仮面ライダー刀刃(ヤイバ)   作:禍津日

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その『知らせ』が届いたのはその日の朝方のことだった。
《影》がそれを伝えに来て、「そうか・・・」としか言うことができなかった。
止めるべきだったのかとも思った。才能がないからやめろ、と言えばよかった。
でも、人を助けて彼は死んだのだ。誇りに思うべきなのだろう。本当なら。

でも、口をついて出るのは「馬鹿野郎」という言葉だけだった。
誰が犠牲になってもいいから、生きていてほしかった。
かつて《刀》であったとは思えない考えしか浮かばない自分に嫌気が差した。


第漆話『これから』

「遅ぇぞ、《水》」

「遅い?おかしな事を言うな、君は。集合時間には間に合っているよ」

「俺より遅い奴は全員遅刻だ。《風》も、《土》も、《金》もな」

「相変わらず君はせっかちなんだね、《火》」

「うるせえ」

 

《水》と呼ばれた人物は、静かに笑うと五つしかない椅子の一つに座る。

そこには仏頂面をする《火》しか着席していない。

不思議な部屋だった。窓も、扉もない完全に密閉された空間である。

しかし、どこからか淡い暖色の灯火が瞬いており、視界には不自由しない。

《水》は落ち着いた声をしており、長身の人物だが、れっきとした女だ。胸にはサラシを巻いており、男性のような装いこそしているものの、内から溢れる男を狂わせる色香は隠せない。

 

「魔人騒ぎもこれにてひとまず解決、ということでいいのかね」

「俺は肝心の魔人の面を拝めなかったけどな。気色の悪い言魔が山ほど押し寄せてきやがったからよ」

 

《火》と呼ばれている男性は年齢は二十代半ば程で、その通り名を表すかのように髪はワインレッドに染められ、赤いジャケットと同じく赤いズボンという装いである。

彼は毒づくと、椅子のひじ掛けを乱暴に叩いた。彼が魔人を討伐すべく任務を片付けて街に入ろうとすると、近くの道を無数の言魔が待ち伏せしていたのだ。それを倒すのに時間がかかっている内に、魔人騒動は終結してしまっていたという次第であった。

 

「私も君と同じだよ。あまりにも言魔の数が多くて、何人か仲間がやられてしまった」

「『大淫魔』め。ムカつくアマだぜ」

「これで少しは状況も落ち着くと思いたいけど」

「それは、どうかしらね」

 

二人の会話に、割り込む野太い声。いつの間にか、椅子の上に男が立っている。

その人物は髪を三つ編みに結わえており、唇にルージュ、ばっちりと彫りの深い顔にメイクを施している。

 

「風が告げているわ。これから始まる動乱の始まりをね」

「てめえは相変わらず神出鬼没だな《風》

「風は神出鬼没。どこにでも吹き、流れるのみなのよ」

 

《風》は茶目っ気たっぷりにウインクし、《火》が鼻を鳴らす。

しかし、《風》がそういうという事は状況は思ったより深刻という事を意味していた。

彼────本人の名誉のために言うなら彼女────は風のコトダマのスペシャリスト、故にある種の未来視をも可能にする。だから、差し迫った脅威がある確率は残念ながら高いと言わざるを得ない訳だ。

 

「しかしいつ見ても良い肌してるじゃな~い《水》ちゃん。化粧水は何を使っているのかしら」

「生憎私はそういうのに疎くてね。一切使っていないとも」

「羨ましい羨ましい羨ましい!!あたしもスベスベボディがほし~い!!」

「ひひっ、金さえ積んでくれればいくらでも用立てますぜ、《風》の旦那」

 

《風》が顔の前で両の手をグーにして身体を揺らすと、甲高い男の声がまたしても割り込んでくる。その人物は顔をパーカーのフードで隠しており、顔を覗き込もうとしてもガスマスクをしているため、その声すらも本物かどうかが分からない。

乱入者は笑いながら《風》を見る。

 

「ああん!?()()!?《金》、ワレァ表出ろやコラァ!!タマァ抉り出すぞ!」

「おおっとぉ、これは失敬。()()

 

