寄る。

「君、大丈夫?」
「う、腕が・・・」
「大丈夫、僕が助ける!」

変な方向に曲がった腕を癒が撫でると、折れた腕が一瞬で治る。
まるで何事もなかったみたいな奇跡に、優月は治った腕を振ったり曲げたりするのだが、全く痛みがないのだ。少なくとも自分の感覚では完全に回復している。

「あれだ、見つけた・・・!」

一方の刀刃は工場の最奥、溶鉱炉の側に屹立する禍々しい気を放っている彫像を見つけた。
そこから靄が吐き出され、次々と新しい滓言魔が生み出されているのだ。

刀刃・氷速は必殺技《氷・速・殺 氷華満面・疾風殺》を発動し、並み居る滓言魔ごと氷の暴風の中に呑み込んでいく。
刀刃の刀が陣を跡形もなく破壊し、ついに戦闘は終了した。

癒が引き受けていた滓言魔も形を維持できなくなり、大気に溶けるように消えていく。
それを見届けた癒は刀を腰の鞘に納めた。

「助けていただいて、ありがとうございます。あなたは・・・?」

癒が変身を解くと、そこに立っているのは女の子のように線の細い顔の造形をした、見目麗しい紛れもない少年だ。ふわふわな巻き毛を頭の後ろで結んでいる。
背はかなり小さく、優月より頭ひとつ小さい。
変声期がまだなのか、男子にしては高い声で少年は名乗る。

「僕は村雲 健斗!よろしくね」


第肆話『前兆』

 

「うーん美味しい!!人助けの後のラーメンは最高だなぁ!!」

「本当です!ラーメンは美味しいです」

「食いしん坊が二人に増えた・・・」

 

大盛りの醤油ラーメンを嬉々として食べる健斗と白雪を見て、優月は何度目かのため息をついた。

ここは深夜でも開店しているラーメン屋で、健斗の案内で連れられてきたのだ。

彼はここの常連のようで、注文するまでもなくネギが山盛りになったラーメンが運ばれてきて優月は唖然としたのを覚えている。

 

「未だに信じられないわ・・・。折れた腕が、治っているなんて」

 

優月は健斗に治してもらった腕を恐る恐る撫でる。

骨折がなかったことになっているから、これが本当に自分の腕なのかと疑問に思ってしまう。

黒いチャーシューを白い歯で嚙みちぎりながら、健斗は言った。

 

「僕のコトダマ、『治コトダマ』で治したからね!もう安心だよ」

「それが一層現実味を無くしているきっかけだわ・・・」

「珍しいですからね、こういうコトダマを扱える人は」

「そうなんだ・・・」

 

コトダマは人間の体内に宿るが、大抵の人間はそれに気づかずに過ごす。

だが、コトダマの存在を知らずにそれを無意識で使っている人々がいるのも事実。

特にアスリートや一流のアーティストなどがその最たる例だ。

つまるところ、俗に言う『才能』の正体がコトダマなのである。

何のコトダマが個人に宿るかは分からないが、産まれや育った環境、当人の性格によってコトダマの持つ意味も変化していくのだ。

 

「それにしても、なぜ村雲さんがここに・・・?私と優月さんで任務に当たるとの話でしたが」

「僕もそのつもりだったんだけどー、たまたま近くにいたからさ、お手伝いしようかなって」

「任務ですか?」

 

そう尋ねて、白雪は声を小さくした。いくら《刀》同士といえど、任務に関する内容を話すことは基本的にご法度なのだ。

しかし健斗は柔らかく笑って、首を縦に振る。

 

「そうなんだー。絶対に回収しろって源間さんから言われててねー。何でも、言魔に殺された《刀》が持っていたコトダマとコトダマトウが鹵獲されちゃったとかでー。でも僕戦闘はそんなに得意じゃないからさ、他の人に代わってもらったんだ」

「それは一大事ですね・・・」

 

健斗が話に出した源間というのは、藤林と同じ作戦指揮官のことだ。

コトダマと刀を奪われても言魔には使えないように《槌》が術をかけているから悪用の恐れはないだろうが、取り返すに越したことはない。

健斗はレンゲでスープを掬って飲むと、白雪の方を見る。

今三人が座るのは四人掛けの席で、優月と白雪が並んで座り、健斗が一人で座る構図だ。

 

