志喜屋夢子と僕の話 作:初投稿
ウェーブのかかったライトブラウンの髪。高校に上がってからやりだした少し派手なデコルネイル。着崩した制服。指定のリボンは付けているものの、胸元を開けているため人一倍たわわなそれに自然と視線が吸い寄せられる。感情が表情に出にくいのか起伏に乏しく、無表情が常だ。
ゆらりゆらりと不規則に歩くし、話し言葉は三点リーダが多数の独特なものだ。でも、僕にとっては幼い頃からずうっと好きな……。
否。
──大好きだった、女の子だ。
◆ ◆ ◆
冬の前触れを感じる十一月初旬。ツワブキ祭、体育大会とイベントを乗り越えた週末からすぐ。週明け最初のホームルームが終わった放課後。
県内有数の進学校、ツワブキ高校一年A組にがやがやと喧騒の声が満ちていた。
「
久々にカラオケでも行かないか、と刈り上げのマッシュヘアが特徴の友人。佐藤康介に声を掛けられる。
「ん-。今日は夢ちゃん生徒会ないっぽいから……」
「そっか。志喜屋さん今日空いてるんか」
「そゆこと。ごめんね、また今度誘ってくださいってことで」
手を軽く上げ、遊びの誘いに断りを入れる。良いってことよー、と康介は快活な返事をくれた。クラスの女子のほうへ向かって謝っていて、女子陣に残念そうな顔をされていた。また僕をダシに使おうとしていたようだ。気のいいやつだけど、軟派なところが玉に瑕だ。
僕は鞄に荷物をまとめ、夢ちゃん──、志喜屋夢子の待つ一年B組を目指す。
「話し中わるい。利根ち、夢ちゃんいる?」
一年B組、廊下側に一番近い机──志喜屋夢子の席──の上に腰かけて数人の友人と会話に花を咲かせていた女生徒、利根に話かける。一年生ながら弓道部でもかなりの実力者だ。ド派手な金髪が目立つギャルでもあり、夢ちゃんのギャル友達だ。
「お、鈴木っち。夢子なら花摘みに行ってんよ。もうすぐ戻ってくると思うけど……」
ニタリ、と笑みを浮かべる利根。
「夢子も果報者だねえ。幼馴染みのかっこいいイケメンが迎えに来てくれてさあ」
僕を見上げながら羨ましそうに言う。真正面から褒められ、少し照れた顔で僕は反論する。
「利根ち……。かっこいいってのはその……」
「あー、はいはい。夢子に言われたいんしょ? 幼馴染みだってのに全く初々しいったら」
アツアツだねー、とにやけ顔で僕の肩を叩く利根。
そうだ。夢ちゃんにふさわしくなるため、小さい頃から己を磨くことに全く妥協はしなかった。
◆ ◆ ◆
──一目ぼれだった。
幼稚園。初めて長時間親と離された僕にとって、そこは恐ろしいところだった。
初めての同年代。親のいない遊び時間。そして極めつけはお昼寝の時間。先生になだめられながらも、泣きだしそうだった僕の手を握ってくれたのが彼女だった。
「だい……じょうぶ……」
きゅ、と紅葉のような掌で僕の手を握ってくれた。その時は読めなかったけど、ハンモックにつけられた名札には「ゆめこ」と書かれていた。
「わたし……いっしょに……ねてあげる……」
「あ、ありがと。あの、なまえ、ぼく、すずきあつひろっていうの……」
ウェーブのかかった髪、無表情だけど顔の良さは幼児でも判別できるほど圧巻で。僕は顔を真っ赤にしながら、彼女に名前を尋ねた。……しどろもどろで、自分の名前しか言えなかったけど。
「わたし……しきや……ゆめこ……」
よろしくね……? 夢ちゃんはこてん、と小首をかしげながら答えてくれた。
それからというもの。僕は夢ちゃんの引っ付き虫だった。幼稚園でのおままごと、お昼寝の時間。お互いの家がすぐ近所だったこともあり、公園の遊びも、なんならお風呂だって。そうして毎日を過ごし、夢子ちゃん、敦弘君だった呼び名が夢ちゃん、あっくんと変わっていった。
