ダイアゴン横丁での買い物を終え、希望と緊張を胸に抱きながら時間を過ごす内に、早くも一月が過ぎた。
十月一日の朝、いつもより一時間も早く目が覚め、モーリーとの別れもそこそこに、九時にキングスクロス駅についた。
キングスクロス駅の9と3/4番線、ここからホグワーツ魔法魔術学校へと向かう特急列車が出発する。
初日から遅刻は避けたいから、出発予定時刻のニ時間前に着いたが、まだ早い時間だからか、列車内どころかホームすら閑散としていた。
前方の列車は混むだろうと予測し、後方の列車に荷物をしまい、付近の空いていたコンパートメントで教科書をパラパラと眺めていた。
載っている内容はほぼ全て、モーリーから既に習ったことばかりだった。
家の中はモーリーの魔法が巡らされており、未成年者が魔法を使っても役所の方に検知がいかないようになっている。
そのため、実際にこれらの呪文を唱えたこともあり、ある程度の距離であれば姿くらましだってできる。
それもこれも全部、モーリーのお陰だな。感謝せねば。
そんなことを考え、改めてモーリーに感謝の気持ちを浮かべていると、コンパートメントの扉が叩かれる。
顔を上げて廊下を見ると、栗色の毛量の多い髪をした少女と、その背後におどおどとした様子の少年が立っていた。
「ここ、空いてる?」
栗色の髪の少女が不愛想にそう言うと、後ろの少年は少し申し訳なさそうな顔をした。
別に、君は何も悪くないと思うのだけれど。
というか、ここに来てどれほどの時間が経ったのだろう。
そう思ってホームを見ると、多くの生徒と保護者でごった返していた。
どうやらいつの間にか、列車が出発する時間が近くなっていたようだ。
「うん、空いてるよ」
特に嘘をつく必要もないと思い、にこやかにそう答えた。
「そう、それじゃあネビル、座りましょう」
栗色の髪の少女はそう言うと、ずけずけとコンパートメントに入って窓際の席に座った。
「私はハーマイオニー・グレンジャー、それでこっちがネビル・ロングボトム。よろしく、貴方の名前は?」
「新しく一年生になる、フィン・フォーンリッジだ。よろしく」
互いの自己紹介を経て、二人の出自や性格がなんとなくつかめた。
おどおどとした少年のネビルは、おばあさんといっしょに暮らしているようで、少し自己評価の低い面があるようだ。
一方、栗色の髪の少女のハーマイオニーは、マグル―――非魔法属出身の子で、勉強は得意なようだが、物事をズバズバ言うタイプで少し固い印象を受けた。
その後、しばらくざっくばらんに話し続け、興味のある教科の話になった。
「二人とも、今年受ける教科で気になる物はある?私は全部気になっているのだけれど」
「俺も全部気になるけど、特に興味があるのは妖精の呪文と変身術かな」
「僕は薬草学は少し楽しみだけど…あとは全部不安なんだ…大丈夫かなぁ。全然できなくて退学とかになったらどうしよう…」
ネビルはすっかり尻込みしていた。
「まだ何も始まってないんだから、心配しすぎだよ」
「そうよ、しっかりなさい!」
ハーマイオニーとともにそう声をかけるが、ネビルの緊張はほぐれず、まだ不安そうな表情を浮かべていた。
とはいえ、自分自身も緊張している部分もあるし、彼の気持ちもよくわかる。
その後、車内販売でお菓子を買ったり、しばらく談笑を続けたりしていたが、ホグワーツまで折り返しというところでネビルが声を上げた。
「あれ!?トレバーがいない!!二人ともトレバー見てない?」
どうやら、放していたペットのヒキガエルがどこかに行ってしまったようだ。
