女将校「モスラのディストピアなんかに絶対屈したりしない!」キリッ   作:よよよーよ・だーだだ

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5、目覚め

 夢の中で、私はかつての自分に戻っていた。

 

 機能的な戦闘服をまとう、引き締まった体。敵を見据える、鋭い目つき。そして手にはしっかり重量感のある武器、メーサーライフルを握りしめていた。

 周囲には戦友たちの頼もしい顔ぶれが揃い、皆が一丸となって、街を襲う怪獣どもに立ち向かっていた。

 

「さあ征くぞ、諸君!」

 

 私の足取りは軽く、風のように速く、障害物をものともせず進んでいく。私の心には戦いへの恐れは微塵もなかった。

 ……あの頃、私は必死に戦っていた。自由のために、人間としての尊厳を守るために。これこそが私の使命であり、私はそれを誇りに感じていた。

 しかし、突如として違和感が襲ってきた。

 

「……っ!?」

 

 突如、私の身体がずっしりと重くなり、思うように動かない。いつもなら軽やかに動けるはずの身体が鈍く感じられるのだ。視界が揺れ、仲間たちが遠ざかっていくように感じる。私は目を伏せ、そして息を呑んだ。

 

 私のお腹が大きく、大きく膨らんでゆく。

 

 ぶつっ、ぱつんっ、ズシッ……!

 やがて膨らみに耐えかねてボタンが弾け飛ぶ戦闘服と、その隙間からまろびでる大きなお腹。思わずお腹を庇うように、私は咄嗟に手で隠す。

 

「なっ……!?」

 

 一瞬、何が起こったのか理解できずに立ち尽くしていたが、すぐにお腹の重さが現実のものだと悟る。メーサーライフルを抱えた手が震え、ブーツを履いた足は地面に縛り付けられたように動かない。かつて軽やかに飛び越えていた障害物も、今や乗り越えることができない壁となり、私の前に立ちはだかった。

 

「お、お腹が、重い……っ!」

 

 身体が思うように動かない。そうだ、今の私は臨月を迎えた妊婦だ、戦士ではない。その現実が、夢の中でさえも私を引き戻そうとしていた。

 ……こんな身体でどうやって戦えばいい?

 銃を構える手が震え、視界がぼやけていく。恐ろしい怪獣どもが迫ってくるのに、私はまったく動けない。お腹の中で育まれる生命を感じながら、戦うことなど到底無理な自分に苛立ちを覚えた。

 そして怪獣どもは、そんな私のことなど待ってくれない。

 怪獣どもが鋭い雄叫びを挙げながら私へと迫り、恐怖が胸を締め付ける。しかし、身体は動かず、ただひたすら大きく膨らんだお腹の重みを感じるだけだった。銃を握り締める手が力を失い、膝が崩れ落ちるように地面に倒れ込む。

 戦友たちも次々と先へ進んでゆく中、私はただ置いて行かれてしまう。

 

「おい、おい……!」

 

 口から出た言葉はか細く、戦場の喧騒に掻き消されてしまう。

 服を押しのけて突き出たお腹、そのたしかな重さが私を地面に引き寄せ、動こうとするたびに全身に激痛が走る。仲間たちの姿が遠く、遠くへと消えていくのを見ながら、私は何もできない自分に対する恐怖と無力感に苛まれた。

 

「ま、待ってくれ……!」

 

 やがて私は、戦場に取り残され、独りぼっちで立ちすくんでいた。怪獣の影が迫り来る中、私は銃を構えようとするが、その銃も重く指先が震えた。恐怖が全身を駆け巡り、頭の中が真っ白になった。助けを求める声も出せず、ただ黙って立ち尽くすことしかできなかった……。

 

 その瞬間、目が覚めた。

 

 額には汗が滲んでおり、呼吸は荒い。夢と現実の区別が曖昧なまま、私は自分のお腹に手を当てた。着ている服は、モスラが編んでくれた優しい天然素材のナイトガウン。それを押しのけるようにふっくら膨らんだお腹の中には、確かに新しい命が宿っている。

 ……そうだ、今の私は戦士ではない。ここは戦場などではなく、モスラの平和なドーム内で私は母親になろうとしている。

 

「はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ……」

 

 私はまだ現実感を取り戻せないまま、荒い呼吸を整えようと必死だった。

 全身が冷や汗でびしょ濡れになり、心臓が喉元で激しく鼓動しているのが感じられる。

 続いて襲う倦怠感と疲労感、特にお腹がずっしり重く感じられた。夢の中で感じた戦場の恐怖が、現実にまで影を落としているようだった。

 

