女将校「モスラのディストピアなんかに絶対屈したりしない!」キリッ   作:よよよーよ・だーだだ

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4、授けられた奇蹟と共に

 “聖なる泉”で過ごしたあの夜、互いに身体を許して以来。

 ジュリアと私は、モスラが提供した幸福の中で密かに身体を重ねる日々を過ごしていた。

 

 この世界はあまりにも美しく、そしてあまりにも穏やかで、私たちはその中で自分たちの世界を築いていた。モスラの庇護のもとでの生活は完璧に整えられていて、私たちは外界の厳しさを忘れ、このユートピアに心を許すことが多くなっていた。

 ある夜、ジュリアと共に過ごしていたベッドの中で、彼女は優しく私の頬に触れながら囁いていた。

 

「ウィンス、ここでの生活がこんなに幸せだなんて、思わなかった」

 

 ジュリアの言葉に私は微笑んだが、その背後にはどこか不安が残っていた。このユートピアがあまりにも完璧で、まるで現実感が失われているように感じていたのだ。しかし、ジュリアの温もりと優しさが、私の不安を一時的に押しやってくれた。

 

 

 この世界に来てから数ヵ月経った、ある朝のことだった。

 ある朝、私たちは突然、医者を務めるモスラの眷属によって呼び出された。

 医者と初めて対面した時、私はまだその異様な状況に完全に適応できていなかった。蛾のような姿をした美しくも奇妙な生物が、じっとこちらを見つめている。小さな羽が微かに震え、その動きに合わせて光の粒が舞い上がる。

 そんな私の心に直接語りかけるように、穏やかな医者の声が響いてきた。

 

「……ウィンスレット=スミス、あなたに重要なお知らせがあります」

 

 その言葉に、私は思わず身を固くした。何を告げられるのか、何とも言えない予感が頭を過った。

 

「あなたの体には、新たな命が宿っています」

 

 ……なんだって?

 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。私はジュリアと視線を交わしたが、彼女の目にも驚愕の色が浮かんでいる。

 このモスラのドームにやって来てから私とジュリアは幾度も身体を重ねていたが、異性との交渉については無縁だった。私は勿論、ジュリアだって異性と身体を重ねてはいないだろう。子供を授かることなんて、あり得ない。

 しかし、その一言はすべてを変えた。

 

「そうです。あなたは新しい命を宿しました。ウィンスレット=スミス、ジュリア=ハミルトン、あなたたち二人の子供です」

「私たち、二人の子供……?」

 

 聞き返した私の声は、哀れなほどに震えていた。私たち二人の子供。医者の言葉が、私の心に重くのしかかる。

 ……私は戦士、戦うことしか知らない人間だ。それがどうして、こんな形で命を宿すことになるのか。そもそも同性同士である私とジュリアの関係では、自然の摂理として妊娠なんて起こるはずがない。だからこそ、その現実が信じられず、頭の中が混乱していた。

 そんなとき、ジュリアが私の手をそっと握った。

 

「ウィンス……」

 

 私はジュリアの顔を見た。私に重ねたその小さな手は冷たく、震えていたが、ジュリアの目には驚きと共に確かな喜びが浮かんでいた。

 ジュリアは感極まった様子で、私に全身全霊で抱き着いてきた。

 

「本当に素晴らしいわ、ウィンス! 貴女が母親に、それも私たち二人の子供だなんて…!」

 

 ジュリアの目が輝いているのを見て、私は戸惑いを隠せなかった。

 ジュリアがこの事態に歓喜しているのが伝わってきたが、私にはそれが理解できない。女同士で子供が出来るなんてどう考えたって異常事態じゃないか。しかも科学者であるはずのジュリアが、それを『奇蹟』だなんて認めてしまうなんて。しかもよしんば如何にも『女性的』なジュリアならともかく、かつて男勝りの女戦士として知られたこの私が。

 何もかもが想像の埒外すぎて、私は素直に受け入れることが出来ない。

 

「ジュリア……でも、どうして? 私たちは……私が妊娠するなんて……!」

 

 私は言葉を探して必死に理解しようとしたが、その答えは見つからなかった。だって、だって私ウィンスレット=スミスは女で、ジュリアもまた女であるはずで……。

 

「ウィンス、これは奇蹟よ。そう、これは奇蹟、モスラが私たちに奇蹟で未来を授けてくれたの! 貴女が母親になるなんて、誰が想像できた? でも、それが今、私たちの目の前にあるのよ!」

 

 ジュリアの声は震えていたが、その瞳には確かな歓喜と確信があった。戸惑う私へ追い打ちをかけるかのように、医者は告げた。

 

