「いちばん!」
「だあーっ! もうちょっとだったっす!」
「……香澄ちゃん、大丈夫?」
「はぁ……、ふぅ……、ぜぇ……」
座り込み、尋常じゃない量の、玉のような汗を流す。肩を上下させて、浅く呼吸を繰り返し、顔は俯いている。香澄は日頃の運動不足が祟っていた。
「んー……。大体150Bpmくらい?」
「何を言ってるのよ?」
タオルを渡しながら、ヘンな事を言う沙綾。そんな介抱人に、騒ぎを聞き付けた有咲が、2階の入口から顔だけを出しながら言った。
「ほら、遊んでないで早く上がって。冷気逃げちゃうでしょ」
それだけ言うと、顔を引っこめてしまう。何とか立てるようになった香澄を、一行は両脇から介抱しつつ、ゆっくり蔵へと上った。
まず始まったのは、フラフラと頼りない足取りをしている香澄の心配を、有咲がした所からだった。
「かすみん大丈夫? 熱中症とかならないでよ。……なんで、運動苦手なのに走ってきたんだか」
「師匠、水だ」
「はぁ……ふぅ。ありがとう、りみりん、有咲ちゃんも」
「流石に走ると、汗だくだくっすね……」
「まだ7月になってないのに、この暑さだもんねぇ」
「りみセンパイ、やけに涼しそうにしてるっすけど、もしかして汗ひとつかいてない……?」
「そういえばそうね」
「うちはエアコンが無い! ……暑いのは暑いが、慣れた!」
「私もエアコンつけなければ、りみちゃんみたいに……?」
「香澄ちゃん。真似しちゃいけないし、真似する方向が違うよ」
雑談、おしゃべり、ガールズトーク……とはちょっと遠いが。休日で、1週間ぶりの5人
話をしつつも、それぞれは楽器の準備をする。魚肉ソーセージ色のシールド(りみが抗議していた。)を筆頭に、何となく決まりつつあるイメージカラーを取り入れた道具を用意し、チューニングする。
何時もの場所に立ち、各々バラバラに音を出し始める。運動前の、準備体操みたいなものだった。気になるフレーズや、コードの確認。楽器の調子を確かめるのも欠かせない。
そして、5人が揃う週末は、1曲通しての練習が主だった。
「さて。じゃあ、いつも通り通すわよ」
有咲の声掛けに、香澄たちは頷く。まずは、"Yes! BanG_Dream!"から始めるのがポピパの通例だった。
沙綾の、黄色いグリップのスティックがくるりと弧を描く。2回のドラムスティックカウントの後、歌が始まる。
☆☆☆☆☆
「うーん……?」
演奏の途中、りみは微妙な違和感を感じていた。
なんというか、"ズレ"ているのだ。いつもとは事なる感覚に、りみはなんだかムズムズしてきてしまう。
ベースを弾く手をそのままに、ちょっと意識して、聞いてみる。自分とは反対側にいる3人、
師匠達は……。大丈夫そうだ。うさぎ殿がうまーくサポートして、師匠を支え、師匠もいつも通り歌が上手い。ベンケイ殿も弾けるようにキーボードを叩いている。好調なようだ。
───って事は。
りみは、自分の刻んでいるリズムを先ず疑った。
そんな時に、またズレを感じた。
32の音符の中の1つだけ。りみと沙綾の音がズレた。
いつものように生き生きとしたモノではなく、何とか無理やり、叩きに行って合わせに行っているような。いつものように自然と音が重なる感覚ではなく、沙綾のドラムがしょうがなしにズレているような。そんな感覚。
「……なるほど」
りみは納得し、独りごちた。そして、沙綾をよく観察し始める。沙綾に、何かしらの異常が発生している事は確実。それが、沙綾自身なのか、機材になのかは分からないが……。
それと同時に、いつも以上に正確にテンポを刻む。普段はテンションが上がってしまい、走りがちで、アドリブも入れがちなりみ。それに合わせくれる形で、沙綾が追従してくれていた。
今回は、りみが兎に角安定を意識してビートを刻む。本来であれば、体全体を動かさなければならないドラムよりも、指先でビートを弾けるベース方が、安定性はいいハズだ。
そんな風に、沙綾をチラチラ見ながら、弦を弾いた時だった。
「……っ!」
沙綾の顔が歪む。一瞬だが、左手首を抑えるような仕草をする。たまたま、最後の1音を叩ききった後だった為、りみ以外にはバレずには済んだようだ。
──沙綾は、恐らく左手首を負傷している。それでも尚、無理に演奏するのは、
りみの中で、疑惑が確信に変わった。
他の3人も、演奏に何かしらの違和感は覚えていたようだった。「ここがこうだった」とか、「そこはこうした方がいいかも」とか話し合っている。
一方の沙綾は、もうなんてことも無いといった風だった。痛みなんて無さそうで、ドラム椅子の調整をしている。
一体何で痛めたのかは分からない。けど、スティックで叩くだけで痛みが出るくらいなら、これ以上の演奏は悪化するだけだと、りみは思う。
兎に角、一旦止めさせなければ……。そう思うと同時に、りみの体がまず先に動いた。
「獅子メタル殿」
「ん? どうしたの、りみりん」
何をする訳でもなく、沙綾にずいと近寄ったりみを香澄たちは目で追った。
「……ちょっとだけ、手を借りても?」
「うん? いいよ?」
そう言って、沙綾は"右手"を差し出す。
「……」
「……?」
差し出されたものの、りみが無言のまま、何もしない為に沙綾が首を傾げる。
じっ……と、見つめられたままな為、むず痒さを沙綾が覚えていると。
「……ちょっと失礼!」
「~~っ!?」
りみは突然、出された右手ではなく、隠すように膝上に置かれていた左手を取った。
なにも痛みとかない状態なら、痛みなんて無いよう手を取ったはずだった。ただ、膝上から手を持ち上げただけ。
けど、沙綾は痛みに悶えているような表情を見せた。
声にならない声とはこの事だ。沙綾は顔を顰めながら、悶絶しているようだった。
そんなやりとりを見ていた香澄達は、慌ててりみ達に寄ってくる。
「沙綾ちゃん!?」
香澄とたえがまず先に駆け寄り、大丈夫かと質問する。沙綾は、左手首を押えながらも、「大丈夫」と無理やり笑顔を浮かべている。
「やっぱりか」
「ちょっとあんた、どういう事か説明しなさい」
1人納得しているりみを、有咲は詰めた。
ちらりと有咲を一瞥した後、りみは沙綾の左手から目線を外さないまま答える。
「獅子メタル殿は、左手首を負傷している。演奏に支障が出る程のな」
りみはそう言いきった。