「く、くそっ……!」

 

 悪態をつきながら、私は布団の中で震えていた。現実の世界に戻っても、あの夢の恐怖が心に焼き付いて離れない。大きなお腹が重く感じられ、手足が思うように動かない現実が、夢と現実の区別を曖昧にしていた。

 かつての誇り高い戦士としての自分は、果たしてどこに行ってしまったのか。この大きく膨らんだ腹が、私のすべての動きを制限し、自由を奪っていく。このお腹は愛する人との新しい命を宿している証ではあるが、同時に私の力を奪っていく呪いのようにも感じられた。

 そんな中、隣で眠っていたはずのジュリアが目を覚ました。

 

「……ウィンス、大丈夫?」

 

 隣のジュリアが心配そうに声をかけてくる。私の背中にそっと触れるジュリアの小さな手が、今はなんだか頼もしい。背を撫でる優しい温もりが伝わってきて、私は少しずつ気持ちを落ち着けてゆく。

 

「また、あの夢を見たのね……戦場の夢を」

「…………。」

 

 ジュリアの言葉に、私は無言で頷いた。戦士としての自分がどんどん消えていく、そんな気がしてならなかった。

 不安な私を、ジュリアは優しく励まそうとしてくれる。

 

「大丈夫よ、今は貴女が安らかに過ごすことが大事なんだから……」

 

 しかし、その言葉は私の不安を拭い去るには足りなかった。

 私はホントのことを口にした。

 

「ジュリア……私、本当にこれでいいのだろうか?」

 

 子供を身ごもることがもたらす変化に、そして自分がかつての自分とは違う存在になりつつあることに、私は深い恐怖を感じていた。戦士としての在り様を、かつての自分をどんどん失っていくのがとにかく怖かった。

 私が、私でなくなる。そんな気がする。

 けれどそんな私でさえ、ジュリアは受け容れ、肯定してくれる。

 

「もちろんよ」

 

 そう言ってジュリアは私を強く抱きしめ、頷いてくれる。

 

「貴女は、ウィンスレット=スミス。私の最愛の人。戦士であろうと、母親であろうと、貴女は貴女。だからこれでいいのよ……」

 

 ……けれど、その言葉が私の心に届くには、まだ時間がかかりそうだった。

 

 

 鏡の前に立つと、そこに映る自分の姿がまるで他人のように感じられる。

 ベッドサイドに控えている蛍のライトがほのかに照らす中、私はかつての戦士としての自分と今の姿の違いを思い返した。

 

 かつての地球防衛軍エアストリップ・ワンの指揮官、ウィンスレット=スミス少佐は、鋭い目つきと引き締まった体、凛々しい制服を身にまとっていた。

 挫けぬ勇気、気高い矜持、そして飽くなき闘争心。背筋をピンと伸ばし、仲間たちの前では常に冷静で勇敢な姿を見せ、戦場で敵に立ち向かうことを躊躇わなかった。歴戦の証である軍服の肩章が誇り高く光り、決して後退することのない強さを象徴していたのだ。

 

 しかし、今の私はその姿とは全く違う。

 以前の制服はもはや着られなくなり、今はモスラの眷属が編んでくれた柔らかくてふんわりとしたピンクのナイトガウンに身を包んでいる。

 頬はふっくらと丸みを帯び、肌は滑らかで、まるで桃のように艶やかだ。かつて鋭く引き締まっていた表情は、今では優しく柔らかい笑顔に変わり、まるで母性に満ちた愛らしい天使のように見える。

 そして何より、このずっしりと重たい大きなお腹。ジュリアが優しくお腹に触れてくれるたび、私の顔は自然に微笑み、目尻には優しいシワが寄る。それは、戦場での過酷さなんてものをすっかり忘れ去った、穏やかな幸福に包まれた表情だった。

 

 今の私は一日中、これまたモスラが用意してくれたふわふわでゆったりとしたマタニティードレスを着て、庭の中をゆっくりと散歩するのが日課となった。

 風に揺れるマタニティードレスの裾が私の周りを舞うたびに、私はジュリアと手をつなぎながら心からの幸福を感じていた。ジュリアの手を握り返すたび、私の胸の奥には、温かく柔らかな感情が広がっていく。

 

