多分次回最終話です。
抱っこされたまま、沙綾は病院の中へと連れて行かれた。
受付の助手さんに困惑されながらも受付を済まし、看護師さんに動揺されながら診察室に案内され。病院の人々にひとしきり驚かれた沙綾は、医師の一言でようやく降りることになった。
部屋に入れるのは一人のみだという。りみとたえは、待合室の一番端っこのソファの、一番端っこの方に座って待つことにした。
待合室は、エアコンの冷房が程よく効いて心地いい。たえは他の人の邪魔にならない程度にリラックスをして、冷気を堪能していた。熱が籠った体には、最高に相性抜群だ。
一方、りみはスマホと睨めっこをしていた。カタカタ文字を打ったと思ったら、また眉をひそめながら眺め。暫くスクロールしたと思ったら、またタカタカと文字を打ち込む。なにか、調べ物を真剣に行っていた。
「はぁ、やっと着いた」
「す、涼しい……」
数分後。雪崩込むようにして、方や倒れ込むようにして。汗だくな有咲と香澄は、りみ達とようやく合流した。現在時刻は、診察時間ギリギリであり待合室の中は香澄達だけになっている。が、ソファに座るりみ達の隣に、2人は邪魔にならないように揃って腰掛ける。
「あんた、さっきから何調べてるの?」
2人が来ても真剣な表情で調べ物を続けるりみに、有咲が聞いた。りみは、真剣な表情を維持したまま、スマホから視線を外さずに答える。
「獅子メタル殿の症状を調べようと思ってだな」
ほら、とスマホの画面を見せてくる。3人は、小さなりみのスマホを横並びに覗き込んだ。
画面上にびっしりと書かれた細かい文字、そのタイトルのように病気の名前がいくつも記載されている。
見るだけでクラクラする……! 普段そこまで本を読み込まない香澄は文字に酔いそうだった。
「ウチが思うに、最悪のパターンはこれだな」
少しスクロールをして、指を指す。病名、"局所性ジストニア"という名前、そして隣に"難病"という記載が同時にされていた。
難病── 発病のメカニズムが明らかではなく、治療法が確立していない希少な疾病。そして、長期の療養を必要とするものとされている。医療方面の知識がほぼない香澄達であったが、字面だけでその難儀であることは理解した。
「…… ジストニアは、筋肉が意図しない収縮を繰り返す神経疾患の一種。特定の動きができなくなったり、異常な姿勢を取ってしまったりする」
有咲が読み上げる。要は、無意識に自分が考えていない動きを取ってしまうということか。香澄はそう理解した。
「スティックを握れなかったりとか、細かいコントロールができないってことっすか?」
たえが言う。握ったり、力を抜いたり。ドラムロールの時とか、細かいリズムを取る時とか。リズム感が大切なドラマーにとって、致命的な症状だった。
香澄は、思わず自分の手を握ったり、開いたりしてみる。思えば、今朝沙綾に飴を渡した時に、左手が僅かに痙攣していた。少しだけ、痛そうに顔を顰めていた。手を開いて、飴を受け取ろうとしたその動作だけで、そうなるのだから、スティックをもってドラムを叩くなんて痛くないはずが無い。
「そうみたいね。手術治療には、脳深部刺激療法、定位的凝固術、バクロフェン髄腔内投与療法……?」
有咲は、何なのかよくわからないといった様子だ。とかいう香澄もちょっと全然分からなかった。
脳みそとか、脊髄とかに、なにか手術をするってこと──? 有咲よりもはるかにドアホウな香澄にはちんぷんかんぷんだ。
「でも、再発しちゃうみたいね。反復する動作をしてはいけないって……」
音楽は、演奏は反復する動作の塊だ。反復して、反芻して。自分の動きにして、音楽に昇華していく。何度も何度も繰り返すことが大事なのだ。
けど、それが出来ないってことは……。
「……最悪の場合。獅子メタル殿は、今後一生ドラムを叩けなくなる」
言いづらいことを、りみが言ってくれた。叩けなくなるというその言葉に、香澄は飲み込まれていく。
