志喜屋夢子と僕の話   作:初投稿

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4話

 二学期末テストが終わり、開放感から晴れやかな気分になるはずの十二月初頭。

 しかしここ最近は一年生、特にA組とB組では緊迫した空気が漂っていた。

 

 ()()志喜屋夢子の側にこの学年で最も有名な男子、鈴木敦弘がいないためだ。

 テスト期間中や、朝にいないことはたまにある──夢子が生徒会の早朝業務の場合、敦弘が同行しないため登校時間がずれる──が、昼休みになってもこのB組に敦弘が来ることはなかった。

 基本的に夢子は自席で敦弘と弁当を囲むか、食堂で食べるかのため、昼休みが始まったら夢子を迎えに敦弘がB組に来るのが常だ。

 しかし、この日は違った。昼休みになると、夢子はカバンから弁当を取り出してそのまま食べ始めたのだ。敦弘を待つことなく、ただ一人で。そこまではクラスメイト達も気にはしたものの、”なんだか珍しいな”程度の気持ちだった。

 

 ──B組の教室前を、弁当箱を持った敦弘が自クラスの友人達と通りすぎるところを見るまでは。

 

 瞬間、ピンと張りつめる空気。

 オシドリ夫婦などの呼び声高い夢子、敦弘の新婚カップルさながらのイチャイチャを半年間見せつけられてきたB組の面々は、B組の教室前を通ったにもかかわらずちらと悲しげな様子で夢子を見やって声をかけない敦弘と、弁当箱に目を落とすばかりの夢子たちから言いようのない()を感じ取った。

 

 ──これ、夢子達別れたんじゃ?

 

 もちろん敦弘と夢子がまだ付き合ってない事は承知の上だが、どんなカップルより桃色な空気間に『もう秒読みでしょ』『なんならもう私の中では付き合ってるね』など気ぶる思いでいたのだが、現在の()()がちょっとした喧嘩とは誰一人思えなかった──二人が険悪になるところどころか、口喧嘩をしているところすら見たことがない──夢子の友人であるギャル達はアイコンタクトを二、三交わすと持ち前の空気読み能力をもってこの重苦しい事態の解決に躍り出た。

 

「ね、夢子。ウチら今日お弁当なんだよね。よかったら一緒に食べよ?」

「……構わない」

 

 弁当から顔をあげ、了承の返事をする夢子。

 常の返事のトーンにほっと息を吐くギャル達。まさか面と向かって愛しの彼と何かあった? もしかして喧嘩? などとは間違っても聞けない空気だったため、一先ず普段と変わらない夢子の様子に一息ついた様相で始まる姦しい会話。

 

 箸で冷えて固まっている弁当のご飯を無心でほぐす夢子の心情を真に察せる人物はこの場にはいなかった──。

 

 

 ◆ 

 

 

 放課後。

 普段ならA組のホームルームが終わったら直ぐにB組に来る敦弘だが、夢子の席に敦弘はいない。

 渦中の夢子といえば緩慢な動作で鞄に教科書をしまっている。しばらくするとすべてしまい終わったのか、のろのろと立ち上がり教室を出て行った。昼食時に聞いたところによれば今日は生徒会の業務がある日だとか。

 夢子の姿が見えなくなったとたんに緊張が切れたのか、B組一同は深いため息を吐いた。

 

「今日のガッコも生きてる心地しなかったぜ……」

「俺も。気まずいことこの上なしだ」

 

 近くの友人同士で小さい声で会話する男子たち。()()()()でない一日に顔は疲労の色が濃い。

 それにつられてか、女子も何人か口を開く。

 

「志喜屋さん、鈴木くんとなんかあったのかなあ……」

「あの様子で何もなかったほうがおかしいでしょ」

 

 あまり夢子と接点のない大人しめな女子の話の矛先は鈴木敦弘だ。入学当初こそ彼女らは敦弘というイケメンが自分とは比較にならない美貌を持った夢子と一緒にいる事に少なからず嫉妬していた。

 しかし、敦弘のほうが夢子にゾッコンなのは傍目から見て嫌というほど伝わってくる上、少ない時間でもせっせとB組に足を運び夢子に絡んでイチャイチャしている様に嫉妬を通り越した。

 今では敦弘たちのイチャイチャ姿をアイドルのライブイベントかのように観客として楽しむことにしていた。

 

「ねえ、利根ちゃん。なんか知ってる?」

 

 昼食を共にしていたギャルたちは夢子の親友である利根に話しかけた。

 話しかけられた利根は手元のスマホから顔をあげ、困った表情で答える。

 

