異世界縛りプレイ(物理)~始まりは魔王の亀甲縛りと共に~   作:祝詞イキオイィ!?

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思い付き100%で書きました。楽しんでいただけたら幸いです。


第零話 始まりは魔王の亀甲縛り

「ぬあああああああああああ!?」

 

 それは、血色に染められたような空に暗月が浮かぶ、長閑な昼下がりのことだった。

 突如、魔王城に響き渡った悲鳴に、絢爛でおどろおどろしい装飾が施された城内にひしめき合っていた夥しい数の悪魔や骸骨がピタリとその動きを止めた。本来、こういった有事にこそ機敏に動くべき警邏の者達だったが、彼らを責めるのは酷だろう。なぜなら、轟いた悲鳴こそ他でもない、彼らの絶対の主にして最強の存在、破壊魔王・ヒストゾーマの物に間違いなかったのだから。

 

−まさか、人間の暗殺部隊が?−

 

−しかしなぜ。いや、どうやって?−

 

そんな困惑が伝播する中、「魔王様!」という切羽詰まった金切り声と共に、一名の魔族がその場を駆け出した。彼女の名はリームッツ・ベスケ。魔界の貴族たる吸血鬼の姫にして、破壊魔王の最側近を兼ねた愛人その者である。

 

−彼女が向かったなら大丈夫だろう−

 

そんな安堵と共に、徐々に強張った空気が弛緩していき、やがて魔王城の衛兵達はいつものおどろおどろしくも規則正しい、水も漏らさぬ警邏体制へと戻っていったのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

「魔王様!?」

 

 魔王城の警邏が日常に立ち戻る中、唯一王の私室へと駆け込んだ側近のベスケはそこに広がる光景を目の当たりにした瞬間、ただただ呆然とするしかなかった。

 彼女は破壊魔王の側近。それも、単なる主君と従僕という立場ではなく、互いが互いに身体を許しあった、ある意味では最も近しい関係だった。それゆえに、先の悲鳴を耳にしつつもどこか心の内で楽観的に捉えている節があった。

 魔族には人間のような世襲という概念がない。正確にはあるにはあるのだが、単純に魔族自体が極めて強力な生命ゆえに寿命自体が極めて長く、そしてそういった生物に有りがちな通り、生殖というものに対して極めて淡白だった。逆に言えば、そんな魔族でありながら身体の関係を結んだベスケは最早、魔王の半身と言っても過言ではない存在だった。

 

 

 

 

−そんな半身(魔王)があられもない姿で縛り上げられているのを見るまでは−

 

 

 

 

 振るえば大地を揺るがす両腕は後ろ手に、灼熱の黒い炎を撒き散らす乱杭歯の口元には黒い球体の猿轡が、その眼光だけでも貧弱な人間の兵団を壊滅させた両眼にも目隠しがされ、そして何よりも目につくのが全身に走る

 

 

 

縄!

 

縄!!!

 

 

青黒く、強靭な魔族の中でも富に逞しき、はち切れんばかりの筋肉。角の先から翼の先まで知り尽くした敬愛する破壊魔王の肉体の上を無数に走る紅い紅い麻縄はまるで、穢らわしく卑小な人間どもに流れる悍ましい血脈のようにすら思われた。だが、

 

「!?」

 

その光景を目の当たりにした瞬間、愛しき主を慮る心よりも先にベスケを襲ったものがあった。それは……足先から天頂までをゾワリと走る、不可解な情動だった。

 

 

固い麻縄に絞り出され、ミチミチと臨界点を迎える魔王の筋肉

 

分厚い胸板の上で微かに震える乳首

 

ピクンッ……ピクンッ……と戦慄く牙に角先

 

そして、漆黒の轡の隙間から滴り光る紅い唾液

 

 

(なんだ……なんだこれは!?)

 

最愛の番たる魔王の想像だにしない姿を前に、ベスケは殆ど衝動的に怪しげな情動の根源である己の下腹部を握り締める様に抑えていた。

 

「むぐぐ……」

 

「!? い、今解きます魔王様!!」

 

果たして、無限にも思われる言いしれない情動とのせめぎ合いを断ち切ったのは、その元々の源であった主による呻き声であった。

 ハッと我に返ったベスケは、慌てて魔王の身体を縛り上げる紅色の縄を解きに掛かる。

 

(まさかな……)

 

その際、視界の端にチラリと見えた主の執務机奥にある大窓が、常と違い無造作に開け放たれてキィキィと耳障りな音を奏でているのに気付き、一瞬浮かんだ侵入者の可能性を理性でもって脳裏から即座に追い出す。