迂闊に口を滑らせて《風》の逆鱗に触れてしまった《金》が、慌てて取り繕う。

全員長い付き合いなので、どうすれば相手を煽てる事ができるかをこの《金》は熟知していた。

これすなわち、商売の鉄則である。《金》は商売人であると同時に腕利きの情報屋でもある。

人間関係のコントロールや人心掌握術にはこの場の誰よりも長けていると言って良いだろう。

 

「これで四人ようやく揃った訳かい。遅ぇなあ、《土》の野郎はよぉ」

「何か良からぬ事に巻き込まれていないといいが」

「遅いだと・・・?私は、《火》より先にここにいた」

「へーへーそうですかい、そいつは俺が・・・って!?お前、《土》!?」

 

《火》が慌てて椅子から立ち上がる。無理もない、いつの間にか自分と、二メートルを超える身長の巨漢の目が合っているのだから。《土》はずっと地面に寝そべっていたのだが、他の四名は誰もそれに気づくことなく、《火》のように驚いたリアクションを取る。

 

「てめえ、いるなら声をかけろや!?」

「聞かれなかった」

「てめえはどこぞの白い宇宙生物か!」

「まあまあ、いいじゃないの。ほらほら、全員揃ったんだからさ」

「てめえは呼んでねえぞ《黒》」

 

ヒートアップする《火》を宥める、呼ばれてもいないのにやってきた《黒》こと榊は五人からジト目を向けられて首を傾げる。

どうにも歓迎されていない雰囲気を感じ取ったためである。事実、その通りなのだが。

 

「今日は私たち《五刀》の会議なんだけど、君はその中に入っていないじゃないか」

「金を渡すから出て行ってほしいものですよ・・・」

 

《水》も《金》も苦言を呈する。しかし榊は自分が嫌われているとは微塵も思っていないため、「みんなツンデレだなあ」くらいにしか考えておらず、逆効果となっていた。

 

「だってみんなこの前の魔人騒ぎの会議で集まったんでしょ?なら僕様も参加する権利はあると思うんだけどな。僕様だって《姫》と一緒に魔人を倒したメンバーの一員なんだから」

「・・・チッ。勝手にしやがれ、クソッタレ。余計な茶々入れたらつまみ出すからな」

 

どう言っても混ぜっ返されるだけだと理解した《火》は榊を睨む。どうせ席はないのだからその辺に立ってろ、と内心で溜飲を下げる。だが、黒ずくめの馬鹿()は呑気に「はーい!」と手を挙げている。

 

(こいつが重要な役職じゃなきゃぶっ殺してたのによ・・・)

 

そう、彼の役職の重要性を鑑みれば、ともすると彼ら《五刀》よりもその役割は重いものかもしれないのだ。だから彼らも榊に強気に出ることができず、当の榊も奔放にやっている節がある。

 

「しゃあねえ。余計なゴミが混ざっているが、会議を始めるぞ。今回は俺が仕切らせてもらう」

 

《火》が号令をかけると、和やかな(?)雰囲気は一瞬で雲散霧消し、彼らの顔は真剣そのもの、《刀》の頂に君臨する者たちとしての顔に変わる。

 

《五刀》。それは秘密結社《祓》に所属する《刀》の中でも指折りの強者と目される者たち。

事実、彼らは通常の《刀》とは別格の地位におり、彼らに命令できるのは滅多に表に出てこない三人の長老のみである。彼らは長老から直々に命令を下され、極めて重要性の高い────すなわちそれだけ危険であることを意味する────任務にあっても生還する天下無双の猛者たちだ。

 

「今回の議題は、先の魔人が暴れた件の被害状況の確認と今後の対策だ。《水》」

 

《火》が《水》の方に話題を振ると、青い髪の男装の麗人は涼やかに語り始める。

 

「うん。魔人が出現した地域はもれなく壊滅、住人は8割が死亡、行方不明者も多数、建物の倒壊、半壊、数知れず・・・。これは何年復興にかかることやら」

「我ら《刀》も二十人以上が死亡、その中にはあの《治癒師》も含まれている・・・。治のコトダマを操れる者は医療部のごく一部と彼だけだったから、かなりの痛手だ」

「各種報道機関、SNSでの情報統制もばっちりよ。”忘”の術もかけたから大規模なガス爆発くらいにしか見えないはずだわ」

「今回の諸経費だけで総額ウン千万以上・・・。気が遠くなりますねぇ」

 

