オレノオンナニテヲダスナの男 作:おでんくん
桜が舞い散る季節のことだ。
という設定らしい。たぶん上の事情でスケジュールが全部前倒しになって、あとで合成技術でどうにかするのだろう。
ともかく、俺の知っている少女が、紫髪の男子と話している。
普段と髪型の雰囲気も違い、まさしく正統派ヒロインという姿を見せていた。まるでどこにでもいる女子高生の演技をしたままで、ホントはすぐにカメラを止めさせて不満の1つや2つ言いたいだろうに。
それでも、有馬かなという少女は我慢している。
だから俺なりに準備はしてきた。
心の中で台詞を復唱しながら歩いていく。
ほんの少しでも、演技がやりやすくなるように。
「オイオマエ、オレノオンナニテヲダスナ」
自分でも分かるくらい棒読みだった。
焦りなのか、心臓がドクドクと音を立てるけど。
今は演技に集中しなきゃいけない。
「ハッ、ナンダテメェ」
「おねがい! 2人ともやめて! けんかはやめてー!」
彼女の演技は安定したままだ。
俺たちのレベルに合わせた演技をしている。
スケジュールの都合上、さっきのシーンをやり直すチャンスもなく、そのまま『今日あま』の撮影は続いていってしまう。
***
『おつかれっしたー』的なノリで、早くも数人が解散ムードになっている。
キラキラな高校生らしいと言えばそうなんだけども、スタッフさんたちに挨拶回りしているのは俺たちくらいだ。
こういう小さな積み重ねが大事な業界だって父親から聞いている。まあこういうのができるのもまあ、比較的余裕があるからなんだろう。
今回の主役のメルト君は明日の朝早くから雑誌の撮影が入っているらしいし、それ以外の趣味に使う時間などなど、彼らは忙しい。俺と同じく端役で呼ばれた3人が固まって、『このあとカラオケに行こうぜ』って元気に青春している。
スタッフさんたちは親切だし、素人目線にもプロって感じるし、良い現場だと思うけどな。
さて原作者の先生は、やはりもうお帰りになられてしまったか。
「……私たちも帰りましょ」
ポンと軽く腕を叩いてきて、小さな声で伝えてくる。
大人びたトレンチコートに袖を通して、彼女は今日のベレー帽を被って、先に歩いていく。華奢な背中の女子高生なのに、仕事終わりのサラリーマンみたいな雰囲気が漂っていた。
外に出ればまだまだ肌寒く、コツコツとアスファルトを叩く音がする。
「ごめん。良い演技できなかった」
俺は拳を握り込んで、ようやく口を開いた。
「そういう現場なのよ、今回は」
事前の顔合わせである程度は推測していたのか、それとも咄嗟にレベルを合わせてくれたのか、まあその両方ありそうだな。
「他のメインキャストに合わせるしかないでしょ、私もあんたも」
「手加減の度合いが違いすぎて、申し訳ない」
俺が言葉に迷っていると、有馬は『当たり前でしょ上手いもん』って当然のように言っていて、自信家可愛い。
「端役はモデルの子がほとんどなんでしょ?」
うちの事務所からバーターで、これから売り出すモデルも何人か出演している。原作に登場しないキャラまで出すことになっていて、脚本さんは相当に困ったのではないだろうか。
「主役の子やあんたまで、大根役者だったのはお腹いっぱいだけどね」
「うぐっ…… いや、メルト君はちょっとテンション下がっていたのもあって…… 俺はスランプだろうか?」
自分でも酷い演技だったと思う。
映像化された時に見返して絶望するほどに棒読みだった。
「スランプだったの? 早めに何とかしておきなさいよ、ファンの子たちも大勢いるんだから」
一度立ち止まってから、真剣な瞳で見つめてくる。
いつの間にか、俺はこくりと頷いていた。
「はぁ~ それにしてもいいわよね~?」
有馬は再び歩き始める。
とても深いため息だった。
「あんたたちは顔売りで仕事もらえて」
有馬は子役事務所を引退して、フリーの役者になってから、どうにか仕事を得ている。今回だって、せっかくのメインヒロイン役のドラマだってのに。
『今日あま』に誰よりもふさわしいのに。
もっと凄い現場で輝ける魅力があるのに。
「有馬も…… カワイイダロ」
それから少し静かになった。
これまた棒読みすぎて、ドン引きされただろうか。
でも、有馬に言われた通りだ。
俺は芸能事務所に入るにあたって、親譲りの整った容姿がまず評価された。そこから事務所の売り出しが上手なおかげで、数年でそこそこの人気を得ている。
ただ有馬や黒川あかねさんのように、子どもの頃から努力してきた同世代が何人もいる。天才なんじゃないかって思うほど、どんな状況でも完璧に演技をこなす『本物たち』がいる。
さらに有馬は周りのことまでしっかり見えている。今日だって原作者の先生に対して負い目を感じていて、しかも抱え込んでいるのだろう。
「俺、有馬のこと―――」
尊敬してる、って言いかけた時だ。
車のクラクションの音が鳴った。
「
「かーちゃん! 今、良い話してんだから!」
サングラスをかけた母親が、ドア越しにうるさく叱ってくる。ハザードランプつけているとはいえ、道路に一時停車するものだから、後ろの車が困ってるからな?