「お腹の子は双子ですよ、ウィンスレット=スミス」

「ふ、双子だって……!?」

 

 双子を宿していると知った瞬間、私の心には混乱と恐れが入り混じった。かつての戦士としての誇りを持ちながら、今や母親としての新たな役割を受け入れなければならない。しかも一人だけならず、同時に双子だなんて。

 思わず手をお腹に当て、その命の重さを感じる。以前の私なら、こんな状況を想像すらできなかった。

 混乱する中で、ジュリアが私の手を優しく握りしめた。

 

「ウィンス、貴女はずっと強かったわ。今も、その強さは変わっていない。ただ、形が少し変わっただけなのよ」

「ジュリア、でも……」

 

 ジュリアの言葉は私の心に染み込むように響いたが、それでも私の声は弱々しかった。私が持っていたすべての信念が崩れかけているように感じた。

 けれどそんな私の弱さを、ジュリアは大らかに受け容れてくれていた。

 

「ウィンス、貴女は本当に強いわ。モスラがこの奇蹟を与えてくださったのは、私たち人類が新たな道を歩むためよ。これまで長く苦しい戦いを戦い抜いてきた貴女なら、きっとこの新しい命も守れるはずだ、って!……」

 

 ジュリアの心からの励ましに少しだけ安堵を感じたが、それでも私の中の疑念は消え去らなかった。モスラがこの奇蹟を起こしたのだとすれば、それは私たちに何を意味するのだろうか? 私をこんな身体にして、モスラは何を企んでいる……?

 医者であるモスラの眷属が、静かに言った。

 

「この命は、モスラによって祝福されています。あなたの役割はこれまでとは異なりますが、私たちの世界にとって非常に重要な存在です。モスラは、あなたが新たな未来を切り拓く存在であることを望んでいます」

 

 その言葉が、私の心に更なる重圧を与えた。戦士としての自分を捨てろという。母親としての役割を果たすことが、本当に私の選ぶべき道なのだろうか? 

 私は本当に母親として、授かったこの命を守ることができるのか。

 

「頑張りましょうね、ウィンス!」

「う、うむ……」

 

 ジュリアの笑顔が私を支えているが、まだその答えは見つからない。

 

 

 それから10カ月後。

 ベッドから目を覚ますたびに、重くて不格好な自分の体が、かつての自分とはまるで別物であるように感じられた。目を覚ます前から、私の体は悲鳴を上げている。

 

「んっ……うぅ……」

 

 目を開けるたび、昨日までとは違う自分がそこにいる。今朝は特に辛い。乳房が張り詰めてる。背中が痛い。腰が痛い。お尻が痛い。体のあらゆる場所が悲鳴を上げている。十月十日。もう限界だ。ゆっくりと目を開け、天井を見つめる。

 ……動きたくない。

 でも私自身の体重で押し潰された膀胱はパンパンで、今にも決壊してしまいそう。破裂寸前の尿意が、絶望的な悲鳴を上げていた。

 思わず自嘲の笑みが零れてしまう。

 

「……こんな朝から、トイレとの戦いか」

 

 それから私は歯を食いしばり、両手でベッドの縁を掴んだ。そして1、2の、3で……!

 

「くそっ……うっ……くぅっ……!」

 

 やっと上半身を起こせたと思ったら、目の前が真っ暗になる。貧血か。再び倒れ込みそうになりながら、懸命に深呼吸を繰り返す。

 

「落ち着け、ウィンスレット=スミス……うぷっ……!」

 

 やっと目まいが収まったと思ったら、今度は吐き気。つわりの頃を思い出す悪寒とともに、喉元まで胃液が上がってくる。慌てて両手で抑え込み、空っぽの胃が裏返りそうなのを必死に堪える。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 怪獣と戦っていた頃の私はかつて、迅速で鋭敏な動きを誇っていた。泥と銃火の飛び交う戦場で、武器を手にして駆け抜ける日々。どんな過酷な戦いでも、自らの意志で立ち向かい、恐れずに進んできた。

 しかし今では、大きく膨れ上がった腹を抱え、起き上がるのにも苦労する始末だ。

 

「クソッ、なんて不便な体だ……ッ!」

 

 現実の世界では、私のお腹は確実に大きくなっていた。今の私は双子を身籠り、妊婦としても人一倍大きなお腹だ。動こうとするたびに重心が狂い、ちょっとした身動ぎで息が上がる。腰には常に鈍い痛みが走り、何をするにも不便を感じる。かつては当たり前だった些細な日常動作のひとつひとつが、今では大きな挑戦となっていた。

