女将校「モスラのディストピアなんかに絶対屈したりしない!」キリッ   作:よよよーよ・だーだだ

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3、聖なる泉 ~『モスラ対ゴジラ』より~

 次に目を覚ましたとき、最初に感じたのは自分の身体がどこか別の場所にあるような奇妙な感覚だった。

 あの優しいながらも厳重な繭の拘束から解放され、服装は新しい衣服を与えられていたが、その感覚は消えなかった。重力すら異なるかのように感じ、足元がふわりと浮いているような錯覚に陥った。

 私が現実に引き戻されたのは、聞き慣れた声が耳に届いた瞬間だった。

 

「少佐!」

 

 その声があまりにも切迫していたため、私は反射的に“彼女”の方へと振り返った。

 私の戦友、ジュリア=ハミルトンだった。ジュリアが駆け寄ってくる姿を目にしたとき、私はしばし言葉を失った。ジュリアの表情には、安堵と恐怖が混ざり合っていたが、その目にはかつての光が失われていた。戦いの疲労、そして戦友である私を失ったかもしれない焦燥感がジュリアの心を蝕んでいたのだと直感的に理解した。

 

「ジュリア……無事だったのか」

「ええ、スミス少佐こそ、よくご無事で……!」

 

 ジュリアは小さく頷き、心から安堵したかのように私へ身を委ねた。その小柄な体は震えており、ジュリアの抱いていた不安と安堵が私の心にまで伝わってくる。私は、ジュリアが私以上にこの戦いの中で心を揺さぶられていたことを痛感した。

 

「ここは一体……?」

 

 ジュリアは私をそっと抱きしめながら、どこか安堵したかのような声で答えた。

 

「少佐、ここはモスラのドームの中です。ここでは……すべてが完璧な調和を保っています」

 

 私たちはその場に立ち尽くし、周囲を見渡した。

 ……目に映るのは美しさそのものだ。花々が咲き乱れ、緑が生い茂り、ドーム越しに透けて見える空はどこまでも澄み切っている。

 だが、それらの美しさにはどこか人工的な冷たさが漂っていた。まるで作られた夢の中にいるような、なんだか現実感のない光景のように私には思えた。

 私は即座に動き出した。たとえ完璧なディストピアだろうが、付け入る隙はどこかにあるはずだ。

 

「ジュリア、ここから抜け出さないと……」

「少佐」

 

 しかし、彼女の瞳は以前とは違っていた。ジュリアの中で何かが変わってしまったことを、私はその瞬間に悟った。

 そしてジュリアは驚くべきことを口にしたのだ。

 

「……私たちはもう、逃げる必要はないのかもしれません」

 

 ……なんだと?

 他ならぬジュリアから出た思わぬ言葉。その衝撃で私が揺さぶられる中、ジュリアはなおも言うのだった。

 

「ここで生きてゆくのも悪くないかもしれません。私、戦い続けることに、もう疲れ果ててしまったんです」

 

 そう語る彼女の声には、諦めの色が滲んでいた。かつて共に戦ってきた仲間が、今やモスラの世界に魅了され、心を奪われてしまった。その現実を私は受け止めきれない。

 私は即座に反駁しようと試みた。

 

「でも、私たちは…」

 

 けれど、どういうわけか私の口からは上手い台詞が出てこなかった。片や、ジュリアの目つきは真剣そのもの。ジュリアは心から望んでいるのだ、本気で戦いを辞めることを。

 

「だが、しかしっ……!」

「少佐」

 

 私がなおも説得できそうな言葉を探す中、ジュリアの指先が私の唇に触れ、静かにそれを止めさせた。

 

「少佐……いや、ウィンス」

 

 ジュリアは私をかつての愛称で呼びながら、穏やかに微笑んだ。

 

「ウィンス、戦いが終われば、平和が訪れる。その平和の中で、穏やかに暮らす……それが私たちに与えられた新しい使命なのよ、きっと」

 

 その言葉は、先のモスラとの対話で聞かされたものとそっくり同じだった。

 私はその場に立ち尽くし、複雑な感情に苛まれた。ジュリアの言葉に込められた真実を認めたくはなかったが、その一方で彼女の言うことが間違っていないことも理解してもいた……だからこそ、到底受け容れられないのだが。

 戸惑うしかない私に、ジュリアは穏やかに告げた。

 

「ウィンス、私たちはもう戦わなくてもいい。ここで平和に暮らしてゆくことができる」

「けど、けれど……」

「大丈夫、ウィンス。ゆっくり考えればいいの。ここでなら、落ち着いて考える時間はたくさんあるんだから」

 

 ジュリアは優しく微笑み、私の手を握りしめながらそう言うのだった。

 そのあと私は、先にこのディストピアに順応したジュリアに世界を案内された。

 

「ウィンス、この世界を見て!」

 

 ジュリアは嬉々とした調子で私に笑いかけた。

 

「モスラが生み出したこの場所は、単なるユートピアではないの。これは、私たちが今までに見たこともないような科学の結晶なのよ!」

 

