志喜屋夢子と僕の話   作:初投稿

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期間空いてすみません。
展開に悩んでました。賛否両論あるかもしれません。
※一部修正しました。


第2話

 まるで現実感がない。地に足がついていない。

 そう思ったのは、僕が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「夢ちゃん」「夢ちゃん」「ゆめちゃん」

 

 幾人もの僕は、それぞれ夢ちゃんと並んで存在していた。

 中学生、小学生、幼稚園の頃の鈴木敦弘が、同年代の志喜屋夢子と。まるで映画のような非現実。

 見下ろした先の僕は、顔を蕩けさせて幸せそうだ。夢ちゃんと一緒にいられたら、他に何もいらないと思っている。そんな表情。

 

 ──場面が変わる。

 文芸部室。尻もちをついている玉木さんを見下ろす夢ちゃん。夢ちゃんはしゅるり、とシャツをはだけさせるとそこからは玉のような肌が覗く。ゆらりと玉木さんの肩を押し、馬乗りになって、そこから──

 

 

 

「──っは」

 

 目を覚まして周りを見渡すと、保健室だった。

 どくん、どくんと心臓の鼓動がやけに耳に響く。先ほど見た光景が脳裏を過ぎる。頭を振って意識をそらそうとするが、否が応でも思い出す。

 

「……夢ちゃん、なんで……」

 

 ベッドの上で打ちひしがれる僕。

 

「あら、起きた?」

「……小抜先生」

 

 僕に声をかけたのは養護教諭、小抜小夜先生。先生が僕を見ていてくれていたようだ。

 

「えっと、僕なんでここに……」

「君が部室で倒れたって、文芸部の子たちが担いで来たのよ。玉木くんと月之木さんに、生徒会の放虎原さん」

 

 ベッド脇にある鞄を指さしながら小抜先生は話を続ける。 

 

「それと、君の鞄も持ってきてくれてるわ。頭は打ってないみたいだから、落ち着いたら帰りなさい。もう遅いわよ」

「……わかりました。ありがとうございます」

 

 ズボンに入れていたスマホは鞄に入っていた。鞄からスマホを取り出すとメッセージがある。古都先輩だ。

 

『起きたら返事よろしく』

 

 玉木さんからもメッセージがある。

 

『俺は大丈夫。何ともない』

 

 放虎原さんもメッセージをくれたようだ。

 

『何があったかは古都先輩から聞いた。今は少し落ち着いて休むといい』

 

 それぞれのメッセージを読んだあと、返信をする。その後新着メッセージを確認するが、夢ちゃんからのメッセージはなかった。

 先の光景がフラッシュバックする。頭がぐるぐるとして、全く考えがまとまらない。

 そうしていると、がらがらと保健室の扉が開かれた。

 

「失礼します。一年の放虎原です」

「あら、放虎原さん。彼、起きてるわよ」

「ありがとうございます」

 

 小抜先生に連れられ、ベッドのカーテンを開けたのは一年、生徒会会計放虎原ひばり。夢ちゃんも所属する生徒会の一員だ。小抜先生は放虎原さんをベッドへ案内すると、保健室から出て行った。気を使ってくれたらしい。

 

「やあ、鈴木。起きてよかった。古都先輩に文芸部へ呼び出された時は動転したが」

「……もう、最終下校時刻過ぎてるんじゃないの? 生徒会役員が校則やぶるのは駄目だろ」

 

 放虎原さんの軽口に思わず低く、荒々しい口調で返す。普段の僕では考えられないことだ。

 

「私は君が起きるのを待っていたんだよ。倒れた人間をそのまま一人で帰すわけにはいかないからね。……わかってはいたが、重症だな。君と志喜屋の仲ならさもありなんといったところか」

「軽口言いに来たなら出てってくれ。悪いけど、本当それどころじゃないんだ」

「落ち着け」

 

 ぴしゃり、と言い放つ放虎原さん。僕は開いていた口をつぐむ。

 僕が口を閉じたのを確認すると、放虎原さんはベッドに腰を降ろし、僕の目を真っ直ぐに見つめて言う。

 

「先ほどは少し休めと言ったが、そうも言ってられないようだ。

 聞くんだ鈴木。今日文芸部室で起きた事は古都先輩から聞いた。志喜屋が玉木先輩に行った行為は許されない事だ。勿論、志喜屋に並々ならぬ想いを寄せていた君にとってもね」

「……」

「行為自体は未遂。君や古都先輩がすぐに駆け付けたことあって玉木先輩は無事。玉木先輩は事を大きくしたくないと、この件は黙っておくとのことだ。古都先輩も同様。……ただ、お二人とも生徒会からは距離を置くと。……特に古都先輩。彼女は生徒会から身を引くと仰っていたよ。後日、手続きを済ませるとのことだ」