「あら大変!探しに行かなきゃ!」
そう言ってコンパートメントから出ようとするハーマイオニーとネビルを止める。
「二人とも、俺らは魔法使いなんだから、魔法を使えばいいじゃない」
しかし、ハーマイオニーもネビルも、トレバーを呼び寄せる呪文を知らないようだ。
「この呪文、便利だから覚えておいた方が良いと思うよ。アクシオ、トレバー!」
先ほどネビルが手に持っていたヒキガエルの特徴を思い出しながら、フィンが呼び寄せ呪文を唱えた。
すると、廊下の方からトレバーが飛んできて、手にすっぽりと収まった。
「トレバー!ありがとう、フィン!!」
詰め寄ってきたネビルにヒキガエルを渡すと、今度はハーマイオニーが詰め寄ってきた。
「その呪文、一年生で習う呪文じゃないわよね?一年生の教科書は全部読んだけど、その呪文は見ていないもの。どの学年の、どの授業で習って、どういう杖の動かし方で、どういう構成で発動する呪文なの?」
ハーマイオニーの質問攻めを上手くいなしつつ、男女に分かれて私服から制服に着替えると、列車はホグズミード駅に着いた。
荷物はそのままに、列車から降りるよう指示を受けたため、下車すると、ダイアゴン横丁で見かけた大男のハグリットが「イッチ年生!イッチ年生はこっちだ!」と呼び掛けていた。
彼の指示に従ってボートに乗り、しばらく進むと、巨大なホグワーツ城が姿を現した。
「すごい!!」
隣に乗っていたネビルはそう歓声を上げ、ハーマイオニーと俺もハッと息をのんだ。
しばらくボートに揺られ、崖の下の船着き場へと到着した。
そして再びハグリットについていくと、グリフィンドールの寮監で、変身術の教授であるマクゴナガル先生へと引率を引き継がれ、大広間近くの小部屋へと連れてこられた。
その部屋でマクゴナガル先生はホグワーツの四つの寮の説明、得点・減点の説明、寮杯の説明を行った。
その後、しばらく待機するうちに、組み分けについての憶測を語る生徒もいたが、これは軽く聞き流し、ゴーストをジッと見ていた。
『ホグワーツの歴史』でゴーストの存在を知ってはいたが、やはり実際に見る方が何倍も印象に残る。
そして数分後、マクゴナガル先生に引率され、新入生一同は大広間へと案内される。
大広間には素晴らしい光景が広がっていた。
幾千もの蠟燭が宙に浮かび、さらにその上部の天井には、本物の空のように見える魔法がかけられており、星がきらめいている。
そして四つの巨大なテーブルが並んでおり、上級生が新入生の様子を見ながら座っている。
その中を列になって進んでいくと、椅子の上に置かれたボロボロの帽子の前で止まった。
すると、帽子が突然歌い出す。
「わたしはきれいじゃないけれど
人は見かけによらぬもの
私を凌ぐ賢い帽子
あるなら私は身を引こう
山高帽子は真っ黒だ
シルクハットはすらりと高い
私はホグワーツ組み分け帽子
私は彼らの上をいく
君の頭に隠れたものを
組み分け帽子はお見通し
かぶれば君に教えよう
君が行くべき寮の名を
グリフィンドールに行くならば
勇気ある者が住まう寮
勇猛果敢な騎士道で
他とは違うグリフィンドール
ハッフルパフに行くならば
君は正しく忠実で
忍耐強く真実で
苦労を苦労と思わない
古き賢きレイブンクロー
君に意欲があるならば
機知と学びの友人を
ここで必ず得るだろう
スリザリンではもしかして
君はまことの友を得る
どんな手段を使っても
目標遂げる狡猾さ
かぶってごらん! 恐れずに!
興奮せずに、お任せを!