彼ら《五刀》はそれぞれ《祓》の運営にも携わっており、諸々の業務を同じ比率で分担している。

が、向き不向きの点もあり、情報統制などは《風》、人海戦術に長ける《水》、経理の《金》、武器や《刀》の指導を《土》と《火》・・・といった具合で専門にしている箇所もある。

 

「問題は今後の対策だ。今回の魔人の誕生はさらなる動乱の呼び水に過ぎないのか否か、という訳だが、お前らの意見を聞きたい」

 

最初に手を挙げたのは《風》だ。彼(彼女)は風の声を聴き、風の声を伝える巫女。

 

「風は言っている。新しい脅威を。それは白い影、内より目覚めるモノ」

「それって、まさか・・・」

 

《水》が会議を傍観していた榊に視線を向ける。構ってもらえて嬉しいのか、彼は上機嫌で話し始める。

 

「はっはー、まだその時じゃないと思うけどねぇ。今の所何も問題はないはずだよ。目覚めていないし、暴走の兆候も見られない。元気いっぱいさ」

「しかし、分かっているのだろうな・・・!?《姫》は」

「大丈夫大丈夫・・・。いざとなったら、僕様が始末するから」

 

榊は薄く笑みを浮かべた。

 

「まあ、その件はてめえに一任しておくわ。あんな穢れたアマには興味ねえ。《姫》だ何だと大層に持ち上げているが、所詮ただの害獣だからなァ」

「百害あって一利なし、なのは同意ですがね、要は百害をもたらす前に始末してしまえば良いのです。百姓は生かさず殺さず、とはよく言ったものですよぉ」

「何か可哀想だなあ・・・。ま、いいや。それより、『魔人連合』の連中はどうするのさ」

「うむ。今回の騒動には『大淫魔』も『所長』も一枚嚙んでいる。奴らめ、何かを企んでおる」

 

『魔人連合』。禁忌の力を手にした魔人の頂点、神にも等しい異能をいとも容易く操る、言魔の首魁たち。構成員は四名、いずれも人より遥かに永い時を生きてきた真正の化生共だ。

『大淫魔』、『所長』、『武人』、そして・・・。

 

「問題は、ここ十数年一切表に姿を現さない最後の一人、魔人連合の君主、言魔の王、現人神。『皇帝』のことだ。他の連中は悪事を企んだり配下を差し向けたりしてきやがるが、奴だけは音沙汰がねえ。『死んだ』と噂が立つ程にはな」

「死んだ、って言うなら辻褄が合うのよね。風はあの暴力的なまでの妖気を一切伝えてくれないもの」

「今は亡者の話をする時ではないはずだ。これからは三人と直接やり合う事も考慮せねばならぬはず。何故連中が今回の魔人に関心を向けていたか、知らないはずではあるまい」

 

《土》の冷静な指摘に一同は頷き、さらに会議は続いていく。

 

 

*******

 

「おはよう、雪片さん。早いねえ」

「あら、おはようございます。そちらこそ」

「年寄りは朝目が覚めるのが早くてねえ、ほほほ」

 

朝五時。今にも雨が降り出しそうな程重たい雲を、懸命に空が支えている。

白雪は住んでいるマンションの部屋を出ると、隣の部屋の老婆に挨拶をした。

老婆は夫と一緒に住んでおり、週末には息子夫婦と孫が訪れる事も多く、それが楽しみなのだと嬉しそうに語っていたのを思い出した。

 

《祓》に所属している者たちは基本的に本部の寮に入る規則になっている。これは万が一にも《祓》の存在が世間に知られてはならないためだ。では何故白雪はこうして安いマンションに暮らしているのかというと、《姫》という立場故に認められているのである。

 

「どこかにお出かけかしら?」

「ええ、少し」

「そうなの。気を付けてねえ」

 

