アクシズの戦乱をよそに、ダカールでは地球連邦軍によるジオンシンパの掃討作戦が実施されていた。
ハイザックが配備されたアラマ・ネッズ軍曹の班も、テロリストによって接収された鹵獲モビルスーツと戦うことになるのだが・・・
奇跡は吹きすさぶ風のなかに消えた。
生を受けて以来、大きすぎる地球の重力にこうべを垂れてきた人々に、輝く星空を見上げる余裕などありはしなかった。
そもそも奇跡を望むことのない者に、神が振ったダイスの目を確かめるすべはない。
それを不幸と言う人がいる。大局的な見方だ。だが哀れなことに、そうした不幸に抗うには、人間はあまりにステイブルな生物として進化しすぎた。
宇宙世紀0093年、3月12日。二人の英雄が消息を絶ち、蒼穹は緑のオーロラに包まれた。
あの日、世界は確かに救われたはずだった。
アクシズショック――離脱していく小惑星こそが、人間の本質だったと語る学者がいる。
ネオジオン、ロンドベル、地球連邦軍。
彼らと地球圏の人々の願いが、とある機体に搭載されたサイコフレームを共振させ、落ちゆく小惑星を押し出したのだ、と。
しかし、ならば今、あの奇跡を直感として受け入れた人間が少ないのは何故だろうか。
理解し合うことで生まれた大いなる力を、単なる個人の資質であると見誤った人間が多いのは。
「ニュータイプ」という人類の次なるステージへの渇望とその結実を、自らの内に見いだせない者がいるのは。
確かに奇跡は起こった。
まさに我々の仰ぐ空に、地球にしがみつくことの危うさと、ひとつなぎに輝く宇宙は示された。
あの瞬間、サイコフレームの輝きが全世界に充ちたことで、人類は互いに繋がれることを理解できたはずだった。
離れていくアクシズの向こうに、暖かな光で包まれた星の海原は
悲劇だが、戦争はいまだ続いている。
汚染された地球を喰らい続け、規格化された身過に臓腑まで毒された人類は、神を殺し、超人を否定し、発展すら排し、今では奇跡を受け入れる素地まで失ってしまっていた。
――☆
ヨーロッパへ行けば「ジプシー」と蔑まれ、アメリカへ行けば「ニガー」。
アフリカ内ですら、「
神に捨てられて土地を失ったすえに、祖先たちは精神のよりどころを言葉に求めた。
「ケル・タマシェク」――タマシェク語を話す民、と。
作戦中、嵐の前の静けさ。黙っているときは考えごとが多い。
音楽を聴きたくてオンにしたラジオは、辛気くさいニュースばかりだった。
タマシェクではない言葉で、
どの局も同じことの繰り返しだ。地球が滅ぶ、ラサの悲劇が全世界で起こる、と。
「カフェテリア。こちらボーワ、テスト。応答願います」
通信基地の敷設が終わると、すぐに短波のテスト信号が入ってきた。
アラマ・ネッズは車載ステレオセットを切った。かび臭い旧型のヘッドセットは指向性が悪くて、ちょっとのノイズも拾っちまう。
「ああ、ボーワ。こちらカフェテリア。聞こえてるよ」
「カフェテリア、本当に異常はありません? このザクってなかなかフィルタリングが弱くて……」
また「ザクのせい」か。
もちろん波長は合っていた。むしろボーワことノイ・スマイザー少尉のアフリカーナーなまりの英語は、前よりも聞き取りやすいくらいだ。
「問題ない」
「本当に?」
「あのな嬢ちゃん、ハイザックは良い機体なんだぞ。ティターンズのエリートどもと同じモノに乗って文句言うな」
「でも」
「事実だ。返事は?」
ノイからの返答はなかった。
ネッズはいらいらとスイッチをはじいて、ホバートラックの潜望鏡を伸ばす。
今回の「現場」はダカールの地球連邦本部跡だ。
長年にわたる環境汚染の結果、広がった砂漠はすっかり街を飲み込んで、今では風が吹くたび砂で視界が曇ってしまう。
じっと観察すると、都市の入り口にバリケードと迫撃砲が並べてあるのが分かった。
奥で燃えているのは……うげ、人間の死体だ。
ノイはまだ通信でブツブツとこぼしていた。
いかにも
「あいつら、恩知らずのクズどもが」
「聞こえてるぞ?」
「ええ。私たちがティターンズだったら、さっさと毒ガスでサラ地にできるのにって思いません?」
「あいにく
「世論って、金持ちへのインタビューなんですってね。私らには関係ありませんよ」
とうとうこの小娘、お偉方の悪態までつきやがる。次は銀河のせいか? それとも11次元?
