君は愛しのバニーちゃん   作:天音ろっく

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8)夕陽に誓って、零した涙

 

 

 

 

 ────ガタンゴトン

 

 

 ────ガタンゴトン

 

 

 

 

 楽しい時間というのは過ぎ去るのもあっという間で、夕陽の差し込む電車内で一人小さく息を漏らした。

 

 

(今日という日が永遠に続けばいいのに……)

 

 

 名残惜しく感じながらもチラリと隣を見れば、そこには天使のように可愛い美兎ちゃんがいる。

いっそ、このままお持ち帰りしてしまいたいところだが……。その欲望をグッと堪えると、俺は車窓から差し込む夕陽に瞳を細めた。

 

 

(…………。やっぱ、このままお持ち帰りしてぇ……)

 

 

 やはり、そう簡単に欲望は抑えられないらしい。だって俺、男だし。

 こんなに可愛い美兎ちゃんを前に、欲望を抑え込むだなんて……到底無理な話だ。

 

 ──だがしかし!

 相手は中学生。そんなこと絶対にできるわけがない。

 

 

(いや、待てよ。美兎ちゃんの合意さえあればイケんじゃね……?)

 

 

 だけど、万が一にでも振られようものなら……。

 

 

(……っ俺。もう、生きていけない……っ!)

 

 

 そんな不毛な思考を巡らせつつ、勤めて冷静な顔のまま一人脳内で悶々とする。──と、その時。

 ポスンとした軽い重みを感じて、左肩に目を向けてみる。

 

 

 

 ────!!?

 

 

 

(……っこ、これは……っ! 噂に聞く、肩ズン!!?)

 

 

 俺の左肩にもたれて、スヤスヤと小さな寝息を立てている美兎ちゃん。そんな姿を見つめながら、俺の瞳は目一杯瞳孔を開かせた。

 

 

(こっ、これって……もしかしてっ!! 今夜お持ち帰りOKサイン!!!?)

 

 

 途端に心拍数を上げ始めた俺の心臓。

 ズンドコズンドコと鳴り響く胸元をギュッと抑えると、徐々に荒くなる呼吸とともに「ヴッ」と小さく声を漏らす。

 

 

(ゥグッ……っ!! し、死ぬ……ッッ!!!)

 

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

「……大丈夫、です……っ。嬉しすぎて死にそう……な、だけなんで……っ」

 

「は、はぁ……」

 

 

 血走った瞳で必死にそう答えれば、右隣にいる見知らぬ女性は俺に向けて怪訝そうな顔を見せる。

 折角美兎ちゃんからOKサインがでたというのに、どうやら俺の心の準備の方がまだだったようだ。その悔しさに顔を歪めると、血走った瞳で必死に涙を堪える。

 

 

(次こそは……っ。次こそは俺も覚悟決めるからっ……! それまで待っててね……っ、俺の可愛いうさぎちゃん……っ!!!)

 

 

 左肩に伝わる心地よい感触に酔いしれながら、俺は夕陽に向かってキラリと一雫、悔し涙を零すのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「瑛斗先生。さっきは寝ちゃってごめんなさい」

 

「いいよいいよ。遠出して疲れちゃったもんね」

 

 

(俺こそ……っ、ヘタレでごめんねっ! 次こそは絶対にキメるから!!!)

 

 

 二人並んで住宅街を歩く道すがら、チラリと隣りを見れば、ほんのりと赤く頬を染めた美兎ちゃんが小さく息を吐いた。

 

 

「また『パンパン』見に行きたいなぁ……」

 

 

(……えっ!!? パ……ッ、パパパッ、パンパンしたい……ッ!!?)

 

 

 その素敵な脳内変換に、思わず昇天しかけて足元から崩れ落ちそうになる。

 

 

(……っい、いや、落ちつけ俺! 今のはそーゆー意味じゃないだろっ!)