ニコニコ笑う老婆に一礼し、エレベーターに乗り込む。

そこで設置されている鏡を見て、服装が変ではないかを念入りに確認する。

今日は特段任務という訳ではないが、決して蔑ろにできない大事な用事があるのだ。

まだ明かりが点いているエントランスを通り抜け、表の出口から出る。

このマンションには表側と裏側の二か所に出口があり、駐車場は表の出口の方にある。

 

ここで待ち合わせをしているのだが、当の迎えがやってこない。

『もうすぐ着くよ』と連絡が来ていたはずなのだが・・・。

しばらくして、エンジン音が聞こえたかと思うと、一台の黒いスポーツカーが彼女の前に停車する。運転手はドアミラーを下げると、爽やかに微笑んでウインクした。

 

「おはよう、《姫》。よい朝だね」

「あなたにはこれが晴れているように見えるのですか?」

「晴れ=よい朝なんて考えは浅慮というものだよ?こうして姫とドライブできるなんて僕様にとっては最高の朝なんだよ」

 

いつもの調子を崩そうともしない榊の様子に白雪は頭が痛くなるのを感じた。

やはりこの男に運転手を頼んだのが間違いだった・・・。

しかし、どうしても電車では行けない事情があったため、節を曲げてまで彼に頼み込んだのだ。

本人は二つ返事で引き受けてくれたため感謝する必要があるのは事実だが、この調子だと感謝する気も起きなくなってくる。

 

「ま、立ち話もアレだし乗りなよ。目的地はナビに入力したから、多分辿り着けるはずさ」

「お言葉に甘えて、失礼します・・・」

 

白雪は左の後部座席のドアを開け、車に乗り込む。隣の席は既に埋まっていた。

優月だ。そして、彼女こそ車で目的地まで行かなければならない原因であった。

 

「おはようございます、優月さん」

「おはよ・・・」

 

返事に覇気がなく、表情もどこか虚ろだ。それはまるでここではないどこかを見ているように。

彼───仮面ライダー癒こと村雲 健斗の死は優月の心に消えない傷を残していた。

しかも、自分を助けたせいで死んだという話なのだから本人的にはより辛いのだろう。

電車で出かけようものならそのまま電車に飛び込んでしまいかねない精神的な不安定さ、危うさが、今の彼女にはあった。

 

今日、二人はG県にあるという村雲 健斗の実家に彼の私物を届けるという使命があった。

本来なら《刀》の死は仲間以外には誰も知らされる事はない。たとえそれが血を分けた家族であったとしても。闇に生きて闇に還る、それが《刀》として生きるという事なのだ。

だが、健斗の場合は例外であった。

 

「村雲は両親が事故で死に、家族が《刀》だった祖父の三郎氏しか残っていない。だからこうして弔問に訪れることができる訳だ」

 

ハンドルを握りながら、榊が呟いた。白雪もそれに力なく頷く。

《刀》であった祖父しか身寄りがいないなら、組織の存在を伏せるのに血眼になる必要もない。そもそも、《刀》を殉職でなく引退するケース自体が極めて稀である。

だから今回の訪問は偶然に偶然が重なった特例であった。

 

「私物もさしてありませんが・・・、少しでもお話を窺えればと」

「僕様としては優月ちゃんが来る事が驚きだったんだけどなあ。辛いから来ないのかと思ったよ」

「辛いし、悲しいけど・・・。ずっと悲しんでもいられないし、前に進む努力をしないと」

「台詞は立派だけど言葉に覇気がないねえ。もっとピシッとしないと」

 

榊の発破に、優月が口ごもる。榊の言葉は厳しいように思われるかもしれないが、その実優月を思いやっているが故のものだ。その証拠に、ルームミラー越しに見える榊の表情は優しい。

だが、優しくされればされる程、健斗の事を思い出して、より気持ちが沈むのも事実だった。

 

「ま、まだ先は長いからねぇ。あ、映画でも観るかい?借りてきたよ~『ライダー四号』に『詐欺師の白鳥』、『復活のメダル』、『運命の商社』、あとこれ!『ロンリーウルフ』!これが傑作でね、偽の記憶を植え付けられた青年が暴走するアンドロイドと戦う話なんだけど・・・」

