異世界縛りプレイ(物理)~始まりは魔王の亀甲縛りと共に~   作:祝詞イキオイィ!?

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前話を呼んでくださり、どうもありがとうございました。
今話も楽しんでいただけたら嬉しいです。


第一話 突如始まる決闘と片足吊り~気の強い騎士団長はアナルが弱い~

 魔王城外縁で運良く会話の通じる人間との邂逅を果たした直斗は現在、件の四人が繰る馬の上に乗せられて、えっちらおっちらと彼らが言うところのシオーネ王国に続く街道を進んでいた。

 既に、空は麻縄の様な血色から見慣れた青色を経て、現在は少し目に眩しい橙色の夕焼け空を作り出していた。

 今回、生まれて初めての乗馬に戸惑う直斗だったが、幸いこの世界?では鞍に陽力の補助を作り出すらしく、想像していたような負担は殆ど無く、むしろ下手なバイクや自転車なんかよりも感触は快適なくらいだった。

 魔王城外縁の不気味な森―後で聞いたところ、“悪使徒の森”というらしい―から出てからこっち、モーゼ、ラトレネ、ジョカの三人の後ろに交代で乗せてもらった訳だが、休憩の都度に三人が集まって親指と人差し指と中指を用いたじゃんけんの様な物を用いて、次に誰が直斗を乗せるかを決めているのが少し印象的だった。ちなみに、彼ら三人の師匠らしいタブリナはと言えば、「おぬしらの修行じゃ修行」と言って、一人のほほんと馬の上で僅かに浮きながら寝そべっていた。

 

「陽力とは本当に凄いな」

 

「分かります。私も田舎から出てきた時はそう思いましたから」

 

 そんなタブリナの姿を見ながら、直斗が今回じゃんけんらしきもので負けて自分を乗せることになった、目の前のジョカにそう思わず漏らすと、ジョカはくすりと笑いながら僅かに流し目を向けてきた。

 

「私はまだ先生ほど上手く陽力を扱うことは出来ませんが、それでも日々ご指導いただいたおかげで、それまででは考えられないくらい便利に日々を過ごしていますので」

 

「その言い方だと、本は陽力があまり無いところから?」

 

「そうですね。私だけじゃなく、モーゼくんやラトレネちゃんも合わせて、三人とも陽力を使える者の田舎町から出てきた大切な幼馴染です」

 

「ふむ……」

 

そんなジョカの説明に、前方を行くモーゼとラトレネに視線を向けると、当の二人は何か揉めだしたのか、こっちにまで聞こえる声でぎゃーぎゃーと馬上のまま口喧嘩に興じている。

 

「あれは止めなくても良いのか?」

 

「あはは、二人とも普段からあんな感じなので」

 

「そうか……」

 

苦笑交じりながらも、どこか眩しそうに、そして少しだけ羨ましそうに二人を見詰める桃色髪の少女。

 

(青春……か)

 

その凡その胸の内を察して、直斗は自分にはとうの昔に縁の無くなった言葉を思い浮かべながら、少しだけ遠くを見詰めたのだった。

 

「あ、見てください。あれがシオーネの城下町です」

 

やがて、小高い丘をあがったところで遠目に現れた微かな城壁に、ジョカがちらりと直斗の方を振り向く。

 

「ほう、あれがか……」

 

まだ、小粒にしか映らないが、それでも距離と周りの地平からかなり大規模な建築物であることが見て取れる。

 

「よし! こっから競走しようぜラトレネ!」

 

「はんっ! 負けないわよモーゼ! 後でほえ面かかせてあげるから!」

 

 視界に捉えた城下を見て、パンッと馬の手綱を繰り走り出すモーゼとそれに触発されて同じく馬を走らせるラトレネ。そんな二人の姿にジョカが「あ、あはは……」と困った様に笑う中、馬上に寝そべったままのタブリナが発した「ガキじゃの」という呟きがやけに大きく夕焼け空へと響いて、掻き消えたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 シオーネ王国の王都へとやって来た四人と一人は、城壁の通過の際に馬を降りると、そのまま大手門から一直線に伸びた大通りを真っ直ぐに進み、武骨で分厚い城壁の中にあって、まるで遊園地で目にする巨大なアトラクションそのままの城へとやってきていた。