 

「ううっ……!」

 

 その場で呻き声を漏らしながら七転八倒していると、すかさず私の世話係であるモスラの眷属が優しくテレパシーで声をかけてきた。

 

「ウィンスレット=スミス、無理をしないでください。私が手を貸します……」

「だ、大丈夫だ……」

 

 モスラの眷属たちによるテレパシーは直接脳に響くため、その言葉は耳に届くものよりもはるかに優しく、心地よく感じられた。彼らは私が重い体を動かすのを助け、食事を運び、眠りにつく前には心地よい音楽を流してくれる。かすかに羽ばたく羽音が私を包み込み、まるで快い風が私の苦しみを和らげるかのようだった。

 ……だが、私にはその優しさが時に疎ましく感じられた。むしろ惨めな気分ですらあった。私は今や、彼らの助けがなければ何もできない存在になってしまったのかと感じてしまうからだ。

 

「……すまん。やっぱり手を貸してくれ」

 

 けれど、結局力を借りた。

 モスラの眷属の助けを受けながら、私はやっとの思いでベッドから降りる。以前の私なら起床なんてものにほとんど時間をかけることはなかった。戦場でそんな愚図愚図していたら、間違いなく命取りになる。

 けれど今では一つ一つの動作が鈍く、遅く、そして苦労に満ちている。あまりに大きすぎるお腹が私の動きを制限し、呼吸さえ浅くなる。

 ようやくベッドから降りられた。が、立ち上がった瞬間、激痛が走る。

 

「いてっ!」

 

 右足がつる。妊娠後期の新たな "お楽しみ" だ。足を引きずりながら壁を伝ってトイレへ。

 

「よっ、このっ、くぅっ……!」

 

 両手でお腹を支えていないと、まともに歩くことすらできない。上から見下ろすと自分の爪先なんてもちろん見えないし、膝のあたりも完全に隠れてしまっている。今の私の歩く姿と言えばこの立派に突き出したお腹の下を手でしっかり支えながら、一歩一歩慎重に踏み出す感じになっていて……本当に情けない姿だ。

 それでもなんとかトイレへ辿り着き、大きなお腹に邪魔されながら下着を脱いで、便座にかける。

 

「く……来た……」

 

 便座に座るのも一苦労だ。お尻をちゃんと置けているのか分からない。でも、もう我慢できない。

 解放の安堵感もつかの間、立ち上がるのにまた苦労する。両手で便器を掴み、ゆっくりと……。

 

「うっぷ……」

 

 立ち上がった瞬間、大きなお腹で内臓が蠢いて目眩と吐き気が再び襲ってくる。同時に、赤ちゃんが激しく動き出す。

 

「ごめんね、起こしちゃったかな……」

 

 なんとか宥めすかすようにお腹をさすりながら、洗面所へ。

 洗面台の鏡に映る自分は、もはや見知らぬ人だ。浮腫(むく)んだ顔。くすんだ肌。パンパンに張り詰めた胸と濃くなった乳首、内側から裏返って飛び出た臍、そしてストレッチマークだらけの巨大な腹。おまけに顔を洗おうとかがむと、これまた大きすぎるお腹が邪魔で蛇口に届かない。以前はウエストラインだってキュッと引き締まってたのに、今ではそのくびれが完全に消え去って、まるでお腹だけが別の生き物みたいに膨れ上がっている。

 

「……もうっ、なんなんだっ!?」

 

 イライラが頂点に達する。両手で水をすくい、顔にたたきつけるように洗い流す。

 着替え。もはや新たな戦場、戦いだ。下着を替えるのに3分。上着とズボンを着るのに5分。靴下は……自分で履くのは諦めた。

 

「ウィンスレット=スミス、こちらです」

「うるさい、自分で行けるっ」

 

 なんとか着替えを終えると、すぐにモスラの眷属から、自宅に設置された特製の椅子へと案内された。その椅子はモスラが用意してくれた特製の生体素材で、私の体に合わせて形が変わり、座るたびに最適な形で全身を支えてくれる。

 

「ふぅー……!」

 

 深く座ったその瞬間、遥かに重くなった体重から解放されてなんとか楽になる。が、それでも不自由な体の現実から逃れることはできない。

 座るとお腹が膝の上に乗っかってしまって、まるで自分の身体が二重になったような圧迫感がある。呼吸は常に浅く息はすぐに切れるし、背筋を伸ばすと腰が痛くなり、かといって前かがみになればお腹が圧迫されて息が詰まってしまう。本当にどこにも逃げ場がない。座っている間ずっとこのお腹を手で支えていないと、身体が前に引っ張られてしまうのだ。