「おいボーワ、こちらカフェテリア。敵……クズどもの武器は迫撃砲が主だ。OK?」
「あ、はい。ライフルで蹴散らせばいいんですよね」
「そうだ。警備のモビルスーツが奪われてるかもしれないから気を付けろ」
少し沈黙があった。
「もびる、すーつ……?」
とノイが呆けたようにつぶやく。
モビルスーツ。
現代戦の象徴。機動力、装甲、火力とあらゆる面で既存兵器を凌駕するヒト型兵器。
操作は簡単、子どもでも動かせて、しかもその威力は町ひとつを消し飛ばすことができる。
「ああ。ジムタイプだろうな」
「すみません、ミサイル着けに戻っていいですか」
「アフリカ北端のダカールから東の端っこのキリマンジャロまで? ノイ・スマイザー少尉、初陣で冗談言ってんじゃないよ」
こっちまで頭が痛くなってきた。天下の連邦パイロットが、たかが素人集団にビビるなんて。
しばらく経って、遠くで炎が上がった。
方角は14時。友軍が展開している方面だ。
少し遅れて爆音がヘッドセットに響く。ミノフスキー粒子が散布されたらしく、さっきよりノイズが多い。
ネッズは無意識に、閃光と爆音の時間差を測っていた。パルチザン時代からの癖だ。
「ほら来るぞ。距離16000、テロ屋どもがミノ炉を焚いてる」
「マジっすか」
慌ててノイがコンソールを操作する。
ネッズからずっと東のポイントで、防砂シートが地面から引きはがされた。
現れた塹壕には、青いチタンの巨人。
まず目につくのは、ジオンの象徴であるピンクのモノアイだ。
動力パイプを巻いたガスマスクのような丸い頭に、武骨な直線ラインの青いボディ。
武器こそパンマガジンを備えたジオニック製マシンガンの改良型だが、左腕のシールドには連邦軍を示す黄色い十字マークが彫刻されている。
RMS-106 "ハイザック"。
一年戦争後の混乱期を象徴する、ギレン・ジオンと連邦のいびつなキマイラ。
「ボーワ、発砲を許可する。ミリタリ出力だ。対モビルスーツ戦闘、用意」
「こ、こちらボーワ。一次電源、臨界。えっと。ジャイロも問題ありません」
ちょうど街の方でも動きがあった。
熱源でひとつ、こっちに向かってくるやつがいる。
ネッズが潜望鏡を向けると、細身のモビルスーツがバリケードをまたいでいるところだった。
珍しい機体だった。
水色のボディに、オレンジのバイザー。連邦軍じゃない。
見かけこそ一年戦争のジムに似ているが、フレームが剥き出しの脚と、背中の双発タンデムエンジンが異なる。
「ネモ……か」
かつて反連邦組織によって運用された主力量産機だ。
おそらく、ダカールからラサに首都機能を移転したとき、すでに旧式化していた個体が放棄されたのだろう。
ネモが腰を落とした。敵からのレーザー照射を受け、ノイのザクがロックオン警報を鳴らす。
間髪入れずにネモの脚部スラスターが炎を吐き出し、砂塵が立ち昇る。
ドン、と重い音がして水色の巨躯が空を舞った。
さすがに高級機は動きがいい。宇宙向けに設計された機体のはずだが、優れた推力比は重力下でも通用する。
「撃て! ボーワ!」
ネッズの指示と同時に、通信越しにノイが悲鳴を上げた。
ザクが発射した低初速弾が三点バーストで撃ちあがり、飛翔するネモに食らいつく。
はじめの2発はシールドに阻まれた――が、1発がコクピット付近に命中したのが見えた。
有効弾のはずだった。
しかしネモは何事もなかったかのように応射してきた。
角ばった手に握るライフルからオレンジの光線がほとばしり、ザクのすぐ横の地面を大きく消し飛ばす。
「あ……ああ! くそ、くそ!」
ノイがフルオート射撃にスイッチする。