「二人も任務ー?見た感じ滓しかいなかったけど」

「ええ、最近はずっとそんな感じです。昨日も滓しか出ませんでした」

「ふーん・・・何かが起こる前触れかもねぇ」

「・・・と、言うと・・・?」

 

何気ない拍子で呟いた健斗の言葉が気になって、白雪が尋ねる。

 

「《刀》だった爺ちゃんから聞いた話なんだー。ちょっと長くなるから、先にラーメンを食べちゃおう」

 

そう促されて黙々と麺を啜り、一息ついた後。

ゆっくりと健斗は話し始めた・・・。

 

*******

 

「よおサブ、変わりねえか?」

「おお、優か!俺は元気だよ」

 

《祓》本部。そこはまだ設備が現代的でなく、どこか埃っぽい雰囲気の建物だった時代のこと。

二人の刀を背負う男性が廊下でばったりと出くわし、再会を喜んで拳を打ち合わせる。

サブ、と呼ばれた男の名前は村雲 三郎、健斗の祖父になる人物だ。

彼と話しているのは江藤 優、三郎と同期で親友の《刀》である。

 

「サブ、任務の帰りかい?」

「おうよ。薄気味の悪い蛇の言魔でよ、ありゃ当分夢に出そうだぜ」

 

脳内で言魔の姿を想像したのか、江藤が露骨に苦い顔をする。

それを見て笑った三郎は彼の肩を叩く。

 

「ま、酒でも飲んで忘れるに限るな!」

「おお、じゃあお前んとこでいいかい?」

 

二人は本部から街に出ると、一軒の居酒屋へ繰り出す。

看板には『村雲』とシンプルな表記で書かれている通り、ここは三郎の妻が営む居酒屋だ。

ドアをスライドさせて店内に入ると、酒と揚げ物の匂いが漂ってきて雰囲気だけで酔いそうになってくるのを感じる。

店内には客がそこそこいて、既に盛り上がっている者も少なくない。

カウンターに立ってせっせと料理を作っている女性が入ってきた三郎に気づくと、嬉しそうな顔をする。彼女がこの店の店主にして三郎の妻、涼子だ。

口元の黒子が特徴的などこか艶のある雰囲気を纏う美人で、近所でも評判なのだ。

涼子は冷蔵庫からビール瓶とグラスを出すと、三郎に向けて滑らせる。

 

「あらあんた、お帰り!ほら、飲みな」

「悪いな涼子。邪魔んならねえように隅っこでやるからよ」

「気にすんなって。後でちゃーんと代金はいただきますから」

「そりゃねえだろ!?」

「ははは、サブも奥さんには頭が上がらねえな」

「うるせえや」

 

言い合いながら約束通り店の隅の二人掛けの席に座り、瓶の栓を開ける。

三郎は江藤の分を注いで、自分の分は少し多めに注ぐ。

 

「じゃま、今日もお疲れってことで!」

「生きていることに感謝!」

 

疲れた身体によく冷えたビールが沁みる。喉に僅かに引っかかる炭酸さえも明日を生きるための潤滑油だ。しばらく飲んで、酔いが回って口が軽くなると、色々な話をする。

それが二人の息抜きだった。

 

「しかしよおサブ、おめえどこであんなべっぴんを捕まえたんでえ」

「誰がお前に教えるかよ、悔しかったらてめえも嫁の一人や二人捕まえてみやがれ」

「重婚ができる時代はとっくに過ぎたろうがよ」

「ガハハハッ、違えねえ!!」

 

鼻のかしらを赤くしながらも、江藤は複雑そうな顔をした。

豪胆を装いながらもその実人一倍繊細な性格なのを長年の付き合いで知っている三郎は、悩みを聞き出そうと水を向ける。

 

「でだ、優・・・。いい人はいねえのかい?」

「いないこともない、が・・・。俺らの仕事を考えると、な」

「あぁ・・・」

 

それを聞いて、三郎はビールが途端に苦いもののように感じられてグラスを置く。

実際、三郎が涼子と所帯を持つのを決めるのに散々悩んだ過去があるのだった。

 

