女将校「モスラのディストピアなんかに絶対屈したりしない!」キリッ   作:よよよーよ・だーだだ

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2、モスラのディストピアなんかに絶対屈したりしない!キリッ

 私はジュリアや仲間たちと共に、隠された秘密基地の奥深くへと到着した。

 

 ……ここにたどり着くまでにどれだけの仲間が敗れ、あるいはモスラに捕まっていったのか、もう数えることもできない。私たちが怪獣の脅威から地球を守るために存続させた誇り高き地球防衛軍も、今となっては事実上の反乱軍。

 しかも今戦っている相手はゴジラをも下す恐るべき大怪獣、モスラ。対する私たち地球防衛軍ときたら、守護神として君臨するモスラにまるで歯が立たない有り様。今では私たち地球防衛軍は名目だけの存在となり果て、反乱軍としての体面すら保てなくなっていた。

 ジュリアが不安げに私の横顔を覗き込みながら、口を開いた。

 

「スミス少佐、これで本当によかったんでしょうか……」

 

 私を見つめるジュリアの瞳には、恐れと疲労、そして絶望が色濃く映っていた。ジュリアだけじゃない、他の仲間たちだって、皆自分が正しいのか不安だった。

 私は黙って頷いた。

 

「…………。」

 

 何度も考え抜いた末の結論だ。それが本当に正しいのか、私自身にも確信は持てなかった。モスラの圧倒的な力の前に、もはや私たちに残された手段はほとんどなかった。

 だが、私はまだ人間を諦めたくなかったのだ。

 ……“最後の手段”を使う時が来た。それがどれほど破滅的であろうと、今はそれしかないと自分に言い聞かせた。皆が不安を覚えるというなら、それを力強く導いてゆくのがリーダーである私の務め。私はそう心に決めた。

 

「……これしか方法はないんだ、ジュリア」

 

 私は静かに答えた。言葉に自分の決意を込めるように、不安げな仲間たちを真っ直ぐに見つめた。

 

「モスラの支配を終わらせるには、この方法しかない」

 

 私の堂々たる宣言を前にジュリアをはじめ地球防衛軍のメンバーは息を呑み、目を伏せていた。

 ……私たちがこれまでに試みたすべての攻撃が、どれほど無力であったか。原子熱線砲からはじまり、メーサー殺獣光線車、スーパーX、MOGERA、メカゴジラ……モスラは私たちの動きをすべて予見していたかのように、どんな作戦もことごとく潰してきた。仲間たちは次第に疲弊し、戦う意志を失い、次々とモスラに捕らえられていった。あるいは、自ら進んでモスラのもとへ投降する者まで現れる始末だった。

 

「……だが、それもここまでだ」

 

 地下基地の最深部にたどり着いた時、そこには一つの古びた弾頭が静かに置かれていた。それは、かつて私たちが敵対する怪獣たちに対抗するために最後の切り札として用意されたものであったが、結局“人道上の理由”から使用されることはなかった。

 しかしその封印が今、解き放たれようとしていた。私たち人類最後の希望、それは核兵器だ。

 

「……ここまできたら核を使うしかない。この弾頭の破壊力は20メガトン、ヒロシマ原爆の1250倍に匹敵する威力だ。これなら、モスラを倒せるかもしれない」

「でも、少佐……」

 

 核弾頭を見つめながら覚悟を決める私に対し、ジュリアは唇を噛みしめながら言うのだった。

 

「もし失敗したら……私たちはすべてを失うことになるかもしれませんよ? かつてゴジラを生み出し、怪獣たちを生み出した核兵器。それに手を出すだなんて……」

「分かっている」

 

 私は冷静を装いながらも、胸の内では激しい葛藤が渦巻いていた。

 ……誰だってそうだ。こんな狂った最終兵器に頼りたくなんてなかった。可能であればこうなる前に踏み止まりたかった。

 だけど情勢は、現実は、最終兵器を持ち出す段階にまで至ってしまっていた。私は答えた。

 