 

未だに全身に残る甘い違和感から、必死に顔を背けるかのように……

 

 

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 

 

−同時刻・魔王城外縁“悪使徒の森”−

 

 

「くそ……」

 

 足の平から伝わる固い木の根の感触に、鈴木直斗は苦々しく悪態をついた。

 事の起こりは数分前。いつもの如く己の仕事場で新たな作品(・・)の制作に勤しんでいた直斗は、その完成も後僅かといった瞬間に、突如真っ白な光に呑み込まれたのだった。

 

(暴発したか)

 

作品(・・)の制作時には時折起こり得る事故に、熟練の職人である直斗は冷静に次の仕置き(・・・)について思考を巡らせた。が、

 

−……何者だ貴様−

 

纏わりつく白光を拭い取った直斗の目の前に現れたのは、その円熟の(わざ)によって僅か数瞬前まで身悶えていた細面の作品(・・)とは似ても似つかない、岩崖の様な益荒男顔。

 

(まさか、変態(・・)か?)

 

あまりに想定外の光景に、二重の意味で埒も無い思考を巡らす直斗を見て、カッと両眼を見開く青黒い肌をした異形の何か。

 

「!?」

 

その化け物の姿に咄嗟に手が動いたのは歴戦の業師の経験か、はたまた生物としての純粋な生存本能か。

 化け物が何かしらの動きを取る直前、機先を制するように仕事道具(・・・・)を繰った直斗は、目の前の何かを最も手に馴染んだ形で拘束すると、直後聞こえてきた人の気配に、三連に締め合わせた得物を使い、そのまま化け物の居城から逃走してきたのだった。

 そして、現状に至るわけだが、

 

(ここは……どこだ?)

 

直斗の疑問は突き詰めればその一点に尽きた。

 あの異形の存在については、まあいい。数が多い訳ではなかったが、顧客からの需要によりああいった特殊な化粧をした作品を手掛けたことは確かにあった。が、この空と地面はどういうことだろうか?

 

 

−血のような天に覆われた、黒曜の如き大地−

 

 

それはまるで、西洋画に描かれる魔界や地獄そのものだった。

 

(夢でも見ているのか? 俺は……)

 

日本では……いや、それ以前に地球では有り得ない光景に、直斗は白昼夢を疑ったが、五感から伝わる情報と、何よりその手に馴染んだ仕事道具の感触が、この光景を現実の物だと強く主張して止まなかった。

 およそ信じ難く、それ以上に受け入れ難い現状ではあったが、それで手をこまねいていては取返しのつかない状況になりかねない。何せ、この場所が本当に地球ではないのだとしたら、自分の生命は持って後三日という事になるのだから。      

 そんな、至極理性的で我がことながら腹立たしい程に現実的な大脳新皮質の指示に従い、直斗は両脚を繰っていたのだが、ここでさらなる問題が起きた。

 

(足が……重い?)

 

 初めは気付かない程だった。が、一歩、また一歩と歩を進める都度に違和感は大きくなり、十歩を数えた頃には確信どころか純然たる事実に成り代わっていた。

 

(くそ。せめて、この森を抜けなければ……)

 

 既に百万貫にも及ぶ重りのついた足枷を嵌められたかのような錯覚に陥りながらも、直斗は全身の力を振り絞って、ズリ……ズリ……と蛞蝓の様に地を這った。以前、依頼を受けた台本の指示に従って、自身の作品達に同じ事をさせた事があったが、今の自分とは違い、恍惚とした表情で嬉々として人間性を捨て去り匍匐前進に勤しんでいた。

 そんな彼らに妙な感心を覚えながらも、次第に直斗の四肢は力を失い、そしてとうとう指先一つ微動だにしなくなる。しかもそれどころか、初めは四肢ばかりだったはずの重すぎる倦怠感がいつの間にか全身へと伝播し、既に無事なのは思考を司る脳髄くらいのものになっていた。

 

(だめだ! 寝たらもう目覚められないぞ!?)

 

 徐々にずり下がる瞼に、最後に残った理性がそう叫ぶものの、押し寄せてくる疲労感の津波の前に、薄っぺらな皮膚は酷く無力だった。

 結局最後まで警鐘を鳴らす脳の力も及ばず、直斗の両眼は闇に堕ちる。だが、

 

「××××!?」

 

(誰か……いるのか?)