ある日の幼稚園の終わる昼下がり。
僕があまりにも夢ちゃんを好きすぎて、離れたくなくて。僕の親より先に幼稚園にお迎えに来た夢ちゃんのお母さんを困らせてしまっていた。
お母さんと手をつないで帰ろうとする夢ちゃんは、別れたくなくて抱き着いて大泣きする僕の頭をぽんぽん、となでて
「またね……あっくん……」
と言われると僕はすっかり泣き止んで
「またね、ゆめちゃん!」
笑顔で僕は、そう言った。
それから小学校に上がった僕らだったが、基本的には変わらない。ふらふらと歩く夢ちゃんに僕がぴったりとくっついて回る。変わったところといえば
「夢ちゃん! 次はおんがくしつだよ! 早く行かないと!」
「さむい……無理……あっくん連れてって……」
夢ちゃんはすごく可愛い子なのだけれど、常に無表情のせいで表情から感情の波がわからない。さらには、気温一二度を下回ると変温動物みたいに低体温となり動けなくなってしまうのだ。移動教室なんかのときは僕が何とか頑張って夢ちゃんを連れていくのが通例となっていた。
しかし、当時は夢ちゃんのほうが身体が大きく、男子の中でも小さい部類だった僕にはかなりきつく、限界を感じた僕はそれからすぐ空手を習い始めた。強くなれば夢ちゃんを引っ張っていけると思ったのだ。つらい練習もあったりしたが、僕の本気を感じてくれた両親の全面的なバックアップで食事などにも気を使ってもらい、僕は空手を続けることができた。
効果的な練習に食事効果も合わさり、高学年に上がるころになるとぐっと背も伸びた。空手の実力もクラブ内で一番となった僕は小学六年生の年に全日本少年空手選手権に出場を果たすことができた。
決勝の応援には志喜屋一家もかけつけてくれた。激しい攻防の末、惜しくも優勝は逃してしまったが準優勝の銀メダルを勝ち取ることができた。
表彰式が終わり、ロビーの長椅子に座ってしょぼん、と落ち込む僕に夢ちゃんはいつもの無表情で言った。
「あっくん……すごく……惜しかった……」
「夢ちゃんに優勝の金メダル見せたかったよー……」
夢ちゃんは、その言葉でさらにしょぼくれて俯く僕の頭を撫でながら
「銀メダルだけど……頑張ってるあっくんは……かわいい……」
にこりと、微笑んでくれたような気がしたんだ。
◆ ◆ ◆
「……帰ってこないねぇ、夢子」
「僕は嫌な予感がしてるよ、利根ち」
私も、と答える利根。夢子が戻ってくるまで喋ってようぜ、と雑談を開始した僕と利根。しかし、待てど暮らせど夢ちゃんは教室へ帰ってこなかった。
こういうとき、決まって夢ちゃんは動けなくなっているのだ。今日は最低気温一二度。丁度夢ちゃんが低体温となって動けなくなる気温であった。教室近くの廊下は暖かかったので大丈夫だと思っていたが、トイレ付近は気温が低かったのかもしれない。
「多分女子トイレ近くの自販機だと思うから迎えに行くよ。夢ちゃんの鞄取って、利根ち」
「はいよ。お姫様によろしく言っといて。またね、鈴木っち」
「さんきゅ。またね、利根ち」
利根から夢ちゃんの鞄を受け取り、お礼を言う。
「さて、急ごう」
両肩に鞄を抱え、夢ちゃんのもとへ急ぐ。
◆
女子トイレと一年教室の間にある自販機の側。
寒さで動けなくなっている夢ちゃんを見つけた。やはり、自販機の足元で座り込んでいる。
「夢ちゃん、大丈夫? 動ける?」
僕は声をかけながら買ったペットボトルのホットミルクティーを差し出す。
「寒い……あっくん……飲ませて……」
ホットミルクティーを受け取らないままぶるぶると震える夢ちゃん。僕は鞄を降ろし、脱いだブレザーを夢ちゃんに羽織らせる。そしてホットミルクティーの蓋を開け、夢ちゃんのお気に入りのグロスが光る口元へ。