 しかし、その反面、私の心の奥底には、かつての戦士としての誇りが残っていた。

 戦場で鋭い眼差しを持ち、仲間と共に戦い抜いた自分が、今ではこうして平和な生活に身を委ねていることが、裏切りのように思えてならない。それもよりにもよって宿敵だったあの怪獣、モスラの庇護下で。

 柔らかい素材のワンピースは、大きく膨らんだこのお腹を優しく包み込んでくれるが、同時にそれがかつての戦士としての自分とは別人であることを突きつけてくる。以前の私のようにシャキッとした姿勢はどこへやら、大きく突き出た重たいお腹がバランスを崩し、歩くたびに前屈みのぎこちない足取りになってしまう。

 

 次の夜、また私は戦場に立っていた。

 

 冷たい風が吹き抜け、破壊された街の瓦礫が広がっている。Gフォースの特殊戦闘服をまとった私は、かつてのように引き締まった身体でメーサーライフルを握りしめ、鋭い目で周囲を見渡した。

 ……だが、周囲に敵の気配はない。戦場にしては妙に静かだ。

 ふと、遠くから羽音が聞こえた。私はすぐにその音の主を察し、手にしたメーサーライフルを構える。

 

 ――モスラだ。

 

 私たち人間を堕落させ、尊厳を奪い取り、この星の新たなる支配者として君臨した恐るべき怪獣モスラ。

 その極彩色の翅を広げ、優雅に舞い降りてくる姿。以前と何も変わらないはずの姿だが、どういうわけかこのときは、どこか神秘的で、気高く威厳すら感じる何かをまとっていた。

 モスラは私に、穏やかな調子で語りかけた。

 

「ウィンスレット=スミス……」

 

 モスラの声はとても大らかで、心身を今すぐにでも委ねたくなるような安らかさを湛えていた。

 しかし、私は油断しない。心の中に響く声が私の耳に届いた瞬間、すぐにメーサーライフルを構え直した。

 

「……なるほど、テレパシーか」

 

 メーサーライフルを構えたまま、私はモスラに向かって一歩踏み出した。

 これは夢、そしてテレパシーだ。奴の手管を即座に見抜いた私は、不敵に笑いながら即座に突きつけてやった。

 

「テレパシーで私の夢に入り込んで操ろうとは、なかなか考えたな。だが夢だとわかっていれば何のことはない。残念だったな」

「……………。」

 

 だが、モスラは何の反応も見せず、ただ静かに私を見つめていた。そして、慈愛に満ちた声が再び私の心に響く。

 

「ウィンスレット=スミス……私はあなたを傷つけるためにここにいるのではありません。ただ、あなたに選択肢を与えたいのです」

「選択肢、だと?」

 

 その言葉に、私は一瞬息を呑んだ。選択肢、何をだ。私は貴様と戦う、それ以外に選択肢など有り得ない。

 そう思う私だったが、モスラの言葉は更に続いた。

 

「ええ。再び戦士として戦場に戻るのか、それとも、このユートピアで母親として新しい道を歩むのか――あなた自身が決めることですから」

 

 モスラの態度には、まるで慈母のような柔らかさがあった。しかし、私はその柔らかさに逆に苛立ちを感じ、強く反発する気持ちが湧き上がってくる。

 ……戦士か、母親か、だと? 戯れ言を。そんなの決まっているじゃないか。

 メーサーライフルを握る手に力を込め、私は即座に怒鳴り返そうとした。

 

「ふざけるな! 私は……!」

 

 私は貴様ら怪獣と戦う、そう言い放ったはずだった。

 

「私は……」

 

 しかし、気がつくと言葉が喉に詰まっていた。ライフルを握る手がますます重く感じられる。

 ……私はいったい、何をしている? 

 私はGフォース、戦士だ。自由と人間としての尊厳を守るために身を捧げてきた。怪獣共の不条理な支配に抗い、打ち破ることこそが私の使命だ。ここで迷うことなどありえない……!

 そう思った途端、とくん、とお腹の中に宿る命を感じた。

 

「……っ!?」

 

 刹那、私の頭の中に、ユートピアで暮らした日々が過ぎる。

 思いがけずに身籠ったこの身体のせいで散々翻弄されながらも、愛するジュリアと手を取り合いながら()()()を心待ちにしていたあの日々。あの心地よい平穏が頭に浮かび、私の心を温かく包み込む。母親としての生活が、こんなにも幸福なものであったなんて。

 そのことに気づいた瞬間、私の中に揺らぎが生じ始めた。

 

「ち、ちがう、そんなはずが……」

 

 振り払おうにも振り払えない。

 私は、驚きに打たれた。まさか自分があの平穏な生活にここまで惹かれているとは。戦士であった自分は、この静かな幸福に魅了されるはずがないと思っていた。しかし、今の私はその生活を捨てることができるだろうか?

