World Days(新版) 作:完結の陽炎
とある休日の昼前。
世界の携帯に乙女からの着信である。
気軽に連絡してもいい遊び仲間がいるのは嬉しいものだ。
「はいはーい、お電話ありがとう。本日はどのようなご注文で?」
「あのね、宅配ピザじゃないんだから」
「ピザみたいな豪華な出前なんて、誕生日かクリスマスぐらいだよ」
「まあ、家もそんな気軽に出前取ることなんてしないけどさ」
世界は話の主導権を握るのが上手い。
相手が掛けてきた事なのに自分のペースへ引っ張ってしまう。
遊び心に溢れていて乙女に面白いと感じさせる。
少なくとも退屈はしない。
「それで乙女の本題は何なの? 面白い事なら大歓迎だよ」
「面白いかどうかは知らないけど、伊藤の妹、止ちゃんは覚えてる?」
「当然覚えてるよ。そのいたるちゃんが何かあったの?」
「世界とまた遊びたいから会いたいんだって。伊藤がそう言ってたよ」
「ほうほう、なるほど」
止と遊ぶのはとても楽しい。
それだけなら一向に構わない。
だが他の問題があるため、世界が出す答えは決まっていた。
「遠慮するよ。いたるちゃんは乙女が代わりに遊んであげて。伊藤の好感度を上げるチャンスだよ」
「な、なによ。そんな変な気を遣わないで」
意外な答えである。
片想い相手の伊藤を取られてしまう。
そんな不安を感じていたのに。
だがそれは乙女の勘違いであった。
「私、光の片想いを把握してるから。ダブルデートで距離を縮める作戦ができるよ。乗ってみる?」
「し、しなくていいって。私は黒田さんとあんまり喋らないし」
「だったら七海がお勧めだね。バスケ繋がりで話も合うでしょ?」
「え? 甘露寺に好きな人いるの?」
「ふふふっ。この世界さんの情報網を甘くみないように。それでどう?」
乙女は受験を言い訳に逃げの一手。
別に無理強いはしない。
各々の都合もあるので本件はお流れとなる。
「……」
楽しく電話を終えた世界。
笑顔から憂鬱な顔に変化する。
今からお昼ご飯を作るつもりだが……。
「はぁー」
ため息をひとつ。
キッチンに向かって取り出す食材。
パンの耳が入った袋。
母が飲食店の仕入れ先から手に入れた。
これでスティックタイプのフレンチトーストに仕上げる。
冷蔵庫と戸棚の中身がかなり寂しくなっている。
必死にかき集めた食材はもやしとわかめ。
中華の素があるのでスープを作る。
急須に入れたままの安い茶葉。
それを再利用してお湯を注ぐ。
三回ぐらいまではお茶の味がして普通に飲める。
これで回数が多くなると色のついたお湯と化す。
もはや昼食ではない。
おやつといったほうがいいだろう。
さっさと食べ終えて片付けを済ませる。
突然にインターフォンが鳴った。
知らない相手であれば居留守を徹底している。
静かに足音を立てずに覗き穴を見た。
向こう側に刹那がいるのでドアを開ける。
「刹那、お母さんから合鍵もらってるでしょ? それで勝手に入ればいいのに」
「世界が病気の時はそうしてる」
「そうでなくても自由に入っていいよ。防犯で居留守してるし、玄関行くのが面倒で無視もあるから」
「わかった。次からそうする」
刹那は頭が良く、世界の主張を理解してくれる。
面倒でも出て来いと言わないのがいい。
世界のプライベートな時間を尊重してくれる。
そんな刹那だから自由に出入りして構わない。
「せっかく来てくれたのに悪いけど、今はお母さんの給料日前で大したもてなし出来ないよ」
インスタントの紅茶もコーヒーも切らしている。
お茶の葉も残り少なめで使い回している。
さすがに出涸らしを振る舞うのはダメだ。
それなら白湯を作る方がまだマシである。
「いらない」
刹那が首を振る。
いつものクールでお堅い表情。
その瞳は世界を捉えて離さない。
「世界、ちゃんとご飯食べた?」
まるで保護者のような問いかけ。
まともな食事をしていないことを見抜く。
それを気に掛けて来たのだろう。
「ちょうど食べ終わったところ」
「なに食べたの?」
「パンの耳で作ったフレンチトースト、もやしとわかめの中華スープ」
「朝は?」
「おにぎりと漬物」
「……食費をケチったらダメって、前に言ったよね?」
「そうはいっても、光熱費の節約には限界があるから」
世界の母には夢がある。
それはパリで自分の店を持つこと。
そのチャンスを掴むため、派手にお金を使い込む。
未来に向けての必要な投資らしい。
時々、世界は不安になる。
母はちゃんと貯金をしているのだろうか?