「だが、私たちにはもう選択肢がない。これが最後の希望なんだ」

「スミス少佐……」

 

 ジュリアは頷いたが、その表情は依然として不安げだった。

 

「少佐、モスラは……あいつは、私たちの動きをすでに読んでいるかもしれませんよ?」

「……!」

 

 その言葉に、私もまた一瞬ためらった。

 モスラだって馬鹿じゃない。むしろ人知を超えた恐るべき生物、それが怪獣だ。私たちの時間はもう限られている。モスラが率いる眷属どもの軍勢は、私たち地球防衛軍を今や完全に包囲していた。ヤツがその気になれば、その力をいつでも振るう準備ができているだろう。

 けれど、この決断を先延ばしにすることはできない。

 

「……いいか。これ以上後退することはできない」

 

 私はジュリアの肩を掴み、強く言い聞かせるように言った。

 

「私たち人類は最後まで戦わなければならない。たとえ結果がどうであれ、私たち人類には戦う責任がある。これは勝ち負けの問題じゃない、誇りの問題だ」

「……そう、ですね」

 

 私の言葉に、ジュリアは静かにうなずいた。その瞳の中には、ほんの僅かではあるが、再び決意の色が戻ってきたように見えた。

 ジュリアは毅然とした声で言った。

 

「分かりました、少佐。私も最後までお供します」

 

 その言葉を合図に、「俺も!」「私も!」と地球防衛軍の兵士たちは次々と声を挙げた。

 この作戦が成功するかどうかはわからない。しかし、たとえ私たちがこの一撃でモスラを倒せなかったとしても、私たちは戦士としての誇りを持って、この戦いに終止符を打つつもりだった。

 全ての覚悟が整ったとき、私は仲間たちに最後の確認をした。

 

「皆、準備はいいか?」

「……はい、少佐」

 

 力強くうなずくジュリア、そして地球防衛軍の仲間たち。そんな彼らの雄姿を見届けながら、私は最終兵器へと手を伸ばす。

 

「……よし、それでは行こう」

 

 了解、と一斉に答える地球防衛軍の勇士たち。

 私たち地球防衛軍による最後の戦いが今、始まろうとしていた。

 

 

 核兵器を搭載した特攻機に乗り込む瞬間、私の心は重苦しい沈黙に包まれていた。

 往年のステルス爆撃機、スターファルコン。地下格納庫の薄暗い光の中で、銀に塗られた機体の表面には、どこか冷酷な光が反射していた。私たちが最後の手段として選んだこの兵器はまさに私たち人類の決意の象徴であり、同時に私たちの絶望そのものだった。

 

「これが本当に最後なんでしょうか……」

 

 隣でジュリアが静かに呟いた。彼女の顔には決意が籠もっていたが、恐怖もまた入り混じっているようだった。私は、そんな彼女の肩に手を置きしっかりと目を見つめた。

 

「私たちはやるしかない。唯一の手段だ」

 

 言葉に力を込めたが、その裏で私もまた、心の奥底で揺らいでいた。このミッションが成功する確率は限りなく低い。だが、もう後戻りはできないのだ。

 そして仲間たちと共に機体に乗り込む。

 スターファルコンの内部は思った以上に狭く、息が詰まるような閉塞感があった。機器類がびっしりと詰まったコクピットは、戦争のためだけに作られた冷たい空間だった。

 私の隣で副操縦士を務めるジュリアは操作パネルに集中し、必要なチェックを淡々と進めていく。彼女の指が素早くスイッチを押し、モニターに次々と情報が映し出される。

 

「システム、オールグリーン……全て正常です」

 

 ジュリアの声は淡々としていたが、その裏には緊張感が漂っていた。彼女も私も、そして地球防衛軍の誰もが、これがどれだけ危険な任務であるかを理解していた。

 

「発進準備完了です……」

 