 

「な、なぜ私が……」

 

 そして、その迷いが、ますます私を動揺させた。私はモスラを睨みつけ、怒りにも似た感情をぶつけるように叫んだ。

 

「さてはテレパシーだな!? 催眠をかけているんだ、私を都合よく洗脳するために! そうだ、そうに決まってる!」

 

 ……そうだ、そうだとも。

 こんなのはテレパシー、ただの催眠だ。自分を見失うな、ウィンスレット=スミス。私は誰だ? 地球防衛軍Gフォースの誇り高き軍人、ウィンスレット=スミス少佐だ。人類の尊厳を守るため、長きに渡って戦い続けてきた戦士、それが私だ、そのはずだ。

 とにかく自分を強く持て、ウィンスレット=スミス。こんなつまらん催眠術ごときで、容易く絆されてたまるかッ……!

 

「ヒトの心をもてあそぶ、おぞましいバケモノめ! たとえ他の誰がどうなろうとも、私は貴様の思いとおりにはならんからなっ!」

 

 そうやって勝ち誇る私だったが、モスラはただこう答えた。

 

「……それはあなたの心の影ですよ、ウィンスレット=スミス。それともあなたは、ジュリア=ハミルトンが長年抱いてきた貴女への想いまでも、私が作ったものだと言うつもりですか?」

「……!」

 

 モスラの口調は飽くまでも穏やか、まるで教え諭すかのようだった。が、どこか糾弾するような鋭さを孕んでいるように私には思える……あるいは、それも私の心の影だとでも言うのか。

 またしても私は咄嗟に答えられない。

 

「そ、それは……!」

 

 それでもなんとか私が自分を奮い立たせようと口を開いた次の瞬間、奇妙な感覚が私の全身を包んだ。

 

 ――私の身体が変わっていく。

 

 鋭く引き締まっていた戦士としての身体は、瞬く間にその姿を変え始めた。しっかりと身を守ってくれる頼もしい戦闘服がふんわりと柔らかな感触の布へと変わり、胸元がゆったりと広がり、視線を下に落とすと、私のお腹が――信じられないほど大きく膨らんでいた。

 私は息を呑んだ。

 

「な、何だ、これは……!?」

 

 私の手は、自分のお腹に自然と伸びた。かつての引き締まった体は消え、目の前には大きく膨らんだお腹が突き出している。

 丸く、柔らかく、生命の重さが感じられる大きなお腹。緩やかで柔らかく心地よいマタニティードレスが私の身体をふわりと包み込み、戦場に立っているはずの私が、まるで別人のようになっている。

 大きく重たいお腹のせいで、立っているのも少し辛く感じられ、その重みを支えるために私は本能的に腰に手を当てた。その瞬間、何かが胸の中で崩れるように感じた。

 今の私は、戦士ではない。

 臨月を迎えた母親の身体になってしまった私。だが、なぜかその事実が恐ろしくもあり、同時に――心の底では愛おしさを感じている自分がいる。

 

「私は、どうしてこんな……!?」

 

 大きく突き出たお腹をそっと撫でながら、私はその重みが、ただの肉体的なものではないことを感じ取った。お腹の中で新しい命が確かに息づいている。その感覚が、私を戸惑わせる一方で、心のどこかに温かさを広げていく。

 そして心の奥底で感じているのは、母親になった自分に対する何とも言えない幸福感。

 重く、圧倒的なその感覚に圧倒されながらも、同時に胸の奥からじんわりと温かさが広がっていく。戦士としての自分が、こんなにも簡単に消え去ってしまうことに、恐怖が込み上げてきた。

 

「……私は、」

 

 その幸福感と恐怖へ抗うように、私はなけなしの気力で叫んだ。

 

「私は、ウィンスレット=スミスは、貴様ら怪獣と戦う戦士だ! 今もなお、戦士だ! 戦士()()()()()だ……!」

 

 私はなおもそう叫んだが、どこか虚しかった。

 たとえどれだけ矜持や根性で抗おうとも、大きなお腹を抱えたこの身体がもうその事実を受け入れている。そして何より、私の魂自身がそのように変わり果ててしまっている。

 その現実を、私はようやく理解し始めていた。

 