《刀》は例外なく死にやすい仕事だ。何でもないような言魔が隠し技を持っていて、そのままやられる・・・なんてこともザラだ。現に彼らの同期の女性『平光』もそうだった。

簡単な任務のはずだったのに、言魔の術をうっかり喰らって帰らぬ人となった。

三郎は江藤が彼女に惚れていたと思っているのだが、彼は黙してそれを語ろうとしない。

その事も相まって、嫁を娶るのに臆病になっているのだろう。

 

自分が死ねば、妻を路頭に迷わせることになる。しかもその仕事を話すこともできない。

ずっと嘘をつき続けることになる。それができるのは天性の嘘つきか人でなしだけだ。

 

(俺も、そうだ・・・。涼子は《祓》も《刀》も言魔も何も知らん。あいつにはこの世界の醜く、恐ろしい裏側なんざ知ってほしくねえ)

 

「サブよお・・・。お前さんはどうして涼子さんとくっつこうと決めた?」

「うーん。どうしようもねえくらい好きになっちまったから、かね。他の雄に盗られてたまるか、ってね」

「かーっ色男は違うぜ!そりゃ毎晩お熱いんだろうぜ。たわわに膨らんだ腹を見りゃ一目瞭然でえ」

 

カウンターが陰になって見えないが、涼子のエプロンの腹部は強烈に膨らんでいる。

そう。彼女は三郎の子を孕んでいた。もう一月もすれば産まれるはずだった。

本来なら店番なぞやるべき身体ではないのだが、実際一度店を閉めるように言ったのだが、強情な涼子に逆に物凄い剣幕で詰められてすごすごと退散するしかなかったのは彼の思い出したくもない体験だ。

それを振り払おうとして、さらにグラスを勢いよく傾ける。

そして酔いが完全に回っていたからか、三郎はつい口を滑らせてしまう。

 

「まあな。あんな澄ました顔をしてるがよ、夜は上に乗ってアンアン・・・うおっ!?」

「あんた、余計なことを言ったら一週間酒抜きだよ」

「ひいいっ!?堪忍だぜ涼子!?」

 

カウンターから発せられる濃密な殺気を感じ取り、一気に酔いが冷める。

本能で危険を認識した三郎は情けない声を出し、それを見て江藤が噴き出した。

 

「最高だよお前ら!!俺は、お前らが幸せそうなのを見てれば満足なのさ。だからサブ・・・お前だけは死んだらいけねえぞ」

「江藤・・・」

 

江藤の静かな言葉は、三郎の胸にズシンと響いた。

その言葉の重みを、彼は理解していた。しているつもりだった。

でも、帰りを待つ人たちがいることの意味を、どこかで軽く考えていたのかもしれない。

 

「感じてるだろ、お前も。言魔の様子がおかしいと」

「ああ・・・」

 

思い当たる節がないわけではなかった。

これでも長年《刀》として戦ってきた身だ、言魔の生態については多少の知識がある。

その上で三郎は思う、何か異変が起きていると。

 

「最近、出てくる言魔は雑魚ばかりだ。それだけならいいが、奴ら、人間を攫ってどこかに運んでいやがる」

「連中は基本的に人間をその場で喰う。あくまで自分の餌にするためにな」

「でも今回はちと違う・・・。病院や学校、人の多い場所を選んで出没し、喰う事無く攫う・・・。誰かへの貢ぎ物のように」

「まさか、『魔人』か!?」

 

三郎は他の人に聞こえない声で驚いた。

魔人、その名を呟くだけでも背筋が震えあがるのを感じる。

魔人、それは人類とは別の、しかし確かにもう一つの人類、言うなれば新人類。

人を喰らい、人の持つコトダマを喰らい続けた果てに、人と同質の存在へと上り詰めたものたち。

現在確認されるだけでもその数は五()

人でないものを人のように扱うなど悪趣味にも程がある。

彼らは人間として社会に紛れ込んでおり、人知れず人間を狙っているのだ。

 

「人擬きに餌をやるために人間を攫っているというのかい?」

「ああ。魔人の連中は群れないってのが定石だから疑わしいがな。何かを企んでいるのは違いないはずだ」

 

人擬きがさらに人間を喰ってある境界を超えると、それは魔人となる。

魔人が新しく魔人を増やそうと画策している、そう江藤は言いたいのだろう。

 

