World Days(新版) 作:完結の陽炎
桂言葉にとって、西園寺世界は人生で初めてのお友達である。
二人の出会いは居合の道場。
小学生の頃から共に汗を流した仲だ。
中学卒業と共に道場を離れることになるが、言葉にとって、多彩で窮屈な習い事の数々が必ずしも苦痛ではなかった。
それは、そこに世界の笑顔があったからに他ならない。
言葉の視線が、稽古着に身を包んだ同門を捉える。
世界の居合は、単なる体術ではない。
鋭い抜刀の一撃、受験という目に見えない重圧さえも迷いなく切り裂く。
その思い切りの良さは、この切羽詰まった時期において何よりの武器に見えた。
「受験期間中だからこそ、習い事がいい息抜きになるよね」
「はい、確かにそうですね」
「だって、ただ散歩してるだけだと、つい単語帳とか開きたくなっちゃうもん」
世界は屈託なく笑う。
彼女は「今、これをやる」と決めた瞬間、それ以外のすべてを思考から排除する。
その極端なまでの集中力は、居合の振りに一点の雑念も混ぜない。
やるときは、やる。やらないときは、やらない。
そして稽古が終わり、現実の受験勉強へと戻る時刻がやってきた。
「私、いいこと思いついた!」
「いいこと、ですか?」
「私、刹那、ことちゃん、光、七海、乙女。みんな同じ学園を目指す仲間じゃん。だったら、ことちゃんの広いお部屋を借りて『受験勉強祭り』しようよ!」
思い立ったら即行動。
携帯を持っていない世界は言葉から端末を借り、瞬く間に仲間を集めていく。
まずは清浦刹那。
「わかった」
返信はわずか数秒。最短距離での承諾だ。
続いて黒田光。
「えー、桂さんの家? なんか気が進まないんだけど……」
「気が進まないなら、走ってくればいいじゃん! 大丈夫、取って食われたりしないよ。私がムシャムシャするのは光のお菓子だけで十分だし」
「ちょっと、笑わせないでよ! はいはい、行けばいいんでしょ!」
さらに甘露寺七海。
「オッケー。ちょうど勉強見てもらおうと思ってたし、助かるよ」
「さすが七海、バスケの速攻並みの決断力! かっこいい!」
「おだてても何も出ないよ。世界は本当に調子がいいんだから」
最後に加藤乙女。
「あ、うん。ちょっと行き詰まってたから、助かる……かな?」
「可憐ちゃんからも『おねえをよろしく』って頼まれてるからね。みんなで合格大作戦だよ!」
「もう、可憐ったら……。でも、一人でやるよりはいいかもね」
こうして、言葉の部屋に六人の受験生が集結する。
ペンを走らせる音の中、それぞれの戦い方が浮き彫りになった。
言葉は、正々堂々たる『王道』。
小細工なしに順序よく、淀みなく解き進める。
刹那は、兵法を重んじる『詭道』。
全体を俯瞰し、確実に仕留められる獲物(問題)から狩っていく。
七海は、気合の『一徹』。
難問にぶち当たれば闘志を燃やし、コート上のようなリズムで力強く筆を運ぶ。
光は、先手必勝の『快速』。
止まれば負けと言わんばかりに、わからない問題は即座に飛ばして先へ進む。
乙女は、着実な『平定』。
不安を一つずつ潰すように、解説を読み込み、理解を深めてから次へ歩を進める。
(うわー、みんなそれぞれ、自分のスタイルがあるんだ……)
世界は感心した。
他人の長所を瞬時に見抜く天性の目がある。
だが、翻って自分自身はどうだろうか。
(あれ? 私のやり方って、ただの行き当たりばったり?)
面白そうな問題があれば食いつく。
難しければ大いに悩む。
迷っているうちに時間と体力を消耗して自滅。
そんな彷徨える世界の背中を、刹那の鋭い声が射抜く。
「世界、真似は不要。『7割作戦』に徹して」
「にゃはは、興味ありそうな問題があるとつい……」
「入試はあなたの好奇心を採点しない。点数にならないものは斬り捨てて」
「ガーン……」
刹那の個人指導が始まる。
まずは『仕分け』の徹底だ。
「刹那、タイマーを使ったらみんなの邪魔にならない?」
「私が計る。合図を出すから、音は出さない」
「さすが刹那、抜かりないね」
「感心する暇があるなら今すぐスタート。時間は待ってくれない」
世界の前に並ぶのは、三つの記号。
◎(瞬殺)、〇(作業)、×(捨てる)。
ここで気になる一点を問う。
「刹那、どうして『△(保留)』はないの?」
「世界から『迷い』を奪うため」
「迷い?」
「『△』は思考停止の罠。世界にとっての考えようは、単なる未練」
それは居合と同じ。
抜刀の瞬間に『斬るべきか否か』を迷えば、その時点で負けだ。
決断のコストを最小化すること。
解けるか、解けないか。
ただそれだけである。
「仕分け、終わったよ……」
「世界、一呼吸おいて、時計確認」
「すぅー、はぁー。あ、確認だけで15分も使っちゃった。これヤバくない?」
「練習で縮めたらいい。次は10分、慣れれば5分以内」
刹那は、科目ごとの見極め方を伝授していく。
【数学:パターンの見切り】
◎(瞬殺):計算問題。ペンが勝手に動くもの。
〇(作業):見覚えのある典型題。解法が頭に浮かぶもの。
×(後回し):初見の応用、長すぎる証明。二度読みして意味不明なら即、斬る。
【国語:索敵の極意】
「本文は読むな」と刹那は厳命する。
◎(瞬殺):漢字、語彙、文法。知識のみで即答できるもの。
〇(作業):抜き出し問題。本文から「宝探し」をするだけの事務作業。
×(後回し):50字以上の記述、「あなたの考え」。世界の好奇心が暴走する最大の罠。
【英語:霧の中の選別】
◎(瞬殺):空欄補充、アクセント。見た瞬間に答えが出るもの。
〇(作業):整序問題(並べ替え)。パズルとして処理できるもの。
×(後回し):内容一致、自由英作文。迷い込めば出られない深い霧。
「スペルが少しでも不安なら、それは『◎』じゃない。迷わず『〇』か『×』へ回す」
刹那の言葉は、冷徹なまでに合理的だった。
これは徹底した基礎工事。
戦う前に、戦場を整理し、勝てる敵だけを選び出す。
世界は、道場で学んだ一撃にすべてを込める感覚を、解答用紙の上で再現しようとしていた。
迷いを斬る。
世界が合格という勝利を掴むため。
唯一にして最強の作戦。
それを体で覚えるための特訓を繰り返していく。