 スターファルコン、機体のエンジンが唸りを上げ、格納庫全体が低い振動に包まれる。私は最後にジュリアと目を合わせた。彼女の瞳には揺るぎない意志が宿っていた。それが私にわずかながらの安心感を与えてくれた。

 

「征くぞ、諸君! オペレーション=ファイナルウォーズだッ!」

 

 私はスロットルを握りしめ、機体を滑走路へと進めた。目の前のハッチがゆっくりと開き、外の光が差し込んでくる。外の世界は荒廃しきっていたが、私たちはその中で最期の希望を抱き、飛び立とうとしていた。

 

「目標はモスラの本拠地、インファント島だ。全力で突っ込むぞ!」

 

 ジュリアが冷静に指示を出す。恐怖に駆られていた彼女だけれど、今その声は震えていない。私たち地球防衛軍は自分たちの命をかけて、この一撃に全てを賭ける覚悟を決めていた。

 

「発進!」

 

 スロットルを押し込むと、スターファルコンの機体は一気に加速し、滑走路を駆け抜けた。巨大な地下格納庫から外へと飛び出すと、荒れ果てた大地が広がっていた。空はどんよりと曇り、戦争の傷跡がいたるところに残っていた。

 私たちは目標地点、モスラが巣食う本拠地インファント島へと一直線に向かって飛行した。核兵器を積んだ特攻機の存在を察知したのか、モスラの眷属たちが次々と出現し、私たちに襲いかかってきた。

 

「来たぞ! 防衛システムを全力で作動させろ!」

「了解!」

 

 ジュリアが素早く操作パネルに指示を送り、機体から自動迎撃システムが起動する。ミサイルと機関砲が次々と眷属たちを撃ち落とすが、その数は無尽蔵に思えた。

 仲間の戦闘機も次々と撃ち落されてゆく中、ジュリアが声を震わせた。

 

「こんなに……多いなんて……!」

「怯むな! 必ず突破する!」

 

 モスラの眷属たちはまるで生き物のようにスターファルコンの機体にまとわりつき、私たちを押しつぶそうとしていた。だが、私たちは全力で突き進んだ。眷属たちの攻撃を受けながらも、私たちは決して引き返すことはしなかった。

 

「見えてきた……モスラの巣……!」

 

 ジュリアが叫んだ。目の前にはモスラが築き上げた生糸のドーム、真っ白なその天上では巨大なモスラがその威容を誇示していた。

 広大な極彩色の翅に、海よりも深淵な瞳を持つ巨大蛾。モスラはまるで私たちを待ち構えていたかのように、静かに光り輝く翅を広げていた。

 私は叫んだ。

 

「全力で突っ込む! ジュリア、“最終兵器”の準備を!」

 

 ジュリアは頷き、操作パネルに手を伸ばした。核兵器が起動する。私たちはすでに引き返すことのできない段階に達していた。

 

「目標を捕捉……あと少し……!」

 

 だが、その瞬間、モスラの触角が光を放ち、私たちの機体に向けて強力な衝撃波を放った。モスラ必殺の超音波ビーム、クロスヒート・レーザーだ。

 スターファルコンの機体が激しく揺れ、計器が警告音を発する。

 

「ダメ……制御が……!」

 

 ジュリアが叫ぶ。私たちのスターファルコンはモスラの圧倒的な力に押しつぶされ、操縦が利かなくなっていた。

 

「何としても…!」

 

 私は必死に操縦桿を握り、機体を持ち直そうとしたが、もう手遅れだった。次の瞬間、私たちの機体はモスラの放つ生糸に絡め取られ、動きを完全に封じられた。

 続いてモスラは、足のカギ爪でスターファルコンの機体を捕まえた。

 

「よ、よせ、やめろ……っ!」

 

 その意図するところを察した私は思わず叫んだが、モスラはとことん無慈悲だった。

 私の叫びは、虚しく空に消えた。モスラの触角が再び輝き、私たちの機体の中央部分、核兵器が積載されている格納部に向かって閃光が走った。瞬時にして、スターファルコンの外殻が裂かれ、内部の構造が露わになる。