 一団の、特にタブリナの顔を見ると杖を持った衛兵が僅かに顔を強張らせて、何事かを奥に告げに行く。そして、再び戻って来たその兵士に連れられて五人は今、城の中心部にある最も豪奢な設えの一室で跪いていた。

 

「面を上げよ」

 

 広く、ややひんやりとした一室に響いた少年の声に顔を上げると、足元の赤い絨毯の先に備えられた階段の上で二人の人物が五人を見下ろしているのが映った。

 

「良く帰った、モーゼ。我がシオーネ王国の至宝にして、建国の勇者の末裔よ」

 

 先に口を開いたのは向かって左手に座る人物で、大きな玉座の上にゆったりとした長いマントを羽織りながらも、まだ床に届かない両足をぷらぷらとさせつつ、ツンッとどこか威勢を誇る様な姿勢を見せる小さな少年だった。

 

「道中、怪我などはありませんでしたか?」

 

次いで口を開いたのは隣に座る人物。先に口を開いた少年の母親かと思われる年格好の妙齢の女性で、下座で跪く四人をどこか慈しむ様な視線を注いできていた。

 

「お、ぐっ!? は、はい! 全く問題ありませんでした!」

 

 そんな上座の二人の言葉を受けて道中の口調で返そうとしたモーゼが、ラトレネの肘打ちを食らって見悶えながらも、何とか最低限の体裁を取って返答をする。

 

「ふむ、それは結構」

 

 モーゼの言葉に頷く少年と顔を見合わせる女性。その二人を見上げながら、直斗は僅かに内心で首を傾げた。

 

(この少年。初めは次期国王か皇太子なのかと思ったが、この口振りだと既に国王なのか? だが、そうなると隣の女性とのやりとりに違和感が……もしかして、タブリナと同じなのか?)

 

そんな疑問から視線を向けたことに気付かれたのか、チラリとこちらを振り返るタブリナ。そして、その薄い唇が―ア・タ・リ・じゃ―と蠢いたのを見る限り、直斗の推測、すなわちあの少年の実年齢が外見と乖離しているのではという推測は当たっていたようだった。

 そんなこんなで進む話を聞く限り、どうやらこの四人は元々、魔王城に対する斥候の様な立場だったらしい。当初、僅か四人であの巨大な城に向かうという話を聞いた時はさながら暗殺者か特攻か、はたまた自殺志願者かなどと思ったが、最終的に魔王城に向かうかどうかの判断は国王の少年が行う前提でということであれば、直斗にも理解が及ぶ話だった。そして、そんな最中、話が直斗のところに向かう。

 破壊魔王ヒストゾーマを縛り上げたという話に差し掛かったあたりで、周りに居た宮廷の貴族らしき人物達が皆一様に息を飲み、「まさか!?」「ありえない!?」などと口々に否定の言葉を漏らし合う。

 そんな、周囲の会話を断ち切ったのは、やはり玉座に座る小さな国王だった。

 

「止めよ。……タブリナ。今の話嘘は無いのだな?」

 

「は。御身と陽力に誓って」

 

「ふむ……」

 

 首を垂れつつもキッパリと断言するタブリナの言葉に、国王たる少年は少し考え込む様な素振りを見せる。

 

「クジョウセイイチよ」

 

「は……」

 

やがて呼ばれた自身の芸名にゆっくりと顔を上げると、少なからず注がれる疑念の目の中にあって、確とこちらを見定めようとしてくるあどけなくも老獪さを覚える大粒の青い目があった。

 

「そなたにも問おう。今のタブリナの話……嘘偽りは無いな?」

 

「御身と……タブリナ殿に誓って」

 

一瞬、流れのままに“陽力”と言おうか迷ったが、陽力のよの字も知らない自分がそれを口にするのはまずい気がして、結局隣に跪くタブリナの名前を借りる。そして、少なくともその判断は正しかったらしく、国王はしばしの間直斗の言葉を見定める様にジッと厳しい視線を向け居ていたが、やがて納得したのか「ふむ」と少しだけ表情を緩めて頷いたのだった。

 

「然らばクジョウセイイチよ。そなたの技、我が国に貸してはもらえぬか? この者達……モーゼやタブリナへの力としたい」

 

「は……」

 