 

その意識が首を絞められた作品達同様に途切れる直前、直斗の両耳は誰かの声を聞いたような気がした。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 次に直斗に意識が宿った時、そこは薄い微睡みの中だった。

 

(……回復したのか?)

 

厚く垂れ込めた闇の中で途切れる様に意識を失った事を思い出した直斗は、自身に降り掛かったあの謎の倦怠感が外的要因によって引き起こされたものだろうという見当をつけた上で、消去法的に導き出された答えに疑問を覚える。あの強烈で急激な疲労感はどう考えても生身の人間の回復力でどうにかなるものではない。だが、状況証拠的にそれ以外有り得ない……

 

−××××−

 

そんな、若干腑に落ちない直斗の自問自答に答えたのは、微睡みの中で耳朶を打った凡そ野生生物には有り得ない複雑さを持った、しかし同時に、テレビや動画などでも耳にした記憶がない、“話し言葉”の様に感じられる異音だった。

 

(……助かったのか?)

 

その事に気が付いた直斗の脳は半ば祈る様に、そんな推測を浮かべる。

 断定できる話ではない。が、不法侵入とはいえ直斗の姿を前にして即座に敵意を顕にしたあの奇怪な、まるで洋画の悪魔の様な見た目をした生物よりは、少なくとも意思疎通が出来るかもしれない。

 幸い、先の倦怠感が嘘のように引いている今ならば、自らの意思を示すことくらいは出来るはず。

 そんな推測のもとに瞼を開いた先にいたのは、

 

 

「××? ××××!」

 

「××! ××××!」

 

「××××。××、××××?」

 

「××? ××××?」

 

 

こげ茶色の髪をした見るからにやんちゃそうな少年とぴょこんと横跳ねした金髪が目を引く利発そうな少女、そんな二人の少し後ろに立つ癖一つ無い桃色の長髪が目立つおっとりとした雰囲気が特徴の少女、そして、三人の中心に座りつつ細められた切れ長の双眸の片割れを見開いて、どこか猫を思わせる好奇の視線を注いでくる、作り物めいた美貌を持つ薄水色の太い三つ編みを揺らす少女の姿。加えて、その四人は一様に日本ではまず見ることのない紋様の描かれた長い外套と、装飾の差異こそあれど肩の高さを優に超える大きな杖を携えていた。

 

「ここは……いや、お前達が俺を助けてくれたんだな?」

 

 ともすればコスプレか何かを想起させる四人の容姿だったが、先の青黒い肌をした化け物に比べれば遥かに人間としては許容範囲な外見を目の当たりにして、直斗はほぼ無駄だとは思いつつも衝動的に会話を投げかけていた。

 

「××××、××××?」

 

「××××……××××?」

 

「××××? ××××?」

 

「××、××××……」

 

 対する四人はといえば、直斗の言葉に反応したかのように近づいて来て、さらに二度三度と言葉らしきものを重ねてくるが、当然のようにと言うべきかあまり地球の言語らしきないそれを傾けてきた。が、

 

「××、××××」

 

困り果てたように眉を八の字にする三人の少年少女に何事かを言い置いて、一歩前に進み出た水色髪の少女がぶつぶつと呟くと、その手に握った奇怪なオブジェを思わせる杖の先端にポゥと淡い水色の光が灯る。

 

「……」

 

 今日この時点で既に大分現実離れした状況なのもあって混乱することはなかったものの、それでも多少なり驚きに少し目を見開く直斗に向けて少女が杖に宿った光を傾けると、まるで広葉樹に溜まった雨粒が零れ落ちるように、ぽちゃりとその光が直斗の額へと降り注いだ。

 

「××じゃ、聞こえておるか?」

 

「なっ!?」

 

直後、今の今までの耳慣れない音が嘘のように、明瞭な言葉となって脳髄に辿り着いたのを感じて、直斗は今度こそ驚愕に両目を丸くする。

 

「ふむ、どうやら問題ないようじゃな」

 

そんな直斗の反応を見て、実に満足そうに頷く水色髪の幼女。そのやけに芝居がかった口振りと態度に、内心で現状の言葉は意味こそ通じるものだが、細部はいい加減なのかもしれないと検討を付ける。

 

「ああ。直前まで不明瞭だった君の声は、今は明確に言葉として捉えることが出来ている。俺の声は言葉になっているだろうか?」

 

「うむ。こちらも問題なく伝わっておるぞ」

 

なるべく簡潔にと注意して直斗が言葉を紡ぐと、目の前の少女は変わらず芝居がかった口振りと態度で頷いた。

 