「私は、私は……」

 

 どうしたらいいんだ。

 気がつくと私は、モスラを見上げていた。

 

「…………。」

 

 縋る私を、モスラは静かに見つめている。私の迷いや動揺をすべて見透かしたかのような、優しい目線。その表情は何も強要することなく、ただ私が自分で答えを見つけるのを待っているかのようだった。

 やがてモスラは答えた。

 

「……すべて、あなたの心が望む通りに」

 

 そしてモスラはそう言い残すと、ゆっくりと翼を広げ、夜空へと舞い上がっていった。

 立ち去るモスラの後ろ姿に、私は思わず追い縋ろうとする。

 

「ま、待てっ、待ってくれ……!」

 

 けれど身重の私は何もできず、ただ呆然とその姿を見送ることしか出来なかった。

 モスラの姿が闇の彼方に溶け込んで消えるまで、私は大きな、そしてとにかく大きなお腹を抱えたままぼんやりと立ち尽くしていたのだ。

 ……そして次の瞬間、私は目を覚ました。

 

「はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ……!」

 

 現実に戻ると、すぐに自分のお腹に手を当てた。夢の中で感じたのと同じ重さと膨らみが、確かにここにある。

 その温もりが、私を再び現実に引き戻した。だが、本当は自分でも気づいていた。その大きなお腹を優しげに撫でる手は、今や戦士としての鋭さではなく、母親としての優しさを帯びていることに。

 

「……ウィンス、大丈夫?」

 

 隣で寝ていたジュリアが私のそばに来て、優しく声をかけてくれた。彼女の手が私の肩に触れ、その温もりが少しだけ私の心を落ち着かせるが、それでも胸の奥に潜む不安が消えるわけではない。

 思わず、私の口から弱音が零れ落ちた。

 

「……私、どうしてこんなに情けなくなってしまったの?」

 

 一度決壊してしまえば、もはやこらえきれなかった。私は涙を流しながら、ジュリアに縋りついた。

 

「私はもう戦えない、何も守れない……かつての自分がどんどん遠ざかっていくのが、怖い」

 

 情緒不安定。世に言うマタニティーブルーという奴だろうか。かつての戦士だった私だったら到底考えられない弱さだった。

 けれど、そんな弱い私に対し、ジュリアは私の手をしっかりと握りしめてくれた。

 

「……ウィンス、貴女はまだ強いのよ。ただ、その強さが形を変えたの。かつての戦士としての貴女も、今の可愛らしい妊婦としての貴女も、どちらも尊く、そして大切な存在なの」

「でも、でも……っ!」

 

 ジュリアの言葉に慰められながらも、自分の中の葛藤は簡単には消えそうになかった。大きなお腹が私に新しい命を育んでいることを思い出させてくれるが、それと同時に戦士としての誇りや自信を奪っていくように感じてしまう。

 しかし、ジュリアは私のそんな気持ちを全て理解してくれているかのように、私の体をそっと抱きしめてくれる。

 

「貴女が母親になる姿は、本当に美しいわ」

 

 ジュリアは温かく微笑みながら言う。

 

「かつての勇敢な戦士としての貴女も、今こうして命を宿している貴女も、どちらも私にとって愛しい人、誇りなの」

「……!」

 

 その言葉に、私は少しだけ心が軽くなった気がした。

 たしかにそうだ。ジュリアの支えがあるからこそ、私はこの状況を受け入れ、進むことができる。彼女が私の隣にいる限り、私は新しい自分を見つけ、育んでいけるだろうと感じ始めていた。

 

「一緒に寝ましょう、ウィンス」

「……わかった」

 

 夜が深まると、ジュリアは私をベッドに誘い、そっと肩を抱き寄せる。彼女の温もりに包まれながら、私はゆっくりと息を整える。

 私はようやく、気を落ち着けることが出来た。

 

「……ありがとう、ジュリア。君、いや、あなたがいてくれるから、私はきっとこの新しい道を歩んでいける」

 

 そんな私の頬に、ジュリアは優しくキスをしてくれた。

 

「私たちはいつだって一緒よ。これからもずっと、私が貴女を支えるから、安心して……」

「ありがとう、ジュリア……!」

 

 その夜、私は最愛の人の腕の中で眠りについた。

 心の中には、かつての戦士としての自分への誇りと、母親としての新たな強さが少しずつ共存し始めていることを感じた。戦場での強さとは違うが、これもまた私にとっての強さなのだと理解し始めていた。