 次いで紡がれた言葉に、直斗は一瞬言葉を詰まらせる。全く予想していなかった訳ではないが、正直、直斗の緊縛の技術は純粋な緊縛の技であって、間違っても何かしら戦闘的なものを期待される様なものではない。が、ここで話を断っては、どう言いつくろっても国王からの不興を買うことも間違いないのだ。タブリナの性格を考えれば、或いは面白がるかもしれないが、それはあくまでも希望的観測だ。

 結局、この言葉を向けられた時点で、直斗に出来る返答は一つに決まっていた。

 

「微力を「お待ちください!!!」む?」

 

半ば諦観気味に、直斗が承諾の言葉を述べようと述べようとした瞬間、広い室内にややヒステリックとも取れる興奮気味の怒号が響き渡った。

 声の方に視線を向ければ、漫画や絵画で目にする様な西洋の甲冑に身を包み、直斗の麻縄と同じ深紅のマントをはためかせた妙齢の金髪の女性が、見るからに気の強そうな柳眉をキリリと釣り上げて殺気に近い視線を直斗の方へと注いでいた。

 

「ナルア殿だ……」

 

「宮廷騎士団の団長だ……」

 

「コーザ家当主、ナルア・コーザ殿だ……」

 

 そんな周囲の囁き声も気にせず、その金髪の女性―ナルア・コーザというらしい―はツカツカと紅い絨毯の上を進み出ると、直斗を押し退ける様にして半歩前に跪き決然とした口調で「お言葉ながら!」と高らかに声を上げた。

 

「この様な氏素性確かならざる者、まして、悪使徒の森で行き倒れていた人間かすら怪しい存在をその様に重用することは御身のためにもなりませぬ!」

 

「モーゼとタブリナは納得しているようだが?」

 

「御身のおっしゃる通りではございます。ですが、モーゼ殿は我がシオーネ建国時の英雄の末裔とはいえまだ年少。こういった搦手には聊か経験に不安がありましょう。そして、タブリナ殿は練達の陽術士ではありますが、かつてその素行から宮廷陽術士を追われた立場であります」

 

「ほう、言うではないか小娘」

 

言葉遣いこそ多少丁寧だが、割とにべもない言い方をするナルアと呼ばれた女性に、隣のタブリナがカッカと苦笑する。

 

「しかし、それではお前はどの様にすれば良いと考えている? 我が国は魔族との戦いの最中、一人でも優秀な人材は登用する方針を取って久しいぞ」

 

「然らば、私にこの者の腕を試させていただきたい! 実際に陽術を交えれば、その心根の在処も見定められましょう!」

 

(おいおい……)

 

その言葉に、直斗は思わず内心で突っ込んだ。

 初めは悪使徒の森で行き倒れてた直斗の氏素性が定かではないという理由で捻じ込んできておきながら、要求は尋問や調査ではなく決闘だという。露骨に目的と手段に齟齬がある要求を鑑みれば、明らかにこの場で事故か何かに見せかけて、直斗を無き物にしようとしているのが手に取るようにわかった。

 

「ふむ、ナルアの言葉も一理あるな……」

 

 が、国王の立場からすれば、一応の確認が必要という意見は決して分からないものではないのだろう。その裁定の天秤が急速に隣の威丈高な女の方に傾いているのが見て取れた。

 

(どうする……どうする……)

 

 内心焦る直斗を他所に、急速に場の空気が固まっていく。周りの貴族達も多少なりとも直斗の存在に疑念を抱いていたのか、徐々にナルア・コーザの言葉に同意する様な仕草を見せ始めた。

 

「であれば、ナルアとそこなクジョウセイイチの決闘を許そう。場所はそうだな、この城の城内で構わんか」

 

そして、とうとう国王の判断が下され、室内は一気に沸き立つことになる。わぁ!と歓声を上げる貴族達の中心で、ナルア・コーザもまた「ありがたき幸せ!」と満面の笑みで一礼を返した。

 

 

 

 

「では、開始じゃな。ほれ、さっさと進めよ」

 

 

 

 

そんな、歓声に沸き立つ城内で、実に気の抜けた声が響く。

 あどけなくもやや嗄声気味の老獪な口ぶり……それは元宮廷陽術士のタブリナのもので間違いなかった。

 

「!!」

 

「へ? ……あっ!?」

 

その声を聞いた瞬間、直斗は一気にその場を駆け出していた。後方が一瞬静まり返り、そして徐々に混乱が伝播する中、直斗は重い木の扉を開いて、謁見の間から外へと抜けだしたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 