「そう「すげぇな師匠! 今の陽術、どうやったんだよ!?」

 

 少女の肯定に、続いて直斗が今の状況の確認を兼ねた礼を口にしようとした瞬間、横合いから響いた興奮気味の声がその言葉を遮った。

 見れば、先のこげ茶色の髪をしたやんちゃそうな少年が水色髪の少女にきらきらとした尊敬の視線を向けている。

 

「もう、モーゼったら。今のは家畜の診察に使うための意志疎通陽術でしょ。呪文、聞いてなかったの?」

 

「あ、あはは……」

 

そんな少年に対して呆れたように腰に手を当てる金髪の少女と、二人のやり取りに困った様に眉を八の字にする桃色髪の少女。

 

「ふむ、七十点といったところじゃな。大本は家畜用の意思疎通陽術で間違いないが、家畜とは違い吐き出される言葉が複雑な可能性が高かったからのう。双方向に十全な意志疎通が行えるよう、事前にわしら全員にも同様の陽術を施しておるぞ」

 

そんな三人の会話に対し、直斗の前に立った水色髪の少女はニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべて、金髪の少女に採点をつけた。

 

「なんだ、ミーナだって間違ってんじゃねぇか!」

 

「根本から分かってないあんたと一緒にしないでよね! っていうか、本名! ちゃんと陽名で呼びなさいよモーゼ!」

 

「うっせえ! ミーナはミーナだろうが! ラトレネとか気取った名前使いやがって!!」

 

「ふ、二人ともやめようよ~」

 

ぎゃーぎゃーとケンカし出す二人を見て、桃色髪の少女があわあわと慌てふためきながらも、何とか仲裁をするために間に割って入ろうとする。

 

「くかか、まだまだガキじゃな」

 

そんな三人を眺めて愉快そうに笑う水色髪の少女に、直斗は「良かったのか?」と尋ねる。相手が何となく老成した雰囲気を漂わせているせいもあって、つい素に近い口調を向けてしまったが、少女の方は気にした様子もなく「構わん構わん」と言って肩を竦める。

 

「どうせ、魔王城には動きも無いじゃろうしの。元より人身御供に近い旅路だったのじゃ、たまにはこういう息抜きも必要じゃろうて」

 

少女の言葉に更に様々な疑問を抱きつつも、一旦「そうか」と頷いてから、直斗は改めて真正面から彼女を見詰める。

 

「失礼だが、あなたが俺を助けてくれたということで良いんだな?」

 

「陰力の侵食からという意味であればその通りじゃ」

 

「そうか。まずはそのことに礼を言わせてくれ。本当にありがとう」

 

“いんりょくのしんしょく”というまたも耳慣れない言葉に、“しんしょく”は“侵食”だろうとして、“いんりょく”はまさか“引力”じゃないだろうななどと、埒も無いことを思い浮かべつつも、直斗は一先ず彼女に向かって頭を下げる。

 元より長身の直斗が目算で五尺あるかないかの少女に深々と頭を下げる姿は傍から見れば少々奇異だったが、その分誠意が伝わったのか、少女は「ふむ、受け取ろう。今時珍しい、礼儀を弁えた若者じゃな」と納得したように頷いた。

 

「で、おっさんは何者なんだ!? っていうか、どうしてこんな所に居たんだ!? まさか、その見た目で人間じゃなくて魔族なのか!?」

 

「おっ……!?」

 

 そんな直斗とやり取りに気が付いたのか、金髪の少女とのケンカも真っ只中に、こげ茶髪の少年が矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。

 

「あ、ちなみにオレは知ってるよな! なんせ、シオーネ王国の勇者、ディ「ちょ、こらモーゼ! あんた、また陽名じゃなくて本名名乗ろうとしたでしょう!?」あー、もう一々言わなくても分かってるっつの! 我こそはモーゼ! シオーネ王国に伝わる由緒正しき勇者の末裔ってやつさ!」

 

「ほんっとうに馬鹿なんだからコイツは……あ、私はラトレネ! こっちの馬鹿の幼馴染やってるわ!」

 

「あ、あはは……えっと、ジョカと申します。まだ見習いですが、先生のもとで宮廷陽術士になるための勉強をしております」

 

おっさんという率直過ぎる評価に軽くショックを受ける直斗を前に、三人の子供達が三者三様に自己紹介をして来る。

 

「あー……九条聖一(くじょうせいいち)だ。一応……会社員をしている」

 