撃つたびザクマシンガン改の成形炸薬弾頭がいくつもネモをかすめ、ほとばしるメタルジェットが直線的なデザインの装甲に亀裂を走らせた。
一年戦争の機体なら、これで無力化できただろう。連中は外装が支持材を兼ねるモノコック構造だ。
だがネモは違う。
弾丸の嵐の中、水色のネモは穴だらけになっても着地まで難なくこなした。装甲に守られ、独立した内部フレームには傷ひとつない。
頭部がゆっくりと回り、ノイのザクを正面に捉えた。
こめかみの内側には2門の銃口がのぞいている。低い音をあげて内部の機構がスピンアップを始めた。
「バルカンだ。来るぞ!」
「な――ばっ」
ノイのザクがエンジンを焚いて塹壕を抜け出した直後、ネモの頭から砲弾がばらまかれた。
現行MIL規格の頭部バルカン砲は60ミリ口径。ちょっとした対空砲並みの弾幕は、装甲の弱いハイザックには必殺となりえる。
塹壕の壁をごっそりと削り取りながら、砲弾がネモの視線に合わせてザクを追い立てていく。
「いっぱい当てたのに!」
砲声にまじって、ノイの泣きそうな声が響いた。
ネッズは潜望鏡を動かしながら、芳しくない戦況をひしひしと感じた。
ネモの装甲材は、ガンダリウム合金ガンマ。
あの「ガンダム」に使われた装甲の発展型だ。
軽くて強靭、耐えるときはほどよく粘り、壊れるときにはあっさり割れて衝撃の伝播を防ぐ。
一方のハイザックは非対称戦における軟標的への対処を前提とした、チタンとセラミクスの複合装甲。防御思想としては旧式戦闘車両と変わらない。
「ノイ、ライフルじゃダメだ」
喘ぎ声だけが返ってきた。ネモの攻撃を回避するだけで精一杯なのだろう。
自分の声が聞こえていることを祈って、ネッズは続ける。
「さっき、そいつは大事なビームを外した。整備不良のぽんこつだ。ぽんこつに正規軍が負けるか?」
「……外した?」
バルカンを盾に受けながらノイが繰り返す。
「そうだ。おまえは運がいい。それにそのザクは強いんだ。ティターンズだぞ」
「ティターンズ……残党狩り。こいつは」
「分かったら踏み込め。今だ」
「ああ、くそう!」
赤いフラッシュが砂漠を走った。
ザクが銃を捨てて、噴射炎をたなびかせながらネモに向かっていく。
ネモは少し躊躇して、ビーム弾を撃った。当たったザクのシールドが赤熱して吹き飛ぶ。
ライフルの二射目が来る前に、ノイが食い下がった。
絶叫と一緒にザクが肩をぶつける。いきなりの大質量に、ネモの右腕が派手にひしゃげる。
「おいサーベル使え!」
「りょ、了解!」
ノイのザクが腰に手をやる。
握った筒から黄色の光線がほとばしり、大振りな刀身を形成した。
ビームサーベルの輝きに、敵のネモが目に見えてひるむ。
旧ジオンのザクとハイザックの一番の違いが、ビーム兵器のドライヴ能力だ。
ミノフスキー粒子力学の応用によって作り出された輝くブレードは、あらゆる装甲を分子レベルで破壊する――たとえそれが「ガンダム」の装甲であっても。
ザクが横薙ぎにサーベルを払う。ネモが構えたシールドとかち合い、ビームの刃が止まる。
崩壊していくガンダリウムの原子構造にともない、高ヘルツの電磁波がサーベルに干渉しておぞましい叫び声をあげる。
内蔵アクチュエータが衝撃に負けたのか、ザクの青い腕が震えていた。
しかしマニピュレータが壊れるよりも速く、ビームサーベルがネモの肢体をかじり取る。
ぷつぷつと気泡がネモの装甲に浮き、ひび割れた隙間がオイルを噴き出す。それさえもすぐに蒸発して、露出したフレームに刃が沈んでいった。
振り抜いたザクが残心を取った。
その風にあおられ、焼けた鉄が火の粉となって舞う。
ネモは腰部を失って、何度かふらついたあと、ぐらりと傾き、地面に倒れ伏した。