「「「「「……」」」」」

 

 直斗が走り去った謁見の間にはしばしの間、唖然とした空気が流れていた。それは国王と王妃から使用人まで例外無く、唯一平然としているのは事の発端となったタブリナただ一人だった。

 

「な、何をする!?」

 

そんな、直斗の逃走とその切っ掛けとなったタブリナに、ハッと我に返ったナルアが食って掛かる。

 

「なにを激しておるのじゃ小娘。まさか、その年で更年期でもあるまいに」

 

しかし、掴みかかられたタブリナの方はといえば、実に飄々とした表情ですっとぼけるように嘯いた。

 

「なにをではあるまい! 貴様、神聖な決闘を穢す気か!? 元宮廷陽術士とはいえ、許されん振る舞いだぞ!」

 

「はんっ!」

 

自身の言葉に益々語気を強めるナルアを見て、タブリナはそんな彼女の言葉を鼻で笑う。

 

「なにが神聖な決闘じゃ。単に他所者を嫌った貴様が無理矢理捩じ込んだだけの私刑じゃろうが」

 

「こ、この私を愚弄するか!?」

 

「事実を言っただけじゃろ。何をそんなに怒っておる?」

 

「このナルア・コーザに二心ありだと!?」

 

「でなければ、態々取り調べではなく私刑を選んだ理由の説明がつくまい?」

 

そうして、皮肉げに笑いながら、タブリナはもそもそと小指で耳の穴を穿る。

 

「く、も、元はといえば、貴様があの様な身分定かならざるものを王宮に引き込んだがゆえの「じゃから、おぬしの二心を前にしても“決闘”というおためごかしを見逃したんじゃろうが」

 

そう言って、タブリナはフッと自分の小指の先を吹きながら「ま、あやつの身元に疑義があるのは一理あるからの」と肩を竦める。

 

「じゃが、曲がりなりにも“決闘”だなどと宣うのであれば、貴様の想定は公平では……いや、純粋に不公平じゃろうが」

 

「不公平だと!?」

 

「然り」

 

憤激で顔を真赤にするナルアに、タブリナは当然とばかりに顔を縦に振る。

 

「そも、おぬしは一体どのようにその“決闘”とやらを始めるつもりだったのじゃ?」

 

「そんなもの決まっているだろう。王国の作法に則っ「まさか、互いに相対した上で用意ドンで始める腹積もりだったのではあるまい? 陽術も扱えぬ相手にじゃぞ?」む……」

 

タブリナの指摘に、ナルアが一瞬口籠る。あの男(直斗)が陽術を扱えない人間であることは、確かに周知された話ではあった。そして、陽術が使える人間と使えない人間では戦闘における射程距離において、明確過ぎるほどの有利不利があった。

 

「まさか、自らの立場を利用して己の有利極まりない規約を設定した上でそれを作法と宣い、避ければ卑怯などと非難するがおぬしの言う作法とはのう。いや、恐れ入った」

 

「き、貴様「やめよ!」

 

激高し、腰元に差した剣の柄に手を掛けた騎士団長の姿に、場が騒然としかける中、凛とした少年の声が室内に響き渡った。

 

「両者の言い分。よく分かった」

 

そう言って、事を引き取ったのは玉座に座る少年王だった。

 

「まず、ナルア。そなたの懸念は余も理解するところである。一定の懸念がある以上、タブリナ以外の者にも品定めはさせるべきであろう」

 

「はっ!」

 

「だが同時に、そなたの言う決闘が少々一方的に過ぎるのもまた事実だ」

 

「う、は……」

 

王の言葉に一瞬苦い顔をするも、流石に主である王にまで反発する気にはならなかったのか、ナルアは悔し気に頷いた。

 

「そういう訳だ。今この時よりナルアとあのクジョウセイイチなる者の決闘を開始とする。……これでよいな? タブリナ」

 

「ご随意に」

 

不敵に笑いつつも、それ以上何も言うことをせずに頷いたタブリナに、ナルアがキッと一瞬鋭い視線を送ったが、それ以上は余計に主の不興を買うだけだと判断したのか「しからば、私はこれより件の者を追わせていただきます」と告げて、サッと一礼をすると、そのまま謁見の間を後にしたのだった。

 

「……これで良かったのか?」

 