そして、そんな三人からの期待の籠った視線を受けて、咄嗟に本名より馴染んだ(・・・・・・・・)もう一つの名前(・・・・・・・)を口にしてしまう。

 

(……何やってるんだ)

 

 偽名……とは少々違うものの、それでも本名を口にしなかった上に、更に職業を誤魔化すようなことをしてしまった自分に突っ込みつつも、そもそも“会社員”という言葉自体が通じているのかも甚だ疑問な状況を鑑みて、直斗は思わず自分自身に突っ込みを入れた。

 そして、半ば助けを求めるように再び水色髪の少女に視線を戻すと、「ふむ」と一つ頷いた少女は軽くコホンと咳払いをすると薄桃色の唇を開いて、歌うようにやや嗄声気味の言葉を紡ぐ。

 

「わしの名はタブリナ。陽術探究者のタブリナじゃ。一応シオーネ王国ではそれなりに知られた名での。昔は太陽教会の司教やら王宮の宮廷陽術士なぞをやっておったが、どちらも顔を出さんようになって二百年は経つの。今はもっぱら工房で陽力と陰力の研究なんぞをやっておるわい」

 

「モーゼにラトレネにジョカ、それにタブリナだな」

 

「うむ……大仰に思うたか?」

 

四人の名乗りを反芻する様に復唱した直斗の表情を見て察したのか、タブリナと名乗った水色髪の少女……少女?

 

(まあ、訳の分からん状況だしな……)

 

一応、外見上少女の言葉に、直斗は「まあな」と包み隠さず首肯する。

 

「大仰に感じるか? ふむ……恐らく文化の違いによるものじゃろうな。意思疎通陽術で細かなニュアンスも伝わってるはずじゃろうし。まあ、そう堅苦しく考えんでも構わんて。陽名なぞ、皆こんなものじゃからな」

 

そう言って、かっかっかと笑うタブリナだったが、途中でその笑い声を途切れさせると、少し意味ありげに「もっとも……」と呟いて顎先に人差し指をあてる。

 

「モーゼの場合は多少意味合いが異なるがのう」

 

「というと?」

 

「この陽名はかつてシオーネ王国の初代国王と共に魔王と戦った最強の陽術士のものでの、いわば代々勇者の血統に受け継がれる称号の様なものなのじゃ」

 

「太陽の勇者モーゼ。通称ね」

 

「悶絶少年?」

 

「なんじゃ、その不穏な聞き間違えは」

 

引き継いだラトレネの言葉に思わず聞き返す直斗を見て、タブリナが呆れたように切れ長の片目を見開いたが、すぐに「ま、それはいいわい」と首を横に振る。

 

「それよりも、先のモーゼの疑問についてじゃ。言い方は少々稚拙に過ぎるが要点は抑えておるし、わしも確かに同様の疑問符を持っておった。おぬしが何者でどうしてこのような場所、魔王城を取り囲む第一の城壁とも言われた“悪使徒の森”の森に居ったのか……」

 

「答えてくれるじゃろうな。クジョウセイイチよ?」という有無を言わさぬ結びと射竦める様な鋭い視線に、直斗は少し考え込むように眉間を揉んだ。

 

「……俺も自分自身に何が起こったのかが分かっていないんだが、状況の説明だけでもいいのか?」

 

「構わぬ。明らかにことこういう状況に精通していないであろうおぬしにそれを求めるのは酷じゃし、事象から原因を読み解くのが陽術探究者の仕事じゃ」

 

頷くタブリナを見て二度三度と瞬いた直斗は、少しだけ記憶を整理すると「分かった」と頷いたのだった。

 そこから、直斗は自身の身に降りかかったことを順を追って可能な限り詳細に語って聞かせた。

 

 

元々は仕事場で仕事を行っていたこと

 

突如、白い光に襲われたこと

 

気が付いたら見たことも無い一室にいたこと

 

その部屋の主らしき青黒い肌をした何かに敵意を向けられたこと

 

咄嗟に縛り上げ、そして窓から逃げ出したこと

 

ここまで逃げてきたは良いものの、徐々に重くなる身体に力尽きたこと

 

そして、今に至ること

 

 

途中、青黒い外見の何かを縛り上げた下りでタブリナがブッと噴き出す一幕なんかがあったが、それ以外は恙なく直斗の説明は終了した。

 

「……特に原因になりそうなところはありませんね」

 

そして、全てを聞き終えた後の三人の子供達の第一声がそれだった。呟いたジョカの言葉に同意する様に、他の二人もこくこくと頷く。

 