 

 そしてこの日、この夜。

 ジュリアと共に、私はこの新しい道を歩み続ける決意を固めたのだった。

 

 

 そして、その日。

 痛みが、波のように押し寄せてくる。

 

「ひぃっ、ひぃっ、ふぅぅー……ひぃっ、ひぃっ、ふぅぅー……」

 

 まるで私の体が裂けそうなほどの激しい痛みが、全身を貫いてゆく。呼吸が荒くなり、搾り出したような汗が額を流れ落ちる。私はベッドの縁を強く握りしめ、耐えなければならないと自分に言い聞かせる。

 

「ウィンス、もう少しよ! 深く息を吸って、吐いて、そう…!」

 

 傍らで励ますジュリアの声が遠くに響く。ジュリアの手が私の手に触れ、その温もりがかすかな安堵をもたらすが、この痛みはそれを凌駕していった。

 モスラの眷属である産婆が私の足元に控えている。産婆はまるで神聖な儀式を取り仕切るように、冷静かつ優雅に振る舞っていた。産婆の美しい翅がかすかに震え、テレパシーで私の心に直接語りかけてくる。

 

「力を抜いて、ウィンスレット=スミス。あなたはこの瞬間を乗り越えられます。命が生まれるのです、あなたの力で」

「んふぅーっ、ふぅーっ、ふぅーっ……!」

 

 私はその声に従い、深く息を吸い込んでから一気に吐き出した。

 次の瞬間、またもや激しい痛みが襲いかかり、私の全身を震わせる。何度も繰り返される陣痛の波が、私の精神を押しつぶそうとする。私は叫びたくなる衝動を必死に抑え、再び全身に力を込める。

 ジュリアが力強く叫んだ。

 

「いきんで、ウィンス!」

 

 最愛のジュリアの声が私を現実に引き戻し、私は全力でいきむ。痛みが体中に広がり、私は叫び声を上げた。しかし、その慟哭の中に、命を生み出すための力が込められていると感じた。

 

「そう、もう少しです!」

「頑張って!」

 

 産婆のテレパシーが私の意識を貫く。彼女の翅がかすかに輝き、私の体にエネルギーを注ぎ込んでいるかのようだ。私はその光に導かれるように、再び全身を締めつけ、いきむ。

 

「んんっ、んんああああああ――――――……っ!」

 

 まるで時間が止まったかのような感覚の中で、私は全ての力を振り絞り、再びいきんだ。

 痛みの中で、何かが動く感覚があり、次の瞬間、重みが軽くなる。私の体から何かが解放された。

 

「……生まれたわ!」

 

 そう叫ぶジュリアの声は、歓喜に満ちていた。

 眩む意識が立ち直り、ぼやけた視界でジュリアを見るとその腕には小さな命が抱かれていた。

 さらに私がもう一度いきむと、二人目の赤ちゃんが産婆の手に受け取られた。

 

「はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ……」

 

 息を切らせながら、私は自分の目で確かめた。ジュリアが一人の赤ちゃんを優しく抱きしめ、産婆がもう一人を慎重に布で包んでいた。彼らの小さな体は震えながらも、確かに生きている。

 産婆は私に告げた。

 

「元気な女の子ですよ、ウィンスレット=スミス」

「私の……赤ちゃん……?」

 

 声がかすれていたが、私はようやく言葉を絞り出すことができた。痛みはまだ残っているが、その中に深い安堵と喜びが広がる。私の体がこの二つの小さな命を生み出したのだ。

 ジュリアは涙ぐみながら、赤ちゃんたちを私の腕にそっと乗せた。

 

「貴女は本当に立派だったわ、ウィンス……!」

 

 その言葉に私は弱々しく微笑み、二つの命をしっかりと抱きしめる。彼らの温もりが私の胸に伝わり、全身に広がる。その瞬間、私は自分が母親になったことを実感し、これが私の新たな使命であることを悟った。

 そして産婆は静かにその場を後にし、ジュリアは私のそばに座り続けて居てくれた。ジュリアの手が私の肩に触れ、その優しさが私を包み込む。私はもう一度深く息を吸い、双子たちの顔を見つめた。

 

「私たちの家族ね、ウィンス……!」

 

 ……ええ、ジュリア。

 そっと抱き締めてくれるジュリアの言葉に、私は静かに頷いた。

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