 

「最終兵器が、核爆弾がっ……!」

 

 ジュリアが驚愕の声を上げた。私たちは無力だった。機体は完全に制御を失い、ただモスラの力に抗うことなく引き裂かれていった。そしてついに、モスラはその恐るべきカギ爪で核爆弾を引き抜き、まるで虫を摘み取るように慎重に持ち上げた。

 そして、私たちの目の前で、モスラは核爆弾を大きく遠くへと放り捨てる。まるで人類の最後の希望を無情にも摘み取る、絶対的な自然の力そのものであった。モスラは、圧倒的な力と冷徹な知性を持って、私たちの最後の手段を、無残にも打ち砕いてみせたのだ。

 

「少佐……!」

「ジュリア……!」

 

 かくして私たちは完全に捕らえられてしまった。私たちの特攻機スターファルコンは、モスラによって呆気なく無力化された。スターファルコンの機内は静寂に包まれ、私たちはただ崩れ去った希望の残骸の中で茫然と立ち尽くしていた。

 

「…………。」

 

 そんな私たちを、モスラの青い瞳が冷ややかに見下ろしていた。その瞳に宿るのは、まるで私たちの運命を見透かすような冷淡な光だった。

 ……私たち人類は死力を尽くした。それこそ全力で戦って、戦い抜いたはずだ。

 しかし、モスラは圧倒的だったのだ。私たちの最後の攻撃は、彼女の前であまりにも儚く散っていったのだ。

 

 かくして私たち人類は、負けた。

 

 

 敗残者である私は、モスラの生糸に絡めとられた。

 

 今の私の姿はすべての装備品を剥ぎ取られ、まさに生まれたままの全裸だった。

 まるで優しく包み込まれるかのように繭に収まり、どこへ運ばれているのかもわからないまま、静かに移動させられていた。繭の中は柔らかな光がぼんやりと漏れ、まるで心を安らげるかのような温かさが全身を包んでいたが、その温もりとは裏腹に、動こうとするたびにその繭はしなやかに、そして確実に私の体を厳重に拘束していた。

 

(くっ……まったく動けない……!)

 

 モスラの生糸に包まれながら、私はまるで母親の胎内に戻ったかのような錯覚に陥った。柔らかな繭の中で、私は自然と膝を抱え、胎児のような姿勢に収まっていた。繭は驚くほど温かく、心地よいぬくもりが全身に広がり、まるで私を保護し、守るために存在しているかのようだった。

 しかし、その温もりの中には、抗うことのできない厳格な力が隠されていた。繭の中で封じ込められながら、私は自分を解放しようと幾度も試みた。

 

(このっ、くそっ、動け、動けったら……!)

 

 動こうと試みるたびに繭はしなやかに、しかし確実に締め付けて、私の体を優しくも断固として封じ込めてしまう。まるでこの繭自体が私を諭し、休息を取るように促しているかのようだ。柔らかい糸、包み込むような抱擁、まるで生き物のように私の動きに反応し、僅かな抵抗さえも許さないようにしっかり封じ込めてゆく。

 

(ジュリア、ジュリアはどうなった……!?)

 

 ジュリアの存在はかろうじて隣に感じることができたが、その顔を見ようと首を動かすと、繭の生糸がすかさず隙間に潜り込んできて、さらにしっかりと私の首を固定した。

 繭の壁越しに、くぐもったジュリアの声が聞こえた。

 

「少佐……ご無事ですか……少佐……!?」

「ん……! んんっ、んむんっ……!」

 

 かすかなジュリアの声が繭越しに聞こえ、私は必死に返事をしたが口から声は出なかった。私の口には生糸の柔らかい猿轡がみっちりと詰め込まれていて、いくら叫ぼうとしても声が出ない。

 

「少佐……どこですか……ご無事ですか……少佐、少佐……!」

「んーっ……んふぅーっ……んむぅうぅーっ……!」

 

 私は必死に叫んだが、完全に密封されたこの口からは蚊の鳴くような呻き声しか聞こえず、ただ鼻息を荒げることしかできなかった。

 

「んふぅーっ、んふぅーっ、んふぅーっ……!」

 

 まるで自分がこの世界から切り離されたかのように、孤独が私を包み込んでいた。ジュリアの存在が私にとって唯一の拠り所であるにもかかわらず、この優しい繭はその感覚さえも徐々に奪い取っていく。

 

(くっ、い、意識が……!)