 

その後も一人で延々と話し続ける榊の声をBGMに、眠くなってきた白雪は睡魔に身を明け渡した。

 

 

 

*******

 

妻の涼子が死んだのは子供を産んですぐだった。産後の肥え立ちが悪く、赤子を取り上げられてまもなく息を引き取ってしまったのである。自分には《刀》としての任務と、まだ母に甘えたい盛りの子供しか何も残っていなかった。

親友だった江藤は言魔と交戦中に民間人を守ろうとして代わりに攻撃を喰らい、そのまま死んだ。

その時は泣いた。唯一彼だけが嘘をつく必要のない、偽りの仮面を被る必要のない人間だった。

己の半身を引き裂かれるような気分だった。あれは何十年も経った今でも忘れられない。

 

しかし、涼子はどうだ。自分───三郎が人喰いの化け物と命懸けで戦っている等とは露ほども知らず、うだつの上がらない工事現場の作業員くらいにしか思っていなかったはずだ。

もっとも、そう嘘をついたのも、その嘘を信じ込ませたのも自分だった。

涼子は最後まで三郎の正体を知ることなく死んだ。

 

実際、もう《刀》として戦っていくことに限界を感じていた。命を狙われるのも言魔の命を奪うのも嫌で嫌で仕方なかった。それはちょうど同じ頃、『あの事件』があったからかもしれない。

とにかく、まだ小さい子供二人を育てながら戦うのはもう無理だった。

自分の心の『刀』は、ポッキリと折れてしまっていた。

 

「爺ちゃんは、何でそんなに怖い怪物と戦っていたの?」

「何でだろうなぁ・・・。皆を傷つける、あいつらが許せなかったからかもしれんなあ」

「かっこいい!!爺ちゃん、僕も爺ちゃんみたいに《刀》になって、皆を助けたい!」

 

《刀》を引退し、遠くの街に引っ越した三郎は幸運にも飲食店の住み込みの仕事に就く事ができ、そこの娘には子供の面倒をよく見てもらった。子供もよく懐いて、それこそ母のように慕っていた。

 

彼女が言魔に襲われ、無惨に喰い殺されるまでは。

 

三郎は忘れていた。自分が《刀》を辞めて平穏な日常に戻ったつもりでいても、此の世から言魔は消え去った訳ではないという事を。それを最悪な形で思い出させられた。

しかし復讐心は全く湧いてこなかった。もう折れた心の刀には、とうに錆が回っていたのだ。

それからは必死に働いた。子供も大きくなり、孫までできた。頑張ってきた甲斐があった、息子夫婦と孫に囲まれて幸せな余生を過ごせると思っていた。

けど、現実は残酷だ。三郎から奪うばかりで、何も与えてはくれないのだから。

事故で息子夫婦と姉弟の姉が死に、孫の健斗だけが生き残ったと聞いた時は悲しみより先に笑いが出た。

 

また、かと。また自分は失ったのかと。神は自分に試練を与えるのが相当お好きらしい。

天涯孤独の身同士の三郎と健斗は一緒に暮らすことになった。

楽しかった。孫の成長を見るのが嬉しくて仕方なかった。

ある日、健斗はこう切り出した。

 

「《刀》になりたいから、爺ちゃんの知り合いに連絡を取ってほしい」

 

最初は鼻で笑った。《刀》だったのは何十年も前の話で、その頃の仲間とは終生会うことはなかったし、そもそも生きているのかさえ不明なのだ。

一般人が《刀》になる方法は本当に限られている。言魔に襲われた所を《刀》に助けられるか、自分のように身内が《刀》だった時だけ。

だから普通の人間と《祓》は普通に生きている間は絶対に交わらない平行線なのだ。

 

「お前、何で《刀》になりたいんだ」

「僕、何にもとりえがないから。姉ちゃんによく言われたんだ。あんたは何もできないんだから、人には優しくしろ、人を守れるくらい強くなれって。だから僕、みんなを助けたい」

「そうか・・・」

 

