World Days(新版)   作:完結の陽炎

27 / 88
第7話「伊藤止に将来の夢ができた日」

 別のある休日。

 刹那が言葉の部屋に来ていた。

 本人がいない所で世界の話をするのが楽しい。

 それが唯一出来る相手は言葉である。

 

「世界が私の恋を応援する? 私にそんな人なんていない」

「気になる人もいませんか?」

「いない」

「七海さん、黒田さん、加藤さんは素敵な恋をしています。いずれせっちゃんもそうなるだろうと、世界ちゃんは考えています」

「余計なお世話。人の心配より自分の心配」

 

 刹那からすれば自分よりも世界が優先である。

 世界に彼氏ができて支えてくれたら安心だ。

 

 黙っていればかわいい。

 

 世界に対する不名誉な男子の噂がある。

 それは刹那の耳にも入っており大変に遺憾だ。

 

 世界のことを何も知らないくせに勝手なことを言うな。

 

 そんな刹那の気持ちをわかってくれているのが言葉だ。

 

「ことぴーは好きな人いないの? 男の人が苦手って聞いてるけど?」

「いません。私、小学の高学年ぐらいから胸が大きくなって、それでからかわれた事があって」

「私は体が小さいから、それで男子から意地悪を言われた。それで世界が怒ってその相手に大喧嘩」

 

 身体的に大小の違いはあるが、男に対して被害を受けた点では同じ。

 全ての男がそんな事をしないのはお互いに分かっている。

 それでも嫌な事をされた記憶は根深く残るものだ。

 友達が助けてくれた良き思い出も忘れない。

 

「せっちゃん、いつもリボンをつけていますね」

「暑いときは青、寒いときは赤。その時の状況によって変える」

「きっかけは、やはり世界ちゃんのプレゼントでしょうか?」

「うん。初めて世界にもらった赤いリボン。私の大切な宝物」

「私も初めて世界ちゃんに頂いた四つ葉クローバーのしおり。今でも本を読む時に愛用しています」

 

 大切に使っているので物持ちがいい。

 幼き世界から初めて貰った贈り物で思い出深い。

 二人は幸せそうに昔を振り返って懐かしんだ。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 海水浴場まで遠出の散歩をする世界。

 運動不足の解消を狙うのが表向きの理由。

 その実態は体重計で泣かせられたのが原因である。

 夢でも幻でもない。

 現実と向き合ってのことだ。

 

 海から吹く風で帽子が飛ばされないように気を付ける。

 砂浜で伊藤の幼き妹の止を発見。

 砂の山作りをしているようだ。

 その近くにいるのが伊藤と乙女。

 世界は空気を読み、静かに立ち去ろうとする。

 だが止に気付かれてしまい駆け寄って来た。

 

「せきゃい!!」

 

 世界がプレゼントをした帽子を被っている。

 止は無邪気にはしゃいだ。

 伊藤と乙女も世界のほうへやって来る。

 

「ごめん乙女。邪魔しちゃったね」

「だからそういう変な気遣いはしなくていいってば」

「西園寺、こっちに来るなんて珍しいんじゃないか?」

「確かに滅多に来ないよ。ちょっと運動不足だから海辺まで散歩しに来たの。乙女なら同じ女として、事情わかってくれるよね?」

「あ、うん。私はバスケで運動してるから平気だけど」

 

 体重を気にする女心に理解がある乙女。

 逆に伊藤は男でよくわからないという顔をしているがそれでいい。

 あまり触れられたくないので世界は話題を変える。

 

「ま、ずっと歩きっぱなしもキツイし、せっかくだから止ちゃんと遊ぼうかな? 砂の山を見てて、小さい頃が懐かしくなったから」

「せきゃい、あそんでくれりゅの?」

「いたるちゃん、最高のお山とトンネルを作ってお兄ちゃんを喜ばせよう」

「うん!! おにいちゃよろこばせりゅの!!」

 