 

 私は繭の温もりに溶け込むようにして、次第に意識が遠のいていくのを感じた。力を抜けば抜くほど、繭はますます私を包み込み、穏やかに、しかし決して逃れられないように拘束を強めていった。繭の中で胎児のように丸まった私の体は、モスラの意志に完全に委ねられ、ただその慈悲深い支配を受け入れるしかなかった。

 

(もう、なにも、かんがえ、られない……!)

 

 ジュリア……!

 最後に私はかすかにジュリアの名前を心の中で呼びかけたが、それすらも繭の優しさの中に溶けて消えてゆく。

 お母さんのお腹の中へ還ったかのように心地よくて、けれど決して私を解放してくれないモスラの繭。そこから逃れる術もなく、ただ無力感と共に、穏やかな安らぎが広がってゆくだけだった。

 

 

 再び、光が刺し込んできた。

 

 私が目を開けると、そこは巨大な石で創り上げられた祭壇の前だった。

 広大な空間ではあったが圧迫感があり、私の周りに広がる無数の石柱は、まるでこの場所が時を超えて存在しているかのような威厳を漂わせていた。足元に敷かれた石畳は冷たく、祭壇全体が柔らかな青白い光で照らされていたが、その光はどこから来ているのか分からない。

 私はまず自分の身体を確かめた。

 

「まだ動けん……か」

 

 モスラの繭が私の体を柔らかく、けれども決して逃がさないようにしっかりと縛り上げていた。繭の糸は驚くほど柔らかく、まるで絹のような心地よい感触が肌に伝わってくる。

 しかし、その繊細さに反して、私の四肢は全く自由を奪われたままだった。

 私は無理やりその場に跪かされ、まるでモスラに対してひれ伏すような姿勢を取らされている。装備品は全て奪い取られ、全身をモスラの糸に包まれたみじめな虜囚。両手は背中で絡め取られ、膝は床に押し付けられたまま動くこともできない。

 

「くっ……!」

 

 ……屈辱の極みだ。まるで全裸での土下座、自らひれ伏しているかのような姿勢じゃないか。

 私はなんとか抵抗してみようと渾身の力を込めてみるが、背で交差させられた腕も、床に押しつけられて深々と屈した膝も、まるでびくとも動かない。

 素肌に巻きついた繭の糸はあくまでも柔らかく優しいながらも、決して逃げ出すことを許さない。繭はまるで生きているかのように私の体へぴたりと密着し、どれだけ力を入れてもその拘束から逃れることは不可能だった。

 ……ゴジラのことを思い出す。かつてモスラと戦い、敗れ、全身を糸でぐるぐる巻きにされ、深い海の底へと封じ込められた怪獣王ゴジラ。今の私は、あのときのゴジラとそっくり同じ有様だった。

 なんとも無様だ。

 

「だが、負けんぞ……っ!」

 

 それでも負けじと、なんとか顔を上げる。

 わずかに身動ぎするだけで全身が柔らかく締め上げられるような感触を覚えるが、それでも意地と矜持で顔を持ち上げた。

 視線を上げて睨む先、祭壇の頂点にはあの怪獣が君臨していた。私たち地球防衛軍の宿敵であり、目下の殲滅目標だった、あの恐るべき大怪獣。

 

「モスラめ……ッ!」

 