「ほら、落ち着いてゆっくり飲んでね」
「ん……ん……」
こくこく、と喉を鳴らしてホットミルクティーを飲む夢ちゃん。温かいそれを嚥下するたびに揺れる胸元が艶かしい。
容量二八〇ミリリットルの半分ほど飲むと、身体が温まっていくらか回復したのか夢ちゃんは僕にお礼を言った。
「あっくん……ありがと……」
「どういたしまして。教室で待ってたのに帰ってこないんだもん。利根ちも心配してたよ? 夢ちゃん」
「利根には……お礼言っとく……」
「ん。そうして頂戴。さ、帰ろ。今日は生徒会ないんでしょ?」
ホットミルクティーで手を温めているのか、両手で持ちながら僕に顔を向ける。白い瞳と目が合ったかと思うと、そのまま ん、と両腕を上げる。起こしてだっこして欲しい、のジェスチャーだ。
僕は夢ちゃんの両腕を掴んで体を起こし、そのまま腰と背中に手を回して抱きしめる。今の夢ちゃんはまだ自力で動けないので、こうやって僕の体温で温めるのだ。夢ちゃんも僕の首に手を回して、ぴったりと体同士をくっつけあう。僕のほうが夢ちゃんより頭一つ分ほど背が高いので、僕が夢ちゃんを包み込むようなかたちだ。
「あっくんは、やっぱり温かい……」
穏やかな雰囲気で夢ちゃんは言う。表情こそ無表情のままだけど、嬉しいときなんかはこうやって雰囲気が柔らかくなる。みんなはこの変化がよくわからないみたいだけど、僕にはわかる。
「えへへ。ありがとう。僕、体温高くてよかった」
嬉しいな。夢ちゃんが幸せだと、僕も嬉しい。
◆
敦弘と放課後デートをした翌日。生徒会の雑務で放課後の校内を歩いていたところ、旧校舎近くの水飲み場を通った夢子は数人の女子がたむろしているのを見つけた。校章からして三年生のようだ。なんとはなしに夢子は女子たちの死角であろう壁に身を寄せ、会話に耳をそばだてる。
「あの志喜屋とかいう無表情女、鈴木くんと付き合ってないんでしょ? そのくせキープしてんのほんとムカつく」
話題は幼馴染の敦弘のようだ。彼はツワブキ祭でのクラスの出し物の呼び込みで物凄いイケメンが一年にいるらしいと噂になったかと思うと、続けて体育大会での卓越した身体能力を駆使しての活躍から学内で非常に有名となった。
「後輩から聞いたんだけど、あの二人幼稚園からの付き合いらしいよ」
「はー。マジでムカつく。結局あのでかい乳で誘惑してんでしょ」
「何考えてっかわかんないし、よくあんな女と付き合ってられるわ、鈴木くん」
「ホント──気持ち悪い」
けらけらと、夢子を悪しざまに言う。
夢子は楽しいや嬉しいという感情について、よくわからないのがコンプレックスであった。
幼馴染の敦弘がころころと表情を変え、身体全体で感情を表現しているのに対し、自分は全く笑えていない。今まで幾度と撮ったお互いのツーショット写真がそれを示している。
「でも、月之木もよくまああいつの面倒見てられるよね」
「あいつはあいつでヤバい奴だけど」
げらげらと、下品な笑い声がこだまする。
「──」
陰口で幾分気分が和らいだのか、晴れやかな笑顔で女子たちが離れて行く。
夢子はそれを見届けると、自分の口元へ指を這わせる。
いつもと変わらず、ぴくりとも動かないそれが、今はとてももどかしく感じた。
◆
同月。あくる日の放課後。
この日は夢ちゃんは用事があるとかで先に帰宅するとラインがきていた。手持ち無沙汰となった僕は、文芸部に本を読みに行くことにした。文芸部新部長、玉木慎太郎にSF小説を借りていて、読み終わったのである。
文芸部部室に行く道すがら、見慣れた後ろ姿を目にしたので声をかける。
「古都先輩。お疲れ様です。今日は部活ですか?」
「そういう貴様は鈴木敦弘。何用か」
