1. ダイアゴン横丁
俺、フィン・フォーンリッジには両親がいない。
いつからいないのか。
正直なところ、全く覚えていないが、物心着いたときには既に姿を消していた。
ただ、最初からそんな存在などなかったかのようだった。
にもかかわらず、(自分で言うのもなんだが)俺は立派に成長を遂げていった。
それもこれも、屋敷しもべ妖精のモーリーのお陰だ。
なんでも、モーリーは俺の母の指示に従い、早期から教育を施してくれていたそうだ。
その結果、俺は年齢にしてはかなりの知識量を有していた。
また、モーリーはよく、両親に関する昔話をしてくれた。
「お父上様は非常に勇敢な御方でいらっしゃいました!狡猾で下劣な敵方に対し、ひるむことなく戦われていらっしゃいました!」
「お母上様は非常に高潔な御方でいらっしゃいました!如何なる手段をも用いる敵方に対し、常に高邁な精神を以て接しておられました!」
俺はその話を通じ、幼いころから未だ見ぬ両親への思いを馳せていた。
「ご主人様!ホグワーツからお手紙が届きましたよ!!」
夏のある日、俺が自室で読書にふけっていると、屋敷しもべ妖精のモーリーが扉のノックも忘れて入ってきた。
彼から手紙を受け取ると、確かに手紙の入った封筒には、ホグワーツ魔法魔術学校の印と「フィン・フォーンリッジ様へ」という一節が記されていた。
イギリス中の魔女・魔法使いたちは11歳になると、ホグワーツ魔法魔術学校へと入学し、そこで魔法に関する教育を受けるのだ。
どうやら、そこへの入学許可の通知のようだ。
手元の筆ペンを用いて返事を書くと、それをモーリーに渡して外出の支度をした。
杖や大鍋、フクロウなどは既にもっていたが、学校のローブや教科書など、学用品の買い足しをせねばならない。
モーリーの見送りを受けながら、ロンドンへと向かった。
ロンドン中心部に位置する薄汚れたパブである「漏れ鍋」
その中庭で、レンガを杖でコツコツと三度叩くとアーチ形の入り口ができ、ダイアゴン横丁へと繋がった。
「グリンゴッツ」で適当な額の貨幣を引き出すと、「フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店」で教科書を購入し、「マダムマルキンの洋装店」へと向かった。
「おっと、失礼」
ドアを開けた際、鼻につく話し方をする金髪の少年と鉢合わせ、進路を譲る。
すると少年は、礼を言うでも会釈をするでもなく店を出て行った。
なんか腹立つなぁ。そう思いつつ、入れ違いで入店する。
「坊ちゃん。ホグワーツかい?」
「ええ、一式お願いします」
愛想の良い魔女にそう答えると、「別の子が丈を合わせているところよ」と返事がきた。
店の奥の方を見ると、丸眼鏡に黒い髪の痩せた少年がローブのサイズを決めているところだった。
「や、どうも。君もホグワーツ?」
彼の隣の踏み台に立って身長や裾の長さを測ってもらいながら、声をかけてみる。
「うん」
なんだか、少し沈んだ雰囲気だ。
「なんか落ち込んでるみたいだけど、大丈夫?」
「うーん」
返事こそするものの、相変わらず沈んでいるように思える。
「何があったのか知らないけど、気負いすぎないようにね」
適当に返事をするが、彼からは「うん」という答えしか返ってこなかった。
店の魔女の採寸する音が場を支配し、少し気まずい雰囲気が漂う。
何かないかと思い、窓の方を見ると、アイスクリームを両手に持った大男が外に立っていた。
「あれ、確かあの人、ホグワーツで働いてる人だよね」
「ハグリットだよ。ホグワーツの森の番人なんだ」
そういえば、ホグワーツにそんな役職があると、『ホグワーツの歴史』で読んだような。
「君も、彼を野蛮だと思う?」
彼を侮辱するような思いもよらない質問が来て、思わず少年の方を凝視してしまった。
しかし、少年は彼を馬鹿にするような表情は浮かべておらず、むしろ少し悲しげな表情を浮かべていた。
そのことから鑑みるに、彼を野蛮だと思っているのは彼ではなく、だれか別の人物で、目の前の少年はそう思っているわけではないと伺える。
「うーん…誰からそんなことを聞いたのか知らないけど、俺はそうは思わないな」
そう言うと、少年は少し驚いたような、嬉しいような表情を見せた。
「見た目は少しワイルドかもしれないけど、ホグワーツで働いているのなら、彼の仕事は必ず教職員や生徒たちの役に立っているはずだ。そんな彼を野蛮だとか、卑下する権利は誰にもないと思うな」
少年は嬉しそうな表情を浮かべ、「ありがとう」と言った。
「こちらこそ」と返す頃には、少年は採寸が終わったようで、店の入り口の方に戻るよう促された。
「それじゃあ」
「うん、次はホグワーツで」