 目の前に座したモスラはまさに、君臨する威容そのものだった。その巨大な翼は祭壇全体を覆うように広がり、柔らかな光を放っている。その光には母親が子供を包み込むような温かさがあったが、その奥には圧倒的な力が潜んでいることを私は本能的に感じ取っていた。

 そしてそんなモスラの前で今の私はただ無力であり、そしてこの屈辱的な姿でモスラの前にひれ伏しているしかない。

 

「…………」

 

 祭壇の玉座からはモスラの青い目が、まっすぐに私を見下ろしている。冷静ながらも揺るがない意志を感じられる。

 そのときモスラの“意思”が、直接私の心に響き渡った。

 

「ウィンスレット=スミス……」

 

  それは言葉ではなく歌声、それもまるで思考そのものが私の中に流れ込んでくるかのようだった。柔らかいその声は、まるで母が子を諭すかのような慈愛を含んでいたが、その響きには逆らい難い力が込められていた。

 ……けれど負けてたまるものか。私は屈しそうな心をなんとか奮い立たせながら口を開いた。

 

「殺すなら殺せ。さもないと後悔することになるぞ」

 

 不屈の闘志で睨みつけてやったとき、私の耳元でかすかな歌声が聞こえてきた。

 

「~~~~♪」

「~~♪」

 

 それはモスラに仕える二人の発光妖精、〈小美人〉の歌声だった。光を帯びた小美人たちはハミングしながら私の視界へ現れ、まるで空中を漂うかのように祭壇の上に舞い降りてくる。

 小美人たちたちの姿は手のひらに乗りそうなほど小さく、精霊のように繊細で、現実感が乏しいほどだ。けれどその存在感は圧倒的だった。私よりも遥かに小さく儚いはずなのに、なぜか私よりも遥かに偉大な存在であるかのように私には感じられた。

 その小美人の一人が、穏やかに囁いた。

 

「……ウィンスレット=スミス、恐れないでください」

「ウィンスレット=スミス、あなたには新たな役割が与えられます」

 

 語り掛けてくるその声は、まるで私の心の奥深くに直接響くかのように、穏やかで柔らかかった。

 しかし、私はその声に耳を傾けることを拒んだ。私の体を縛る繭の糸が、私の戦士としての意志まで縛りつけようとしているように感じたからだ。

 小美人たちは交互に口を開いた。

 

「モスラはあなたを選びました。これからは、戦う必要はありません」

「あなたがた人類が今、必要としているのは争いではなく、再生です」

「ウィンスレット=スミス、私たちはあなたがこれまで抱いてきた誇りを理解しています」

「しかし、モスラが望んでいるのは、あなたが新たな形でその力を活かすことです」

 

 戦う必要がない? 新たな役割だと?

 その言葉は、まるで私の心臓を貫く冷たい刃のようだった。怪獣どもと戦うことは私のすべてだ。それを捨てることは、自分の存在そのものを否定することになる。私は戦い続けることでここまで来た。それがなくなれば、私が私である理由などどこにもない。

 

「……ふ、ふざけるなっ!!」

 

 私は声を振り絞り、必死に叫んで抗議した。

 

「バカでかい蛾の怪獣風情が、何様のつもりだっ! 必要はない、役割だと!? 私たちは家畜じゃない、人間だ! 貴様のようなバケモノ如きに、勝手に決められてたまるかっ! 戦うことができなくなった時、人は生きる意味を失うんだ!」

 

 しかし、その声は神殿の闇へ吸い込まれるように、虚ろに響くだけだった。

 モスラも小美人もその言葉に何の反応も示さなかった。ただ静かに、動じることなく私を見つめるモスラと小美人。 その瞳は深い慈悲をたたえ、まるで私の心の中を見透かしているかのようだった。

 モスラと小美人は、なおも私を優しく諭そうとしていた。

 

「いいえ、ウィンスレット=スミス」

「あなたが戦う必要がなくなる世界こそが、真の未来です」

「モスラが築こうとしている新たなる世界では、戦いはもはや必要ありません」

「あなたが守るべき未来。それは新たな命を育み、平和の中で生きることなのです」

 