あの時、止めていれば。健斗まで死なずに済んだのだろうか。

だが、実際には連絡を取って(辞める時に跳コトダマを渡される)、健斗を《刀》にしてしまった。

見るからに鈍くさく、明らかに才能がないだろうあの子を。

 

「許してくれ・・・健斗」

 

仏壇に飾った遺影に詫びる。骨は此の世のどこにも残っていないというのに。

 

 

*******

 

健斗の祖父、村雲 三郎の家はG県の外れ、隣に建物が一軒もない場所にあった。

それはまるで、誰とも関わらないで済むと言いたいかのように。

周りには畑しかなく、むせ返るような緑の匂いが鼻につく。

 

「じゃ、僕様はそこら辺をぶらぶらしてるから。帰りはまた連絡してね」

 

用事のない榊は車をかっ飛ばしてどこかへ走り去っていった。

そこは築何十年も経っていそうな古い家ではあったが、不思議と温かみのある家だ。

ここでなら健斗があの心優しい性格に育つのも頷ける気がする。

チャイムを押すと、ややあって返事があり、三郎と思われる老人が引き戸を開けて出てきた。

そこに立っていた三郎の姿を見て、白雪も、優月も驚いた。

 

三郎には右腕と左足がなく、そこに義手と義足を装着していたのだ。

だが白雪は動揺をおくびにも出さず、努めて冷静に話しかける。

 

「村雲 三郎さんですね。私は・・・」

「分かっている。入れ」

 

三郎は黒いサンダルを履き、辺りに人の気配がないことを確かめると話もせず二人を家の中に通す。このまま白雪が話し続ければ《祓》や《刀》のことを言及するかもしれない。いくら僻地とはいえ、誰かそれを耳にする者がいるかもしれない。

秘密主義を徹底するその姿は引退したとはいえ《刀》のそれだった。

 

ギシギシと軋む廊下を抜けると、居間があって、そこに設えた仏壇には若い女性と男性、そして健斗の遺影が飾られている。それ以外には開かれたままの新聞、旧式のテレビくらいしか目立つものがない。白雪と優月を居間に通すと、まず三郎は深く腰を曲げて謝罪した。

 

「遠くまで来てもらって、悪かった。ウチの孫のために・・・」

「いえ、健斗さんには大変お世話になりましたから・・・」

 

三郎の顔は見るからにやつれ、目に隈ができている。あまり眠れていないのだろう、と白雪は察した。三郎は座布団を押し入れから取り出し、二人をそこに座らせると、自分はキッチンに行って麦茶の入った容器を持ってきて、二人に出す。

それらの所作には一切の淀みがなく、年齢をまるで感じさせない。

 

「君たちは、健斗とは知り合いだったのか?」

 

三郎は麦茶を一口含んで舌を湿らせると、ゆっくりと話を切り出した。

それを聞いて、優月の肩がビクッと跳ねる。

白雪は机の下で彼女の手を握り、首を縦に振る。

 

「はい、任務で以前は何度か・・・。と言っても、そこまで親密でもなく。そして、最期まで共に魔人と」

「魔人か・・・。私たちの世代にも出現したことはあったが、終ぞ討伐できなかった・・・。健斗は、そんなのと戦ったのか・・・」

「はい、私を魔人の攻撃を庇おうとして、そして・・・」

 

脳裏に腹を貫かれ、血と肉を零しながらその場に倒れる彼の姿が思い浮かび、それを払拭するために勢いよく麦茶を飲む。

 

「君たち、今は幾つだ・・・?」

「私は17、こっちは・・・」

「わ、私も17・・・です」

 

それを聞いて、三郎は目頭を押さえて遠くを見る。涙を堪えようとしているのだ。

健斗は享年18歳であったから、年齢が近く感じるものがあったのだろう。

 

「そうか・・・。そんな若く、将来があるだろうに・・・」

「私は、人を守り、悪を斬るのが《刀》の使命だと思っています」

「私も、かつてはそう思っていた・・・。だからこそ、あの子を止めるのを躊躇してしまった」

「ご自分を責めないで下さい。悪いのは・・・」

 