「んー、ちょっとわかんないかな。隙をみて聞いておく」

「そっか……。よろしくね、利根ちゃん」

 

 朝から続く重苦しい空気に既に疲労困憊だったクラス一同だが、部活動に委員会など用事がある者たちは重い腰を上げ、三々五々解散していった。

 利根も弓道部の活動がある。荷物をまとめ、教室を出ようとした。

 

「利根、ちょっと顔貸してくんね?」

「……佐藤」

 

 敦弘のクラスメイトで親友の佐藤康介がB組の教室から出た利根に話しかけた。その表情は真剣な面持ちで、普段のおちゃらけた雰囲気ではなかった。

 顔つきからある程度内容を察した利根は佐藤を先導し、B組から離れた人通りの少ない場所へと歩き出した。

 到着したのは旧校舎近くの水飲み場。

 ここは風が吹き抜ける場所にあって比較的涼しく、水も飲めることから夏場は避暑地を求めた生徒たちで賑わう場所だ。しかし、気温が低くなるにつれ風は冷たくなり、冬ともなればここに立っているだけで風邪を引きかねないほど寒くなるため、当然人気が無くなる。内緒話にはもってこいの場所だ。

 利根は辺りを見渡して人がいないことを確認すると、口を開いた。

 

「何の用?」

「敦弘たちのことだよ。あの二人、何かあったんだろ。お前なら知ってると踏んで来たけど、その顔見るに正解だったみたいだな」

「だとして? なんで私に聞くのさ」

「敦弘にはもう聞いたんだよ。なんかあったのか~って軽くな。そしたらあいつ、自分はなんともない、大丈夫って……。けど、本当はそんなことない。多分、学校来るのだってキツいだろうに無理やり笑顔浮かべて過ごしてた。痛々しいにも程がある」

 

 小声で話す佐藤だったが、敦弘の事を話す声にだんだんと語気が強まっていた。

 

「……何かあったとして、あんた首突っ込む気?」

「当然。敦弘が困ってるなら力になる。それが友達ってもんよ」

 

 にかっと笑う佐藤。利根はその顔を見てため息を吐くと、呆れた顔で口を開いた。

 

「いくらあんた相手でも私は友達の秘密を勝手に打ち明けたりしないし。佐藤も感じただろうけど、あいつは今心が傷ついてんの。それを無理やり引っ掻き回して良いわけない」

 

 毅然とした態度の利根。それを見た佐藤は苦々しい表情を浮かべ、俯いた。

 

「わかってるよ、そんなことは……」

 

 佐藤は俯いたまま、手をぐっと怒りのままに握りしめていた。

 

「でも、俺、あいつの……敦弘の力になりてぇんだよ」

 

 佐藤の心からの真っ直ぐな、親友である敦弘の不安や悩みを取り除いてやりたいと願う真摯な言葉。利根が知る普段の軟派な振る舞いからは想像もつかないような姿だった。

 佐藤の真摯な態度に利根は敦弘の現状を共有することにした。

 

「……話すよ」

「ほ、本当か利根!」

 

 敦弘の親友はやはり、この男なんだなと感じた利根だった。

 

 

 ◆ 

 

 

「はあ?! 敦弘が志喜屋さんに振られた?!」

「馬鹿、声がデカい!」

 

 佐藤の大きい声に耳を塞いだ利根。佐藤は利根に謝り、納得した顔でうなずいた。

 

「すまん。これで敦弘が弱ってる理由はわかったけど……。でも、もっと根本的なとこだよ欲しいのは。志喜屋さんが敦弘を振る理由」

「落ち着け、これから話すから……。でも佐藤あんた、これから私が言うこと聞いても夢子のとこ殴り込んだりしないでよ? マジ、絶対だかんね」

「……わかった」

 

 利根の口ぶりから夢子側に原因があることがわかったのだろう。不承不承といった様相で頷く佐藤。

 

「……生徒会の副会長いるでしょ、二年の月之木先輩。夢子が特に懐いてるんだけど、その人の幼馴染に玉木慎太郎って人いるの。知ってる?」

「ああ、知ってる。たしか、今は文芸部の部長だろ。たまに敦弘の話に出てくるよ」

 

 それがどうした、という顔の佐藤。利根は言うべきか最後まで迷ったが、決死の覚悟を胸に口を開いた。

 

「月之木先輩はその幼馴染のことが好きらしいんだけど……。

 夢子、その玉木先輩をこの前文芸部室で押し倒してんの。実際の、その、()()は未遂だったんだけど、その現場を月之木先輩と鈴木っちは目撃して……。その後、玉木先輩の方が好きだからって夢子、鈴木っちのこと振ってんのよ……」