「そうじゃな。のうクジョウセイイチよ。おぬし、まだ何か隠してることがあるじゃろ?」

 

「そんなことはないつもりだが」

 

「そうか? 例えばほれ、おぬしが言うところの仕事とはどういったものかなどが意図的に省かれてるような気がしてならぬのじゃがな?」

 

「……」

 

意味ありげな……いや、それ以上にニヤニヤとした愉悦混じりのタブリナの視線に、直斗は思わず閉口する。いや、確かにその辺は隠したは隠したのだが、どちらかといえば後ろの少年少女達のことを慮ってのことだったのだが……。

 そんな人の気遣いを無下にする様なタブリナの言葉に、思わず頭を抱えそうになる直斗。案の定、好奇心の強い子供達は両目を輝かせて直斗ににじり寄ってきている。しかし、そんな直斗の懊悩に気付いたのか、はたまた何かしらの気紛れを起こしたのか、事の発端だったタブリナが「ちょっとあっちに行っておれ」と言って、ネコか何かを追い散らす様に三人に向かってシッシッと手を振った。

 師匠のあまりの横暴に即座にぶーぶー!と抗議の声を上げるモーゼとラトレネだったが、内気そうなジョカに促されて最後は後ろ髪を引かれるような素振りを見せつつも仕方ないと、直斗とタブリナから距離を取った。

 

「ほれ、場は整ったぞ。さっさと言わんか」

 

「俺が言葉を濁した原因もあんたなんだがな……」

 

というか、あの三人を遠ざける気紛れを起こすなら、初めから無駄に興味を向ける様な事を言うなと言いたかった。

 

「俺の職業は……緊縛師だ」

 

 そして、一瞬の逡巡を終えると、直斗は今度こそ自分の職業を率直に口にしたのだった。

 

「緊縛師とな?」

 

「ああ」

 

耳慣れない言葉だったのだろう。少なくとも、二百年以上生きたと名乗るタブリナの記憶には思い当たるところが無かったらしく、彼女はコテンと首を横に倒した。

 

「俺はいわゆる性風俗に関する職業に従事していてな。特にこの……麻縄で相手を縛るのを最も得手としていた」

 

「ほほう。麻縄はシオーネ王国にもあるが……これは随分と上質な麻縄じゃの」

 

「人間を縛るための物だからな。感触に悪影響を及ぼす枝毛は全て除去した上で蜜蝋を染み込ませてある」

 

直斗が持つ紅色の麻縄に手を伸ばして、その表面を撫でながらタブリナは感心したように頷いた。

 

「これで縛り上げることで、相手の被虐的な性欲を満たさせ、性的快楽を与えるという訳じゃな」

 

「ああ」

 

色気もそっけもないタブリナの聞き方に、彼女が自己紹介の通り本当に探究者であることを認識しながら、直斗は首を縦に振った。

 

「先の話と合わせると、おぬしが縛り上げたのはシオーネ王国と敵対する魔族のヒストゾーマでまず間違いないが、あの破壊魔王をその技術で緊縛した訳じゃな……ククク。なるほど確かに、こういった徹底的な処理を加えて純粋な道具と成り果てた物であれば、陽も陰もあったものではない。じゃが、まさか純粋な技で有史以来最悪と言われた魔族の王を縛り上げるとは! 一体、どれほどの回数そうやって人を縛り上げてきたのじゃ?」

 

「詳細な回数となると分からんが……少なくとも年間五百以上の作品に出演してきたからな。通算なら少なくとも一万本……いや、一万人は余裕で超える数だな」

 

「なるほどのう……」

 

直斗が述べた途方もない数字に、タブリナはどこか感嘆ともつかない溜息を洩らしたのだった。

 

「しかし、おぬしはそのような職に就いておきながら、意外と気配りが出来るのじゃな」

 

 どこかからかう様な口調。恐らく、この話の前に三人を少し遠ざけたことを指しているのだろうが、直斗からすればそれとこれとは話が別だった。

 

「別にこの職に就いたことを後ろ暗いと思ってるわけでもないが、だからと言って不必要に露悪的に振舞う趣味も無いからな。俺は俺の作品に誇りを持っているが、じゃあだからといって世間様の前で堂々と振舞うべき立場かと聞かれたら、そんな職業という認識も無い。少なくとも、子供に態々言って聞かせるものではないだろう」

 

「紳士じゃな」

 

「どうだかな」

 

「真摯な紳士じゃな」

 

「お前の言う意思疎通陽術とやらは、そんな言葉まで翻訳できるのか?」

 