 幼く舌っ足らずな喋り方だが、聞き取りの知能に申し分ない。

 砂遊びを通じて世界と止でアイデアを出し合う。

 

 山に模様を描く。

 トンネルの数を増やす。

 大きな山と小さな山を作る。

 

 世界は遊びとなれば一生懸命に取り組む。

 止が描いた山の模様を世界は大いに褒めた。

 

 止は絵描きの才能がある。

 

 兄の伊藤にも自慢をさせて褒められた。

 止は大いに喜ぶ。

 しかし砂遊びの代償として、世界と止の服が泥まみれだ。

 

「世界、どうするの? そんな恰好じゃ電車も乗れないでしょ?」

「まったく考えてなかった。刹那はことちゃんとの時間を楽しんでるから邪魔したくないし」

「私の家で風呂入りなよ。服も洗ってあげるから」

「今、替えの服を持ってないよ私」

「私の貸してあげる。サイズ的にいけるでしょ」

「ありがとう。なんか乙女って世話焼きのお姉さんみたいだね」

「みたいじゃなくて、可憐の姉だから慣れてるんだよ」

 

 これで話はまとまった。

 伊藤も止を風呂に入れに行くようだ。

 よってその場で解散となるはずだったが。

 

「やー!! せきゃいもいっしょ!!」

 

 止が駄々をこねるので、加藤家で一緒にお風呂とする。

 伊藤には止の着替えを持って来てもらった。

 

 風呂で気を付けること。

 お湯が熱すぎないことだ。

 止にシャンプーハットをつけて、顔にお湯がかからないようにする。

 

「いたるちゃん、シャワーはダメ?」

「しゃわ?」

「これ」

「うー、なんかヤなのぉ」

「だよね。私もいたるちゃんぐらいの頃、シャワーはダメだったから気持ちがわかる」

「せきゃいもこわいの?」

「えっへん、大きくなった私は無敵だよ。いたるちゃんも大きくなったら、シャワーなんてへっちゃらになるよ」

「えへー、へっちゃら」

 

 止の頭だけでなく、背中や腋、太ももの裏側や足の間など。

 細かい所まで丁寧に洗い上げる。

 子どもの肌は敏感なのだろう。

 とてもくすぐったそうにしている。

 手早く済ませて世界は自分の体を洗い始めた。

 

「いたる、おてつだいしゅるの」

「OKよろしく」

 

 止が世界の背中をゴシゴシと洗ってくれる。

 兄ともよくやっているらしい。

 伊藤のほうが背中が大きくて固いという感想を聞く。

 

 世界は懐かしい気持ちになった。

 幼い頃に刹那と一緒に入った時を覚えている。

 よく頭や背中を流してもらった。

 

 そんな回想に浸りながら一緒に湯舟へと入る。

 止が背中を預けて世界にもたれかかった。

 

「いたるちゃんはお兄ちゃんが好きだよね?」

「うん!!」

「一緒にいたお馬の尻尾の髪をしたお姉さん、誰かわかる?」

「きゃとう」

「ありゃりゃ、それだともう一人のダブルお馬尻尾をしたお姉さんと同じになっちゃう」

「きゃとう、ちゅがうの?」

「おーとーめー」

「おーとーね」

「おとめ」

「おとねー」

「フフッ、いたるちゃんといると楽しいね」

「いたるもたのしーの」

 

 のぼせないように程々のタイミングで風呂から出る。

 バスタオルで止の体をサッサっと拭き、それから自分の体を拭く。

 そしてカゴに置かれているラフなシャツと短パンに着替えた。

 

 止は好物となる桃ジュースを伊藤から受け取って飲んだ。

 世界は冷たい麦茶を乙女から受け取って飲んだ。

 両者、風呂あがりの一杯を堪能する。

 