Poppin'Partyから、ドラマーが居なくなってしまう。あのポピパを支えていた低音が、なくなってしまう。ポピパから居なくなるわけではないし、友達でなくなる訳でもない。今までの思い出が消える事になる訳でもない。けど、だけど……。
「私、沙綾ちゃんがいなくなるのやだ……!」
一人でも歌わなくちゃいけないけど、一人減るのは嫌だった。ポピパが、バンドが、音楽が四人になるのは、話が違った。
息が詰まるくらい、どんよりとした空気が4人に漂う。俯き、これから起こりうる最悪の展開を、つい想像してしまう。胸がキリキリと痛んでくるようだった。香澄の目には、既に涙が浮かんでいた。
そんな空気をかき消す様に、診察室のドアが音を立てて開かれる。
「みんな! 終わったよ……え、どうしたの?」
お通夜ムードの香澄達を見て、目を丸くする沙綾。どんよりとした気分に当てられている彼女達を思わず見回す。
そうこうしていると、彼女達はグイと沙綾に近寄ってくる。
「…………ぐすっ……。私、さ、沙綾ちゃんが居なくなっちゃうって思って……」
「獅子メタル殿、ポピパの低音はウチが引き継ぐ! だから……だから……ううっ……」
「……ぽ、ポピパの絆を忘れないで欲しいっす! ……うわーん!」
「ドラム叩けなくなっても、沙綾はポピパだからね……ぐすっ」
──な、なんか凄い勘違いしてる?
それが目を丸くした理由だった。沙綾の症状が
ついに香澄の涙滴が溢れてきた。溢れたと思ったら、みんながうわわーん! と沙綾に抱きついてきた。抱き着いて、みんな一斉に喋りだして、言いたいことがぐちゃぐちゃだった。わちゃわちゃしていたけど、沙綾は胸が暖かくなった。
心配して涙を流してくれるくらい。思わず抱きついてくれるくらいに、想っていてくれる。その事実がたまらなく幸せだった。
沙綾は黄色のハンカチを取り出し、真正面に抱き着いてきた香澄の涙を拭き取る。そして、安心させるように笑みを浮かべて口を開く。
「みんな、大丈夫だよ! 私、腱鞘炎だったって!」
ほら、と貰った湿布を見せてくる。外用薬と書かれた下に何やら薬のような名前が長く記載されており、用法、容量と、"山吹沙綾"という名前も書いてくれている。
──暫くは安静だけどね。沙綾は、左手を見せながら続けた。白い湿布が、手首というよりは手の平を中心に貼ってあった。
キョトンとして、沙綾の手首を見つめる面々。1番外側に抱きついていたりみが、抱擁を解きながら口を開く。
「その、またドラムを叩けるのか?」
「うん! 湿布貼って、安静にして。数週間とか、1ヶ月とかすれば叩けるようになるって!」
ストレッチも教えてもらったんだーと、痛めてない方の手で実践をしている。
腕を前に伸ばして、手の平を下に向け。反対の手で手の甲を掴み、自分に向けて引っ張る。そうすれば筋肉が伸びていって、ほぐされて、腱の痛みが和らぐんだとか。動かしてみて痛くなくなったら、手首を過度に動かす前にやるよう指示されたらしい。
「よ、よがっだ……」
相変わらず、涙と鼻水で濡れている香澄だった。抱きついてるままなので、彼女の鼻水と涙で沙綾の服が濡れてしまっている。
「……心配かけてごめんね、香澄ちゃん」
腰あたりに抱き着いているので、頭がちょうどいい位置にある。思わず手が伸びて、香澄の頭を撫でていた。
「……となると。獅子メタル殿は暫くは練習ができないな」
いち早く立ち直ったりみが言った。絶対安静となった以上は何も出来ないし、何かやろうとしたら、香澄達に止められるだろう。
だから、みんなが練習している最中は静観するしかないのだが……。沙綾が、皆練習している中じっとできるだろうか。
「バスドラムでリズム取るくらいだったらできるかな。頑張れば、シンバルとか、スネアも簡単なやつくらいだったら──」
「いーや、沙綾はしっかり休んでて。……中途半端にドラム叩いているともどかしくなっちゃって、勢いで左手使っちゃうわよ」
ポピパ1のしっかり者に諭されてしまった沙綾だった。