 

 僕は愕然とした。あれだけ後輩、特に夢ちゃんから慕われていた古都先輩が生徒会を辞めるだなんて……。一瞬そう思ったが、夢ちゃんがしでかした事が事だけに僕は何も言えなかった。

 

「……君が気絶した後、志喜屋は古都先輩と玉木先輩に『ごめんなさい』と言い残して部室を去ったそうだ」

「夢ちゃん……」

「人の道を外さぬ限り、恋愛は自由だ。だが言い換えれば、道を外す者には恋をする資格はない。……これは持論だがね」

 

 うつむく僕の頬を両手でつかみ、目線を合わせて放虎原さんは言う。

 

「鈴木。志喜屋から今回の件について、原因を聞きだすんだ。必ずこんなことをやらかすに至った理由があるはずだ」

 

 

◆    ◆     ◆

 

 

 衝撃の事件から一夜明け、土曜日。

 僕は夢ちゃんへの連絡すらできず、昼に差し掛かるまで自宅のベッドで布団を頭までかぶり悶々としていた。

 

(夢ちゃんは、どうして玉木さんへあんなことをしたのだろう。夢ちゃんは生徒会メンバーの中で古都先輩を特に慕っている。そんな慕っている相手の懸想する相手へあんな事を……。そもそも、古都先輩はともかく、玉木さんと夢ちゃんに接点はなかったはず。僕のように個人的に付き合いがあるというわけでなし……。いや、でも、まさか──)

 

「夢ちゃん、玉木さんのこと好きになっちゃったのかなあ……。僕の事、なんとも思っていなかったのかなあ…‥」

 

 口に出した途端、涙があふれだす。

 慕っている同性の先輩が懸想する相手。かなり魅力的に映ったのではないか。玉木さんはかなり男前だが、その割に女性と付き合った経験はない。だが、性別関係なく相手を真っ直ぐに見ることができる。そこが誠実に映ったのではないか。

 マイナス方向な思考ばかりが頭に浮かぶ。一度頭をリセットしようとベッドから起き上がろうとした時、枕元に置いていたスマホの着信音が鳴る。

 

「……なんだろ」

 

『今日の午後二時、ウチへ集合』

 

 古都先輩だった。確実に先日の一件についてだろう。僕は了承の返事を送り、のそりとベッドから起きると身支度を整えるため風呂場へ向かった。

 

 

           ◆

 

 

 古都先輩は酒蔵の家系であり、家も立派だ。何度来ても圧倒される。ラインで古都先輩の家に着いたことを連絡し、ベルを鳴らす。しばらく待つと、古都先輩が玄関から顔をだした。

 

「……来たね、鈴木。上がりなよ」

 

 今までの優しく、快活な顔ではない。ピリピリと張りつめた面持ちの古都先輩。

 

「……はい。お邪魔します」

 

 古都先輩の様子から、これまで通りの関係ではいられなくなる予感がする。僕は促されるまま、古都先輩の家へ上がった。

 

 

 古都先輩の部屋へ上がり、中央の丸テーブルにクッションが敷かれているところへ腰を下ろす。

 古都先輩は無言だ。どう話を切り出そうか、迷っているように見えた。僕は先に口を開いた。

 

「……古都先輩、昨日の件は……」

「ごめんなさい。鈴木を困らせるために呼んだ訳じゃないのよ。……ただ、私も訳わかんなくてさ」

 

 張りつめた顔から一転、苦笑する古都先輩。

 

「鈴木が気を失った後の事、話そうと思って」

「……はい。お願いします」

 

 古都先輩は逡巡すると、口を開いた。

 

「部室のドア開けた時私と貴方、二人とも茫然と立ち尽くしてたのよ。気絶してるなんてこの時は気づかなかったけど」

 

 古都先輩はぎり、と歯を噛みしめる。

 

「私たちに気が付いた志喜屋は、慎太郎の上から退いたわ。そして、私たちを見渡した後、ごめんなさいって言って、部室から去っていった……。

 後は気絶した鈴木を一旦保健室へ運ぼうってことで、放虎原も呼んで三人で運んだってわけ」

「そう、だったんですね……。運んでくれてありがとうございます」

 

 僕は頭を下げた。

 