行き当たりばったりでその場しのぎをしていないか?
流石にそこまで酷くはないだろう。
娘としては母を信じたい。
しかし普段の行ないで疑いが残ってしまう。
「栄養が偏って病気になったらどうするの? 以前、一日一食だけにして倒れたことあったよね?」
「あの時はダイエットのつもりだったの。なんか貧血みたいな眩暈がしちゃって。だから今は反省して三食してるよ」
その時の刹那がどれだけの心配をして叱り付けたことか。
こうして確認に来るのも、そういった世界の無茶が過去にあったからだ。
育ち盛りの成長期になるため、過度な減量はより危険を伴う。
「今日の夕飯は何を食べるつもり?」
「冷蔵庫にある玉ねぎでスープにして、パンの耳をかじる。米は残り少ないから、明日の弁当まで我慢だね」
今は中学3年生でバイトをすることができない。
限られた家計のやりくりで節約に徹するしかない。
親の夢に子が巻き込まれている現状。
長年に渡って一緒にいる刹那は見逃さない。
「今日は私の家で食べなさい」
「ありがとう刹那。明日にはお母さんの給料入ってくるから」
「明日の朝ご飯とお弁当も私が作る」
「ホント助かる。このままだと明日の朝がパンの耳と牛乳、昼は日の丸弁当にふりかけのみになってたよ」
それを聞いて刹那は悲しくなった。
世界の困窮する姿に同情をしたのだろう。
こんなことを二度と繰り返してはいけない。
「世界、こうなる前に私に言って」
「私は言ってもいいんだけど、家のお母さん見栄っ張りで、刹那のお母さんには絶対助けを求めないんだよ。ほかに頼れる親戚も友達もいないのにね」
「おばさんの事情に世界は関係ない。手遅れになる前に私を頼って」
「わかった。あ、その前に一つだけ確認しておきたいんだけど?」
「なに?」
「刹那の家庭は、私の所みたいに貧乏じゃないよね?」
「当然。私のお母さんはやりくり上手。おばさんみたいに無茶なお金の使い方はしない」
「それを聞いて安心した」
プライドだけで飯は食えない。
だから刹那に感謝をして助けてもらう。
あくまで母同士の競争であって娘は関係ない。
刹那の食卓で豊かな食事にありつける。
しっかり栄養を摂取してお腹が満たされた。
素直にお礼を言ってからアパートへ帰っていく。
夜中に刹那の母が帰って来た。
そして娘から世界の切羽詰まった家庭事情を聞いて驚く。
「それ本当なの刹那? 世界ちゃん、そんな苦労してるの?」
「うん。お母さんは知らなかったと思う。おばさんはお母さんをライバル視して頼らないから」
「お店の賄いで食費を浮かせているのは知っていたけど、まさか娘の世界ちゃんが巻き込まれているなんて」
「次から私を頼るって世界は約束してくれた。お母さん、世界を助けていいよね?」
「勿論よ。それは刹那の判断が正しいわ。お金の事は気にしなくていいから、世界ちゃんを助けてあげなさい」
清浦家の助けがないと、世界の食生活が悲惨なことになる。
さすがに見過ごせないので刹那の母が厳重に世界の母へ注意をした。
その場では反省をするが、次の日になったらケロッと忘れる。
ストレスを抱え込まないための処世術。
改善ができない欠点を持っており、人は変えられない典型例でもある。
そんな母親を反面教師にした。
刹那との約束を守り、失敗をしても次へ活かす。
だからこそ、清浦親子は見捨てずに世界を助けてくれるのである。