 んなっ……。

 小美人たちを通じてのモスラの言葉は、私の心に深く突き刺さった。私がこれまでに築き上げてきたもの、守り続けてきたもの、それを捨てることなど到底できない。

 ……しかし、その一方で、彼女たちの言葉には一端の真実が含まれていることも否定できなかった。

 

「あなたの戦士としての誇りを否定するわけではありません」

「ですが、その誇りがあなた自身を縛りつけ、未来を閉ざすものであるならば、それはかえってあなたを傷つけ、苦しめることになります」

 

 ……たしかにそうだ。平和が一番、誰だってそうだ。私たち地球防衛軍だって、平和のために戦ってきたんだ。

 けれど。

 

「……ちがう!」

 

 抵抗しようと私は、繭の中で必死にもがきながら叫んだ。しかし、繭は私の体をさらに優しく締め付け、自由を奪っていく。もはや、私は自分の体を動かすことさえできない。

 

「ちがう、ちがうんだ! 私は……私は……っ!」

 

 私は声を震わせながら、言った。

 

「私は戦士なんだ。戦うことしかできないんだ……」

 

 小美人たちは私の言葉を静かに受け止めながら、再び穏やかに微笑みかけた。 その姿はまるで光の中に溶け込むように神秘的で、私の心を揺さぶる力を持っていた。

 

「……あなたはもう充分に傷ついてきました。だからもう傷つく必要はありません」

「もしも生きる理由が必要と言うのなら、私たちとモスラが与えましょう」

 

 ……生きる、理由?

 思わずはっとする私に、小美人たちの言葉がするりするりと入り込んでゆく。

 

「ウィンスレット=スミス。あなたのこれまでの人生は、積み上げてきた戦士としての誇りは、決して無意味なものではありません」

「しかしそれを胸に抱きながらも、新たな命を繋いでゆくことこそが、あなたが新たに歩むべき道なのです」

 

 小美人たちの言葉が、私の心の奥深くに浸透していくのを感じた。戦士としての人生を捨てることは、自分自身を否定することだとずっと思ってきた。

 ……だけど小美人は、いやモスラはきっと正しい。

 

『戦う必要がなくなる世界こそが、真の未来』

 

 ……私だって未来永劫戦い続けていられるわけじゃない。いつか戦うことを辞めて、平和に暮らしてゆくようになる日が来るのかもしれない。

 だけど、それでも、だとしても。私は声を張り上げた。

 

「それでも私は戦うことを諦めない! おまえたち、モスラのディストピアなんかに屈したりしない! たとえ、最後の一人になろうとも……!」

 

 地球防衛軍として、戦士として、人として、誇りに懸けて私はそう誓う。しかし大怪獣モスラの圧倒的な力の前では、その誓いさえも薄れていくように感じた。

 そんな私を、モスラの巨大な瞳がじっと見つめ続けている。 その視線には私に対する期待と慈愛が込められているのを感じる。モスラはきっと本気で信じているのだろう。この私ウィンスレット=スミスが、モスラの考える“正しい道”を歩むことになるだろうと。

 小美人たちが、再び口を開いた。

 

「……ウィンスレット=スミス、あなたの行く道はあなたの望むがままに」

「それでも私たちは、あなたに調和の道を示します」

 

 くっ……!

 小美人たちの言葉と共に神秘的な鱗粉を浴びせられたかと思うと、私の意識は再び暗闇に引きずり込まれていった。

 最後に小美人は、説法をこう締め括った。

 

「ウィンスレット=スミス、あなたの戦いは終わりです」

「これからは新たな命を繋いでゆくことが、あなたの使命になるのです……」

 

 ……私の戦いは、本当に終わったのか。それとも、これは新たな始まりなのか。その答えを見つけることができないまま、私は意識を手放していった。




「モスラ対ゴジラ」で、ゴジラがモスラ幼虫に簀巻きにされるシーンには興奮しましたね。

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