「さあ、かなちゃん乗って! 送っていくわ!!」
「あ、ありがとうございます…」
「おい待て、息子は置いていくつもりか!?」
俺がドアを開けて、有馬を先に乗せたまではいいけど、再びハンドルを握って発進しかけている。
「仕方ないわね、ついでよ」
「どうもありがとう!」
有馬が優先なのは賛成だけどさ。
その半分くらいの慈悲は欲しいな。
10年ほど前から父親とは別居中だけど、うちの家庭のヒエラルキーの頂点な母親だ。
「もう、いつも言っているでしょう? かなちゃんを送る時はタクシーを使いなさいって」
自分が稼いだお金で、だよな?
そりゃ高校生のバイトよりは貰っているけどさ。
「2人で話しながら歩きたい気分だったんだよ、悪いか」
有馬は景色を見ているようだけど。
「へぇ~ ふ~ん」
「なんだその猫なで声は」
相変わらずいつも騒がしい親子だって、有馬に思われているんじゃないか。
「それで、かなちゃんどこか行く? 2人でスイパラでも行く?」
「あ、いえ、糖質抜いてるので」
『かなちゃんえらいわ~』って、べた褒めな母親だけど、あんたのほうこそスイーツでパラダイスできるような年齢でもないだろうに。
「志郎、覚えておきなさいね」
「何のことやら?」
また表情に出てしまっていただろうか。
「かなちゃんも食べていきなさい。今日はハンバーグ作らせるから」
「はい、お言葉に甘えさせてもらいます」
元々そのつもりだったんだろう。
付け合わせのレタス、どれだけ残っていたかな。
2人とも苦い野菜は苦手だし。
「かなちゃんかなちゃん、困ったことはない? 何でも相談に乗るわよ?」
「いえ、今は大丈夫です」
俺より多くの経験をしてきた母親だから、相談しやすいこともあるだろう。
有馬は我慢強いから、俺のかーちゃんも過保護になるのも分かる。
「うちの子の演技どうだった? 取り柄は顔と家事くらいなんだけども」
「お世辞にも大根役者でしたよ」
「大根ですみません…」
夏の甲子園に魔物がいるとされているように。
あの現場には魔物でもいたのだろうか。
今まで、演技で緊張したことなんてなかったのに。
「ったく、女子にキャーキャー言われている時だけなの?」
「ほんとそうですよねー」
「分かってるよ。演技を見直しておく」
いろいろと今日の反省はある。
まずはお詫びに、元気が出るような料理を作ろうか。
「あ、でも、他の役者の大根ぶりほどじゃなくて、えーと、ぶり大根までではないですから!」
「肝心な時にカッコつかないのは、あの人と同じね」
『おでんにしてやろうかしら』って、一体どういう会話だよ。
楽しそうにおしゃべりしている有馬は、ちゃんと笑顔でいる。
役者としてかなり苦労しているようだけど。
何にせよだ。
―――あの異臭漂う家から連れ出せてよかったと思う。