 ジュリアの言葉は力強く、彼女の目は輝いていた。ジュリアが指さす先に広がる風景は、確かに美しかった。新緑が生い茂り、空気は澄み渡り、まるでこの世のものとは思えないほどに整えられていた。

 まさにバランス、そう、調和だ。

 ……しかし、それが本当に「正しい」ものなのか、私には判断がつかなかった。

 そんな私の不安など露知らぬ様子で、ジュリアは語り続けた。

 

「見て、あの植物たち。モスラが設計した新種の植物なのよ。大気中の有害物質を吸収し、空気を浄化する能力を持っている。こんなこと、自然界ではあり得ないわ。でもモスラはそれを実現させた」

 

 彼女は息を弾ませ、説明を続けた。

 

「それに、あの昆虫たちもただの虫じゃないのよ。モスラが新たに作り出した種で、彼らは病原菌を運ばず、花粉だけを効率よく運ぶことで、植物の繁殖を助けているの。農作物の生産性も飛躍的に向上しているわ」

 

 ジュリアの目は、まるで宝石を見つけたかのように輝いていた。ジュリアがこの世界に心を奪われていることは明らかだ。モスラが築いたこのユートピアについて語るジュリアの声には、抑えきれない興奮が混じっている。

 地球防衛軍に入る前、本業が科学者であったジュリア=ハミルトンにとっては、この世界が科学者としての魂をこの上なく刺激する魅力的な場所なのだろう。

 

「ウィンス、私たちはここで新しい生態系の誕生を目撃しているの。モスラは、細菌やウイルス、そしてボルバキアまで使って、自然界の秩序を新たに創り上げた。これによって、病気の蔓延を防ぎ、害虫の繁殖を抑えることができる。農薬、遺伝子操作、環境破壊なんてもう必要ない!……」

 

 けれど私の心の中に芽生えたのは不安だった。彼女が語るこの世界は、私が守りたかった「人間の世界」とはかけ離れているように思えたからだ。

 ジュリアの説明は科学的には驚異的なものであったのかもしれないが、彼女が嬉々として説明してゆくたびに私の心はますます重くなっていった。

 この世界がジュリアにとってどれほど理想的であろうと、それが本当に「正しい」ものかどうか無学な私にはわからない。私もジュリアが夢見心地に語ることの意味を理解しようと努めたけれど、根っからの兵士である私にはその価値が受け容れられなかった。

 

「でもジュリア……それは、本当に私たちにとって良いことなのか?」

 

 私の問いは、私自身が抱えている葛藤の表れだった。ジュリアの信念が揺らぐことはなかったが、彼女の目には一瞬の迷いが見えた。

 

「……ウィンス、私も最初は戸惑ったわ。でも、これがモスラが創り上げてくれた未来なの。今までに見たことのない可能性が、ここにはあるのよ」

 

 ジュリアが語るこのモスラのディストピアは、彼女にとっては希望のユートピアであり、光り輝く未来の可能性であるようだった。

 

「し、しかし……」

 

 しかし、私は自分の中にある不安を言葉にすることができなかった。差し込んでいるはずの希望の光、けれど私にはその光が冷たくどこか無慈悲で不気味に思えたのだ。

 それに、ジュリアが見ているものと、私が見ているものがこんなにも違うとは思わなかった。科学者であるジュリアの科学的な説明がどれほど正しくても、それが私たち人類の生きるべき世界だとは到底思えなかった。

 

「……いいのよ、ウィンス」

 

 けれど、そんな私をジュリアはなおも優しく受け容れてくれた。

 

「貴女が見たもの、感じていることを無理に変える必要はない。私たちは違う視点を持っているけど、それが私たちの絆を壊すわけじゃない」

 

 ジュリアは私の手をさらに強く握りしめ、私を見つめた。その目には、私に対する深い愛情と理解が込められていた。

 ……ありがとう、ジュリア。

 私はその視線に応えるように、彼女の手を握り返した。

 

「……私は、今も人間を諦めることができない。私は死ぬまで戦い続けるだろう。たとえたった一人になったとしても」

 

 未だ潰えぬ反抗心。それを告げる私の言葉を、ジュリアはただ黙って聞いてくれている。

 ……ジュリアがモスラのディストピアに魅了される理由を完全に理解することは、私にはできないかもしれない。でも、彼女と共にいることは出来る。そしてまたいつか、共に立ち上がることだってできるかもしれない……。

 そんな私の気持ちを、ジュリアは微笑みとともに肯定してくれた。

 

「……いいのよ、ウィンス。貴女はありのままでいていい」

 

 ジュリアとの再会から日々が過ぎるにつれ、私たちは互いに心の距離を縮めていった。

 モスラの築いた世界の美しさに魅了されながらも、この世界に決して気を許すことのできない私にとって、隣のジュリアが向けてくれる親愛の情は唯一の安らぎだった。ジュリアがそばにいてくれることで、私はこの奇妙な世界での生活になんとか適応できつつあった。

