World Days(新版)   作:完結の陽炎

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第2話「7割作戦の仕分け」

 桂言葉にとって、西園寺世界は人生で初めてのお友達である。

 二人の出会いは居合の道場。

 小学生の頃から共に汗を流した仲だ。

 中学卒業と共に道場を離れることになるが、言葉にとって、多彩で窮屈な習い事の数々が必ずしも苦痛ではなかった。

 それは、そこに世界の笑顔があったからに他ならない。

 

 言葉の視線が、稽古着に身を包んだ同門を捉える。

 世界の居合は、単なる体術ではない。

 鋭い抜刀の一撃、受験という目に見えない重圧さえも迷いなく切り裂く。

 その思い切りの良さは、この切羽詰まった時期において何よりの武器に見えた。

 

「受験期間中だからこそ、習い事がいい息抜きになるよね」

「はい、確かにそうですね」

「だって、ただ散歩してるだけだと、つい単語帳とか開きたくなっちゃうもん」

 

 世界は屈託なく笑う。

 彼女は「今、これをやる」と決めた瞬間、それ以外のすべてを思考から排除する。

 その極端なまでの集中力は、居合の振りに一点の雑念も混ぜない。

 やるときは、やる。やらないときは、やらない。

 そして稽古が終わり、現実の受験勉強へと戻る時刻がやってきた。

 

「私、いいこと思いついた!」

「いいこと、ですか?」

「私、刹那、ことちゃん、光、七海、乙女。みんな同じ学園を目指す仲間じゃん。だったら、ことちゃんの広いお部屋を借りて『受験勉強祭り』しようよ!」

 

 思い立ったら即行動。

 携帯を持っていない世界は言葉から端末を借り、瞬く間に仲間を集めていく。

 まずは清浦刹那。

 

「わかった」

 

 返信はわずか数秒。最短距離での承諾だ。

 続いて黒田光。

 

「えー、桂さんの家? なんか気が進まないんだけど……」

「気が進まないなら、走ってくればいいじゃん! 大丈夫、取って食われたりしないよ。私がムシャムシャするのは光のお菓子だけで十分だし」

「ちょっと、笑わせないでよ! はいはい、行けばいいんでしょ!」

 

 さらに甘露寺七海。

 

「オッケー。ちょうど勉強見てもらおうと思ってたし、助かるよ」

「さすが七海、バスケの速攻並みの決断力! かっこいい!」

「おだてても何も出ないよ。世界は本当に調子がいいんだから」

 

 最後に加藤乙女。

 

「あ、うん。ちょっと行き詰まってたから、助かる……かな?」

「可憐ちゃんからも『おねえをよろしく』って頼まれてるからね。みんなで合格大作戦だよ!」

「もう、可憐ったら……。でも、一人でやるよりはいいかもね」

 

 こうして、言葉の部屋に六人の受験生が集結する。

 ペンを走らせる音の中、それぞれの戦い方が浮き彫りになった。

 

 言葉は、正々堂々たる『王道』。

 小細工なしに順序よく、淀みなく解き進める。

 

 刹那は、兵法を重んじる『詭道』。

 全体を俯瞰し、確実に仕留められる獲物(問題)から狩っていく。

 

 七海は、気合の『一徹』。

 難問にぶち当たれば闘志を燃やし、コート上のようなリズムで力強く筆を運ぶ。

 

 光は、先手必勝の『快速』。

 止まれば負けと言わんばかりに、わからない問題は即座に飛ばして先へ進む。

 

 乙女は、着実な『平定』。

 不安を一つずつ潰すように、解説を読み込み、理解を深めてから次へ歩を進める。

 

(うわー、みんなそれぞれ、自分のスタイルがあるんだ……)

 

 世界は感心した。

 他人の長所を瞬時に見抜く天性の目がある。

 だが、翻って自分自身はどうだろうか。

 

(あれ? 私のやり方って、ただの行き当たりばったり?)

 

 面白そうな問題があれば食いつく。

 難しければ大いに悩む。

 迷っているうちに時間と体力を消耗して自滅。

 そんな彷徨える世界の背中を、刹那の鋭い声が射抜く。

 

「世界、真似は不要。『7割作戦』に徹して」

「にゃはは、興味ありそうな問題があるとつい……」

「入試はあなたの好奇心を採点しない。点数にならないものは斬り捨てて」

「ガーン……」

 

 刹那の個人指導が始まる。

 まずは『仕分け』の徹底だ。

 

「刹那、タイマーを使ったらみんなの邪魔にならない?」

「私が計る。合図を出すから、音は出さない」

「さすが刹那、抜かりないね」

「感心する暇があるなら今すぐスタート。時間は待ってくれない」

 

 世界の前に並ぶのは、三つの記号。

 ◎(瞬殺)、〇(作業)、×(捨てる)。

 ここで気になる一点を問う。

 

「刹那、どうして『△(保留)』はないの?」

「世界から『迷い』を奪うため」

「迷い?」

「『△』は思考停止の罠。世界にとっての考えようは、単なる未練」

 

 それは居合と同じ。

 抜刀の瞬間に『斬るべきか否か』を迷えば、その時点で負けだ。

 決断のコストを最小化すること。

 解けるか、解けないか。

 ただそれだけである。

 

「仕分け、終わったよ……」

「世界、一呼吸おいて、時計確認」

「すぅー、はぁー。あ、確認だけで15分も使っちゃった。これヤバくない?」

「練習で縮めたらいい。次は10分、慣れれば5分以内」

 

 刹那は、科目ごとの見極め方を伝授していく。

 

【数学:パターンの見切り】

 

◎(瞬殺):計算問題。ペンが勝手に動くもの。

 

〇(作業):見覚えのある典型題。解法が頭に浮かぶもの。

 

×(後回し):初見の応用、長すぎる証明。二度読みして意味不明なら即、斬る。

 

【国語:索敵の極意】

 

「本文は読むな」と刹那は厳命する。

 

◎(瞬殺):漢字、語彙、文法。知識のみで即答できるもの。

 

〇(作業):抜き出し問題。本文から「宝探し」をするだけの事務作業。

 

×(後回し):50字以上の記述、「あなたの考え」。世界の好奇心が暴走する最大の罠。

 

【英語:霧の中の選別】

 

◎(瞬殺):空欄補充、アクセント。見た瞬間に答えが出るもの。

 

〇(作業):整序問題(並べ替え)。パズルとして処理できるもの。

 

×(後回し):内容一致、自由英作文。迷い込めば出られない深い霧。

 

「スペルが少しでも不安なら、それは『◎』じゃない。迷わず『〇』か『×』へ回す」

 

 刹那の言葉は、冷徹なまでに合理的だった。

 これは徹底した基礎工事。

 戦う前に、戦場を整理し、勝てる敵だけを選び出す。

 世界は、道場で学んだ一撃にすべてを込める感覚を、解答用紙の上で再現しようとしていた。

 

 迷いを斬る。

 

 世界が合格という勝利を掴むため。

 唯一にして最強の作戦。

 それを体で覚えるための特訓を繰り返していく。

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