 そんな未熟な部下の姿に、やや呆れたようにぼやく国王の言葉を聞いて、タブリナはにやりと白い歯を見せたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 一方、王の間を飛び出した直斗は自分の息が上がるのも無視して、遮二無二に王宮内を走り回っていた。

 降って湧いたように起きた転移から、突如向けられた敵意と決闘騒ぎ。間違っても平和な日本で暮らしていた直斗にとっては青天の霹靂どころか台風や竜巻と言っても過言ではない状況だった。

 幸い、タブリナの言葉に乗っかって謁見の間を後にしたものの、時折通り過ぎる巡回兵から逃れる間に、既に自分の今居る場所自体が分からなくなっている。

 ただ、それでも幾ばくかの逃走を進めるうちに、次第に冷静になった頭が多少の思案を付けるようになっていた。

 

(今手元にある麻縄は……全部で十本ぴったりか)

 

 まず、真っ先に思い浮かべるのは自身が最も信頼する愛用の仕事道具(深紅の麻縄)だった。

 タブリナと名乗った少女?の言葉を信じるならば、この世界において人間と敵対する存在である破壊魔王を相手に、不意打ち気味ではあるものの見事に緊縛プレイを決めることが出来た。

 だが、同時に一つの懸念が沸き上がる。

 先の謁見の間で自身に決闘を吹っかけてきた女、ナルア・コーザは固く分厚い鎧に身を包み、外界からの干渉をほぼ完全に遮断していたのだ。初見の時点でほぼ半裸だった魔王と違い、あの格好では外から縛り上げたとしても数秒持たせるのが限度だろう。もし、拘束した時点で自分の勝ちが決まるのならそれでも十分だが、先のやり取りを思い返すに、まずそういった結末は望めまい。

 そうなると、何とかあの鎧を突破した上で、彼女を抵抗の意志が抜け落ちるぐらい完璧に縛り上げる必要があるわけだが、果たしてそんなことが出来るのだろうか……。

 

(……まあ、そこは一旦置いておいてだ)

 

 交互に繰る両足の速度を緩めて、直斗は少し思考を切り替える。このまま不安材料だけを数えていても状況は打開できない。本気で勝つつもりなら、賭け処とそのための()を見極めないといけない。

 まず、幸運なのが、先の森からこの国までの道中、三人の生徒を持つ元宮廷陽術士・タブリナにより多少なりとも陽術というものを理解する機会があったということだろう。

 この世界で用いられる魔法の様な力の陽術だが、その土台は人間の生命力に近しい物であり、そこに呪文によって形態と指向性を持たせる技術という話だった。必然、その全力を尽くすためには一定の時間が必要になり、その間は多少なりとも()が出来るということを意味している。

 二つ目にあの女の性格だった。あの、王との謁見の間で会話どころか視線すら合わせなかった人間ではあったが、吐き出された怒号を聞く限り、かなり高慢ちきな人格をしていることはまず間違いない。いわゆる絵に描いたような貴族の女であり、分かりやすく高飛車という印象だった。まあそれでも近衛兵の様な立場ということを考えれば、相当の実力があるのは間違いないが、こうして逃げ回っている自分に対して、少なからず油断と侮蔑を抱いていることは想像に難くない。つまり、相手の油断が生きている間に限っては、比較的自由にこちらの行動を通しやすいということを意味している。

 そして、三つ目。これは理性や思考から弾き出された推論とは真逆。それすなわち、

 

(被虐趣味でアナルの弱そうな女だった……)

 

緊縛師としての長年の経験からくる直感の様なものだった。

 

 

 

何処か威丈高に、つんっと澄ました立ち姿

 

一歩絨毯を踏みしめる都度に左右に揺られる大きな臀部

 

そして、跪いた瞬間に見せた尻タブを突き出すような挙動

 

 

 

その動きの一つ一つが、あの女の弱点(性感帯)を雄弁に物語っていると言って良かった。

 

(……やってみるか)

 

 ここまで思案したところで、直斗は腹を決める。元より、よーいどんの決闘では勝ち目も皆無だ。なら、現実的な選択と集中を踏まえて、自身の経験を信じて死ぬ方がまだマシと言える。

 

 

 

―少なくとも、そう思えるほどの作品を直斗は九条聖一として手掛けてきたのだから―

 

 

 

「よし……」

 

 そう呟いて、直斗は通路を曲がると目的の一室に転がり込む。ややツンと鼻を突く悪臭。直斗自身も時折仕事で利用する空間……王城の便所だった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