君を私の手に委ね(私は手なんかないけれど)
だって私は考える帽子!」
歌が終わると、すべての教職員と生徒が拍手を送り、帽子はなんだか誇らしげに鎮座していた。
それほどすばらしい歌には思えなかったが、同調圧力に屈し、俺も拍手を送っていた。
「名前を呼ばれた順に椅子に座り、帽子をかぶって寮の組み分けを行ってください」
長い羊皮紙をもったマクゴナガル先生がそう言うと、帽子は大きな声で新入生の名前を呼んだ。
「アボット・ハンナ!」
金髪おさげの少女が前に出て、帽子をかぶって椅子に座る。
その後、帽子はすぐに結論を出した。
「ハッフルパフ!」
組み分けを終えた新入生は、それぞれの分けられた寮のテーブルへと向かい、拍手で迎えられた。
その後も次々と組み分けが進み、多くの生徒は一瞬で結論を出されていた。
「フォーンリッジ・フィン!」
俺の名前が呼ばれると、ネビルとハーマイオニーはハッと息をのんで「頑張って!」と小さくエールを送ってくれた。
良い奴らだなぁ。
緊張で喉が渇きながらも、前方まで出てきて椅子に座る。
すると、その一瞬後に帽子を被せられる。
「ふーむ。これはすばらしい資質をもっておる。勇気を漲らせ、知識欲にあふれ、他者への献身もいとわず、目的のためなら手段を択ばぬ狡猾さも兼ね備えておる。これは、どうしたものか」
帽子はそう呟くと、しばらくの間考え続けている。
他のみんなみたいに早く決めてほしいなぁ。
数分経っても結論が出ず、そんなことを考えていると、急に帽子が「ほお!」と声を上げた。
「そうか…君は…我が…の……」
先ほどよりも小さな声で何かを呟くと、帽子はこれまでよりも大きな声で「ならば、グリフィンドール!!」と声を上げた。
大広間、とりわけグリフィンドールのテーブル付近が拍手と歓喜に包まれる。
その後も組み分けは続き、ハーマイオニー、ネビルともにグリフィンドールに組み分けられ、安心していると急に大広間が静かになった。
「ポッター・ハリー!」
魔法界では知らない人はいない、かの有名な「生き残った男の子」がどのような人物で、どの寮に組み分けられるのか。
大広間の全員が注目する。
そりゃそうだ、俺だって気になる。
俺も前方を注目する。
すると、ハリー・ポッターと呼ばれた少年は、ダイアゴン横丁の洋装店で話した黒髪に丸眼鏡の少年だった。
まさか、彼がハリー・ポッターだったとは思いもせず、しばらく呆気に取られていると、帽子の大声が大広間中に響いた。
「グリフィンドール!!」
俺はもちろん、他のグリフィンドールの生徒たちも爆発したように歓喜に包まれた。
近くでは、赤毛の双子が「ポッターを取った!ポッターを取った!」とはしゃいでいた。
ハリーは大歓声の中、グリフィンドールのテーブルまで歩いてきて、俺のすぐ隣に座り、今までで一番の歓待を受けていた。
「一か月ぶりだね」
歓待がひと段落着いた後、はにかみながら、ハリーに声をかけられる。
「いや、まさか君がハリー・ポッターだったとは、驚きだよ。まあ、いずれにせよ、同じ寮の同士だもんな、これからよろしく!」
ハリーと固く握手をすると、向かい側に座っていたハーマイオニーがハリーと挨拶を交わした後、「二人とも知り合いだったの?どういうことなの?」と詰問してくる。
その問いに答えるうちに、組み分けは最後まで終わっていた。
そして、ダンブルドア校長から(本当に)簡潔な挨拶があった後、料理が振舞われた。
生徒たちはそれを自由に食べ始める。
俺も食べ物を皿に取りつつ、周囲の新入生や上級生と挨拶を交わす。
「俺はフィン・フォーンリッジ。よろしく」
「僕、ロン・ウィーズリー。こっちは兄貴のフレッドとジョージで、あっちで監督生のバッジをつけてるのがパーシー。みんな兄弟なんだ」
ハーマイオニーの隣、俺から見ると斜め向かいに座っているロンと挨拶を交わす。
それからしばらく、ウィーズリー兄弟の話を聞いていると、話題は家族の話になった。
黄土色の髪の少年、シェーマス・フィネガンが両親の話をして、その横ではハーマイオニーとパーシーが授業について話をしていた。
こいつ、また勉強の話してる。勉強大好きかよ。
そう思い、思わず片方の眉を吊り上げると、ハリーに「どうしたの?」と聞かれた。
「ハーマイオニー、行きの道中でほとんど勉強の話をしてたのに、今も勉強の話をしてるんだもの」
「びっくりするよ」と付け加えると、その話を聞いていたロンが、ものすごい表情でハーマイオニーを見た。
あまりの表情に、二人が不意に笑っていると、ハーマイオニーは怪訝そうな表情を浮かべた。
食事・デザートが終わり、満腹で少し眠くなっていると、ダンブルドア校長が立ち上がり、広間中が静寂に包まれた。
ダンブルドア校長は、管理人のフィルチさんからの注意やクィディッチチームの予選を伝達した後、四階右側の廊下に入らないよう伝えた。
何があるのか少し気になったが、その後のひどい校歌斉唱で、そんなことは頭からすっかり消え去ってしまっていた。
その後、監督生であるパーシーの指示に従ってグリフィンドール寮まで向かい、男女別の寝室に入った。
明日からのホグワーツで過ごす日々に思いを馳せるうちに、俺の意識は遠のいていった。