「見た感じ、家の中は乙女だけみたいね」

「うん。可憐は友達と遊びに行ってて、親は仕事で帰り遅いから」

「夕飯はどうしてるの?」

「私一人の時は、いつも適当に買って済ませてる」

「そっか。じゃあお礼に私が夕飯作ってあげるよ」

「別にそこまでしなくても」

「服を乾かすのに時間が掛かるでしょ? 夕飯ここで済ませてから、夜にのんびり帰ろうかなって思ってるの。乙女が迷惑でなければの話だけど」

「迷惑じゃないけど、いいの?」

「任せなさい。刹那には負けるけど、人並みには作れるから」

 

 買う手間が省けるので、乙女にとってはありがたい。

 料理をしてくれる世界の心遣いを無下にする気はない。

 せっかくだから伊藤兄妹も一緒にすればいい。

 だが乙女が暗い表情をしながら首を振った。

 

「それは無理だよ。止ちゃん、お父さんの所へ帰さないといけないって」

 

 止に対して同情をしているようだろう。

 それを目にした世界の直感はピンと来てしまう。

 

「なるほど、そういうことね」

「世界?」

「伊藤はお母さん、いたるちゃんはお父さん、別々で暮らしてるって推測は合ってる?」

「うん合ってる。伊藤の両親が離婚しちゃって。止ちゃんはお兄ちゃんっ子だから、たまに伊藤の所へ遊びに来るんだ」

「どんな大人の事情かは知らないけど、いたるちゃんぐらいの年齢で家族バラバラって可哀想だね。乙女はそう思わない?」

「思うけど仕方ないよ。私たちではどうにもできない事だから」

「まあね。私たちのできる範囲で精一杯やるしかない。だから頑張りなよ乙女」

 

 世界の励ましに乙女が頷く。

 そうしている間に伊藤が止を連れて帰ろうとする。

 でも止は帰らない。

 お父さん嫌いと言って徹底的に拒否をしている。

 客間から出るつもりはない。

 

 明らかに伊藤が困っている。

 父の所へ帰りたくない妹の気持ちはよくわかっている様子。

 代われるものなら代わってやりたいのだろう。

 

 世界は止の目の前でしゃがんで同じ目線に合わせる。

 そして優しい口調で話しかけた。

 

「そっか。いたるちゃんも私と同じお父さん嫌いか」

「せきゃいも?」

「ま、事情は違うと思うけど似たようなものだね」

 

 伊藤家のような離婚はない。

 浮気の子どもで婚姻がされていないから。

 そんな大人の都合に巻き込まれる子ども。

 不遇な境遇として世界も他人事に思えない。

 

「いたる、おにーちゃのこどもがいい」

「お兄ちゃんと一緒にいるためにそうしたいの?」

「うん。おにーちゃといっしょがいい。おとーさんきらい」

「わかった」

 

 世界が大きく頷き、ゆっくりと立ち上がる。

 急に動くと止が驚いて怖がるかもしれないから。

 余計な刺激を与えないように気を付ける。

 

「乙女、いたるちゃんの事で伊藤と話をするから、少し間だけいたるちゃんをお願い」

「うんわかった」

 

 客間を出て伊藤と一緒に玄関近くへ移動。

 人の家庭事情に首を突っ込むのは良くない。

 世界もそれは重々にわかっている。

 だが止の悲しむ顔を見かねて言わずにいられない。

 

「こっちの家庭事情とは違うけど、同じお父さん嫌いとして言わせて」

「西園寺……」

「親に頼らないと生きていけないからね私たち。だから親の権力に子は勝てない」

「そう……だな」

 

 止を助けられない兄としての不甲斐なさ。

 その悔しさが伊藤の握り拳から伝わってくる。

 やり場のない怒りを抱えているのは明らかだ。

 