「笑えねえな。こちとらガキが産まれるのによ。魔人とやり合うのなんか御免だぜ」

「ま、俺らみたいな下っ端にお鉢が回ってくるはずねえさ。《姫》や《五刀》の方々が出張るだろうぜ」

「んだな、今日はぱーっと飲んで忘れるべ!」

 

男たちの酒盛りは激怒した涼子に店を叩き出されるまで続いた。

 

その後の任務で江藤が死に、二度と酒を酌み交わすことができなくなるのを惜しむかのように。

 

 

*******

 

「調子はどうだい?」

「あと少しで完成だ」

「じゃあ、最後の一押しだね」

 

 

*******

 

「事実です。村雲 三郎が現役の《刀》であった時、新しい魔人が確認されたという報告がされています。ただ、その詳細は一切不明」

 

場所は変わって、《祓》作戦会議室。

白雪と健斗がした話を聞き、端末を見ながら藤林は首肯した。

本部に帰投した三人は、健斗の祖父の話の真偽を確かめるべく最も言魔についての知識が豊富であろう藤林に連絡を取ったのだ。

 

「今回はどうなのー?藤林さん」

「結論から申し上げると、確率は高いでしょう。調査を進めてようやく確認しましたが、先日雪片と病葉、如月が派遣された任務と時を同じくして、失踪事件が頻発。場所は・・・病院と学校」

「じゃあ、あの人擬きの本当の目的は・・・」

 

《刀》たちを出撃させるための囮。本命は別の場所での拉致。

紅蓮が今わの際に吐いた捨て台詞も、この魔人の誕生を予言するものだとしたら・・・?

 

「恐らく、言魔は本当に新しい魔人を誕生させようとしている・・・」

「でもー、まだ魔人にはなっていないよねー。滓言魔で僕たちを攪乱させてー、今はまだ生贄集めって感じだもんね」

「ということはさ、まだ人間を拉致するつもりなんじゃないの・・・?」

 

優月が呟くと、藤林は端末を操作し、会議室のスクリーンに画面を映す。

それは、直近の言魔の出没場所を地図上に記したものだ。

赤い光点が言魔の発生場所、青い光点は言魔によると見られている行方不明者の所在地。

特に言魔の発生と行方不明者が多いS県に注目しているようで、その県内だけでも赤と青の点だけで地図が覆われてしまいそうだ。

中には赤と青の点が交わっている場所もある。

 

地図に纏めてみるとよく分かるが、言魔の発生数がいつもとは比べ物にならない。

しかもそのほとんどが低級の言魔や滓言魔ばかりだ。

 

「連中の活動範囲を見ても、魔人が出現するのはこのS県で間違いないと思うよ」

「言魔はまだ人を攫う必要があるはず・・・次に動くとしたら、今晩」

「でも、どこに出るかなんて・・・」

 

藤林は地図上のある一点を指差す。そこは、S県で最も大きい水族館だ。

水族館のサイトによれば、今日の夜に大きなイベントが催されるということで来場者が数百名に上ると書かれている。

ここで確定とは限らないかもしれないが、確率は高いだろう。

 

「私は至急今動ける《刀》を他の人が多く集まりそうな場所へ派遣させます。皆さんは現地に急行して夜まで待機」

「「「分かりました!」」」

 

魔人の誕生を絶対に阻止するべく、三人は行動を開始した。

 

 

 

*******

 

「いないねえ」

「そう、ね・・・」

 

水族館の通路を、健斗と並んで歩く。今日、というか今朝方初めて知り合ったばかりの男の子とこうしているのが不思議で、返事が曖昧になってしまった。

白雪は一人で別の場所から見て回るというので、必然残りの二人はペアになる形だ。

何を話したら良いか分からず、正直気まずい。

別にデートじゃないから無理に間を持たせる必要もないのだが。

そういう気が一切なくてもデート、と意識しただけで胸が跳ねる。

 

S県の水族館は全国でも有数の大きさで、平日の昼間でもかなり人手が多い。

通路は上下左右がガラス張りになっていて、無数の魚が泳いでいるのを一望できる。

今、凄いスピードで通り過ぎていったのはサメだ。

 

