もう一度   作:冴月

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夏終わってしまいました。


2

「いちばん!」

「だあーっ! もうちょっとだったっす!」

「……香澄ちゃん、大丈夫?」

「はぁ……、ふぅ……、ぜぇ……」

 

 拮抗勝負(デッドヒート)を繰り広げていた2人とは裏腹に、息も絶え絶えな香澄と、それを介抱する沙綾だった。

 座り込み、尋常じゃない量の、玉のような汗を流す。肩を上下させて、浅く呼吸を繰り返し、顔は俯いている。香澄は日頃の運動不足が祟っていた。

 

「んー……。大体150Bpmくらい?」

「何を言ってるのよ?」

 

 タオルを渡しながら、ヘンな事を言う沙綾。そんな介抱人に、騒ぎを聞き付けた有咲が、2階の入口から顔だけを出しながら言った。

 

「ほら、遊んでないで早く上がって。冷気逃げちゃうでしょ」

 

 それだけ言うと、顔を引っこめてしまう。何とか立てるようになった香澄を、一行は両脇から介抱しつつ、ゆっくり蔵へと上った。

 まず始まったのは、フラフラと頼りない足取りをしている香澄の心配を、有咲がした所からだった。

 

「かすみん大丈夫? 熱中症とかならないでよ。……なんで、運動苦手なのに走ってきたんだか」

「師匠、水だ」

「はぁ……ふぅ。ありがとう、りみりん、有咲ちゃんも」

「流石に走ると、汗だくだくっすね……」

「まだ7月になってないのに、この暑さだもんねぇ」

「りみセンパイ、やけに涼しそうにしてるっすけど、もしかして汗ひとつかいてない……?」

「そういえばそうね」

「うちはエアコンが無い! ……暑いのは暑いが、慣れた!」 

「私もエアコンつけなければ、りみちゃんみたいに……?」

「香澄ちゃん。真似しちゃいけないし、真似する方向が違うよ」

 

 雑談、おしゃべり、ガールズトーク……とはちょっと遠いが。休日で、1週間ぶりの5人仲間(パーティ)という事もあり、話が止まらない彼女達だった。

 話をしつつも、それぞれは楽器の準備をする。魚肉ソーセージ色のシールド(りみが抗議していた。)を筆頭に、何となく決まりつつあるイメージカラーを取り入れた道具を用意し、チューニングする。

 

 何時もの場所に立ち、各々バラバラに音を出し始める。運動前の、準備体操みたいなものだった。気になるフレーズや、コードの確認。楽器の調子を確かめるのも欠かせない。

 

 そして、5人が揃う週末は、1曲通しての練習が主だった。

 

「さて。じゃあ、いつも通り通すわよ」

 

 有咲の声掛けに、香澄たちは頷く。まずは、"Yes! BanG_Dream!"から始めるのがポピパの通例だった。

 

 沙綾の、黄色いグリップのスティックがくるりと弧を描く。2回のドラムスティックカウントの後、歌が始まる。

 

 

☆☆☆☆☆

 

「うーん……?」

 

 演奏の途中、りみは微妙な違和感を感じていた。

 なんというか、"ズレ"ているのだ。いつもとは事なる感覚に、りみはなんだかムズムズしてきてしまう。

 

 ベースを弾く手をそのままに、ちょっと意識して、聞いてみる。自分とは反対側にいる3人、香澄(師匠)有咲(ベンケイ殿)たえ(うさぎ殿)だ。

 師匠達は……。大丈夫そうだ。うさぎ殿がうまーくサポートして、師匠を支え、師匠もいつも通り歌が上手い。ベンケイ殿も弾けるようにキーボードを叩いている。好調なようだ。

 

 ───って事は。

 

 りみは、自分の刻んでいるリズムを先ず疑った。たえ(うさぎ殿)によく、「走り過ぎっす!」という身に染みる言葉を食らっていたりみは、より正確なビートを刻もうとする。

 

 そんな時に、またズレを感じた。

 

 32の音符の中の1つだけ。りみと沙綾の音がズレた。

 いつものように生き生きとしたモノではなく、何とか無理やり、叩きに行って合わせに行っているような。いつものように自然と音が重なる感覚ではなく、沙綾のドラムがしょうがなしにズレているような。そんな感覚。

 

「……なるほど」

 

 りみは納得し、独りごちた。そして、沙綾をよく観察し始める。沙綾に、何かしらの異常が発生している事は確実。それが、沙綾自身なのか、機材になのかは分からないが……。

 それと同時に、いつも以上に正確にテンポを刻む。普段はテンションが上がってしまい、走りがちで、アドリブも入れがちなりみ。それに合わせくれる形で、沙綾が追従してくれていた。

 今回は、りみが兎に角安定を意識してビートを刻む。本来であれば、体全体を動かさなければならないドラムよりも、指先でビートを弾けるベース方が、安定性はいいハズだ。

 

 そんな風に、沙綾をチラチラ見ながら、弦を弾いた時だった。

 

「……っ!」

 

 沙綾の顔が歪む。一瞬だが、左手首を抑えるような仕草をする。たまたま、最後の1音を叩ききった後だった為、りみ以外にはバレずには済んだようだ。

 

 ──沙綾は、恐らく左手首を負傷している。それでも尚、無理に演奏するのは、(ポピパ)のことを思っての事だろう。

 りみの中で、疑惑が確信に変わった。

 

 他の3人も、演奏に何かしらの違和感は覚えていたようだった。「ここがこうだった」とか、「そこはこうした方がいいかも」とか話し合っている。

 

 一方の沙綾は、もうなんてことも無いといった風だった。痛みなんて無さそうで、ドラム椅子の調整をしている。

 一体何で痛めたのかは分からない。けど、スティックで叩くだけで痛みが出るくらいなら、これ以上の演奏は悪化するだけだと、りみは思う。

 

 兎に角、一旦止めさせなければ……。そう思うと同時に、りみの体がまず先に動いた。

 

「獅子メタル殿」

「ん? どうしたの、りみりん」

 

 何をする訳でもなく、沙綾にずいと近寄ったりみを香澄たちは目で追った。

 

「……ちょっとだけ、手を借りても?」

「うん? いいよ?」

 

 そう言って、沙綾は"右手"を差し出す。

 

「……」

「……?」

 

 差し出されたものの、りみが無言のまま、何もしない為に沙綾が首を傾げる。

 じっ……と、見つめられたままな為、むず痒さを沙綾が覚えていると。

 

「……ちょっと失礼!」

「~~っ!?」

 

 りみは突然、出された右手ではなく、隠すように膝上に置かれていた左手を取った。

 なにも痛みとかない状態なら、痛みなんて無いよう手を取ったはずだった。ただ、膝上から手を持ち上げただけ。

 けど、沙綾は痛みに悶えているような表情を見せた。

 声にならない声とはこの事だ。沙綾は顔を顰めながら、悶絶しているようだった。

 

 そんなやりとりを見ていた香澄達は、慌ててりみ達に寄ってくる。

 

「沙綾ちゃん!?」

 

 香澄とたえがまず先に駆け寄り、大丈夫かと質問する。沙綾は、左手首を押えながらも、「大丈夫」と無理やり笑顔を浮かべている。

 

「やっぱりか」

「ちょっとあんた、どういう事か説明しなさい」

 

 1人納得しているりみを、有咲は詰めた。

 ちらりと有咲を一瞥した後、りみは沙綾の左手から目線を外さないまま答える。

 

「獅子メタル殿は、左手首を負傷している。演奏に支障が出る程のな」

 

 りみはそう言いきった。

 

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