「…………」

 

 佐藤は夢子の所業を利根の口から聞かされ、ぽかんと口を空けた状態でフリーズする。利根と佐藤の間に流れる永遠にも感じられる刹那。

 

「──はあ?」

 

 何もかもわからない、と佐藤は疑問符を浮かべた。

 

 

 ◆ 

 

 

 利根から暴風雨のような情報の嵐を受けて頭を抱え、あー、うーと唸りながら蹲る佐藤。

 利根は息を整え、蹲っている佐藤を見降ろした。

 

「──これでわかった? 佐藤。鈴木っちの抱えてるもの蒸し返すにはまだ早いっていうか、もう正直夢子には関わらせない方が良いんだよ。そもそもこんなこと、私らみたいなのがいくら考えたって解決方法なんてわかるわけないと思わない?」

 

 ばっさりと言い放つ利根。それに対し、蹲っていた佐藤はばっと立ち上がり、吠えた。

 

「ふざけんな!」

 

 人気のない水飲み場に響く声。

 

「なんでキレねえんだ、あいつ! そんな裏切られ方したら、相手をボコボコにしてやるって思うのが普通だろ!」

 

 勢いのままに近くの掃除用具入れロッカーを蹴り上げるようとする佐藤だが、すんでのところで思いとどまった。

 行き場のない怒りを抑え、肩で息をする佐藤は少し歩いて息を整えると水飲み場の壁に手をついた。

 

「人に話せる内容じゃないけどさあ」

 

 ──俺にくらいは打ち明けて欲しかった。

 

 佐藤の口から漏れたその小さな嘆きは、そよ風の如く師走の空へ消えていった。

 

 

 ◆ 

 

 

 少しの間嚙みしめるように俯いていた佐藤は、自分の両頬をぱんと叩くと利根と向かい合う。

 

「うし、利根。敦弘と志喜屋さんを仲直りさせるぞ」

「あんた、さっきと言ってること違うじゃん。殴ってやるみたいなこと言ってなかった?」

 

 佐藤の口から飛び出したのは、先の発言と矛盾したもの。利根は当然その点を指摘した。利根の指摘に佐藤は答える。

 

「あれは俺がそういう気概でいるからそうするって意味だよ。敦弘がそんなことするわけないだろ」

 

 あっけらかんと言う佐藤にジト目を向ける利根。咳払いをして水飲み場の縁に腰かけた。そんなことより、と佐藤は続ける。

 

「そもそも、志喜屋さんが玉木先輩を好きになって敦弘を振ったってのがおかしいんだよ」

「どういうこと?」

 佐藤の言葉に疑問をぶつける利根。

 

「なんていうか……。志喜屋さんが玉木先輩を押し倒したって言ってたじゃんか。利根の話だと」

「うん」

 

 佐藤の疑問を肯定する利根。敦弘から聞いた話だとそうだったからだ。

 

「直接見たわけじゃないから状況を整理すると、志喜屋さんが玉木さんに告白。断られたから押し倒して、そんでそれを敦弘たちに見られたってことになる。これがそもそもおかしくないかって話。普通、告白とかするんだったら人目につかないところでやるよな? しかもその日、敦弘は玉木さんに借りてた本を返しに行ったとか。その用事を敦弘が志喜屋さんに伝えてない訳なくないか? どんな用事だろうがあいつは志喜屋さんに伝えるだろ」

「……あ」

 

 佐藤の推理は続く。

 

「敦弘が来るとわかってる場所で告白、その後のやらかしまで。これ、敦弘たちに行為を見せようとしてんじゃないか?」

「……何のために?」

「嫌われるため」

 

 本当かはわからんけど、と佐藤は続ける。

 

「とにかく、ざっと考えてみたけど志喜屋さんの行動はよくわからん。敦弘に話聞いた利根も聞いた話以上はわからんだろ?」

「うん」

「なら、当時の話を聞くしかないな」

 

 すっと立ち上がる佐藤。

 

「当事者以外の話も聞かなきゃわからないこともある」

「どうすんの?」

「とりあえず、放虎原に話を聞きに行こう。敦弘よりは冷静な話が聞けそうだし」

 

 立ち上がった佐藤を見つめ、利根は口を開いた。

 

「佐藤って、見かけによらず頭良いんだね」

 

 利根のあんまりな評価に、佐藤は笑って答える。

 

「親友のためになんとかしなくちゃって思えば考えくらい、いくらだって沸いてくるさ」

 

 

 

 

 

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