(この魚たちは悩み事も何もなく、自由に生きているのかしら・・・)

 

「何か、悩んでることでもあるのー?」

「な、何よいきなり・・・。私の心を読んだの?」

 

優月は慌てて冗句を飛ばすが、それが肯定を示しているのは明らかだ。

健斗は少し考える素振りを見せると、優月の手を取ってどこかへ引っ張っていく。

 

「ちょ・・・ちょっと!?」

「いいからいいから」

 

健斗が連れてきたのはクラゲだけが集められたエリアだ。そこには円筒状の水槽があり、ライトアップされてクラゲの神秘的な姿がぼんやりと浮かび上がっている。

その光景に優月はしばし言葉を失った。

「ちょっとここで座って待ってて」との指示があったので、優月は近くにあった長椅子に腰掛け、じっとクラゲが浮遊する様を見ていた。

しばらくして、両手に飲み物が入った容器を持った健斗が戻ってくる。

 

「ほら、これあげるー」

「・・・ありがと」

 

クラゲエリアのすぐ近くにドリンクを売る売店があり、健斗はそこで買った青色のドリンクを優月に手渡す。一口飲むと、ソーダの爽やかな味が波立つ心を落ち着けていく。

 

「ここならゆっくり、話を聞けるよー」

「え・・・?私のため?」

 

こんな知り合って間もない女のために、ここまでしてくれるのか。

優しいというより、少し不気味だ。人から優しくされることに慣れていない優月はついそうやって斜に構えてしまう。

自分のドリンクに口をつけてから、健斗はおもむろに話し始める。

 

「僕、皆を助けるのが好きなんだ。だから《刀》になったんだよー。ちょっとは爺ちゃんの影響もあるんだけどねー」

「そうなんだ・・・。私は、あなたみたいに人助けがしたくて、とか崇高な動機じゃないし。友達を殺した怪物たちを子の手で、殺したいってのが動機で・・・」

「あはは、別に崇高なんかじゃないよー。僕は、皆が幸せで過ごしていればそれでいいんだ。僕、特技なんか何もなくて、いつもいじめられてた。でも、お姉ちゃんが助けてくれたんだ。だから僕も、皆を助けられる人になりたいって思った」

 

ああ、この人は優しい人なんだ。優月はそう思った。

上手く説明できないが、彼の持つ柔らかい雰囲気、色。それらが人を優しく包むような、そんな感覚を覚える。

 

「・・・って、僕の話ばかりしちゃった。ごめん。優月ちゃんの話を聞くつもりだったのに」

「謝らないでよ。そうね、何を話せば良いか・・・。村雲君はさ、任務で誰かを助けられなかったこと・・・ある?」

「しょっちゅうだよー。目の前で言魔に食べられちゃったことだって・・・。たまに夢に出てくるよ」

「そうよね・・・。それが《刀》として戦う、ってことよね。分かってたつもりだった。助けたくても、助けられない時もあるって」

「上手く、いかなかった?」

 

優月は黙って頷いた。無力感のあまり下を向きたかった。

でも、下を向いたら涙が出てしまいそうだった。

 

「助けられたはずだった・・・。でも、あの人たちはそれを望んでなかった!」

 

炎の中に消えた彼女たちは言った。死こそが救いだと。

白雪もこう言った。私たちは命を救う事ができても心まで救う事はできないと。

 

「雪片が命懸けで皆を守る所を見て、もしかしたら私にもできるかもって思った。初めて誰かのために何かをしたいって思ったの」

「初めて・・・?」

 

健斗がそう訊いてくる。それでしまった、と思った。

その先を言うか言うまいか迷う。でも、サイダーの気泡が弾けたのを見て、自分の中でも何かが弾けて、言う気になる。

 

「私、親がいないの。ずっと施設で育った。でも、そこでも馴染めなくて、いじめられた。殴られたり、もっとひどいこともされた。ずっと一人だった」

 

こんな話、誰にもした事がなかった。白雪にも、香月にも、亜里沙にも。

でも、健斗には話してしまっている。

黙って話を聞いていた健斗が優月の方を見る。

その眼差しは温かく、何故か安心する。

 