 

 

「美兎ちゃん。また今度、パンパンし……っ、見に行こうね」

 

「本当っ!?」

 

「うん、俺でよければ。また今度……一緒に行(イ)こうね」

 

「わぁ~いっ! 楽しみっ!」

 

 

 無邪気な笑顔を見せながら、それはそれは嬉しそうに喜ぶ美兎ちゃん。

 

 

(っ、……なんてスケベなんだっ! そんな悪い子にはお仕置きしちゃうゾ……ッ♡)

 

 

 ピンク一色な妄想に脳内で酔いしれると、それはそれはとんでもなくスケベな笑顔を浮かべて鼻の下を伸ばす。

 

 

「今度はうさぎちゃんも抱っこしようねっ?」

 

「えっ……?」

 

「瑛斗先生、好きなんでしょ?」

 

 

 コテンと小首を傾げて微笑む美兎ちゃんの姿が可愛すぎて、その衝撃にフラリとよろめくと危うく再び昇天しかける。

 

 

(ウグッ……! ハァハァハァ……。お、俺の……可愛いうさぎちゃん……っ!!!)

 

 

 なんとか必死に堪えた俺は、息も絶え絶えに美兎ちゃんに向かって勢いよく口を開いた。

 

 

「……すっ、すすす、好きっ!!! 大好きっ!!! この世で一番愛してるっ!!!」

 

 

(な、なんで俺が好きなこと知ってんの!!? そっ、そそそそ、それよりっ!! 抱っこしていいってマジかっ!!!!?)

 

 

 白塗りの可愛らしい家の前でピタリと足を止めると、期待に膨らむ瞳で美兎ちゃんを見つめる。

 最寄り駅から徒歩十分という距離は思っていた以上に短く、どうやらいつの間にか美兎ちゃんの家へと着いてしまったらしい。

 

 

(抱っこって……!! それって今すぐしちゃダメ!!!?)

 

 

「そんなに好きなんだね。フワフワしてて可愛いもんねっ」

 

 

 クスリと微笑む美兎ちゃんの姿を見て、血走った瞳でロックオンした俺。荒い鼻息とともにコクリと小さく喉を鳴らすと、美兎ちゃんに向かってにじりと歩み寄る。

 

 

(……っう、うん。フワフワしてて……い、今すぐにでも食べちゃいたいぐらいに、とんでもなく可愛いっっ!!!)

 

 

「今日はモルモットしか抱っこできなかったから……残念だったね」

 

 

(じゃあ、今からでも……っ!!!!)

 

 

「今度行った時は、ミトもうさぎちゃん抱っこしたいなぁ~」

 

 

(今度と言わずに今すぐにでも……っ!!!! …………って。あ、あれ……?)

 

 

 チラリと美兎ちゃんの手元に視線を移してみると、そこには今日撮ったばかりのモフモフの毛玉が映し出された携帯がある。それを見て、幸せそうにニコニコと微笑んでいる美兎ちゃん。

 

 

(あっ……、え……? もしかして、美兎ちゃんの言ってる『うさぎちゃん』て……あの、ピョンピョンと跳ねる毛玉の方……?)

 

 

 とんでもない勘違いにガックリと項垂れると、そのあまりのショックさから静かに一筋の涙を流す。ポタリと地面へと落ちて吸収された俺の涙は、そうして人知れず儚く消えてゆくのだ。

 それはまさに、無残に散っていった今の俺の姿のように──。

 

 

(ううぅっ。そりゃないぜ……っ)

 

 

 一呼吸置いて気を取り直すと、ゆっくりと顔を上げて前を見る。するとそこには、相変わらず携帯片手に幸せそうに微笑んでいる美兎ちゃんがいて……。この笑顔が見られるなら、俺の受けた心の傷などどうでもいいことのように思えてくる。

 美兎ちゃんさえ笑顔でいてくれるなら、俺はどうなろうともそんなことどうだっていいのだ。だって現に、君の笑顔を見ているだけで、俺はこんなにも幸せな気持ちになれるんだから──。

 

 俺はポケットに忍ばせていたキーホルダーを取り出すと、それを美兎ちゃんに向けて差し出した。実は、美兎ちゃんがトイレに行っている間に、こっそりと内緒で買っておいたうさぎのキーホルダー。

