World Days(新版) 作:完結の陽炎
榊野学園のクラス委員を決めなければならない。
面倒事を避けて誰も立候補をしない。
静まり返って時間だけが過ぎていく。
やむを得ないと先生の主導でくじ引きとなった。
その結果。
1年3組の委員長に選ばれたのは……清浦刹那。
田中という男子生徒が反応をする。
相方の副委員長として名乗り出たい。
だが奥手ゆえにまともに挙手ができない。
世界は情報網を張り巡らせている。
刹那を守るため、それに関わりそうなことに抜かりはない。
だから刹那に片想いをしている田中のことも筒抜けだ。
刹那を遠くからチラ見をして、焦れったい事この上ない。
そこで苛立ちを覚えた世界のお節介モードが発動をする。
「先生、副委員長で推薦したい人がいるんですけどいいですか?」
「とりあえず言ってみなさい」
「田中がいいと思います。体が大きく高い所に手が届きますし、力仕事でも頼りになると思います」
刹那が小さいから背が高くパワーのある男手が必要だ。
純情で真面目な人柄という悪くない印象。
実際は接してみないと分からないので、きっかけを与えて様子を見たい。
刹那が露骨に睨みつけている。
一体どういうつもり?
刹那の目がそのように文句をぶつけていた。
田中としては戸惑いながらもどこか嬉しそうである。
この推薦は効果的であった。
やりたがらない生徒たちにとって、まさに渡りに船。
誰も反対をしないので副委員長は田中に決まった。
次の休み時間。
教室を出て行く世界に後ろからついて来る刹那。
人目のつかない階段の踊り場へ到着して両者が向き合う。
刹那の不機嫌そうな表情。
世界のニコニコとした楽しそうな笑顔。
先に口火を切ったのは刹那だ。
「世界、どういうつもり?」
「一体なんの話?」
「とぼけないで。世界はどうして田中を推薦したの?」
「戦力になると見込んでいるのは本当だよ。それだけでは納得できない?」
「できない。世界は他の理由もあって、田中を推薦している」
大正解である。
それぐらいは刹那なら容易に見抜く。
世界も始めから欺けるとは思っていない。
「私が調べる限り悪い人じゃないよ」
「……怪しい」
「なにが?」
「田中、たびたびこっち見てる」
「それは刹那がかわいいからよ」
「またそうやってからかう。世界の悪いクセだよ」
「からかってないってば。まさかとは思うけど、刹那って意外と鈍い? 少しは田中のこと察してあげなよ」
「鈍くない。言いたい事があるならハッキリ言えばいい」
「それは同感」
想うだけでは相手に伝わらない。
刹那から察して行動しなければいけない義理もない。
世界が仕向けてやれるのはここまで。
委員の立場を活かすも放置するも田中の自由だ。
もっとも現時点での刹那にその気はないらしい。
仮に田中が告白をしても望みは薄いが是非もない。
「伊藤は乙女、澤永は光のことがあるから、副委員長を押し付ける訳にはいかないでしょ? そういったことも考えた上で田中を選んだの」
「疑問は解消」
「でも刹那、面白くないって顔をしてるよ」
「してない」
「そう? 田中を推薦した私に対して怒ってない?」
「怒ってない」
「田中では不満だった? 奥手というか口下手というか、副委員として相応しくないとか?」
「別に。誰が副委員でも関係ない。私は私の役目を果たすだけ」
一言相談をしてほしかったのかもしれない。
しかしあの状況でそんなことをするのは不可能。
それがわかっているので刹那は何も言わなかった。
クラスが別になっても合同授業はある。
体育のグラウンドで見学をする世界と言葉。
どちらも激しい運動ができない日となっている。
話題はクラスの委員について。
4組では乙女が委員長で、言葉が副委員長になったと聞く。
よって世界もお返しで報告をする。
「こっちの3組は刹那が委員長になったよ。副委員は田中って大柄な男子で、見たらすぐわかると思うよ」
「せっちゃんから聞きました。世界ちゃんに押し付けられたって」
「もう人聞きが悪い。推薦でクラスの総意だもん」
「世界ちゃんが推薦をした人ならきっと大丈夫です」
「ことちゃんが苦手な男子なのに?」
「はい」
「そう言われると悪い気しないね。同じ委員として顔合わせした時はよろしく」
ふと世界は寂しそうな顔をした。
それが気になって言葉は尋ねようとするも一旦口を閉ざす。
少し考えて推察を組み立てる。
そして間を置いてから答え合わせをしてみた。
「世界ちゃん、本当はせっちゃんと同じ委員になりたかったのですね。でも体のことを考え、せっちゃんのためにあえてならなかった」
図星を突かれた世界は悔しさを滲ませる。
誰よりも刹那の力になりたい。
それなのに体がついていかない。
根性論では体調の悪化を招いて逆効果になる。
「ことちゃんって虚弱体質だって聞くけど、それって体が弱いってことだよね? なんで私と同じなのにこんなにも違うんだろうね。個人差があるって言われたらそれまでだけど」
「世界ちゃんの中の悪魔さんが出ていますか?」