「くそ、どこに逃げた……」

 

 一方、この決闘のもう片方の参加者であるナルア・コーザは苛立っていた。

 元々、彼女は王国でも有数の武門、コーザ家の跡取り娘である。当然、礼節や陽術そして気位といったものはその家柄に準じたものになる。

 そんな彼女には嫌いなものが二つあった。それは、愛するシオーネ王国のみならず、数多の人間を苛む魔族の存在と、そのシオーネ王国が誇るべき宮廷陽術士の立場を自ら放り出して放蕩三昧と聞く狂人陽術士・タブリナのその人だった。

 今この決闘についても、ナルアは間違ったことを言ったとは欠片も思っていない。むしろ、あの狂人のせいで、無駄に足を引っ張られたという認識だ。だが、敬愛する国王と王妃が認めた以上、あのタブリナの仕切りにこれ以上文句を言う訳にはいかない。ならば、兎にも角にもあの素性定かならない澄まし顔の男を一刻も早く消し飛ばし、返す刃をあの気に食わない放蕩陽術士に付き付けてやらねば腹の虫も収まらない!

 幸い、この城内から抜け出すには城門の衛兵達に許可を取る必要がある。間違っても、あの男一人で逃げ出すことは不可能だ。故に、この城内を虱潰しにすれば、いずれはあの男に行き当たるはずだった。

 それまで、可能な限り陽力は温存したい。闇雲に乱発しては陽力切れを起こすだけだし、何よりもその結果として王城を傷つける様な振る舞いだけは断固として許されないからだ。

 

(その顔を見たが最後……お前はバラバラだ!)

 

それでも、油断なく剣を構えると、ナルアは片っ端から城内の部屋を開いて歩くのだった。

 

「次はここか……!?」

 

そうして、十を超える部屋を開いた瞬間、不意にその体に奇妙な浮遊感を覚えた。まるで、森の行軍中に木の根に足を掬われたかのような……。

 ハッと自身の足元を見下ろせば、曇り一つ無い鎧の踝に絡み付く一本の紅い縄。その先を視線が追いかけるよりも一瞬早く、ピンッと張り詰めたそれが持ち上げられ、ナルアは仰向けにひっくり返されたのだった。

 

「ぐっ!?」

 

強かに打った背中に、咄嗟に剣を握り締めるナルア。だが、件の相手の追撃は剥き出しとなったナルアの首や頭に飛ぶことはなく、代わりにバシャリという音と共に鼻腔を抉る悪臭が一気に辺りに充満したのだった。

 

「うぷっ!?」

 

咄嗟に鼻先を抑えるナルア。その上を一瞬黒い影が通り過ぎたのだが、既に彼女はそれどころではなかった。

 まき散らされたのは茶色と黄色の泡立つ糞尿。城の使用人が用を足す、便器に満ちた排泄物の臭いだったのだ。

 

「く、くそっ!?」

 

流石の事に、咄嗟に杖を振るうナルアだったが、放たれた陽術は引き倒された糞壺を元に戻すだけで、鎧に纏わり付いた糞尿を片付けるには至らない。元々、戦闘用の剣技と陽術を得意とするナルアは洗浄のような細かな陽術は苦手ともしていた。たとえそうでなくても、近場に敵がいる中で、身綺麗にすためだけに陽力を捨てる様な真似は出来ない。だが、だからといって、糞尿塗れの鎧を纏い、王城を歩き回る様な不敬は出来ない。

 

「おのれ。我らが父祖伝来の鎧を!!」

 

 幸い、汚れが付いたのは足回りの鎧のみだったのもあり、悪態混じりにそれを脱ぎ捨てたナルアは上半身のそれを揺らしながらも決然とした面持ちで事の仕掛け人であろう、あの怪しげな格好の男を追跡に向かうのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 

(さて、第一関門は突破だな……)

 

 その粗相の原因である直斗の方はまず初手の不意打ちが決まったことに安堵の溜息を洩らしながら、飛び出した廊下を走っていた。

 あの、殆ど嫌がらせに近い糞尿攻撃は、重装甲の女の下半身を狙う障壁となる鎧を剥ぎ取るために考えた苦肉の策だった。本来であれば、確実かつ直接的にそうしたいところではあったのだが、仮にも剣を持った相手にそんな悠長なことをしていたら、こちらの首が取られてしまう。