 まぁ、美兎ちゃんにあまりにも似ていたからつい買ってしまった、なんてことはさておき。初デートの締め括りにサプライズは欠かせない。いくら頭の中がピンク一色だったとはいえ、そのへんはキッチリと抜かりはない。

 

 

「はい、これ。……今日の(初デート)記念に、美兎ちゃんにあげる」

 

「あっ。それ……!」

 

 

 なにやら、鞄の中身をゴソゴソと漁り始めた美兎ちゃん。その姿を黙って見守っていると、なんとそこから取り出したのは、俺の差し出したうさぎと色違いのキーホルダー。

 

 

「実はね、ミトも買ったの。瑛斗先生にあげようと思って」

 

「え? ……俺、に?」

 

「うんっ。今日のお礼に。瑛斗先生、うさぎちゃんが好きみたいだったから。……色違いになっちゃったね」

 

 

 ほんのりと赤く染まった頬で、恥ずかしそうにクスリと微笑んだ美兎ちゃん。

 まさか、お互いの為に選んだ商品が全く同じ物だったとは……。これはもはや、偶然なんて言葉では形容しがたい。

 

 そう──これはまさに運命っ! こんなにも俺達の想いは通じ合っているのだ。

 

 

「じゃあ……交換こ、だね?」

 

 

 はにかむような笑顔を見せた美兎ちゃんは、俺の掌からキーホルダーを取り上げると、代わりに自分が持っていたキーホルダーをそっと置いた。

 その行為はまさしく、俺がここ最近ずっと夢見続けていた”アレ”と全く同じ行為で。ついに夢が叶ったのだと、感動に心が震える。

 

 

(ああ……、どこからともなく祝福の鐘の音が聴こえてくる──)

 

 

 これはまさに、そう──!

 

 

 新郎新婦の指輪交換だ♡♡♡♡

 

 

(……俺達っ! 結♡ 婚♡ しました……っ♡♡♡♡)

 

 

 俺の脳内で、何度も響き渡る祝福の鐘の音。その鐘の音を聴きながら、それはそれはだらしなく鼻の下を伸ばした俺は、とても幸せそうな笑顔で美兎ちゃんを見つめると、キラリと一雫歓喜の涙を流した。

 

 

(……っ、神様ありがとう!!!! 一生、大切にしますっ♡♡♡♡)

 

 

 可愛らしく微笑むマイ・ワイフ♡ を前に、俺はそう神に誓ったのだった。

 

 

 

 

 

 ──その後。すっかりと幸せ気分に浸ってしまった俺は、どうやって自宅の最寄り駅まで辿り着いたのか……。その辺の記憶はさっぱりと抜け落ちていたが、そんなこと今はどうだっていい。

 買い込んだばかりの結婚情報誌片手に、ルンタッタ・ルンタッタと夕暮れに染まる歩道をスキップする。感動の涙を大量に流しながらスキップするその姿は、それはそれはとても異様だったようで、行き交う人々は不審そうな目を向ける。

 

 だが、幸せ気分全開の今の俺には、そんなことなどちっとも気にはならない。

 そんなことよりも、挙式はどこにしようかハネムーンはどこにしようかなど、考えなくてはならないことが沢山あってとても忙しいのだ。

 

 

(もちろん、初夜のことも……っ♡ むふっ♡ ……むふふふふっ♡♡♡♡)

 

 

 もはや、笑い声が止まらない。

 不気味な笑い声を響かせながら、涙を流して軽快にルンタッタ・ルンタッタとスキップをする。その姿があまりに異様すぎて、翌日から【不審者、注意!】の看板が立てられたことは……俺の知る由もないこと。

 

 ──その日の夜。美兎ちゃんの年齢が、まだ14歳だったと衝撃の事実に気付いた俺。

 そんな俺が、キーホルダーを抱きしめながら一晩中泣き続けたこともまた、誰も知る由のないことなのだ。

 

 

 

 

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