「……なんで武士っぽい返しなんですか」
今日は日本史やったからさあ、と快活な笑顔の文芸部副部長、月之木古都。生徒会副会長も兼任している二年生だ。貴腐人なのと何をしでかすかわからない常識外れな一面も持っている。夢ちゃんのあこがれの人でもある。
「で、鈴木。何の用? 例の件はもう済んだでしょ」
「いや、今日はそれとは関係ないんすよ。玉木さんに借りてる本の続き貸してもらいたくて。文芸部向かってるとこです」
「なるほど。そういえば慎太郎、本貸してたわね。SF?」
「そうです。これ」
僕は借りた本を古都先輩に見せる。イーガンだ。
「あいつ好きねえ、イーガン。私も読めって言われたことあるけど、どうもこれは肌に合わないわ」
「まあ、好きなものだけ読めばいいと思いますよ。好みは千差万別っていうじゃないですか」
「いいこと言うわね。私は一人の腐女子として、BLを極めるわ。来年には一八だし──」
きらきらと輝く笑顔で目標を語ったかと思いきや、とたんにずうん、と重苦しい空気へと変貌する。
「一八……一八かあ……。ねえ、鈴木。今年のクリスマスには慎太郎、私に告白してくれると思う? 私もあいつも一七。高二よ? 世間的は黄金期じゃない? 高二なんて。どんなラブコメ見ても主人公って基本高二じゃない。いや私と慎太郎は幼馴染だから開始年齢はそうじゃないけど。いやそうじゃなくて。大体私しか周りに女子いないんだから、私に告白してくるのが普通なんじゃないの? モテるあいつの周りから女排除するのどんだけ面倒だったかわかってんのかしらあいつ──」
「──先輩、古都先輩。落ち着きましょう。今年は大丈夫ですって。駅前のツリーの印象付け作戦は成功したんですよね? どんだけ鈍感な玉木さんでもここまでおぜん立てされればクリスマスデートからの告白の空気になりますって。大丈夫ですよ」
闇のオーラを発してぶつぶつと呪いを発していた古都先輩にインターセプトする。
「──そう、そうよね。今年は大丈夫よね」
「ええ。もちろんですよ古都先輩」
デートに誘わせるところまではできても、告白の内容まではこっちでどうにかできない。頑張ってくれ、玉木さん!
手を合わせて祈っていると、古都先輩がそういえば、と話しかける。
「結局、あれでよかったの? 例の件。私のクリスマスの話ばっかで志喜屋へのプレゼントの相談あんまりできなかったけど」
「大丈夫です。夢ちゃんへのプレゼントは去年から決めてたんで。あとは女性視点の好みの情報が欲しかったんですよ」
「イルミネーション前での告白。プレゼントはペアリング? 少し重いけど、志喜屋とあんた普段べったべただし別にいいのかしら……。まあ、こういうところは慎太郎も見習ってほしいわ」
突然の誉め言葉に頬をかく。
「へへへ。いやあ」
「照れてるところも可愛くて少しムカついてきたわ」
などと古都先輩との会話に花を咲かせていると、文芸部室が見えてきた。
「お、着きましたね」
扉を開けようとすると、鍵がかかっていて開けなかった。
「あれ、玉木さん今日は居るって連絡してくれたのにな」
「私、鍵あるから少し待って」
古都先輩が鞄から鍵を取り出そうとしたその時、中からひどく焦っている玉木さんの声が聞こえたかと思えば、がたん! と椅子が倒れる音が聞こえてきた。
「何か倒れた!?」
「慎太郎、大丈夫!?」
急いで鍵を開けて扉を開いたその先に古都先輩と僕が見たものは──
玉木さんを押し倒している、夢ちゃんの姿だった。
「────」
人は、死を覚悟するほどの危機にひんした状況や、感情が揺さぶられるような極限の状態になると、脳裏に深く印象に残った過去の記憶が次々と映写されていく。これを、走馬灯という。