「……正直、あの時はまるで映画のスクリーンを見ている気分だったわ。現実感もなかった。でも、その後慎太郎と二人でいた時、思ったの。私、もう無理だって。これまで通り、志喜屋といる自分が想像できない。本当に無理なの。慎太郎を押し倒していた志喜屋が、私の知らない悍ましいモノに見えた」

 

 古都先輩は自分の肩を抱くと、ぶるり、と震えた。

 

「放虎原から聞いてるかわかんないけど、私、生徒会辞めるわ。志喜屋と同じとこ居られないから」

「はい。それについては放虎原さんから聞きました……。本当にごめんなさい、古都先輩」

 

 謝る僕に、古都先輩は首を横に振る。

 

「謝らないで。鈴木が悪いわけじゃない。……私はいいのよ。慎太郎も、この件にはもう触れないって決めたから。ただ、貴方のほうが心配なの鈴木。だって志喜屋は、鈴木の……」

「言わないでください。古都先輩」

 

 俯きながら返事をする。わかっている。夢ちゃんに事の真相を聞かなければならない。……古都先輩と、玉木先輩。二人も傷つけたんだ。

 

「夢ちゃんはいけないことをしました。古都先輩と玉木さんは付き合ってないとは言ったって、夢ちゃんは古都先輩が玉木さんを好きなこと、知ってるんです」

「……鈴木」

「ですから」

 

 僕は顔を上げ、古都先輩に宣言する。

 

「僕、夢ちゃんと話してみます。これまでのことと、これからのことを」

「……そっか」

 

 古都先輩は僕の言葉に微笑んで、頭を撫でてくれた。

 

 

           ◆

 

 

 古都先輩の家からの帰り道。僕は夢ちゃんへ電話をかけた。

 

『……もしもし』

「夢ちゃん。電話出てくれてありがとう」

『……あっくん』

「少し、話をしようよ、面と向かってさ。いつもみたいに。今日会えないかな……幼稚園の頃、いつも遊んでた公園で」

『……うん……わかった。時間はこの後……午後六時に』

「ありがとう。じゃあ、まってるね」

 

 電話を切ると、僕は空を見上げた。日が落ちかけた秋空には、雲が高く浮かんでいた。

 

 

           ◆

 

 

 午後五時五十五分。僕は公園のブランコに腰かけていた。この公園は夢ちゃんと遊ぶようになってから幼稚園が終わった後や、休日に出かける場所だった。

 

「懐かしいな……」

 

 思い出に浸っていると視界の端に夢ちゃんの姿があった。タートルネックの白いニットにジーンズとシンプルな出で立ちだ。

 

「……あっくん」

「こんばんは。夢ちゃん。寒いところありがとう。これ、温かいから飲んで」

 

 僕は温かいピーチティを差し出す。夢ちゃんはお礼を言って飲み物を受け取り、僕の隣のブランコに腰を下ろした。

 

「……」

 

言葉を発さない夢ちゃんへ話を振る。

 

「ここ、懐かしいよね。幼稚園の頃、よく遊んだ公園」

「うん……」

「ほら、覚えてる? 僕があそこにあったジャングルジムに登って降りられなくなったこと。あの時、夢ちゃんは一緒に降りようって言って登ってくれたよね。……まあ、登るだけで体力が尽きて結局お母さんが助けてくれたっけ」

「……うん」

 

 公園に関する思い出話二、三した後会話を切り上げ、僕は正面を向いたまま、夢ちゃんへ問う。

 

「……単刀直入に聞くね。夢ちゃん昨日、なんであんなことしたの?」

 

 僕の言葉に考える素振りを見せた夢ちゃんは、空を見上げて口を開く。

 

「私……」

「古都さんに、なりかったの」

 

 夢ちゃんが口にした言葉は、僕の予想を軽々超えて、意味がわからなかった。

 

「……どういう、こと?」

 

 何とか口を開けた僕は夢ちゃんに疑問を投げかける。

 

「古都さんは……あっくんみたいに、いつも笑ってて……自分に正直で……。それが……すごく、羨ましくて……」

 

 空を見上げていた夢ちゃんは、僕に向いて言葉を紡ぐ。

 

「だから…‥私は、古都さんに……なりたかった」

「……だから、玉木さんを押し倒したの?」

「古都さんの好きな人……好きになれば、わかるかなって……」

 

 その、言葉は──。

 

「夢、ちゃんは。──玉木さんのこと、好きになったってこと?」

 

 僕の心を穿つには十分で──。

 

「…………そう、だよ」

 

 僕の心は、最愛の人に粉々に砕かれた。

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