「優月ちゃんは、どうしたいの?《刀》にはなりたくない?」

「・・・分からない。でも、一度こうして関わった以上、もう普通の暮らしには戻れない」

 

今この瞬間も誰かが言魔に襲われて、大切な人が悲しんでいる。

そう思いながら誰かと笑うなんてこと、優月にはできそうもない。

 

「僕はー、できれば皆を助けたい。でも、僕一人じゃ皆を助けられない。だからさ、優月ちゃんさえ良ければ、その力を貸してよ。一人じゃできなくても、もっと皆で頑張ればきっとできるよ」

 

可愛らしい笑顔。それは、反則だ。

 

「ありがとう。何か、気持ちが楽になった気がするわ」

 

まだ答えは出ない。でも、胸の痞えが取れた気がした。

 

 

夜。太陽が死に、月が彼の世から蘇る刻。

理が揺らぎ、此の世が揺らぎ、どこからともなく吸い寄せられるように、彼の者たちは現れる。

 

「来たねえ」

「ええ」

 

白雪と健斗の前に現れる、二体の言魔。彼らは煙のようにそこにやって来た。

現在時刻は夜十時。イルカショーに合わせて有名なアイドルグループがライブパフォーマンスを行うようで、人が大勢詰めかけている。

 

「《刀》か」

「邪魔をするな」

 

言魔は言葉を話し、白雪たちを威嚇する。

一体の言魔は虎のような外見で、特に爪と牙が発達している。もう一体はサメのような外見で、腕に鋭いヒレがついている。あえて名づけるなら、それぞれ虎言魔、鮫言魔か。

 

「ここから先はー、通さないよ!」

「ええ。今からあなたたちを斬ります。平伏なさい」

 

白雪は氷コトダマと刀コトダマを取り出し、バックルに装填。

同時に健斗も緑色のコトダマ『治コトダマ』と刀コトダマをヤイババックルにセットする。

二人は並んでハンマーを叩き、神聖な退魔の儀式の始まりを告げる。

 

「変身」

「変ー身」

 

《氷と刀 絶対零度の白刃の閃き!》

《治と刀 命を恵む白刃の閃き!》

 

仮面ライダー刀刃・氷刀と仮面ライダー癒・治刀に変身した二人は、それぞれ別の敵と交戦を開始する。

 

虎言魔と攻撃の応酬を繰り広げるのは刀刃だ。長い爪での攻撃を的確に刀でいなし、隙を見て言魔の皮膚を薄く裂く。だが傷は浅く、その瞬発力と跳躍力で距離を離されてしまう。

すかさず刀刃・氷速に形態を変え、突進して虎言魔に迫る。

刀刃の水色の装甲が水族館の薄暗い照明に照らされて不思議な色の尾を引く。

虎言魔が繰り出した爪を姿勢を低くして避け、そのまま虎言魔に密着して腹を深く抉る。

苦悶の唸りを漏らす虎言魔はたまらず逃走しようとする。

 

「・・・逃がしはしない」

 

が、氷コトダマをセットしたコトダマトウを刀刃が地面に突き立てると、その直線上が凍っていき、虎言魔が完全に跳躍する前に片足だけを凍らせることに成功した。

こうなれば、最早刀刃の敵ではない。殺コトダマと氷コトダマを入れ替え、新調したハンマーでバックルを叩き、必殺技を発動。

 

「さあ、終焉です」

 

《氷・速・殺 氷華満面・疾風殺》

 

目にも止まらぬ速度で刀を振り抜いた刀刃が動けない虎言魔を斬り伏せ、塵に還す。

 

「仕留めましたね。癒は・・・」

 

一方の癒は少し苦戦していた。元より刀の腕がそこまで優れていない癒は近接戦闘に向いているとは言い難く、鮫言魔のパワーに押されていつの間にか爬虫類が生息しているエリアまでずるずると押し込まれてしまっている。

 

「そんなものか、人間!」

「うわっ・・・!?」

 

鮫言魔の腕に付いた鋭利なヒレが癒の肩を裂き、少量の血を流す。

癒は眠るカメレオンの姿を見て、作戦を閃いた。

コトダマトウに新しく『隠コトダマ』をセットすると、『姿を隠す』能力が発動して周囲の景色と癒の姿が同化して鮫言魔を混乱させる。

 