 本当に、しんどい。

 

「……ウィンス!」

 

 なんとか息をついている私に、自宅で仕事をしていたジュリアが駆け寄ってきて、私に寄り添ってくれた。

 私を見つめるジュリアの瞳には、いつだって喜びが満ちている。私が”奇蹟”を授けられてからというもの、ジュリアはこのディストピアを心から受け入れその恩恵を享受している。

 

「ウィンス、大丈夫よ。ここでは全てが貴女のために整えられているわ」

 

 ジュリアの声は、温かく、私を安心させようと努めているのが分かる。彼女は私の手を握り、穏やかな微笑みを浮かべる。

 

「でも、私は……」

 

 私は言葉を探す。以前の私なら、このような状況で助けを借りることなど考えもしなかった。今までは戦士として、常に自らの力で道を切り開いてきた。

 だが今、私の力はこの不自由な体に閉じ込められ、他者の助けなしにはベッドから起き上がることすらできない。そのみじめな現実が、私を深い不安と苛立ちに追い込んでいた。

 ジュリアは私の顔を覗き込みながら穏やかに諭すように言った。

 

「ウィンス、貴女が今していることが、どれだけ重要なことか分かっている? 貴女は今、新しい命を育んでいる。それは戦場での戦いとは別の、もっと尊い使命よ」

 

 その言葉が、私をさらに困惑させる。

 確かに、モスラの眷属たちは私が快適に過ごせるよう、あらゆる配慮をしてくれている。食事は栄養バランスが完璧に整えられ、毎日の体調管理も万全だ。部屋の温度や湿度は自動的に調整され、私が何不自由なく過ごせるように設計されている。

 

「しかし……」

 

 それでも、私はどこかでこの環境に対して不信感を抱いていた。こんなにも完璧に整えられた環境が、かえって私の力を奪い去り、私自身を無力な存在へと貶めているのではないかと感じるのだ。

 ジュリアはそんな私の不安を察し、何度も「大丈夫」と言い聞かせてくれるが、その度に私は自分がこの状況に完全に適応できていないことを痛感させられる。

 

「ウィンス、焦らないで。貴女は今、大切な役割を果たしているのよ」

 

 そしてジュリアは微笑みを浮かべながら、私の背中を優しく撫でる。

 

「モスラはいつだって、私たちを見守ってくれているわ」

 

 朝食。食欲はないが、赤ちゃんのためにとにかく食べなきゃならない。

 食卓に向き直ろうとするが、またしてもお腹が邪魔で上手く腰が動かない。たかだか身体の向きを直すだけのことでこの有り様、ままならぬ自分へのもどかしさと情け無さで涙が込み上げてくる。疲れ、イライラ、不安、すべてが押し寄せる。

 

(……もう、どうしろっていうんだ!)

 

 心の中で泣き言を漏らしながら、私はモスラの眷属が提供する食事を一口食べた。

 ……美味しい。モスラの眷属が用意してくれた食事は栄養満点で、おまけにとても美味しかった。かつて『怪獣黙示録』の戦場で食べていた不味いレーションとは雲泥の差だ。そもそもあの頃は、こんなに満足するほど食べることさえままならなかった。

 

「…………。」

 

 だが、なんだか今の私にはその良さがまるで感じられないような気がした。それは単に食べ物の問題ではなく、私自身が何かを失っているような気がしてならなかった。かつての自分の鋭さが、戦士としての誇りが、少しずつ鈍って薄れていくような感覚に囚われる。

 

「大丈夫、大丈夫よ、ウィンス」

「あ、ああ……」

 

 そう励ましてくれるジュリアの手を握り返しながら、私は自分の心の中に渦巻く不安と向き合おうとする。

 けれど、私の中の不安は深く根を張っており、容易に解消できるものではなさそうに感じられた。モスラのディストピアが提供する完璧な環境の中で、私だけがこの違和感と孤立感を抱えているのかもしれない。これは私のエゴなのかもしれない。私一人だけが、ただ単に我儘を言っているだけなのかもしれない……。

 そんな思いが私を更に悩ませ、そして弱気にさせる。

 

「ウィンス、貴女は一人じゃないわ。私たち、そしてモスラがいる限り、絶対に大丈夫よ……」

 

 今もなお私を支えてくれようとするジュリアの言葉は力強く、弱気な私を励まそうとする意志が伝わってくる。

 だが、私の心の奥底で響くその言葉は、依然として自分を見失いかけている私には、どこか遠くのもののように感じられた。

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