「根本的な解決は無理だけど、いたるちゃんに楽しみを作ることはできるよ」

「楽しみを作る?」

「いたるちゃん、お絵かきの才能がありそうだから、それを宿題にするの。それを次会ったときに、お兄ちゃんである伊藤に見せるようにしたらいいんじゃない? それでお兄ちゃんが喜んでくれると思えば、いたるちゃんは家に帰っても頑張れるんじゃないかな?」

「……それいいな」

「絵描き用具は伊藤が用意してあげて。そのほうがいたるちゃん喜ぶよ」

 

 世界の提案を伊藤は嬉しそうに呑む。

 次に会う時まで止は色々な絵を描く。

 それで兄に見せて褒めてもらおうと張り切る。

 おかげで止を玄関まで出すことができた。

 

「悪い加藤。止がワガママ言って迷惑かけた」

「ううん大丈夫。伊藤と離れたくない止ちゃんの気持ち、よくわかるから」

「西園寺、アドバイスしてくれてマジでサンキュー」

「いたるちゃんのためだからね。いたるちゃん、お絵描きの宿題頑張れ。そしてお兄ちゃんに褒めてもらおうね」

「うん!!」

「ほら止、電車まで送ってやるから行くぞ」

「うぅー」

 

 止が世界の服を握って離さない。

 ぎゃん泣きをしないだけマシである。

 それでも帰りたくない気持ちが拭えていない。

 

「乙女、伊藤と一緒に途中まで送ってあげたら? その間、私はここの留守番するから」

「それを言うなら世界が行きなよ。止ちゃんが指名してるんだから」

「帽子まだ乾いてないよね? 外に出る時はクセ毛を隠すために被ってるんだけど」

「可憐が野球帽もってるから、それを使えばいいよ」

「本人の許可なく勝手に使うのは流石に……ちょっと電話してみるね」

 

 こうして可憐に経緯を説明する。

 事情を理解して野球帽の使用を認めてくれた。

 今ちょうど友達と別れた所らしい。

 そして電車の見送りに加わってくれるとの事だ。

 

「可憐が見送りに参加するって。乙女はどうするの?」

「行くよ。可憐を放っておくと伊藤に迷惑かけそうだし」

「という訳で伊藤、私と可憐、乙女もいたるちゃんの見送りするね」

「悪い。マジで助かる」

「いたるちゃん、お外に行ったら、お兄ちゃんからお絵かきセット買ってくれるよ」

「おそといく!!」

 

 こうして止を外に連れ出すことができた。

 駅へ行く途中で画材屋に立ち寄る。

 そして止に試し書きをしてもらった。

 

 握りやすく折れにくい極太軸のクレヨン。

 

 低年齢の子どもにありがちな棒握りでお絵かき。

 楽しく描くために使いやすさは重要だ。

 

「いたるちゃんが大きくなったら、偉い画家になれるかもね」

 

 何気ない世界の一言である。

 止は将来の夢ができたことを喜んだ。

 

 未来に希望があればそれが支えになる。

 今は辛い事であっても我慢ができる。

 

 使いやすいお絵かきセットを選ばせて伊藤が支払う。

 そして画材屋を出て駅前で可憐と合流を果たす。

 

「いたるちゃん、あの馬のダブル尻尾が可憐だよ。かーれーん」

「きゃーれーん」

「ちょっと世界さーん、それはあんまりですよぉー」

「それは仕方ない。髪の特徴がないと、見た目の区別がつかないんだから」

「まあいいです。それよりも今の世界さん、マジいいですね」

「何が?」

「お姉のラフな服に私の野球帽。ボーイッシュな感じが似合ってます」

「褒め言葉だよね?」

「もちろんです。いやー、世界さんみたいな彼氏がいたらいいですね」

「いたるちゃんの前で変な事言わないの。教育に悪いから」

「はーい」

 

 その後も時間は掛かったが止の見送りを完了させる。

 伊藤が兄としてお礼を言ってから家へと帰っていく。

 そして世界は加藤家へ戻り、姉妹にカレーライスを振る舞った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定