 タブリナの言葉の翻訳に妙な感心を覚えながら、「というか、駄洒落が過ぎるだろう」という突っ込みを呑み込む直斗を他所に、当のタブリナが「戻って来て良いぞ」とでも言うように遠巻きにこっちを見ていた三人に手招きをした。

 

 

 

 

「結論を言えば、おぬしの身に起きたのは陽力の暴発じゃな」

 

 

 

 

 呼び戻した三人が再び着席するやいなや、タブリナはだしぬけにそう切り出した。自信満々のタブリナの言葉に、周りの三人は「「「おお~」」」と納得したように感嘆の声を上げるが、直斗には疑問しか浮かばなかった。

 

「待ってくれ。この三人は納得しているようだが、俺のいたところにはお前が言う陽力?なんてものは欠片も無かったぞ」

 

少なくとも、意志疎通陽術なんて便利なものは無かったし。もしそんなものが存在すれば、畜産業なんかは現代と全く違った形態になっているはずだ。

 

「そこが実は間違っておる。おぬしは陽力や陽術を特別なものと感じておるようじゃが、決してそんなことはなくての。むしろ、シオーネ王国どころか巷に溢れ返っておって、保有量の多寡こそあれど、基本的には万象一切に宿るものなのじゃ。もちろん、おぬしにも宿っておるぞ」

 

そう言って、意味ありげに人差し指を立てるタブリナの言葉に、直斗は思わず「は?」と呟いて彼女の悪戯っぽい表情と自分の体とを二度三度と見比べた。

 

「で、その陽力は生きとし生けるものの生命力に宿るものでの。当初は可能性すら考えておらなんだが、話の詳細を聞いて腑に落ちたわい」

 

「……」

 

やや抽象的なタブリナの表現に、子供達三人が「「「???」」」と疑問符を浮かべるが、直斗は何となく彼女の言いたいことを理解する。まあ、つまりはそういうことなのだろう。

 しかし、そうなると、直斗の中にはもう一つ別の疑問が湧いてくる。

 

「ちょっといいか?」

 

「ふむ、なんじゃ?」

 

「もし、俺が元の場所に返ろうと考えるなら、もう一度同じことをすれば帰れるのか?」

 

タブリナと同じく、やや遠回しな問い掛けに、彼女は「理屈の上ではそうなるのう」と首肯する。が、

 

「じゃが、実際には出来ると言えば出来るが、出来ぬと言えば出来ぬというのが正確な所じゃろう」

 

続いた言葉は先の明瞭なそれとは違い、どちらともつかない曖昧な返答だった。

 

「と、いうと?」

 

訝る直斗を前に、タブリナはコホンと軽く咳払いをする。

 

「確かにおぬしがこの地にやって来たのは陽力の暴発で間違いないが、戻るとなるとその暴発の逆を正確に執り行わねばならん。少なくとも、おぬしの移動が空間転移なのか時間転移なのか或いは異界転移なのか、はたまたその組み合わせか……ここはまず絶対に抑えねばならんじゃろうな。さもなくば暴発を浴びたが最後、そのまま深海や魔界、果てはとんでもない未来や過去に投げ出されかねん」

 

「む……」

 

努めて平坦な言葉が選ばれたのではあるのだろうが、それでも知識の無い直斗にでも分かるくらいタブリナの説明は明瞭だった。

 

「そも、陽力の暴発と言うたが、これ自体が割と危険での。要するに術としての体を成しておらん純粋な力の塊なわけじゃから、どこにどう転ぶかも分からんのじゃよ」

 

続けられた「それこそ、陽力の暴発を受けた瞬間に消し炭と化していやもしれんのじゃぞ、おぬし」という言葉に、直斗は緊縛した少年の絶頂で焼死する自分を想像して戦慄する。

 

「まあ、そういう訳じゃから、あまり焦って無謀なことはせんことじゃ」

 

「急いては事を仕損じると言うじゃろ?」と片目を瞑る専門家の言葉に、直斗は少なからず脱力するのを感じながらも頷いたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 

「しかし……」

 

 直斗の話が終わり、どこかそのままお開きの様な空気が流れる中、不意にそれまで言葉少なだったジョカと名乗った少女が口を開いた。

 

「陽術の無い世界なんて本当にあるのでしょうか? 不浄な魔族の世であれば兎も角、簡易な陽術すら用いない世界なんて、ちょっと信じられません」

 

「あー……そう思「ばかたれ」

 