「何・・・!?」

「よーし、今の内に・・・うわっ!?」

「馬鹿め、俺の鼻は血を嗅ぎ分ける。隠れても・・・無駄だッ!!」

 

”鮫”の持つ獲物の血を鼻で感じる習性を利用した鮫言魔は、息を潜めて攻撃しようとしていた癒に重い一撃を加え、無警戒の所に攻撃を喰らった癒は山椒魚の飼育ケースにぶつかり、ケースごと中の山椒魚も被害を受けてしまう。

そしてそれが、癒のリミッターを解き放った。

 

「動物を、いじめるなああッ!!」

「何だこいつ・・・!?急に動きがすばしこく!」

 

癒が突如として猛攻を開始し、今度は鮫言魔が押される番になる。

鮫言魔の剛腕を刀で弾き、逆に鱗を刀で執拗に傷つける。

あちこちを切り裂かれた鮫言魔は逃走しようとするが、ここは爬虫類エリア、鮫言魔が泳げる水源はどこにもない。

やけっぱちになって突っ込んできた鮫言魔に怯まず、癒は刀コトダマと黄色の『盾コトダマ』と交換し、新しい形態の癒・治盾となる。

 

《治と盾 命恵む絶対の護り!》

 

癒・治盾は両腕に巨大な円い盾を装備し、全身を翡翠の装甲で武装する形態だ。が、盾が重いせいでろくに動くこともままならず、そのファイトスタイルは一撃必殺のカウンター戦法だ。

そのセオリーに違わず、癒・治盾は鮫言魔がこちらに飛びかかるのを見てからコトダマトウに殺バックルをセットし空中に投擲、ヒレでの斬撃を片手の盾で防ぎつつハンマーでバックルを叩いて必殺技を放つ。

 

《治・盾・殺 春風翠嵐・防盾殺》

 

「さあ、お大事に」

 

投擲した刀をキャッチし、そのまま鮫言魔の胸に突き立てる。そのダメージで動けない鮫言魔に刺さったままの刀を両腕の盾で押し込み、身体を貫通させる。

核を吹き飛ばされた鮫言魔は身体が崩れていき消滅。癒の勝ちだ。

 

変身を解除した白雪と健斗はイルカショーをやっている目の前で合流する。

ショーは佳境に入り、イルカが大きく跳ねるダイナミックさが面白い。

 

「何とか倒したよー。お姫ちゃんは?」

「私も。しかし、違和感がありますね」

「「弱すぎる」」

 

二人の声が揃った。交戦した言魔はかなり小粒で、産まれてからさほど時間が経過していない個体の可能性が高い。そんなに弱い言魔を差し向ければ魔人に達するのを阻止せんとする《祓》に簡単に倒されてしまうリスクを背負う必要性がない。

 

つまり・・・。

 

「僕たちは囮に使われたんだ」

「まずい、他の場所が・・・」

 

その時、安全な場所に避難していた優月が端末を持ちながら大慌てで走ってくる。

緊急の要件のようで、そして恐らく悪いニュースだ。

 

「大変よ!!ここじゃない、刑務所が襲撃されて大勢の受刑者が姿を消したらしいわ!」

「やっぱりー」

「くっ、間に合わなかった・・・!?」

 

 

 

どこか遠く、ここでない場所。

何もない真っ暗闇の中心に、大きな繭が浮かんでいる。

繭の片側は暗い大穴になっており、捕らえた人間を贄に捧げる大事な役割を持っている。

囚人服を着た人相の悪い男たちが繭の中に吸い込まれ、悲鳴を挙げて消えていく。

直後、何かを咀嚼する音、砕ける音がして、人間は一人残らず繭によって平らげられてしまった。

 

そして・・・。

 

繭に僅かに亀裂が入り、刻一刻とその時は近づいている。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

男の野太い叫び声が繭を破り、中にいる全裸の男が姿を現した。

直後、暴力的なまでに禍々しい波動が周囲へ放出され、コトダマに免疫のない人々が意識を無くして倒れていく。

 

この瞬間、新しい魔人が産声を挙げた。

 

 

ついに来たる魔人との決戦、そこで《祓》も深刻な打撃を受けることになる・・・。

 

 

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