そこまで言いかけて、突然優月が割り込んでくる。彼女の瞳は真っ赤になり、大粒の涙を流している。そして、今まで溜め込んできた感情を爆発させる。神父の前で告解する罪人のように。

 

「悪いのは、全部・・・私なんですッ!!彼は私を助けるために・・・ッ」

「そ、そうか・・・君が・・・!?」

 

ただならぬ優月の様子を見て、三郎は彼女こそが健斗が助けた人だと気づいた様子だ。

優月は怒られるのを、責められるのを、罵倒されるのを望んでいたのだが、現実はそうではなかった。三郎は先程は涙を堪えたのに、今回は嗚咽を漏らしたのだ。

 

「良かった・・・生きていたんだな。これで、あの子も・・・あの子も、救われる・・・。あの子の死は、決して無駄なんかじゃ・・・」

「でも!私が死んでいれば、彼は・・・!」

「あの子の想いを踏みにじるつもりか!?」

 

優月の後悔を、三郎は《刀》の如く一刀両断に斬り捨てる。

泣きながらも叱られて、優月は目が覚めたようにハッとした顔をする。

 

「君が死んでいれば、それこそ健斗は無駄死にだ!!まだ分からないのか!?君は、あの子に託されたんだぞ!『生きる』というその言葉の『意味』を考えた事があるかね!?」

「わ、私は・・・」

「死んだら人は何も残らないんだよ。特に、《刀》は。死ぬ時に遺すコトダマによって言魔にならないように、炎のコトダマで骨も残さず燃やしてしまうんだから・・・。だから、生きている人間が死んだ者の想いを背負って生きていくんじゃないのかね?私は忘れない。涼子・・・妻のことも、息子のことも、健斗のことも。もう、君の命は君だけのものじゃないんだよ。その意味を一度、よく考えてみなさい」

 

その言葉は、重い。でも、喪ってきた、喪い続けてきた者としての本当の想いが伝わってくる。

しばらくの間、誰も何も話さなかった。黙って三郎が席を立ち、また茶を淹れる。

三郎が腰を落ち着けた頃合いを見計らって、白雪は本題に入ることにした。

 

「それで、今日は健斗さんの私物を渡しに・・・。《刀》の仕事に関係する物は渡せないので、これだけしかないのですが」

 

白雪はカバンから紙袋を取り出す。これは健斗の寮の自室からかき集めた物だ。

元々物を持たない性格だったのか、それとも死後に処分しやすいようにという配慮からなのか、ほとんど部屋には何も残されていなかったのだ。

白雪も、もちろん優月もそこに何が入っているのか知らない。

一番初めに見るのは、祖父である三郎だと判断したからである。

 

「これは・・・。はは、あの子が子供の時から集めていたカードですよ」

 

まず出て来たのは、カードが入ったカードケースだ。何やらカードゲームのキャラクターらしきイラストが描かれている。《お菓子の化け物 ガヴ》と書かれているのが見えた。

次いで筆記用具、替えの服、携帯端末の充電器、文庫本などが取り出されていく。

最後に出て来た物を見て、三人の視線が集まった。

 

「ノート・・・?」

 

それはよくある市販品のノートブックだ。日記、のようなものだろうか。

三郎がページをめくりながら、堪えきれなくなった涙を流し、ノートの上に滲んでいく。

恐らく、健斗の筆跡を見て懐かしさがこみ上げてきたのだ。

そして最後の方のページを見て、こちらに───特に優月に見せてくる。

 

「わ、私?」

 

優月は困惑した。大して親しくもない、水族館で任務に就いた時に数時間一緒にいただけの自分が果たして見てよいものなのかと迷っているのだ。

だが、三郎は半ば強引に優月の手にノートを握らせると、読んでみろと促すかのように静かに頷く。

 

「あ・・・」

 

『〇月×日 かわいい子に会った。名前は優月ちゃん。友達を殺された可哀想な子だ。でも、人を助けられなかったことで悩めるとても優しい子でもある。一緒に見たクラゲがとても綺麗だった。彼女は《刀》になるのかな。なったら、一緒にコンビを組みたいな。いつかまた、クラゲを二人で見に行きたいな』

