1925年、アメリカーーー。
後世のものは、この時代を黄金の狂騒時代と呼んだ。
世界大戦の特需、そして戦後の借金の取り立てが彼らの生活を豊かにした。
結果、ヨーロッパ諸国は弱体化し、アメリカは一気に強国となった。
夢のような時代、科学は発展し、ラジオや車、ジャズミュージックに女性の社会進出。
様々なものがこの時代で花開いた。
しかし、移民問題や禁酒法といった問題も取りざたされ、KKK などの選民意識もいまだ残る混沌の時代でもある
そんな中、この俺、ギャレット・チェンバースはボストンのダウンタウンに住まいを置いていた。
第一次世界大戦、西部戦線に派兵され、生き残るためにあらゆる知恵を絞った。
ライフルによる狙撃には自信があるし、格闘戦もお手のものだ。
戦後、酒を飲みに帰ったら禁酒法なんていう馬鹿げた法律が設立されたのには頭を抱えたが…。
…、さて、前置きはこのくらいでいいだろう?
アンタらが聞きたいのは、そう、あの太平洋で何があったかだけ。
そうだな…、俺が理解したのは、とある幽霊屋敷の調査の依頼からだった。
ウォルター・コービットが残した悪霊の家、その中で見つけた怪物と、そして死人。
そしてその死人は、とある組織に繋がってたって話さ。
『銀の黄昏錬金術会』。アンタらも聞いたことがあるはずだ、ボストンでデカい建物建てて、政府の高官らがはしゃぎまくってたあの建物さ。
そこから、俺たちの気が狂うような冒険が始まったんだよ。
…タバコをくれ、吸ってないと気が狂いそうなんだよ。
1924年 2月7日 16:46
ボストン ダウンタウン
この俺…、ギャレット・チェンバースは目を覚ました。
メガネを掛け直し、古めかしい本を閉じる。
探偵事務所には、ソファにデスクが置いてある簡素な部屋で、その奥には俺の寝室がある。
本の内容は、数日前にコービットとかいう悪霊をショットガンという聖水をぶちこんでやってから、手に入れた研究書類だ。
どうやら数十年前にあの屋敷に住んでいた男は、悪霊のような存在に成り果て、魔術と言われる何かを研究して生き延びてきたのだ。
俺を含めて四人があの存在に立ち向かい、その一人が何故か銃口を味方に向け、その引き金を引いた。
全知二週間で済んで良かった。あれが、魔術なのだろう。
無意識に干渉し、そこに自分の思考を織り交ぜる支配者の術式。紛れもない最悪な力だ。
コービットはその魔術の他にも、空間を自由自在に移動する虚空からの存在を使役していた。
この研究書には、
馬鹿馬鹿しいと一掃したいが、どうもそう言ってられないものだった。
頭を抱え、俺はコーヒーを口に含んだ。
そんな時、扉が大きく開かれ、まだ傷が塞がっていないであろう包帯の巻かれた手を大きく振りながら、悪霊を祓った戦友ーーーロバート・ヒュースはこの場所へやってきた。
「やあやあ!ギャレット!いやあ〜、災難だったねえ!」
「ああ、お前の顔は病室で見るつもりだったが、なんだ、抜け出してきたのか?」
ロバートは頷き、俺の手に持っていた研究書をひょいと掴んだ。
…ロバートは、昔から世話になっているボストン・グローブの記者だ。しかし、昇進意欲は全くなく、あるのは純粋な好奇心。
オカルト好きという趣味も、新聞社が彼を忌み嫌う一つの理由でもあっただろう。
いわゆる幽霊部のような場所に所属する彼は、殆どの時間を自由に過ごす。その時間を潰す一つが、この俺の事務所だという。
頭が痛い。キンキンと子供のように捲し立てるこの男は、魔術や先日であった怪物に興味津々だった様子。
「昨日出会った怪物!僕も色々と調べたけど情報はほとんど無かった!ミスカトニック大学の図書館なら何かわかるかもなあ…、ネクロノミコンは難解で読むのに時間がかかってしまってね。読んだ範囲にはその存在の記述はなかったんだよ。ほら、ラテン語だったし、年代物だったからさ」
「別にそのネクロノミコンとかいう寄書に興味はないが…、探偵業務の際、毎度あんな怪物に出会っていたらどうにかなりそうだ。ショットガンなら仰け反らせるくらいはできるが、拳銃はあまり聞かなかったしな」