やや訝し気な面持ちの彼女に対して、どう説明したものかと考えを巡らせる直斗を横に、タブリナが己の杖の先でそんな彼女の桃色の頭をポカリと小突いた。

 

「陽力も陰力も、本をただせば“最初の誰か”が引き当てた“ちょっと便利な力の一つ”でしかないわい。そして、数多の“最初の誰か”ではない人間は地に落ちた角砂糖に群がる蟻んこの様に力へと群がり、そして発展を甘受する。人という存在の資源が有限である以上、これは当たり前の行動じゃ。その構図に古今東西の別は無く、あるのは引き当てたのが陽力かそれとも別の何かだったかというだけの話にすぎん……この点を弁えねば、陽力が単なる道具の一つでしかないことも忘れ“陽力は神が人を選んだ証、陽術は神が人に与えた叡智”などという妄言を心底から口にする太陽教会の白痴どもと同類に堕し、果ては陽力も陰力も人が作り出した言葉でしかないにも関わらず“陰力の滅消”などというとんでもない御題目を猛進する神の力に成り果てるぞ。……その辺のこと、わしは口が酸っぱくなるほど言うて聞かせたはずじゃが?」

 

「は、はひっ」

 

大粒の眼にうっすらと涙を浮かべて頭のたん瘤を抑えるジョカにジトッとした視線を向けて、タブリナは呆れたように鼻を鳴らす。

 

「単に侵食性を持つ二種の力でしかなかったものを“陽”と“陰”と選り分け、更に“陽”を帯びたものを“人”、“陰”を帯びたものを“魔”などと呼称する傲慢こそが人と魔の長年に渡る戦の元なのじゃがな。どちらも一皮剝けば同じ猿じゃ」

 

そう言って、てくてくと歩き出したタブリナがふと思い出したようにトテトテと直斗の方に駆け寄って来る。

 

「今更なのじゃが、おぬしはこれから行く宛は無いのじゃろうな?」

 

「ああ。まあな」

 

そして、なぜか小声で耳打ちしてくるタブリナに、直斗は正直に頷いた。転移だとか陽力だとか以前に、直斗にとってはそれが差し迫った大問題だった。

 

「であれば、わしの工房に来るがよい。おぬしに帰還の目途が付くまでの間、面倒を見てやろうぞ」

 

「そう言ってくれるのは素直にありがたいが……良いのか?」

 

「言ったじゃろ? わしは元宮廷陽術士じゃ。人一人養うくらいの貯えは十分にあるわい」

 

内心で助かったと思いつつも念のため尋ね返した直斗に、タブリナは「心配するでない」と頷いた。が、今度はその直前よりも更に直斗の耳元に顔を近付けて声を潜めてきた。

 

「代わりにと言ってはなんじゃが、おぬしに一つ頼みたいことがあるのじゃ」

 

「……それは?」

 

明かな秘密の匂いに、直斗もにわかに真剣な表情になる。状況が状況だけに断るという選択肢はまず無いが、それを良いことにとんでもない落とし穴に嵌る可能性はなるべく避けたいところだ。

 

「今度、がきんちょ三人が工房を出ている時で良いのじゃが、わしのことを縛ってみてはくれぬか?」

 

果たして、タブリナの口から出てきたのは、まさかの緊縛の依頼だった。

 

「世話になる以上構わないが、そういう趣味があったのか?」

 

「まさか」

 

尋ね返した直斗の言葉に、タブリナはさも当然とばかりに首を横に振る。その所作に引っ張られて太く大きな三つ編みがゆらゆらと紅い中空を泳いだ。

 

「わしの趣味は被虐ではなく、世界一可憐で可愛らしく、そして情欲を掻き立てて止まぬわし自身の姿を記憶と記録の両方に焼き付けて世に残すことじゃな」

 

次いで吐き出された言葉は、直斗の説明のさらに上を行っていた。どうやら、この見た目少女な自称二百歳を超える人物は、自己性愛と露出狂の性癖を持っていたらしい。

 

(まあ、珍しくもないか……)

 

 理知的で可憐な風貌との齟齬から違和感を覚えるものの、その()そのものは特に目新しいものでもないため、直斗は「承知した」と頷いた。

 

「うむ、では交渉成立じゃな!」

 

「ああ」

 

 こうして、他の三人の子供に気付かれぬ間にとんでもない契約を結んだ二人は「おーい! 早く帰ろうぜ!」という少年の言葉に返事を返して、赤く染まった空の下を同時に一歩歩き出したのだった。

 

 

 

 

 




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