 

 

 ある夜のことだった。

 私とジュリアは、モスラの作り上げた庭園を散策していた。モスラのドームの中心地、“聖なる泉”だ。

 頭上のドームには鮮やかな青空が透けて見え、どこまでも続く緑が目に優しい。モスラの影響で生まれた新種の植物が、私たちの周りでそよ風に揺れていた。

 ジュリアは、それらの植物に触れながら楽しげにモスラのドーム内における生態系と調和の話をしていたが、その声にはどこか切ない響きが混じっていた。

 

「ウィンス、ここにいると、まるで夢の中にいるみたいね。でも、それが現実だってことが不思議で仕方ないわ」

「……ああ、そうだな」

 

 ジュリアの言葉に、私はただ頷いた。この世界の美しさに感嘆しつつも、私はまだその全てを受け入れることができていなかった。ジュリアが語る科学的な奇跡の数々は、無学な私には理解しきれないもので、学者としてのめり込んでゆく彼女の熱意を完全に共有することはできなかった。

 けれど。

 

「……ジュリア、君が言ってることが私にはわからない。でも、君と一緒にいることで、少しずつ理解しようとしてはいるつもりだ」

 

 だから、どうか。

 

「これからも共にいてくれ、頼む」

「そう……」

 

 私の言葉に、ジュリアは微笑んだ。その笑顔には、どこか寂しさが漂っていた。

 

「……ねえ、ウィンス」

 

 そして、彼女は私の手を握りしめ、その温もりが私の心にじんわりと広がっていくのを感じた。

 

「ウィンス、私は貴女がここにいてくれることが、何よりも嬉しいの。貴女がいなかったら、私はこの世界で独りぼっちだったかもしれない」

 

 ジュリアの声は、いつになく感情的だった。私の手を握るジュリアの力が強くなり、私の胸の奥で何かが鼓動を早めた。私たちはしばらく黙ったまま、お互いの目を見つめ合っていた。

 

「ウィンス……」

 

 そして、ジュリアはゆっくりと私に近づいてきた。彼女の瞳が私の目を離さず、私もまた彼女から目を逸らすことができなかった。心臓の鼓動が耳元で響くように感じられ、周囲の音が遠ざかっていった。

 

「……私、貴女の隣に居られれば良いと思ってた」

 

 そう囁くジュリアの声は、かすかに震えていた。私はその声に引き寄せられるように、ジュリアの頬に手を伸ばした。その瞬間、ジュリアの目から一筋の涙がこぼれ落ち、私は驚きと同時に想いの深さを感じ取った。

 ジュリアは語り出した。

 

「貴女と共に戦える、すぐ傍にいられる、ただそれだけで良い、そんなふうにいつも自分に言い聞かせてた……だから今までずっと隠してきた、本当の気持ちを」

「じゅ、ジュリア……?」

 

 言われた意味がわからなかった私だが、そんな私を真っ直ぐ見つめるジュリアの目つきには、たしかな決意が宿っていた。

 

「けど、()()()()()()()()()よ、もう隠すのはやめる」

 

 “モスラの言うとおり”って、いったい?

 思わず問い質そうとしたが、次の行動でそんな他愛ない疑問は呆気なく吹き飛んでしまった。

 

「……もう、我慢できない!」

 

 私が彼女の名前を呼ぶと同時、ジュリアは思いきり身を乗り出してきた。

 そしてその瞬間、世界が止まったような気がした。

 ……私の唇にそっと重なる、ジュリアの唇。私たちの間に流れる空気が熱を帯び、彼女の唇の柔らかい温もりが私の体中に広がっていくのを感じた。

 

「ん……」

 

 ジュリアが私から少し離れたとき、彼女の目には涙が浮かんでいた。私はその涙を指でそっと拭い、ジュリアの小さな身体を抱きしめた。ジュリアもまた私にしっかりと抱きついてきて、その穏やかな温もりが私の心を満たしてくれた。

 しばしの沈黙、やがてジュリアは口を開いた。

 

「私、貴女のこと愛してる」

「……!」

 

 その言葉を聞いた時、私は自分の心がどれほどジュリアを求めていたのかを理解した。ジュリアが私にとってどれほど大切な存在であるかを。

 そしてその想いを、ジュリアもまた同じように持ち続けていたのだ。

 

「ウィンス、私、貴女と一緒にいたい。この世界がどう変わってしまおうと、私たちが一緒なら、それでいい」

 

 そう言って、ジュリアは再び私の唇に触れた。今度は、もっと深く、もっと強く。私たちの間にはもう何も遮るものはなかった。

 ……ジュリアとの新しい関係が始まったことで、私たちの未来がどう転ぶのかはまだ誰にもわからない。

 ただ一つ確かなのは、私はもう一人ではないということ。

 

「私もだ、ジュリア……!」

 

 そしてこの瞬間、私もまたジュリアと共に生きることを心の底から望んでいたことだった。

 

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