 狙いとなる部位を考え、加えて装甲を剥ぎ取るという目的がばれないよう、敢えて下半身だけを狙った訳だが、果たしてその目論見は上手く行っているだろうか……いや、いっていなければ、どうにもならない訳だが。

 

(それよりも“次”の仕込みをしなければな)

 

 仮に失敗していた場合を考えても時間の無駄だと割り切り、直斗は二つ目の仕掛けの用意に取り掛かる。といってもこちらの方は割と余裕だ。何せ、両手に馴染んだ十を数える深紅の麻縄達を結び合わせ、一連の巨大な縄にする作業なのだから。

 柔らかい廊下を駆けながら、慣れた手つきで縄の両端を結び合わせること九。そうしてできた八十メートルに及ぶ大繩の端を握り締めると、事前に目を付けていたとある区画へと辿り着いた。

 それは王城のほぼ玄関口に位置する、巨大な吹き抜け。そして、目当てとなるのはバルコニーに立ち並ぶ装飾豊かな柵の類だった。

 

「……」

 

その中でも特に使い手の良さそうな彫刻を見定めて、直斗は深く息を吸う。

 

 

 

機会は一回。それも、失敗すればこちらの命が無いかもしれない……

 

 

 

(緊縛師として独り立ちして五年……まさか、本当に命がけの作品作りに出くわすとはな)

 

 そんな己の姿に、自嘲気味に口元を歪める直斗。これまでの作品一つ一つに魂を込めてきたという自負はあるが、ここまで切迫したのは初めてだった。だが、そんな極限状態だからなのか、不思議と思考は鮮明で、五感は鋭敏になっていた。今この瞬間であれば、どんな存在であっても縛り上げられるかもしれない……。

 

 

 

「見つけたぞ!!」

 

 

 

そんな直斗の耳に、今日の素材(・・)が姿を見せる。どうやら、直斗の賭けは成功したらしく、その下半身を覆うのは質の良さげな絹の布地だけだった。

 

「よくもやってくれたな……」

 

 荒く肩で息をする姿は手負いの獣そのもので、血走った両目で直斗を睨み付けている。そんな殺気立った視線を受けながら、直斗は無言のまま後ろ手で仕込みを終えた麻縄を引き抜いた。

 

「私のみならず、我が先祖をも愚弄した罪……まとめて払わせてくれよう!!」

 

そして、怒号と共に女が剣を振り被ったその瞬間……溜めに溜めていた麻縄の右端が上階の欄干へ、そして左端が剣を振り被った女の体へと伸びたのだった。

 

「!?」

 

口元に走る麻縄。それが、まるで生き物の様に絡みついてくる様に女騎士が両眼を見開く。が、その僅かな隙が既に事の結末を物語っていた。

 轡となり、首筋を這い、乳房を押し分け、そして、股下を潜る……

 さながら茨の蔓のごとく女騎士の身体を這った麻縄はその急所という急所を締め上げ、最後に欄干を通った右端と、女の右足の膝裏を通った左端を連結し、完成に至る。

 

 

 

 

 

―秘儀・高所片足吊り―

 

 

 

 

 

「~~~~~~~~~~!?!?!?」

 

 吹き抜けの中心にぶらぶらと揺れる緊縛された女騎士。その無数に走った麻縄のみならず、十のそれらをつなぎ合わせるために作られた“瘤”が的確にその急所を抉り、女をよがらせる。

 正しく茨の棘に絡め取られた彼女は次第に僅かの抵抗すら奪われ、そして最後にはビクビクッという大きな痙攣と共にぐったりと動かなくなったのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 その後、全てのことが終わったのは直斗が女を縛り上げてから数分後のことだった。ついいつもの癖で出来上がった自身の作品(・・)の品定めをしていた直斗がいつまでも戻ってこないことを心配したのか、例の三人が城の入り口まで探しにやってきたのだった。

 三人は直斗が平然としていることに安堵した様子だったが、吹き抜けに吊るされた騎士団長の姿を目の当たりにすると絶句し、そして、慌てて一番頼りになる存在であるタブリナを呼びに戻ったのだった。

 三人が謁見の間に戻ると、今度は国王や王妃をはじめとした先の間に居た人間のほぼ全てがぞろぞろとやって来て、宙空で片足吊りとなったナルアを見上げて唖然とすると、同時に納得した様に直斗の勝利を宣言したのだった。