終わった。
ネッズは胸に手をやる。まだ心臓が早鐘を撃っていた。
新人のお
「あー……ボーワ、よくやった。初出撃でスコア1だ」
対するノイの返事はなかった。
しばらくして、嗚咽がヘッドセットから聞こえてきた。
急いでエチケット袋を取るような気配があり、えずきが大きくなる。
まあ、ひどい音だった。吐く音だけは男も女も変わらない。
しかし気絶しないだけ、まだノイは上等と言えた。グリプス戦役のときはストレスで発狂する兵士もいたくらいだ。
ネッズはチャンネルを後方の本部に合わせて、ノイが交戦した旨を伝えた。
まだ行けるか、と尋ねてきた大隊長に、ネッズはかぶりを振った。
「シールドをやられました。丸腰のザクじゃ陣地破壊は無理です」
相手は了解、とだけ答えた。
通信を終えると、ネッズはホバートラックの潜望鏡をしまった。
シートを目一杯リクライニングさせて、足を伸ばす。ついでにレーション缶のヒモも引いておいた。まだ昼飯には早いが、ヒートパックでホカホカになったホットドッグも悪くない。
一年戦争のときも、グリプスのときも、ネオジオンのときも、同じようにリラックスしてきた。
ふと思い出してラジオをつける。
雑音だらけのラジオ番組は、地球の危機が去ったことを告げていた。
「シャアのジオン、ねえ」
ジオンがこれで終わったとは思えなかった。
ホバートラックの天井を眺めながら、ネッズは鼻を鳴らした。
ギレン、ハマーンと来て今回はシャア・アズナブルが発起人だっただけだ。
人類は戦う生き物。かつては環境、やがて同類相手に。どうせ滅ぶ日まで戦い続けるだろう。
少なくともネッズは戦い続けた。
ケル・タマシェクの民として。
ニジェールとも、リビアとも、イスラムの狂信者とも、ジオンの侵略者とも。
考えていたとき、天井が緑に光った。
ネッズは目をこする。
まさかと思ったが、幻覚ではないようだ。やっぱり光っていた。
変なこともあるもんだ、とつぶやいた。色合いは落ち着いてるが、どこか遠くを透かしているような得体の無さがある。もやの奥に何かが見えてくるような、
どうやら、緊張でおかしくなってしまったらしい。
ネッズはすぐに目を閉じた。こういうものは見ないフリをするに限る。
おそらく宇宙で何かあったんだろうが、関係ない。
空の向こうなんて知ったことか。地球もジオンも滅ぶなら滅べばいい。何か変わるもんか。
どうせ、こんなアフリカの僻地じゃみんな対岸の火事だ。
通信機がクラシカルな電子音を鳴らした。
目を閉じたまま、ネッズは回線を開く。チャンネルは2――議事堂に向かっている制圧班だ。
飛び出したのは緊迫した声だった。
残党だろうか。ネッズは片目を開けて、メモと鉛筆を手繰り寄せる。
この辺りの反連邦派テロリストはすべて把握しているつもりだ。
報告を受けるにしたがって、ネッズは眉間にしわを作った。
「……ガンダムタイプ?」
本部に打電する内容は決まった。
震える手で、ショートメッセージを打つ。
「援護の混成中隊が襲撃された 襲撃者はモビルスーツを所有 ガンダムタイプとの情報あり」
ひどい冗談を見ているようだった。
ガンダムタイプ――懲りずにまた現れたのか。
陰から歴史を動かしてきた二つ目の
初めは連邦、次がエゥーゴ、今回グラナダで造ったやつはロンド・ベルに配属されたと聞く。
とうとうここにも現れやがった。
ネッズは天井をあおぎ、さっきまでの緑の光が消えているのを見た。
やはり、あの光は気のせいだった。敵は多く、彼はまだ戦い続けなければならない。
ガンダム。
今度も連邦に牙を剥くか。
願わくば、ただの見間違いであってほしいものだ。