二人であの存在についての考察という意見交換をしながら、あと二人の到着を待っていた。
ふいに、ガチャリと扉が開き、キッチリとしたスーツに身を包んだ金髪の男が部屋に入ってくる。
「すまん、少し遅れた」
「いや、いいさ。ドクターもまだ来てないしな。デイビット」
デイビット・レイ、職業ボストン市警の刑事。謹慎中。
彼は正義感が強いボストンの刑事だ。腐ったゆで卵のような他の市警の奴らとは違うギャングと敵対している警察だ。
酒を密輸入を見過ごしていた警部をぶん殴って謹慎を受けている。
腕っぷしが強いから、一時的に雇っていた。
コービット邸の事件を解決したことで、ノット氏が働きかけてくれたのだろう。
今日から復職したらしいが…、異動することになったらしい。
「それで?新しい場所はどうだった?デイビット」
「別に普通だ。まあ、スパイみたいなもんだ」
「それ、記事にしていいかな?アメリカの新しい組織について」
「ダメに決まってるだろロバート」
3人の男が下らなく笑いながら、談笑する。そして、待っていた一人の医者が姿を現した。
仕立ての良いスーツに整えられた金髪、端正な顔は年齢を重ねた年季が刻まれているが、それすらも耽美に見えるほどの美貌の男だ。
「どうも、ドクター。遅かったじゃないか」
「いやね。少し言うことを聞かない患者だったから、精神を安定させるのに手間がかかった」
顎を指でさすりながら、彼はキッチンに立つ。
彼の名前は、ウィリアム・レクター博士。精神科医の先生で、俺も戦争帰りの
彼には頭が上がらない。
「さて、まあ話し合う前に、これでも飲もうか?」
ニヤリと笑うレクター博士は、カバンから瓶に詰まった我々の手に届かないだろうものを手に取った。
ベリンジャーワイン!果実の風味を楽しめる酒だ!それも、工業用アルコールとか薄めた酒とかじゃない、本物の!
「これを待ってたんだよ!これこれ!」
「ギャレット、酒には目がないなあ」
「お前はオカルトに目がないだろ、ロバート」
「まあまあ、ワインは逃げないよ。ああ、デイビット、そこのグラスをとってくれ、あと棚の皿も」
事件を解決する時は、大体この四人でこうやって祝勝会をやっている。
馬鹿げた依頼も、何もかも、最近はオカルト的なものも対応する。
それが、チェンバース探偵事務所の流儀だ。
ワイングラスを鳴らし、口に、喉にその果実のアルコールを流し込もうとした時、扉が叩かれた。
現在、18:00丁度、外はもう暗い。
すぐに俺はM1911を懐から取り出し、ロバートとデイビットもそれぞれコルトM1903と同じM1911を取り出した。
レクター博士は、大振りのナイフをキッチンから手に取り、警戒する。
みんなの脳裏には、コービットがまた目覚め、復讐しに来たのではないかと思ったのだ。
しかし、扉の先から声が聞こえる。
「…すまない、チェンバース探偵事務所はまだやっているか?依頼がある」
男の声が聞こえた。警戒しながらギャレットは扉を開き、男をその目で確認した。
ボロボロの布切れのような服、顔は無精髭が生えて、髪は伸びっぱなし、手には杖を持って、失った右足のバランスをとっている。
身体中包帯に塗れており、まるで野戦病院の病人のような姿であった。
「…空いてるが、どのような依頼だ?」
ギャレットは訝しんだ。金も持ってなさそうな男だ。英語も訛りがある。
「とある、組織を調査してほしい。その組織は、禁酒法違反とか、そんな程度の犯罪ではない、もっと大きな何かを、行っている。それを、暴いて欲しい」
包帯の男はそう言った。嘘は言っていない。ギャレットは扉を開き、男を中に入れる。
「依頼内容を聞く、金はあるのか?」
「30ドル、前金で10ドル払う。他に必要なものがあれば、その都度支払おう」
ギャレットは頷き、席に座った。
「さて、チェンバース探偵事務所へようこそ!猫探しから魔女狩りまで、どのような依頼も7割は達成しよう。アンタの依頼、聞かせてくれ」
「『銀の黄昏錬金術会』の秘密を、暴いて欲しい」
包帯の男は、確かにそう言った。