World Days(新版) 作:完結の陽炎
小学校帰りの通学路。
どしゃ降りの雨で傘をさして歩く。
ふとした時に車の水撥ねが刹那に襲いかかった。
「っ!?」
頭で考えるよりも先に体が動く。
刹那の目の前に両手を広げた世界。
咄嗟に庇い、刹那の身代わりでびしょ濡れになった。
「あー、ぬれちゃったけど、まあいいや」
「よくない」
「いいの。ほら、さっさとかえろう」
世界にとっては、大したことではなかった。
濡れただけ。痛い思いをした訳でもない。
けれど――
助けられた刹那にとっては、違った。
自分のせいで世界が無茶をして危ない目に遭った。
その事実にショックを受けてしまう。
次の日に世界が学校を欠席。
賢い刹那はすぐに原因がわかってしまう。
免疫力が低くて病気になりやすい体質の世界。
それなのに刹那を守り風邪をひくことになった。
放課後に世界のアパートへ行く。
世界の母が看病のためその日だけは仕事を休んだ。
そして刹那の見舞いを歓迎してくれる。
「ほら世界、せっちゃんがきたわよ」
「しらなーい」
「知らないじゃないの」
母のせっちゃん呼びは認めていない。
譲ったのは友達になった言葉に対してである。
特別な愛称だからこそ安売りをしてほしくない。
他の人までせっちゃん呼びを認めた訳ではない。
それが世界の主張である。
母の口からせっちゃん呼びを聞かされるのは嫌だ。
あだ名事件で仲裁の一人になったくせに無神経な母。
なぜ娘の自分ではなく刹那の味方をするのか?
刹那の母は世界と同じで、ちゃんと刹那という名前の呼び捨てをするのに。
それに合わせろって話をすると、世界の母からの言い分はこれだ。
普段から沢山譲ってもらっているのだから、一つぐらいは譲ってあげなさい。
これまで世界の我儘を刹那が叶えている。
だから刹那の愛称ぐらいは我慢しなさい。
母が“せっちゃん”呼びをする、ムカつく。
そんな世界の感情に、理由はいらない。
嫌なものは嫌と自分に正直だ。
誰に似たのかと言われたら間違いなく母である。
大人げなく今もせっちゃん呼びをやめる気はない。
刹那本人は、世界が嫌がるので、世界の母には刹那でいいと言ってくれる。
でも世界の母は親の権力を使ってでも押し通す。
そうしないとますます娘がつけ上がるからだ。
自分を棚に上げていることで、刹那の母からは呆れられている。
「せかい、ごめんなさい」
「いいの。おかあさんがサイテーなだけ」
「ちがう。わたしをたすけたせいで」
「そっちもいいの。せつながダイスキだからまもる」
風邪で辛くても意地っ張りなやせ我慢をする世界。
刹那は喜びと悲しみで感情がゴチャゴチャに混ざってしまう。
この時から自分の中で誓いを立てた。
世界を守る。
それが刹那の行動理念となって変わっていく。
では具体的に何をしたのか?
真っ先に刹那がしたことは独学である。
世界が敵に襲われた時、盾になるだけでは役に立たない。
本で得た知識を実践して蹴り技を会得する。
回し蹴り。横蹴り。前蹴り。
――全部、世界を守るために覚えた技だ。
足を高く振り上げるたび、バランスを崩して転んだ。
でも、泣かなかった。
泣くより先に、世界のために強くなりたかったから。
この秘密特訓については誰も知らない。
ある日の放課後。
人通りが少ない道で世界が不審者に襲われた。
だが未遂に終わる。
刹那の飛び蹴りが的確に相手の急所を捉えた。
一撃必殺でのノックアウトである。
「せかい、だいじょうぶ?」
「う、うん。ありがとうせつな」
人体に関することも本で得た知識。
小学生でも大人を戦闘不能にできる。
そして不審者が逮捕されて、世界の身の安全を守った。
「せつな、どうやってつよくなったの?」
「ほんでおぼえた」
「わたしもやる!!」
刹那から本を借りて試すが、3日もしない内に挫折をしてしまう。
元々、世界は勉強嫌いで独学に向いていない。
生半可な気持ちで身に付くはずもない。
むしろ独学で習得をする刹那が異才なのである。
「ことちゃん、おしえてくれてありがとう」
「おやくにたってよかったです」
勉強で困った時は言葉に助けてもらう。
この時の言葉は刹那よりも優秀で賢かった。
「っ!?」
刹那は内心で焦ってしまう。
世界からいらない子扱いで捨てられることを極度に恐れた。
原因はいなくなった父親にある。
どんな理由であれ、自分たちを捨てていなくなったことは事実。
それが刹那の深層心理にトラウマを植え付けてしまう。
だから刹那は己が立てた誓いに強くこだわるのだろう。
必要とされれば捨てられることがないから。
世界を守るのは何も武力だけではない。
学力でも世界の支えとなっていきたい。
誰よりも一番に。
刹那の行動は早かった。
一生懸命に勉強をして短期間で内容を覚えてしまう。
世界にわからない所を教えられるレベルにまで急成長を果たす。
時間を掛けて教わらないと覚えられない言葉。
とても刹那のマネはできない。
刹那の凄さを自慢をする世界。
素直に尊敬の念を抱く言葉は、とても寛容なお嬢様である。
「ありがとうせつな」
「うん」
刹那が賢くなって勉強で助けてもらった。
それでお礼を言う世界は何も知らない。
刹那がどれだけ世界のために独学をしているかを。
世界が幸せであればそれでいい。
そのためならどこまでも努力ができる刹那であった。