 

「あ・・・あ・・・」

 

『僕はー、できれば皆を助けたい。でも、僕一人じゃ皆を助けられない。だからさ、優月ちゃんさえ良ければ、その力を貸してよ。一人じゃできなくても、もっと皆で頑張ればきっとできるよ』

 

あの日二人で並んで見た赤く光りながら揺らめくクラゲ、飲んだソーダの味、途切れ途切れの意識の中で聞こえた気がする、彼の最期の声・・・。

 

それら全てが一度に再生されて、優月の中できちんと、正しく健斗が死んでいくのを感じた。

もう、此の世の何処にも彼はいないのだという事を、納得した。

だからこそ正常に、もう会えない悲しみを感じる事ができた。

 

日が暮れてくるまで、三郎と優月は泣き続け、白雪はそれを優しく見守っていた・・・。

 

 

「すみません、長居してしまって」

「気にしないでくれ。何だか、昔に戻ったみたいだったよ・・・。仲間が死んで、その度に泣いていたあの頃みたいに」

 

三郎はそう言うと、真っ赤に腫れ上がった目を細めて笑った。

村雲家を後にする時には、もう外は暗くなってきていた。

闇はその色を濃くし、魔なる物たちが我が物顔で此の世を闊歩する時間。

 

「夜か・・・。奴らが来る時間だな。君たちは、長生きするんだぞ」

 

それは先輩から後輩への激励。

だから、白雪も使命と誇りを胸に言った。優月も、確かな決意を胸に。

 

「私は当代《姫》、雪片 白雪。必ずや、犠牲となった人たちの無念を晴らし、非道な言魔を一匹残らず祓ってみせます」

「私も、彼のように守りたいものを守れる人に、そんな優しい《刀》になります。そして、彼の分まで生き抜いてみせます。最期の一瞬まで、生きることを諦めません」

「ありがとう・・・。君たち、頑張ってくれ。何かあったら、私も力になろう」

 

二人は深く礼をして、三郎と別れる。家を訪れる前と後では、優月も別人のように見違えた印象を受ける。

 

「・・・ねえ」

「何ですか?」

 

榊の待つ車までの道すがら、ぽつりと優月が呟いた。

 

「あ、あんたはさ、死なないわよね」

「さあ、どうでしょう」

「約束してよ・・・。生きるって、死なないって。もう嫌なの、誰かがいなくなるのが」

 

立ち止まる。涙でぐちゃぐちゃになった酷い顔は、真剣そのもので。

 

「約束はできません。いつ死ぬか、それを人は選べませんから。でも、できるだけ頑張りましょう。あなたのためにも」

 

白雪のその言葉に、優月は顔を赤くして、そっぽを向いて呟いた。

 

「・・・ありがと」

「聞こえませんでした。もう一度」

「はあっ!?何も言ってないわよバカ!!どっちが車に先に着くか競争よ!!」

「ちょ、卑怯です!?」

 

先に走り出した優月を慌てて追いかけて、白雪は転びそうになった。

 

 

 

 

 

三郎は遠ざかる二人の背中を見つめ、呟いた。

 

「《姫》か・・・。可哀想に」

 

 




車に到着すると、榊が誰かと電話をしていた。
驚くべき事に、いつも人を食ったような態度の彼が珍しく本気で焦っている。

「本当か・・・!?分かった、二人を連れてすぐに向かう」

通話を終えると、エンジンを乱暴に踏み、ハンドルを叩く。
ただならぬ彼の様子に二人は顔を見合わせる。

「何か事件ですか?」
「ああ、事件だよ!最悪のね!!」

榊は投げやりに答える。直後、彼の言葉を聞いて二人はさらに衝撃を受けることになる。


「《刀》が・・・、刀で一般人を斬り殺したんだ!!何人もッ!」
「そんな・・・!?」
「嘘・・・!!」

榊はサングラスを外し、黒曜石のような色の瞳で白雪を見つめる。

「出番だぜ、《姫》。『反乱分子の粛清』、それが仮面ライダー刀刃のもう一つの仕事だもんな」



次回『虚構の正義』
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