 そして、この決闘の報奨として、欲しい物を尋ねられた直斗は少し思案した後、麻の縄と蜜蝋、そして可能であれば紅い染料を所望したのだった。

 麻の縄については直ぐに納得した国王だったが、蜜蝋と染料という言葉に少し首を傾げる。一見、直斗にとりその様なものに感心を示す理由がわからなかったからだ。が、直斗が自身の麻縄について、感触と馴染みを良くするために枝毛を残らず除去し、更に蜜蝋を染み込ませているのだと説明すると、即座に納得。用途を明確にした上であれば、自由に支給を行うとの命令をその場で発行したのだった。で、

 

「いやー、それにしても見事な手管じゃったのう!!」

 

「まあな」

 

王城を辞しての道中、気をやり過ぎて気絶したナルアをしこたま眺めたタブリナが心底愉快そうに爆笑したのだった。そんな遠慮のないタブリナに、直斗は軽く肩を竦める。

 

「しかし、なぜあのような手の込んだ拘束を行ったのじゃ? おぬしの手管であれば、あそこまでせずとも十分な拘束は出来たのではないか?」

 

「あの緊縛を選んだ理由は、例の女は菊門が弱そうだと感じたのが原因だ。立ち回りや細かな仕草など……まあ、殆ど勘だがな」

 

「まさか、宮廷騎士団の団長がケツ穴狂いとはの!!!」

 

再びブフーッと噴き出すタブリナに、直斗も軽く苦笑を漏らす。

 

「謁見の間での歩き方やしゃがみ方などから予想を立ててな……全体重をそこに向ける様に尻タブを開かせる縛り方を選んだというだけの話だ。後は尻の割れ目に幾重かに作った大きめの瘤が当たる様にして完成だ」

 

「なるほどのう……」

 

直斗の説明に、タブリナが感心した様に頷いた。

 

「あの……先生? 流石にそろそろ……」

 

 猥談を大通りのど真ん中で繰り出す二人に、少し顔を赤らめたジョカが困った様に手を挙げる。

 

「む、おお。すまんのう」

 

そんなジョカの姿に軽く謝罪した師匠だったが、すぐにニヤーッと悪い顔をして「しかしじゃな」とほんのりと紅くなった少女の耳元に口を寄せる。

 

「この程度のことでおたついておっては、あの小僧を篭絡できんぞ?」

 

「ぴっ!?」

 

タブリナの耳打ちに、途端にボッと顔を赤くするジョカ。まるで沸騰した薬缶の様な有様に、タブリナは再度愉快そうにカッカッカと笑みを漏らす。

 

「せ、先生!?」

 

「む? なんじゃ? まさか、おぬし愛人でも構わんとでもいうのか?」

 

「そ、そうじゃなくて!?」

 

「ならほれ、この程度でビビッとらんで乳の一つでも「やめておけ」あだっ!?」

 

調子に乗るタブリナ(師匠)と振り回されるジョカ(弟子)を見て、直斗がタブリナの脳天に手刀を落とす。思わぬ不意打ちに涙目になるタブリナだったが、からかわれていたジョカの方はどこかホッとした様子で胸に手を抱いたのだった。

 

「何するんじゃいきなり!」

 

「何するんじゃじゃないだろ。流石に悪乗りしすぎだ……まして、俺の技をタネ(・・)なんかにするのならなおさらな」

 

「むぅ……」

 

呆れ気味に言う直斗に、タブリナは不服そうに薄桃色の唇を尖らせる。

 

「お堅いのう……緊縛師なぞしておるくせに」

 

「緊縛師をしているから……だ。素人さんに迷惑を掛ける訳にはいかんだろ」

 

「まじめじゃなあ……」

 

直斗の言葉に、ヒョイッと肩を竦めてタブリナがタカタカッと少しだけ前に出る。

 

「ま、ええわい。それより、今晩は何が食べたいのじゃ? せっかくじゃし、祝勝会を兼ねてなんでも選んでよいぞ」

 

「ならそうだな……肉料理が美味いところはあるか? 出来れば酒もあると嬉しいが」

 

「ふむ、それなら二三心上りがあるぞ」

 

そう言って笑ったタブリナに手を引かれ、直斗と弟子のジョカは夜の町へと歩き出したのだった。

 

 

 

 

 




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