「ことちゃんが羨ましい。そんな妬みの感情を悪魔だと言うならその通りだね。今ひょっこり出てる自覚はあるよ」
「正直に言える世界ちゃんは偉いと思います。それは誰にでも出来ることではありません」
「ちゃんと相手を選んでいるつもり。ことちゃんだから言えちゃうの」
「せっちゃんが聞いたら拗ねちゃいますね」
「小さい頃から苦労かけてるからね。本人はもう慣れたと言ってるけど」
過去の失敗を繰り返さないように気を付けている。
ちょっと我慢をすればいいとするのは禁止だ。
それで言葉の皆勤賞を潰してしまった。
あの時はごめんなさいと素直に謝るしかない。
「皆勤賞なんかよりも世界ちゃんが大事です」
「まあ逆の立場なら、私も同じことをしていたね」
「それなら皆勤賞のことは気にしないでください」
「わかった。それはそれとして改めて思ったことがあるんだよね」
「なんでしょう?」
本人に自覚はないのだろう。
世界はサラリと本音を曝け出す。
「ことちゃんの笑顔が美しいってこと」
「えっ!?」
「作り笑いじゃない本物の笑顔は綺麗だなって」
「か、からかわないでください」
「普段から表情が固い刹那からすれば憧れの的だからね。私もその気持ちがすごくわかるもん。ま、私は刹那ほど表情ガチガチじゃないからまだマシだけどね」
今も会話をしている言葉の笑顔が美しい。
自分の顔は自分で見れない。
無意識だからこそ自然であり嘘が混ざらない。
「私にも羨ましいと思うことはあります」
「へえー、何でも手に入りそうなことちゃんにも、そういう経験があるんだね」
少し嫌味だったかもしれない。
貧乏であるが故に格差の妬みは否定できない。
でも言葉は特に気にしていないようだ。
「さすがに何でもはありません」
「それはそう。でもことちゃんの中にある悪魔ちゃんは誰に向けてるの?」
「そんな悪魔だなんて……でもそうかもしれません……お相手は世界ちゃんです」
「そこは刹那じゃないの?」
「少しだけありますが、世界ちゃんのほうが羨ましいです」
「ことちゃん、相手間違えてるよ。何もかも劣る私に嫉妬することなんてないじゃん」
世界の家庭は貧乏で父親がいない。
学校の成績も居合の腕前も言葉が優れている。
女としての魅力も言葉に比べたら月とスッポンだ。
あらゆる意味でまともな勝負にならない。
しかし言葉は世界に敵わないと思う所がある。
それは……。
「人望です」
「人望?」
「世界ちゃんを中心に集まる人望の厚さは、私にはできないことです」
世界がいなかったら言葉は誰とも仲良くできていない。
そう断言をするほどに人と人を繋げるのが上手い。
言葉の交友関係を広げてくれたのは世界のおかげだ。
「クラス委員長として仕切る刹那のほうが人望は……あ、でも刹那って表情が固いし、話し方もちょっとお堅いし、強気で迫ることもあるし……ヤバいかも。でも田中がいれば何とか……なるよねきっと多分」
「お、落ち着いてください世界ちゃん」
「お願いことちゃん。同じ委員ということで、刹那がヤバそうなら助けてあげて。田中だけだと正直安心できない」
「わかりました……そういう所です」
「え? いま何か言った?」
「いいえ、何でもありません」
世界の頼みとあれば断れない。
言葉には刹那の気持ちがよくわかる。
今までこうやって世界を支えてきたのだろう。
そんな自分が嫌いではない。
むしろ誇らしく思えてしまった。
後日、言葉と刹那が二人だけで話す機会があった。
委員繋がりでもあり、お互いに幼馴染で家を出入りすることもある。
そのため、この出来事について言葉の口から刹那に聞かせたのだ。
「せっちゃんの前ではニコニコ愛想笑いしても、私が聞いた時には悔しそうにしてたんですよ」
「……悔しそう?」
「はい。本当はせっちゃんと同じ委員になりたかったのにって」
「ふーん……で?」
刹那は素っ気なく返す。
自分では見えないものが言葉から見える。
そこに嫉妬がありながらも知りたい気持ちが勝っている。
「せっちゃんが自分を守るために二人分でもこなす。そのことは世界ちゃんもよくわかっているんです。だからこそ、お荷物になるまいと苦渋の決断をされたのでしょう」
「……」
「たとえ、それでせっちゃんに怒られても、笑って泥を被る覚悟が見てとれました」
「……」
「せっちゃんはそんな世界ちゃんがお嫌いになりましたか?」
「そんなわけない」
キッとにらみつけるように静かな口調で断定する。
心外極まりない問いに聞こえたのだろう。
世界を嫌うことは、刹那にとって己の存在意義の否定となるから。
「きっとせっちゃんならやってくれる。世界ちゃんは誰よりも信じていますよ」
言葉は穏やかな表情で刹那を見つめた。
それで毒気を抜かれたかのだろう。
刹那がそっと目を閉じて溜息をつく。
「ムカつくのはやめた」
「やめた後はどうしますか?」
「世界の信頼に応える。ただそれだけ」
「きっと喜びますよ。世界ちゃん」
「……ふんっ」
そっぽを向く刹那の表情に怒りはない。
言葉から見た世界の本音を受け入れた。
言われるまでもなくやるという刹那の誇り。
世界が推薦した田中と共に役目をこなすだけだ。